【3-22】聖なる魔法
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クロード・エルモントは有力伯爵家の血筋に生まれ、天才的な魔術の才をもった少年……幼さの残った17歳の青年である。
ことヴェルファスト学園に入学してからは、強化魔術などの威力特化な魔術を好むようになった。
その過程で、彼は創世神ニヒリアが使ったとされる〈聖属性魔法〉と呼ばれる分野にも興味を持つ。
限られた血筋の者が使え、他属性とは一線を画した〈光属性魔術〉よりも上位に位置し、語弊抜きに一国を破壊できるような魔法も存在する——と、伝承にはあった。
とはいえ、〈聖属性魔術〉は人智を越えた神にしか使えないし、別にクロードは世界を破壊したいわけじゃない。
それでも、学び始めたばかりの若きクロードは思った。
「最強で、唯一無二な魔術……いや、魔法……っ。なんてカッコいい!!」
少年心は単純である。
しかしどれだけ憧れても、ただの人であるクロードには使えないことくらい理解している。
なので火力厨が集うヴェルファスト学園の中でも、最も単純火力に秀でた強化魔術を研究しているジェリー・ホークの研究所に入った。
そこで学べば学ぶほど、今度は強化魔術の魅力に取り憑かれるようになった。
「四重強化で精霊王召喚に匹敵……なら、もっと重ねられれば魔法すらも凌駕できるのでは……?」
才能があったクロードでさえも、重ねる数が増やすのは難しかった。
強化魔術はそれ自体制御が難しい上に、消費魔力が馬鹿にならないので練習回数も限られる。
だから場所や時間なんて選ばず、術の重ね掛けを練習した。
休みの日や実家の集まりの時も。魔力が不足しているときですら、常に強化魔術について考えていた。
時折、本家筋の従妹が嫌味を言ってきたり、対した能力もないのに威張り散らかしてくることもあった。
同じ血筋とはいえ、本家と親戚では立場も違う。一方的に馬鹿にされても、言い返したら家柄を盾にして不敬だという。
そのどうしようもない憤りすら糧にして、クロードは研究へと打ち込んだ。
そうした努力の末に習得したのが、〈五重強化魔術〉。
精霊王召喚はもちろん魔法にすら匹敵し、周囲の人々も「未来の大賢伯」だと持て囃した。
(大賢伯になって、あのウザったい従妹を見返すのも良いでしょう。……しかし)
クロードは満足しない。いつか魔法すら超えると言われる七重強化……いや、前人未到の八重強化魔術を習得したい。
さらなる威力を。それこそ、創世神ニヒリアが扱ったとされる〈聖属性魔法〉とやらに匹敵する、最強魔術を編み出したいのだ。
***
〈大賢伯〉になるための名声集めとして参加した魔術戦も、悪魔の乱入によってそれどころではなくなった。
だが彼は「悪魔を撃退すれば、さらなる名声を得られる」などとも密かに考えていた。
しかし、実際の戦場は魔術戦とは全く違う。
悪魔の〈闇属性魔術〉は魔術戦結界では防げない。ロミエを庇い、その身に受けたハルヤの血を見てしまったクロードは、思わず目を背ける。
これは魔術戦ではない。敵は悪魔で、闇属性魔術は防御結界でも魔術戦結界でも防げない。それに、奴らは人を殺すことになんの躊躇いもない。
手は震え、背中に嫌な汗が伝った。
逃げ出したい己を律するように、思考だけは冷静に巡らせてアルウェルに指示を出して取り繕う。
『――我が名はニヒリア。この世界の管理者権限を執行。要件、世界の本を召喚』
そんな時に、貧相な体躯でいかにも人見知りだった少女の凛とした声が、その場を支配するように響いたのだ。
この世界の創世神の名を口にした彼女からは、一切の人間味を感じない。
〈世界の本〉。それは失われた神器の1つにして、システムにすら干渉可能な制御装置である。
ニヒリアを名乗った少女は、淡く発光しながらパラパラと捲られるそれを手すると、冷たくなったハルヤの元へ掲げた。
「——戻りなさい、ハルヤ。ライラックには、あなたが必要」
感情が抜け落ちた緑がかった青色の瞳の先には、ピクリとも動かないハルヤがいる。
「な、なんです……?」
次の瞬間、ハルヤの身体が黄金色に包まれ、クロードは驚愕に目を見開く。
(いま、詠唱らしい詠唱は聞こえなかった。なら……無詠唱、で?)
温もりすら感じるその輝きの元、風穴の開いたハルヤの傷口に光の粒子たちが入り込んで、失われた体組織を紡ぎ、癒し、再生してゆく。
その神秘的ともいえる光景、圧巻ともいえる魔力操作技術にクロードは見とれてしまった。
「——えっ。避けて! 悪魔が——ッ」
「……ッ! しまっ——」
隙を晒したクロードに向かって、悪魔の魔術が一直線に放たれた。
アルウェルの忠告に振り返ったものの、黒い塊は目前まで迫っている。
防御結界は間に合わないし意味がない。魔術戦用に渡されたブローチの結界も、魔力が規定値まで減ってないので発動しない。
こんな所で——目前まで迫りくる漆黒の魔力弾に、クロードは顔を背けた。
「悪魔如きに、殺されたりなんかさせない」
瞬間、黄金色に輝く剣がクロードを庇う。
現行魔術では対抗できない闇属性魔術の弾を、その剣はなんてことないように受け止めた。
「——舞え、聖剣」
再び顔程度の小窓が開かれ、打ち出された聖剣たちが悪魔の首を、足を、腕を、身体を斬り裂く。肉体を持たない下級悪魔は、魔素の欠片となって霧散していった。
そこには神としての慈愛や躊躇は一切存在しない。ただただ、不要なウイルスを除去する管理者のソレである。
——ここはニヒリアの世界だ。
人間同士の争いならばいざ知らず、異界からの侵略者たる悪魔は許容できない。
本来死ぬ必要がなかった人を殺させるなんて、創世神たるニヒリアとしては到底許せなかった。
(……許されるはずがない)
キッと眉間にシワを寄せたが、それも一瞬。
ハルヤの肉体を再生したニヒリアは、繋ぎとめていた魂をあるべき所へと還す。
流石に、血に染まり欠損した服までは戻せない。しかし、露出した白い肌にはだんだんと血の気が戻っていき、僅かに胸も上下しはじめた。
「ロミエ……ハルベリィ嬢、でしたか。あなたは……何者なのです?」
一部始終を見ていたクロードは、畏怖と困惑が滲む表情を浮かべる。
「先ほどあなたは神の名を……ニヒリアと、名乗りましたよね。それにその本は……世界の本というのは、まさか——」
「……ッ、ロミエさん!?」
クロードが言い終えるよりも前に、ニヒリアの足元に魔法陣が展開された。
遅れて、アルウェルが短剣を構える。よく見ると細長い長方形をしていて刃は無く、刀身に彫られた溝は魔力を絡めとる構造らしい。
けれど、剣で受け止められる攻撃じゃないと、ただの飾りだ。
「————」
ニヒリアが紡いだ魔法式を開放すると、街の一角が真っ白な冷気に包まれた。
それだけじゃない。冷気に反応する間もなく、飛び去ろうとしたアルウェルの足を氷が掴み、すぐさま首元まで覆った。
立ち尽くすクロードも同様に、身体を氷の中へと閉ざされてしまう。
「な……ま、りょくが……っ」
クロードの視界がボヤけ、目の焦点が合わなくなる。
さらに、耐え難い倦怠感に瞼が重くのしかかった。
「ろ、ロミエさん……ッ、どうしてしまったんですか!?」
「…………」
「いきなり、こんな……雰囲気も全然変わって……っ!」
「……黙って」
「黙らないです。絶対……ぜったい、何かおかしい!」
肌を刺すような冷たさと、魔力欠乏症による倦怠感で意識を保つことすら難しいはずなのに、アルウェルは必死に食い下がろうと声を挙げ続けた。
そうか、青肌人種だから——ニヒリアは前髪に顔を隠しながら、二人の元へと歩み寄る。
「ロミエさん……ロミエさんってば!」
クロードは既に意識を失っていた。
彼の額に手を置くと、ニヒリアは記憶干渉魔法で今の出来事の記憶を削除しつつ、上手いこと辻褄が合うように改竄する。
(無意識のうちに忘れられるなんて……なんて、幸せだろう)
フルリと首を振って、僅かな恭順を振り払った。
まだ終わっていない。とりあえずアルウェルの記憶を改竄した後は、広場で襲撃を受けてるライラック達をバレない程度に援護しつつ、街中の悪魔を殲滅しなければ。
「ロミエさん、まさか悪魔に取り憑かれたりしてるんですか!?」
「…………」
「悪魔に無理やりこんなこと、させられて……気を確かにして、ロミエさんなら悪魔にも、打ち勝てます!」
「…………」
「……どうして、そんな顔を……してるのですか?」
「……ごめん、なさい」
直接杭を打たれるような心地に、ポツリと言葉が零れてしまう。
あぁ、やはりロミエ・ハルベリィは出来損ないだ。大して知りもしない人間の言葉に、こうも心が揺れ動くだなんて。
「悪魔じゃない。私はニヒリア。この世界の創世神。……悪魔みたいな、不幸を振りまく神」
「そんな──」
アルウェルの額に手を置き、記憶への干渉をはじめた。
「ぅ……こん、な……」
頭の中を弄られる感覚に、アルウェルも瞳孔を見開いて口をパクパクさせる。
彼は、ショルトメルニーャの時のように涙を流すことは無かった。けれど、意識がある中で記憶を弄られるのはいい気分じゃないだろう。
しかし、これは仕方の無いことだ。己の存在を秘匿するため……この世界を、直すために。
「……それで、あなたは何もしないの?」
「——っ。————っ」
ご主人様がこんな目に遇っているのに、契約精霊は執拗に周囲を飛び回るだけで、何もしてこない。
「……そう、何も出来ないのね」
微精霊のくせに魔力操作が苦手で、そのくせ人の言葉を理解し、今は怒りと困惑の感情を宿している。
創世の時代よりも後、ここ数年で生まれた精霊もどきである。
ひとまず害はないので無視し、アルウェルの記憶改竄に集中する。
ニヒリアや悪魔に関しての記憶を消し、「ロミエの魔法書が暴走した」という筋書きを刷り込んだ。
「次は──」
──精霊もどきの番。
そう言って振り返ろうとしたニヒリアだったが、途中でフッと身体がふらつき、氷柱に手をついた。
途端、視界が曖昧にボヤけ、周囲の情景がボンヤリと目の焦点が合わなくなってしまう。
「ぁ……」
全身を縛り付けるような強い倦怠感にさらされたニヒリアは「しまった」と奥歯を噛み締める。
魔力を使い果たしてしまったのだ。
そこそこ魔力量があると言えど、魔術戦でいくらか魔法を使ったし、ロミエはただの人間である。
たいして頑丈でもなく、逆に貧相で栄養も足りてないような少女の身体では、魔力欠乏症に耐えられるはずもない。
トサリ……。
その場に倒れたニヒリアは、もう指一本動かせない。
意識が朦朧とし、重い瞼はどんどん閉じていく。
「ごめ……なさ……ぃ——」
不意に零れた呟き。
誰に向けた言葉なのか——それすら分からない。
ニヒリアの意識は遠く深く、ロミエの内へと沈んでいくのだった。




