第8話 許される行為ではありません
マイカと待ち合わせをして会うのは、これが3度目だった。
今回はいつもよりも緊急事態だとパウロは思った。だからすぐにマイカの家に向かった。
「来てくれてありがとう」マイカが出迎えてくれた。
母親が亡くなって、家族は父親だけになった。その父親は今仕事で出かけているから、パウロを家に入れても問題ないのだと言う。
マイカの部屋は落ち着いた雰囲気だった。もともとはたくさんの雑貨を置いていたが、母親が亡くなってから片付けをしたらしい。
「何かあったのですか? 緊急性を感じましたが」
「先に聞きたいんだけど、パウロって男なの? 女なの? どっちなのかでどうやって説明するかも変わってくるんだけど」
「私は男でも女でもないです」
「じゃあ、オカマとかそういうこと?」
「そうではありません。話していませんでしたが私はロボットでして、性別は設定されていないのです」
「そうなんだ。もうパウロがどこの国で生まれたのかとか、パウロの能力はどうやってるんだろうとか、そういうことは考えないことにする。私じゃ理解できることじゃないから。ロボットってことは女の事情も色々知ってるってことだよね?」
「経験はありませんが、知識として理解はしています」
「私ね、妊娠したかもしれないんだ」
パウロは考えた。おめでとうございますと言おうとした。妊娠はできる人とできない人がいると、聞いたことがあったからだ。しかし、マイカはまだ高校三年生だ。これは祝福できることなのだろうか。考えてみたが、分からなかった。だから
「そうですか」となんでもないような返事をした。
「どうしよう。どうしたらいいと思う?」
パウロはまた考えた。どうしたらいいだろうか。思考を巡らせた。
産んだ場合は育てるか、施設に頼んだりする必要がある。
自分で育てることは不可能だろう。マイカの家には母親がいなくて、父親は仕事をしている。マイカ一人で面倒を見ることになるが、そうなると困難な道を歩んでいくことになる。
施設に頼むことはどうだろうか。これは楽な道を歩める可能性が高い。しかし、人間にはパウロよりも成長した感情を持っているため、人道的に捨てることを許せない人間もいる。そのためマイカがその決断をするかどうかは、もう少し考える必要がある。
おろす場合はどうだろうか。これが一番いいかもしれない。育てる必要もないし、施設に捨てる必要もない。しかし、これも人道的な理由で人間は選択することを躊躇する。
そうだ。産むか産まないかそれ以前に、本当に妊娠しているかどうかを検討すべきだ。思考を一旦終了した。
「本当に妊娠しているのですか?」
「5日くらい、生理が来てないんだよね。熱海に旅行に行った時、ヨウタとしちゃったんだよね、ゴムつけないで」
「妊娠検査薬は使いましたか」
この国には妊娠検査薬というものが存在すると、インターネットで知った。
「使った。陰性だったけど、生理がこなくなって一週間くらいたたないと正確な結果とは言えないらしい。だから妊娠してるかもって思うの」
「なるほど。今はまだ妊娠しているかどうか判断できない段階です。ですので、一旦考えるのをやめた方がいいかもしれません。妊娠しているかもと考えると、不安になってしまうので、体によくありません」
「なんにもわかってないよね。人は考えたくなくても考えちゃうの。考えても無駄って分かってても、それでも考えて不安になっちゃうの! ロボットには分からないでしょうけど」
「そうですか。申し訳ありません」人間は合理性に欠ける生き物だと、パウロは思い出した。それに適応したアドバイスをしなくてはいけないと反省した。
「どうしよう。本当にどうしよう」独り言のようにそう呟いている。
「やはり、考えることはやめられないでしょうか?」
「だから、やめられないって言ってるでしょ!」
「でしたら、考えを続けるべきです」
「は?」
「深く考えるのです。もし妊娠していた場合のことを。妊娠していた場合、どうするのか。深く深く考えるのです。私も一緒に考えます」
そう言われたマイカは黙った。焦ってばかりで、冷静に考えてはいなかった。
言われた通りに考えてみることにした。
もし妊娠していたら、どうなるだろう。
ヨウタには言いたくない。できればお父さんにも言いたくない。
そうなると、産むことはできない。おろすことになる。
おろすとしたら、費用が必要かもしれない。それは私の貯金でできるのかな。
どんな手段を使ってでもお金を手に入れて、おろさないといけない。
......でもおろしていいのだろうか。子供に恵まれない人もいるのに、子供をおろしてしまっていいのだろうか。子供をおろすということは殺人だということも聞いたことがある。だからそんな簡単におろすことなんて、選んじゃいけないのかもしれない。
だからと言って産むこともできない。産んだら育てなきゃいけない。お母さんだっていないし、お父さんだって仕事で忙しいから、頼れる人はいない。私一人で育てなきゃいけない。
でも私だってまだ高校生活を楽しみたいし、大学だって行きたい。だから育児なんてしたくない。
じゃあどうしたらいいの。産むこともできない。おろすこともできない。
......っていうか、私お母さんと一緒じゃん。
責任も取れないのに妊娠なんかしちゃって。これって私が恨んでいたお母さんと何も変わりないじゃん。
そう思った瞬間、マイカは強い自己嫌悪に陥った。
母親のことはまだ許していなかった。軽蔑の念を抱いていた。そんな人と自分が全く同じ失敗をしてしまっているのだ。
自分が心の中で母親に吐いた暴言が、全て自分に返ってきた。
自己嫌悪が湧いてくるのと同時に、後悔した。
どうしてゴムつけなかったんだろう。無理矢理でもつければよかった。っていうか、どうしてヨウタもゴムつけてくれないの。どうして私も必死で嫌がらなかったの。
......辛い。
そう思うと、涙が出てきた。数滴だけ、静かに落ちてきた。涙を必死に抑えようとした。
「焦ることはないです。ゆっくり一緒に考えましょう」パウロにそう慰められた。
そう言われると、涙が止まらなくなった。
パウロの胸で泣いた。
ふと思いついたことがあった。
「過去に戻って、ゴムをつけるよう指示するってことはできないの?」
「それはできないかと思われます」
「どうして?」
「マイカ様は今産むべきか産まないべきか迷っています。これはマイカ様の人生において強いターニングポイントかと思われます。過去に戻ってゴムをつけることで、その経験をしないことになります。そうすると、マイカ様の将来の人間性に影響し、未来が変わるかもしれません。そして仮にマイカ様が子供を産んだ場合、未来ではその子供が育つことになります。それなのに、妊娠を阻止すると、その子供の存在が消えてしまい、未来は大幅に変わるでしょう。だから許される行為ではありません」
パウロは優しいのか優しくないのか分からなくなった。
言っていることが間違っていないと言うことだけは、よく分かった。




