第6話 これで最後にしてほしいんです
新幹線から降りてきたお母さんの姿を追いかけた。
人が多くて、今にも見失いそうだった。
「見失いそうだから、もっと近づかない?」とパウロに言うと、
「お母様に気づかれてしまう恐れがあるので、近づくのは危険です。」
「じゃあ、見失ったらどうするの?」
「見失うことはありません。追跡する魔法を使ったので、お母様がどこにいるのか探知することができます」
そう言われると、必死に追いかける気も失せた。
遠くから見守るようにお母さんのことを追いかけていると、お母さんは名古屋駅でお土産を見始めた。
お母さんらしいなと思った。
お母さんはいつも旅行をすると、帰る時ではなく、来た時にお土産を見る。荷物になってしまうからと私やお父さんが言っても、知らない土地の商品が面白くて仕方ないのか、どうしても買ってしまうのだ。
それだけならまだいいのだが、お母さんは帰りにもお土産を買っていく。だからいらないものばかり買ってしまって、あとで困るのだ。
名古屋に来たばかりなのにお土産を買っているお母さんを見て、この人はお母さんに違いないとなんだか思った。
お母さんに違いないことは見ればわかるのだけど、どうしても名古屋で一人お母さんがいるということは想像が難しかった。だからこの時初めて、本当にお母さんがそこにいるのだと実感した。
お母さんは名古屋駅を出て、地下鉄に乗り移動した。途中で一度乗り換えをして、ある駅で降りた。隣の車両から見張っていた私たちもばれないように降りた。
お母さんは駅から歩いていき、ある一軒家の家の前で立ち止まった。玄関の前で深呼吸をして、手鏡で自分の顔を見ていた。この家に用があるみたいだ。
マイカはもしかしたら、お母さんは不倫しているのかもしれないと心のどこかで思っていた。信じたくなかったから、できるだけ考えないようにしていたが、その心配は杞憂だったようだ。家の雰囲気を見る限り、不倫相手の家という感じはしなかったからだ。
お母さんがチャイムを押すと、女の人が出てきた。彼女はお母さんよりも少し年上のように見えた。
マイカやパウロの位置からは見えなかったが、玄関には女性以外にも誰かがいたようだ。お母さんはその人に笑いかけ、挨拶をしていた。ぎこちない笑顔だったが、幸せそうな顔をしているようにも見えた。
お母さんが一軒家の中に入ったから、パウロの魔法で盗聴を始めた。
「どうぞ、こちらに」
さっきお母さんを迎えた女性が席を勧めているのだろう。声質がなんだか冷たくて、親しみがこもっていないように聞こえた。
「ありがとうございます」
お母さんが返事をして、座る。椅子を引く音で座ったことが分かった。
しばらく無言が続いた。出迎えていた女性がお茶などを用意しているのだろう。
そんな時、小声で喋っている音が聞こえてきた。
「お母さん、俺もここにいないといけないの?」
「そうよ。いてちょうだい」
小声で喋っているから、お母さんには聞こえていないようだ。
玄関でお母さんが優しく微笑みかけていたのは、お母さんを出迎えた女性の息子なのだろう。そしてその女性はお母さんの友達なのだ。
「だってあの人ってお母さんの友達でしょ? なんで俺も一緒に喋らないといけないの?」
「モトキが小さい頃はよく面倒見てくれたのよ。お世話になったんだからちゃんと一緒にいなさい」
そんな会話の後、お茶の用意を終えて3人は一緒のテーブルに座ったようだ。
「モトキ君は今22歳だよね。大学4年生?」
「そうです」
「大きくなったわね」
「そうは言ってもおばさんはよく会ってるじゃないですか。だから突然大きくなった感じはしないですよね?」
「まあ、そうだけどね。就職先は決まったの?」
「決まりました」
「どんなところ?」
「玩具のメーカーです」
「そう。すごいね」
「......おばさんはお母さんの友達でしょ? 俺なんかに質問してないでお母さんと喋ればいいじゃないですか」
「ははは。ごめんね」お母さんが笑いながら謝る。
「すみません。この子もわがままで。もう成人してるのに」
「全然いいですよ」
この家の女性とお母さんとの会話だったが、どういうわけかよそよそしく、友達とは思えなかった。
それから、小一時間日常会話のようなぎこちない会話が続いた。
お母さんはその女性のことを多田さんと呼び、その息子のことをモトキ君と呼んでいた。
お母さんは主にモトキと話していて、多田さんとは少ししか喋っていなかった。モトキはその状況に違和感を持っているようだったが、お母さんと多田さんは特に気にしていないようだった。
「俺、そろそろ予定あるから席外すね」
「モトキ、そんなこと言ってなかったじゃない。そんな予定ないんでしょ」
「今朝、友達と約束したんだよ」
モトキ君はこの状況が気まずくて面倒くさいのだろう。だから早くこの場から立ち去りたいのだ。
盗聴していて感じたのは、この会話はまるで仲がいいわけでもない親戚との会話のようだった。気まずいと感じるのは仕方がないように思えた。
モトキが立ち去った頃、家に男の人がやってきた。この人は多田さんの旦那さんのようで、今日は早上がりだったようだ。
ちなみに私とパウロは家の裏から盗聴していたから、玄関でその人と出くわすことはなかった。
旦那さんが来たタイミングで、お母さんも
「私もそろそろ帰ろうかな」と支度を始めた。
すると旦那さんが「セトさん。話があるんで、ちょっといいですか?」とお母さんに話しかけた。
お母さんと旦那さんの二人は外に出て、近所のカフェに入った。
当然、私たちはこっそりついていき、お母さんから見えないところに座って盗聴を続けた。
「いつもモトキ君と会わせていただきありがとうございます」
母が言った。やっぱりモトキと会うことが目的だったのか。
「いいんです。ですけどね、もう今回で最後にしてほしいんです」
「最後ですか?」母の声色は驚きながらも悲しんでいるようだった。
「申し訳ないんですが、これで最後にしてほしいんです。モトキだってもう20歳を超えてるんです。今後、あのことをモトキに話すつもりはありません。ですからそろそろ終わりにしてほしいです」
「......」お母さんは黙った。そして鼻をすするような音が聞こえた。お母さんは泣いているのだった。
「そんな。泣かないで下さいよ、こんなところで」
「どうしても会いたいんです。勝手なことを言っているのはわかっているんですけど。どうしても......」
一体どんな秘密があるのだろう。マイカは考えた。
お母さんと多田さん夫婦しか知らない秘密だ。私も知らないし、モトキも知らない。
どうしてもお母さんがモトキに会いたい理由、それは一体何だろうか。
「セトさんの気持ちは分かります。モトキはもともとあなたが産んだ子ですから。ですが、モトキはもう私たちの子供です。あなたの子供ではないんです」
旦那さんがそう言い放った時、マイカは驚いて何かを考えることができなくなった。




