第9話 必死だよ。必死
パウロが慰めてくれたおかげで、時間が経つと気持ちは落ち着いた。どうしたらいいかはまだ分からないけど、パウロの言う「考えない」ができるようになった。
ヨウタに電話した。
妊娠したなんて言うつもりはない。ただ声が聞きたかっただけだ。
「もしもし、ヨウタ。今暇?」
「今バイトの休憩中」
「そう。なんか声聞きたくなっちゃって、電話しちゃった」
「なんかあったん?」
「いや、何もないけど」
「話したいことは別にないの?」
「うん。ない。ヨウタが話して」
「え。じゃあ、今日バイトであったこと話していい?」
「いいよ」
「高一の後輩が彼女を妊娠させたらしい」
「え、うそ」びっくりした。私と同じだ。
「ホント。まじでやばくね。だってお互い高一のカップルだぞ」
「やばいね。どうするんだろう」
「おろすらしい。まじで最低だよな」
「......最低って、そんなこと簡単に言っちゃダメだよ」
「最低だろ。マイカだって昔そんなこと言ってただろ?」
確かに過去の私はそう言っていた。妊娠するだけで最低だと思っていたし、おろすなんてもっと最低だと思っていた。
「だけど、妊娠する人にも色々事情があるんだよ」
今ではそんなことを言うようになっていた。自分事になったからだ。
「なんだよそれ。俺ならおろさないけどな」
「育てるの?」
「そう。まあ産むのは女の人だから、俺じゃ決められないかと思うけど、産んでもらって必死に育てたいって思うよ」
「私たちまだ高校生だよ? 責任持って育てられないでしょ」
「まあ、それはそうかもな。だけど必死で育てるんだよ」
「必死に育てるって何?」
「必死だよ。必死」
「育てたとして、子供を幸せにできるの? お金ないんだよ?」
「そりゃ、子供を幸せにできるかどうかは別だよ。子供できた時点で俺はすぐ働いて、少しでもいいから稼がないといけないだろ。給料なんて少ないだろうから、子供を幸せにはできないかもしれないな。だから必死に育てるんだよ。子供が少しでも幸せになるように、必死になんでもするんだ」
「そんなに必死、必死って言うなら、もし私に赤ちゃんができたらどうするの?」こんなことを聞くと、妊娠してるかもしれないことがバレてしまうかもと思ったが、勢いで聞いてしまった。
「そりゃ、俺は産みたいよ。でもまあ、どうせ俺は育児なんて簡単なことしかできないだろうから、働いて尽くすしかないだろ? 育てるのはマイカになるだろうから、俺はマイカの選択を優先するぜ。まあ俺は産んでほしいけどな。もう休憩終わるから、じゃあな!」
そう言われて、電話は切れた。
なんだか心が軽くなった。
どうせヨウタは家事なんてしてくれないだろうし、育児もそんなにしないかもしれない。必死に育てるなんて言っても、本当に必死になってくれるかどうかは分からない。だけどなんだか心が軽くなった。一人で抱えていた荷物を共有したような感覚だった。
産むという選択肢ももしかしたらありなのかもしれない。そんな簡単に決められることじゃないのかもしれないけど。
私はまだ18歳だ。だから考えが浅いのかもしれない。大人の判断をできないのかもしれない。無謀なのかもしれない。
でも、それでいいような気がした。後悔はしないような気がした。
多分だけどヨウタは私を捨てない。一緒に生きてくれる。
ヨウタと私と二人の子供と生きていけるなら、大学だって行けなくてもいいし、高校だってもう行かなくてもいいのかもしれない。そう思った。
まあ、お父さんには否定されるかもしれないけど。
悩んで分かった。きっとお母さんだってたくさん悩んだんだ。
産むべきか産まないべきか必死に考えてたんだ。お母さんはおばあちゃんやおじいちゃんには内緒にしていたと、多田さんの旦那さんが言っていた。彼氏だって助けてくれなかったんだろう。
だから一人で必死に考えたんだ。
その結果、産むということを決断したんだ。
それだけでお母さんはすごいと思った。私はパウロにも助けられて、ヨウタにも助けられた。それでもこんなに辛いと思ってしまうのだ。お母さんはもっと辛かったはずだ。
またお母さんに謝りたくなってしまった。
妊娠してたこと、子供を産んだこと、子供を人に譲ったこと。そんなことをしたお母さんのことを否定して、ごめんって。謝りたくなった。
もう謝ることはできないけど。
「ねえ、パウロ! お願いがあるんだけど」
「はい。なんでしょうか」
「もう一度、タイムスリップしたいんだけど」
「はい。構いませんが。タイムスリップしてどうしたいのですか?」
「お母さんに会いたいの。お母さんに会って妊娠のことを相談したいの。経験したことのあるお母さんに相談したいの」
「それはダメです。死ぬ前のお母様が妊娠したことを知ると、マイカ様のために何かしようと考えて、名古屋に行くことをやめるかもしれません。そうすると、未来が変わってしまいます」
「死ぬ直前のお母さんじゃないの」
「と言うと、いつのお母様に会いたいんですか?」
お母さんは学校で非常勤の心理カウンセラーとして働いていた。メインは小学校だったけど、一度高校でもやっていたことがあると言っていた。
それは私が産まれる少し前なんだそうだ。
「だから過去にタイムスリップして、その高校に行って、お母さんにただの高校生として相談するの。自分の子供だとは思われないような形で」
「なるほど、それならできると思われます。マイカ様が産まれる前ですから、自分の子供だと思う可能性はゼロだと思われます」
「私が通っている高校とは別の高校だから忍び込む必要はある。だからパウロにはその学校の制服を作ってほしいの」
「任せてください!」
パウロにその高校の制服を見せると、一瞬で作ってしまった。サイズもぴったりだった。
魔法で作っているものだから、毛糸とかではないんだという。魔力を解除すれば存在ごと消えるらしい。てか、パウロが使ってたのって、魔法だったんだ。
「少しだけ待っていてください! お母様が働いている時間帯や、お母様のカウンセリング室が空いている時間を調べますので」そう言って、また消えた。おそらく、過去に戻って調べているのだろう。
予想した通り、数秒後に帰ってきた。
「調査を終えました。いつでも向かうことができます!」
「パウロ、なんだか張り切ってない? どうしたの?」
「やっと自分にできることが見つかりましたので!」
マイカが一人で悩むばかりで、自分は何もできないとパウロは思っていたようだ。
「そう。やっぱりパウロは優しいね」
二人で私が産まれる前の時代に到着した。
学校の校門でパウロとは別れて、私はパウロから聞いた案内図をもとにカウンセリング室に向かうことにした。別れ際、「盗聴しないでよね」と笑った。
カウンセリング室の前に到着した。まず深呼吸をした。落ち着いていこう。これはあくまでカウンセリングなんだから、他人のふりしてなんでも聞けるんだ。
深呼吸をした後に、手鏡で自分の顔を見た。大丈夫。お母さんにはそっくりだけど、バレるはずがない。
ドアをノックした。すると、
「はーい。どうぞ!」お母さんの声だった。
ドアを開けると、そこにはとても若いお母さんがいた。




