第7話 色々ありがとう
旦那さんは話を続けた。
「あなたは高校生の頃にモトキを妊娠して、産んだ。おろすこともできたはずなのに、産むことを選んでくれた。それは心から感謝しています。親に隠して産んで育てることができなかったあなたは、あなたのバイト先であなたと一緒に働いていたうちの妻に話しかけた。あなたは私たちに子供ができなかったことを知っていた。だから代わりに育ててほしいとあなたは頼んだ。私たちは承諾した。あなたには本当に感謝している。モトキを産んでくれたこと、私たちに譲ってくれたこと。あなたがいなかったら今の生活はなかった。それでも、もう終わりにしてほしいんです」
「どうしてですか」
「モトキが真実を知る前に、あなたと縁を切りたいからです。モトキはもうすぐ就職する。そんな年だからもう子供じゃない。母親の友達という設定も何かがおかしいといつか気づくかもしれない。あなたが本当の母親だと知ったモトキは、私たち夫婦に嫌悪の目を向けるかもしれない。私たちはそれが怖い。モトキのことは本当の子供だと思っているから、このまま本当の子供として生きていきたいんです」
「しっかり説明して、私の存在を話すというのはだめなのでしょうか。分かってもらうまで説得するんです」
「無理だと言ったら無理だ!......あなた自分の子供にはなんて話しているんですか。モトキのこと」
「......話していないです」
「そうでしょう。旦那さんには?」
「旦那にも話していないです」
「そうでしょう。言えないのはあなただって同じはずだ。私たちだってモトキに本当のことを話すわけにはいかない。逆にあなたは自分たちの家族に申し訳ないとは思わないのですか。本当の子供が実は他にいて、その子供のことは愛していて、隠れて会いに行っている。そんな事実をあなたの家族が知ったらどう思うでしょうか。喜んではくれないはずです。悲しいはずです。後ろめたさはないのですか?」
「......」お母さんはもう何も言えなくなっていた。
「それにモトキを手放したのはあなたじゃないか。親にでも相談して必死に育てればよかった。それでもそうしなかったのは、あなたじゃないですか。あなたはモトキを捨てた。それなのに顔を見たいと思うのはあまりにも勝手です。一度捨てたものはもう戻ってはこない。モトキはもう私たちのものだ」
「そんな......」
「もう帰ってください。二度と我が家には来ないでください。それじゃあ」
旦那さんはお代だけ置いて、その場から立ち去った。お母さんはそこからしばらく動くことができなくて、ぐったりしていた。
お母さんのことは軽蔑した。
一番に思ったことはなんて責任感のない人間なんだと思った。モトキは大学四年生だから、今22歳くらいだ。お母さんがモトキを産んだのはまだ高校生の頃だろう。
そんな年におろすこともなく、無責任に子供を産んで、一生懸命育てることもなく、人に譲るなんて。それなのに時々自分が捨てた子の顔を見に来るなんて、どこまで勝手なんだ。
他に家族がいたことについては怒りは湧かなかった。お母さんはモトキのことをずいぶんと愛していたようだけど、そこに対して嫉妬の感情は湧かなかった。
だってお母さんがそれと同じくらい、私のことを愛してくれていることは知っているから。そこはどうでもよかった。
お母さんの責任のなさと勝手さが許せなかった。
まずそんな若くして妊娠なんかするなよ。どうせおろしても子供が可哀想だし、産んで育てるにしても、貧乏な暮らしになるだろうから子供が可哀想だ。
今は一番いい状態なんだ。人に譲って、その家庭で愛されて育てられて、何不自由なく生活できている。本当のお母さんのことも知らない。だから実の親について悩むこともない。
そんな幸せな環境なのに顔を見に来たりしている。もし何かがきっかけで自分の本当の母親がお母さんだと知れば、モトキの幸せは壊れてしまう。だから顔なんか見に来なくていいのに、それでも行くんだ。勝手だ。
マイカがしばらく考え込んでいると、パウロが
「少々待っててもらっていいですか?」
「どこか行くの?」
「少し確かめないといけないことがあります。待っててください」
何も説明もなく、パウロは消えた。
暇だったから、お母さんのことを見つめた。
お母さんのことは少し嫌いになった。。死んでほしいとまでは思わないから、死ねって言ったことはやっぱり間違いだったけど、それでも許せるとは思わなかった。
パウロが帰ってきた。
「どこ行ってたの?」
「今から数十分後の未来に行っていました。お母様は時間が経ってから立ち上がり店を出ます。駅に向かおうと、歩道を歩いているところ、車が突っ込んできて、交通事故で死んでしまいます」
「そうなんだ」
とうとうお母さんは死んでしまうんだ。お母さんのことは許せないけど、こんな悲しい出来事の後、すぐに死んでしまうのは少し可哀想だと思った。
「このままお母様を観察していたら、うっかり死んでしまうところをマイカ様に見せてしまうのかと思い、未来に行って調べてきました。このままお母様の跡を追いますか?」
「......いいや。これで終わりにする」
「そうですか。それでは現代に帰りましょう」
パウロとマイカは現代に帰ってきた。
依頼はこれで終わりだった。
パウロは感謝をしてもらうのを待っていたが、マイカは元気がなかった。
それが当然だということはパウロも分かっていた。感謝というものは幸せな気持ちでないと生まれてこないものだろうから、今のマイカには難しいと思った。
「これで依頼は終わりですね」パウロがそう言うと、
「そうだね。色々とありがとうね」と一応は感謝してくれた。
「過去に行ってよかったですか?」
「どうだろうね。お母さんに死ねって言ったことを謝れたことはよかった。喧嘩別れじゃなかっただけで私はものすごく嬉しい。だけど知らなくていいこと知ったかもしれない。でも本当にありがとうね」
「これからマイカ様の私の能力にまつわる記憶を消します。名古屋での出来事も消去しますか?」
「いや。それはいい。それはできれば知っていたいかな。知りたくないことなんだけど、記憶を消されるのはなんか嫌かな。心配してくれてありがとう」
「そうですか」
「それじゃあね。色々ありがとう」
何度もありがとうと言われたのに、どういうわけかパウロは幸せな感情になっていなかった。相手を幸せにしないと自分も幸せにはなれないのだろうか。
マイカと別れてから、数日が経った。
パウロは新しい依頼人を探していた。
だけど、あまり見つからないから、そろそろ別の時代に行ってもいいかもしれないと思っていた。
そんな時、メールが届いた。
マイカからだった。
新しい依頼だろうか。それとも何かあったのだろうか。
内容は次のようなものだった。
「パウロ、久しぶり。大変なことになった。誰も頼ることができない。だからなんでもできるあなたに助けてほしい。お願いまた会って」




