第十三話 男同士だからいいでしょう? レオン
次の休暇日。
寮の玄関へ下りたクリスは、柱のそばに立つレオンを見つけて足を止めた。
制服ではない。
濃紺の上着に白いシャツ、黒のズボン。
その上から冬用の外套を羽織っただけの、装飾の少ない服装だった。
王族の正装とはほど遠い。それなのに、どういうわけか街の若者には見えない。
「……殿下」
「何だ」
「それで行くんですか?」
レオンが自分の服を見下ろした。
「何かおかしいか?」
「いや。服は普通なんですけど」
「なら何だ」
クリスはしばらく眺めてから、首を傾げた。
「殿下って、何着ても殿下ですね」
「喧嘩を売ってるのか?」
「褒めてます」
「どこが」
「高そうに見える」
「服がか?」
「いえ、殿下が」
レオンは呆れたように息を吐いた。
「行くぞ」
「はい」
笑いながら後を追う。
今日は、以前エリオットに教えてもらった王都の店をレオンに案内することになっていた。
休暇前、何気なくその話をしたのはクリスだ。
面白い店がある。そう話したところ、レオンが次の休暇に案内しろと言い出した。
それだけのことだと、クリスは思っている。
レオン自身も、そういうことにしていた。
*
学院のある岩山を下り、二人は王都へ向かう乗合馬車に乗る。
休日の朝とあって、商人らしい男や大きな籠を抱えた女、同じ学院の学生らしい若者もいる。
レオンは先を歩き、空いていた席に腰を下ろした。クリスもその隣へ座る。
「最初は武具屋でいいですか?」
「ああ」
「エリオットが教えてくれた店なんですけど、剣だけじゃなくて珍しい短剣とか――」
「それは聞いた」
「そうでしたっけ?」
「聞いた」
妙に素っ気ない。
クリスは横目で見たものの、レオンは窓の外を見ている。
「その近くには革細工の店もありますよ。これもエリオットが――」
「それも聞いた」
「……殿下」
「何だ」
「本当に行きたかったんですか?」
レオンが振り向いた。
「俺が案内しろと言ったろう」
「そうですけど。さっきから全然楽しそうじゃない」
「まだ着いてもいないじゃないか」
もっともな返事だった。
クリスは、むむむと思いつつ前を向く。
レオンは小さく息を吐いた。
別に、エリオットの名前が出るたびに面白くないわけではない。
――いや。
たぶん、面白くないのだ。
休暇中、クリスとエリオットが二人で王都へ出た。
買い物をして、食事をして、酒まで飲んだ。
それを聞いたとき、胸の奥に引っかかったものがあった。
だから「その店に俺も連れていけ」と言った。
店に興味があったのは嘘ではない。
ただ、それだけではなかったことも、薄々分かっている。
*
「ここです」
王都へ着くと、今度はクリスが先に歩いた。
大通りから脇へ入り、商店が並ぶ通りを抜ける。冬の王都は冷たい風が吹いていたが、通りには人が多かった。
「あった」
クリスが振り返り、レオンの袖を引いた。
「ここ」
何気ない仕草だった。
そのまま店へ入っていくクリスを、レオンは一拍遅れて追う。
エリオットに教えてもらったという武具屋は、確かに面白かった。
実用品が中心だが、地方ごとに形の違う短剣や、古い型の剣まで置いてある。
騎士科の学生が喜びそうな品揃えだった。
前回来た時より新しい品が多く入荷されているようだった。
「これ、珍しくないですか?」
クリスが棚のすこし奥を指差す。
「南方のものだな」
「分かるんですか?」
「柄の作りが違う」
「へえ」
クリスが身を寄せ、レオンが手にした短剣を覗き込んだ。
肩が触れる。
クリスは気にする様子もない。
「エリオットも、そこ見てましたよ」
「…………」
レオンの手がとまる。
「殿下?」
「何だ」
「いや」
まただ ……。
クリスは少し眉を寄せた。
今日のレオンは時々、妙に機嫌が悪くなる。
理由は分からない。
店を出ると、今度は革製品を扱う店へ向かった。
「この店もエリオットが――」
「分かったから、いちいちあいつの名前をつけなくていい」
とうとう言われ、クリスは目を瞬いた。
「だって、エリオットに教えてもらった店なんだから仕方ないでしょう」
「店だけ教えろ」
「変なの」
レオンは答えなかった。
革細工の店では、結局レオンが細身の書類入れを買った。
王宮へ戻った際にも使える落ち着いた品で、クリスも横から眺めて頷いた。
「それ、殿下に似合いますね」
「書類入れに似合うも何もあるか?」
「ありますよ。俺が持ったら借り物みたいになる」
「そんなことはないだろう」
「じゃあ貸してください」
「買え」
「けち」
店主が笑いを堪えている。
レオンはそれに気づき、クリスの背中を押して店を出た。
*
昼を過ぎる頃には、案内するはずだった店をほとんど回っていた。
「腹が減った」
「じゃあ、この前行った店にします?」
クリスが言うと、レオンが足を止めた。
「エリオットと行った店か?」
「そうです」
「……別のところにする」
「何で?」
「俺が知っている店がある」
今度はレオンが先に歩き出した。
「殿下?」
「来い」
連れていかれたのは、華やかな大通りから離れた小さな食堂だった。
木の扉を開けると、煮込み料理の匂いと暖かな空気が二人を包んだ。
「こういう店も知ってるんですね」
「昔、兄上に連れてこられた」
「王太子殿下に?」
「ああ」
運ばれてきたのは、肉と根菜を長く煮込んだスープと焼きたてのパンだった。
一口食べて、クリスの表情が変わる。
「うまい!」
「だろう」
クリスの嬉しそうな顔を見て、レオンはようやく少し機嫌を直した。
「兄上は、こういう店が好きなんだ」
「意外ですね」
「王宮にいるだけでは国は見えない、と昔から言っている。市場を歩けば物価が分かる。食堂や酒場に入れば、兵士や職人が何に困っているかも聞こえてくる」
幼い頃から、時折そうして兄に連れ出されたのだという。
クリスはパンをちぎる手を止めて聞いていた。
「兄上は真面目すぎるところがある。何でも自分で背負おうとする」
レオンの声音が少し柔らかくなった。
「だから、兄上が王宮から見られないものを俺が見ればいい。地方でも、軍でも、外交でもな」
「殿下は、やっぱり王になる気はないんですね」
「ああ」
迷いのない返事だった。
「俺は王にならない。その代わり、王を一番近くで支えられる人間にはなれる」
クリスはしばらくレオンを見つめていた。
「……やっぱり殿下、格好いいですね」
「何だ、急に」
「こういう話してると、ちゃんと第二王子なんだなって」
「普段は何だと思ってる」
「友達」
即答だった。
レオンの手が止まる。
「学院にいると、殿下が王子だって忘れるときがあります。普通に言い合いするし、一緒に課題やるし」
「忘れるな」
「でも、俺は今の方が好きですよ」
何気なく言って、クリスはまたスープを口へ運んだ。
レオンだけが黙った。
――友達。
嬉しいはずの言葉だった。
そのはずなのに、なぜか少しだけ足りなかった。
*
食事を終えると、二人は少し遠回りをして王都を歩いた。
休日の市場は人で溢れ、露店を見つけるたび、クリスは立ち止まった。
「殿下、これ見てください」
袖を引く。
人波に押されれば腕を掴む。
「こっち」
そのまま引っ張っていく。
学院へ入ったばかりの頃なら、クリスもこんなことはできなかった。
男として振る舞うことにも、いつ正体を見抜かれるかという恐怖にも、常に神経を張っていた。
ましてレオンは第二王子だ。
彼の婚約者候補の一人でクラリスだった頃には、こちらから身体に触れるなど考えられなかった。
けれど今は違う。
レオンと過ごす時間が増えるにつれ、王子としての彼より、口論もする同級生としてのレオンの方が近くなった。
クリス自身、その変化に気づいていなかった。
「この間もこの反対側にも行って、良い店が無いか見たんですけど……」
「…………」
「殿下」
「何だ」
「やっぱり何か怒ってません?」
「怒ってない」
「朝から時々おかしいですよ」
「気のせいだ」
顔を逸らされた。
クリスはレオンに気づかれない程度の小さなため息をして、横から覗き込んだ。
「殿下? ちゃんとこっち見てください」
レオンが反対側を向く。
クリスも回る。
「近いな」
「逃げるからでしょう」
また逸らされた。
いい加減じれったくなったクリスは両手を伸ばし、レオンの頬を挟み、強引に自分へ向ける。
「もう!何なんですか!」
レオンの身体が固まった。
目の前にクリスの顔。そして冷えた掌が両頬に触れている。
本人はまるで気にしていない。
「何か言いたいことあるなら言ってください」
「……お前」
「はい」
「人との距離を少し考えろ」
「何ですか、急に」
「いいから離せ」
「あ、はい」
あっさり手が離れた。
レオンは息を吐いた。
ところがクリスは納得していない。
「エリオットなんか、もっと距離近いですよ」
「……あいつにも今みたいなことをするのか?」
「今みたいな?」
「顔を触ったり」
「するんじゃないですか? 必要なら」
「そうか」
「だから、何なんですか」
「何でもない」
「今日そればっかり」
クリスは呆れたように笑った。
レオンは再び歩き出した。
自分でも分かっていない。
クリスが近づけば困るが、離れれば、それはそれで気になる。
ただ一つ分かるのは、
エリオットの名前が出るたびに面白くないということだけだった。
*
夕刻になる前に、二人は学院へ戻る乗合馬車に乗った。
冬の日は短い。
朝から曇っていた空からは、細かな雪が落ち始めていた。
「積もりますかね」
「この程度なら大丈夫だろう」
そのときは、そう思っていた。
王都を離れてしばらくしたところで、馬車が突然大きく揺れた。
御者が馬を止め、降りて車輪を調べる。
車軸の具合が悪いらしい。
「少し時間をいただきます。直せますので」
御者の言葉に、乗客たちは馬車を降りて待つことになった。
クリスも最初は、御者の手元を面白そうに眺めていた。
だが、修理は思ったより長引いた。
その間に、雪が変わった。
ちらつく程度だった雪が次第に密度を増し、気づけば街道の先が白く霞んでいる。風まで強くなり、足元にもみるみる雪が積もり始めた。
修理を終えた御者は、空を見上げて難しい顔をした。
「これは学院まで上がらない方がいいでしょうな。日も落ちます。この雪で山道に入るのは危ない」
クリスも白くなった街道の先を見る。
「ここから歩けば……」
「却下だ」隣から即答された。
「まだ何も言ってませんよ」
「歩いて帰ろうとしただろう」
「行軍のときより距離は短いでしょう?」
「あれは教官もいた。装備も食料もあった。今日は遊びに来ただけだぞ」
「まあ、それはそうですけど」
「休日に雪中行軍を始める必要がどこにある」
正論だった。
無理をすれば歩けるかもしれない。
だが、歩けることと歩くべきことは違う。
御者によれば、少し戻ったところに宿場があるという。
「……門限、間に合いませんね」
「この状況なら仕方ない」
「無断外泊になりますよ」
「馬車宿から学院へ伝言を頼めばいい。明日の便にも事情を託せる。御者も他の乗客もいる」
「なら大丈夫か」
「お前、そこだけは妙に真面目だな」
「処分されたくないですから」
二人は他の乗客とともに宿場へ向かうことにした。
*
宿場へ着いた頃には、雪は本降りになっていた。
同じように街道で足止めされた旅人が多いらしく、どの宿も混み合っている。
二軒に断られ、ようやく三軒目で空きが見つかった。
案内された部屋へ入って、クリスは足を止めた。
寝台が一つ。
掛け布団も一枚。
「…………」
レオンも黙った。
先に口を開いたのはクリスだった。
「まあ、仕方ないですね」
「別の宿を探す」
「この雪の中を?」
「だが寝台が一つしかない」
「二人で寝ればいいでしょう」
レオンが振り返った。
「……お前は平気なのか?」
その問いに、クリスの胸が一瞬だけ強く鳴った。
何か気づかれたのか。
「何がです?」
「男と同じ寝台で寝ることが」
「ああ……そっちですか」
「そっち?」
「何でもありません」
危ない。
クリスは誤魔化すように寝台へ近づいた。
「これだけ幅があれば寝られますよ。男同士だから、いいでしょう?」
口ではそう言ったが、不安がないわけではない。
行軍の夜、二段寝台で眠ったときの緊張は覚えている。寝ている間に服が乱れれば、隠している身体を見られるかもしれない。
ただ、今回は相手がレオン一人だった。
寝ている人間へ悪ふざけをするような男ではないことは、もう分かっている。
それでも念のため、レオンが階下へ行っている間に胸元を確かめ、服が崩れにくいよう整えた。
これなら大丈夫だろう。
問題は、別のところにあった。
*
「殿下の陣地は そっち半分ですよ」
「分かってる」
「俺の方まで来ないでくださいよ」
「お前が言うな」
同じ寝台に入り、一枚の掛け布団を分ける。
クリスはきっちり端へ寄り、レオンへ背を向けた。
「おやすみなさい」
「ああ」
しばらくもしないうちに、クリスの寝息が聞こえ始めた。
レオンは眠れなかった。
昼間、頬に触れた冷たい掌を思い出す。
腕を掴まれたことも、袖を引かれたことも。
どれもクリスにとっては何でもないことなのだろう。
――男同士だから。
その言葉を、今日だけで何度意識したか分からない。
以前なら、自分も同じように思えた。
今はどうしても、そう思えない。
やがて眠りに落ちたものの、夜半、レオンは寒さで目を覚ました。
肩が寒い。
見ると、掛け布団がほとんどない。
「……おい」
隣ではクリスが一枚しかない布団を抱え込み、気持ちよさそうに丸まっていた。
レオンは無言で布団を引き戻した。
クリスが少し動く。
起きない。
ようやく布団を半分取り戻して、レオンは目を閉じた。
しばらくして、脛に冷たいものが触れた。
「…………」
クリスの足だった。
冷えた足先が、レオンの脚へぴたりとくっついている。
気づかれないよう、そっと押し返した。
――数分後。
また来た。
今度は先ほどよりしっかりと脚へ触れている。
「お前……」
小声で文句を言っても、本人は眠ったままだ。
もう一度離す。
また来る。
三度目で、レオンは諦めた。
好きにしろ、と背を向ける。
すると今度は、布団の中の温かい場所を探しているのか、クリス自身が少しずつこちらへ寄ってきた。
膝が触れる。
レオンが前へ逃げる。
また寄ってくる。
さらに逃げる。
とうとう寝台の端まで来た。
「……なぜ俺が逃げてるんだ」
もちろん返事はない。
やがて背中に、こつんと額が触れた。
温かな息が、寝衣越しにかすかに伝わる。
そして寝返りでも打ったのか、クリスの腕が伸びてきて、レオンの腰へ無造作に落ちた。
クリスの冷たい片足が、暖を求めてレオンの股下にグイっと侵入する。
レオンは目を閉じたまま固まった。
退ければいい。
ただそれだけだ。
クリスの手首へ触れるが、持ち上げかけて――やめた。
自分から、近づいたわけではない。
自分から、抱き寄せたわけでもない。
だから何だという話なのだが。
レオンは結局、その手を退けなかった。
眠れるはずもなかった。
*
朝、目を覚ましたクリスは、自分が寝台の中央を大幅に越えていることに気づいた。
「…………」
ハッとして、真っ先に胸元を確認する。
大丈夫。乱れていない。
次に顔を上げると、レオンがじっとこちらを見ていた。
「……おはようございます」
「おはよう」
「殿下、眠れました?」
「お前は、二度と俺と同じ寝台で寝るな」
「え?」
「寝相が悪すぎる」
クリスは布団を見た。
「ああ。俺、寒くて布団取っちゃってました?」
「問題はそこだけじゃない」
「他に何かしました?」
「知らなくていい」
「何ですか、それ」
レオンは答えず、寝台から降りた。
クリスは首を傾げるしかなかった。
*
昼前には学院へ戻ることができた。
馬車宿から事情を知らせる伝言も届いており、寮監からは今後も悪天候の際には無理に帰ろうとしないよう言われただけだった。
そして昼食時。
いつもの席で、向かいに座ったエリオットが何気なく尋ねた。
「昨日、何してた?」
「殿下と王都行ってた」
エリオットの手が止まった。
「……二人で?」
「うん。この前お前が教えてくれた店、殿下も見たいって言ってたから」
レオンは黙ってスープを飲んでいる。
「それで?」
「武具屋とか革の店とか。殿下も書類入れ買ってた」
「へえ」
「でも帰りが大変でさ。馬車が故障して、修理してる間に雪がすごくなって」
「帰れなかったのか?」
「うん。一泊した」
エリオットの目がレオンへ向いた。
「……一泊?」
「宿がどこもいっぱいで大変だったんだよ。やっと一部屋――」
「クリス」
レオンが静かに遮った。
「何です?」
「そこまで説明しなくていい」
「何で?」
エリオットが口を挟む。
「部屋は別々だろうな? まさか、一部屋?」
「うん」
「二人で?」
「二人で来てるんだから、そうだろ」
「寝台は?」
「一つ」
「クリス」
「だから何なんですか、殿下」
クリスには、二人の反応の意味が分からない。
「一つの寝台で寝たのか?」
「そうだけど」
エリオットが黙った。
「男同士なんだから、別にいいだろ」
クリスは平然とパンへ手を伸ばす。
エリオットはレオンを見た。
今なら、自分がなぜ腹を立てているのか分かる。
クリスが好きだからだ。
そのクリスが、レオンと二人で王都へ行き、一晩を同じ部屋で過ごした。
面白いはずがない。
そして、もう一つ。
レオンがなぜ自分に黙ってクリスに店を案内させたのか。
以前なら気にも留めなかったことが、今は妙に引っかかる。
「……殿下」
「何だ」
「本当に店が見たかっただけですか?」
レオンの視線が上がった。
「どういう意味だ」
「別に」
エリオットは笑った。
けれど、その目は笑っていなかった。
レオンもまた、エリオットを見返す。
これまで何度もクリスの肩を抱き、何のためらいもなく身体へ触れてきた男。
クリスが他の学生と話しているだけで機嫌を悪くすることもあった。
単に距離の近い男なのだと思っていた。
だが今の反応は――。
「そうだ、エリオット」
何も知らないクリスが身を乗り出した。
「殿下もあの武具屋、結構気に入ったみたいだからさ。今度三人で――」
「嫌だ」
「え?」
「三人は嫌」
「何で?」
「何でも」
「子供かよ」
クリスが呆れて、エリオットの腕を指でつつく。
「何怒ってんだよ」
「怒ってない」
「殿下と同じこと言ってる」
「一緒にすんな」
レオンの眉がわずかに動いた。
クリスはそれにも気づかず、二枚目のパンを取った。
二人の男の間に、それまでとは違う緊張が生まれ始めていることなど、知る由もなかった。
ただ、レオンには一つだけ、昨日までと違うことがあった。
クリスが近づくたびに距離を取っていた自分が、昨夜だけは。
腰に置かれたその手を、退けなかった。
その理由を考えるのは、まだ少し先でいい。




