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【3-23】喪失の星/水面の壁

――――――――――



 ヴェルファスト学園の教員にして強化魔術の礎を築いた男、ジェリー・ホークに家族はいない。


 両親は10代の時に亀裂の先に消え、守ると誓った妻と子は、悪魔に惨殺された。

 喪失の星の下に生まれたのだと、彼自身もとっくに諦めている。


 だが、そんな彼にも目標があった。

 妻と婚約した時に約束した。ジェリーの魔術を美しいと言ってくれた妻に、使いたくても魔術が使えない妻に、魔術師の最高職たる大賢伯夫人の称号を与えるのだ──と。


 けれど彼は選ばれない。


 何年経っても、どれだけ努力しても、研究の成果を発表しても、次世代を育成し優秀な魔術師を排出しても、選考にすら呼ばれない。


 あろうことか、教え子ですらない強化魔術の使い手が選ばれた。

 家柄だけで大した実力もない、根暗の小僧が選ばれた。

 光属性魔術が使えて、他の魔術も満遍なく使えて……15歳の若き天才が、選ばれた。


 なのに、凡人で庶民出のジェリーは選ばれない。

 魔術に触れて約50年。勤勉に勉強し、着実に実績を積み上げ、親と家族を無くしながらも誠実に生きてきた。


 それなのに、大賢伯にはなれない。


 唯一の妻の遺言を……願いすら、生きる理由すら失われた。

 この国は、世界は、ジェリーの何もかもを奪っていく。生きる理由すら、希望すらも与えてくれない。


 ──そんな救いようのない世界なんて、滅んでしまえばいい。

 

 破滅主義(ニヒリズム)を抱いて何が悪い。どれだけ足掻こうと、希望を持てない世界が悪いのだ。


「——この人でなしめ」


 家柄だけの小僧が言った。


「人でなし……ですか? 魔法伯殿は面白い事を仰る」


 己の力は極限まで磨き上げた。それなのに自分は選ばれない。評価されない。世界は……この国は、何もかも奪っていく。

 悪魔を取り込んだのは癪ではあるが、きちんと制御できているし、自在にその能力を扱えている。


「…………貴方も私も、等しく同じバケモノだ」


 大賢伯はバケモノしかなれない。

 ならば、今の自分はバケモノだ。魔法伯とも対等に戦える、強化魔術を極めたバケモノなのだ。


「……えぇ、バケモノなのですよ」


 それ以外の全てを失ったとしても、悔んだりはしない。

 だってもう、彼の心には何も残っていないのだから。



──────────


 

 ニヒリアが意識を失った一方で、広場では悪魔たちによる惨劇が、今にも始まるところだった。


(闇属性魔術なんて、受けるもんじゃない)


 ジェリー・ホークの攻撃を弾いたリーンハルトは、一部黒ずんでしまった短剣を一瞥する。

 壊れることは無いだろうが、何度も弾いているうちに誤魔化しきれなくなるだろう。


 ジェリーの矛先がリフィル達に向いているとはいえ、雑多の悪魔たちも闇属性魔術を使い始めたし、容赦なく攻撃をしてくる。

 広場の縁で住民たちを守っていたリーンハルトは、チラリと脇道に目を向けた。


(増援はもう来ないけど……ハルベリィ嬢は無事だろうか)


 ジェリー・ホークの企みにも薄々勘付いてはいたものの、前日に会場入りしたこともあり、街全体に悪魔を放つとは完全に想定外だった。

 生徒会長権限で代表選手に無理やりねじ込んだ建前的にも、ロミエの身が心配で仕方がない。


 とはいえ、この場を離れるわけにはいかない。

 頼りの大賢伯の意識は戻らず、魔法伯も守勢に回って反撃の手立てが無い。各学園の実力者たちも魔力切れで、教員に至っては殆どが重傷だった。


 そんな中、一人の魔女が動く。


「——みんな、今よ!」


 その魔女の号令の元、フェルマー学園の生徒達が一斉に水属性魔術を放った。

 滞空する悪魔たちに向けて放たれた水流は、総量は多いものの勢いや殺傷力は無いに等しい。

 だが、悪魔を追い払う効果はあったらしく、水流に晒された悪魔は一度高度を取った。


 しかし、それだけでは終わらない。


「――精霊たちよ、〈水面の魔女〉アクアリス・セーンより願います。静かなる水面を、共に作り支えましょう」


 両手を組んだ魔女——アクアリスの願いに、微精霊たちが応える。

 生徒達の契約精霊含め近くにいた微精霊たちが、広場に散った水源を元に、空へ水のカーテンを敷いていく。

 住民たちの援護を続けていたリーンハルトは、飛び散る水滴を回避しながら目を細めた。


(……そう、悪魔は水を嫌がる習性を利用したのか。それにしては…………うん、薄い膜程度じゃ意味がない)


 それに——生徒の一人に取り憑いた悪魔は、ホーク男爵に顎で転がされるようにして、ジリジリとアクアリスに狙いを定めはじめていた。


 悪魔たちの親玉とも言えるジェリー・ホークは、上位悪魔をその身に取り込んで、魔力量や詠唱を不要にしている。人ならざる存在の脅威は、よく分かっているだろう。

 ゆえに、精霊との親和性が高いアクアリスを危険視したらしい。


(確かに〈水面の魔女〉は厄介だし、減らせるなら減らしておくべきなんだろうけど……)


 彼らしくもなく、ギュッと眉間に皺を寄せたリーンハルト。

 静かに魔術を使って地を蹴ると、アクアリスたちを庇うように間へと入った。


「これ以上、好きにはさせられないな」


 リーンハルトは腰に備えていた短剣の腹で突撃を受け止め、融和な笑みを浮かべる。

 対する反応は「キシェェァァ――!」と、理性を失った様子で爪を振り下ろさんとしていた。


 下級悪魔には自己意識らしい意識は存在せず、ただ人の魂を求め食らう。

 殺してしまうのが一番早いのだけれど――なんて物騒なことを考えていると、彼の耳に(ささや)くような声が聞こえた。


(……ふーん? なら、大丈夫かな)


 悪魔を無理やりに押し返したリーンハルトは、サッと天を仰ぐ。

 それと同時に——



「――〈水面の魔女〉アクアリス・セーンの名のもとに、開け、門」



 静かに展開された魔法陣から、青く重厚な装飾で彩られた門が出現した。


「大海の淵より現れ出でなさい――水の精霊王ネプトゥリアス」


 二度目の門が開かれたと同時に、その先から大量の水が解き放たれる。


「お、おい、街を水没させる気かっ!?」


 街を飲み込まんとする水塊に対し、ステラは苦し紛れに杖へ縋り付いた。

 しかし、その心配は杞憂に終わる。


 薄く張った水面に触れると、まるで暑さを補完するように混ざり合った。

 悪魔たちは水面の陽炎によって曖昧な輪郭しか見えなり、爪を立てようが闇属性魔術を放とうがビクともしない。


「3分が限界よ……っ。それまでに、早く!」


 必死な形相のアクアリスに、いち早く動いたのはジェリー・ホークだった。


「妙な真似を……たかが水に何が出来る」


 黒槍が十数本生み出され、天に張った水面を大きく抉った。だが、すぐさま周囲の水が入り込んできて塞がれる。

 なるほど——とステラが頷いていると、横からアイリシカがやってきた。


「魔法伯殿。殿下を……リフィル殿下を守ると、誓っていただけますか」


「え……も、もちろん。今も守ってるし……」


 しきりに目を泳がせながらも答える


「頼みましたよ。それでは——ッ!」


 小さく会釈したと思ったら、彼女は抜身の剣を下段に構えたまま、ジェリーに向かって一直線に駆け出していった。


「え、ちょっ、なにやっ……的になるだけだって……!?」


「全て斬り伏せるまで!」


「きりふせ……斬り伏せって、はぁ!?」


 いくら接近戦は騎士や剣士が有利だとしても、強化魔術が施された闇属性魔術なんて掠っただけで致命傷だろう。

 事実、大賢伯の中でも武闘派に位置するライラックですら、未だに意識を失ったまま。


(せめて、コイツが目覚めてさえくれたら……ん?)


「なんだこれ、本……か?」


 再度身体を揺さぶるべく手を伸ばすと、傷口を塞ぐ氷の中に一冊の本が潜んでいた。

 背中側の服とローブの間に隠されたいたらしいが、ナイフの直撃を受けたせいで、中央部には生々しい血痕が刻まれている。


「魔法伯様、アイリシカが……!」


 避けようともせず一直線に突撃するアイリシカに、ジェリー・ホークの無慈悲な攻撃が放たれた。

 リフィルの叫びに、ステラも結界を張ろうとしたが間に合わない。


「これしき……ッ」

 

 アイリシカは、刀身の半分を失いながらも、見事な剣さばきで弾いてみせた。

 〈星砕〉の妹なだけあって、凄まじい技術である。


「覚悟ッ!」


 そのまま隙だらけのホーク男爵に向け、柄の長さすらない刀身で斬り掛かった。

 

 しかし、その刃は届かない。

 虚空から生成された黒いレイピアによって、渾身の一撃は防がれてしまう。


「なッ……」


「残念、闇属性魔術だけでは無いのですよ」


 漆黒のオーラを纏ったレイピアが、アイリシカの剣を腐食するように食らってゆく。

 堪らず剣を手放すも、こうなったら彼女は何も出来ない。


「もう少しで3分……さて、そろそろチェックメイトと致しましょう」


 ジェリーは不敵に笑いながらも、その目は鋭く、隙を感じさせない。

 魔術師は接近されたら基本負ける。ゆえに騎士や剣士はこの時代でも重宝されるし、実体を持たない防御結界で防げなくても、鋼で出来た剣であれば弾ける可能性もあった。


 アイリシカは武器を失い、アクアリスは魔力切れ寸前で、リーンハルトも取り憑かれた生徒に対応していて動けない。


(魔法戦結界を解除するべきか……? だがそしたら住民への被害が……)


 実験であれば損切りするなんて簡単だ。しかし、人の命を同様に扱えるほど、ステラは残酷にはなれなかった。


 その時、足元で白狐がピョコンと跳ねる。


「ライラ、ライラ!」


 契約精霊であるキャリアの声に、ステラは心臓が飛び上がった。

 

(まさか死んだ!? 死んじゃった!?)


 しかし、バッと向いた彼の瞳に映ったのは、ゆっくりと膝を着いて立ち上がろうとするライラックの姿。

 その拍子に、ローブの隙間から本が落ちた。

 俯いた彼女は、前髪に隠れた口元で何やらブツブツと唱えている。


 すると——暗がりに映えるキラキラとした光の粒子が漂いはじた。それは次第に、一つの棒状へと纏まっていく。

 少しずつ少しずつ。カラカラに枯れた声を震わして、着実に術式を紡いで謳った。


 ライラックは詠唱を終えると、真っ直ぐ顔を上げる。

 そして、アクアリスと対峙するジェリー・ホークへ向けて〈矢〉の先端を向けると、最後の一節を唱えた。


「──光の矢」

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