【3-21】震える決意は凛として
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街の中心の広場で戦闘が始まった一方、ロミエがいる街の東側では、アルウェルとクロードが対峙していた。
「なぜ剣を向けるのです? 我々同士で争っている場合じゃないでしょう?」
「なぜって言われても……大会の対戦相手ですし」
「……本気で言ってるんですか?」
クロードは信じられないものを見るように目を見開く。
感知魔術を使えば、明らかに異質な魔力が大量に出現したことくらい一瞬で分かる。正体が分からなくても、悠長に魔術戦を継続している場合じゃない。
そもそも、魔術戦をする者は感知魔術習得がほぼ必須である。
ゆえにクロードは思いもしない。アルウェルは感知魔術が使えないという事を。
「魔術戦は中止です。街中に悪魔が出現して暴れ回っているのですよ? そんなことも分からないんですか?」
「え、悪魔!? で、でもこの街って、〈亀裂〉は発生しないはずなんじゃ……」
「えぇ、ですから明らかに異常事態、何者かが仕組んだ罠なのかもしれません」
常闇の街ヴァイセルはその名の通り、一切の陽光が遮断された常夜の街だ。
理由は不明なものの、過去に亀裂が発生した記録は無い。
ゆえに、悪魔は外部から連れてこられた──とクロードは予測した。
「……そうだ。それこそ、青肌人種の貴方が仕組んだのではありませんか?」
「ええっと……もしかして自分、疑われてます?」
苦笑いを浮かべながら己を指さすアルウェルに、クロードはキリリと目尻を立て、ロミエも控えめに頷く。
やっと事の重大さを理解した彼は、大人しく短剣を下ろして手を挙げた。
(認める……って、感じじゃなさそう)
ふてぶてしいというか、「なんで?」といった様子で困惑の色を浮かべている。
もし彼が本当にやったとして、この態度を貫いているなら相当な演技派である。
それにロミエはもう一つの変化を──魔術戦結界が崩壊した事を知っている。
(魔法に対しての効力はまだあるし……ライラ様たちに、何かあったのかな……?)
ライラック・アシス・ツヴァイリムは大賢伯が1人〈全能の魔女〉だ。
ロンド王国における魔術師の最高位にいる彼女が殺される……なんて、こと——。
「……っ!」
密かに感知魔法を発動したロミエは息を飲む。
感知魔法で捉えられたライラックの魔力は、明らかに弱弱しかった。
それだけじゃない。彼女らがいる広場には黒い魔力──複数の悪魔が襲来している。
魔力とは、空間に存在する魔素を操る脳波の強さである。
強さは性質は人によって個人差があり、魔力量や得意属性を分ける要因だ。
ライラックの得意属性は希少な光属性で、かつ魔力量も多い。しかし、その輝きは魔力切れのように陰っていて、今にも儚く消えそうだった。
(また……死んじゃう……?)
わたしと……ニヒリアと関わったから、私が何もしなかったから……?
「ひ……ぁ……」
ロミエはカヒュっカヒュっと枯れた呼吸を繰り返す。
その脳裏に過去のトラウマが——初等学園に入学して二年が経ったときの、とある事件の出来事が蘇る。
初めての友達を、見殺しにした記憶を──。
***
ロミエの目の前で──先を歩いていた友達のすぐ側に開いた亀裂。
そこに吸われていく友達が、最初で最後の友達だった心優しき少女が、必死に小さなその手を伸ばした姿が……儚く異界へと──消えた。
ロミエは、亀裂が発生しそうだったのを知っていた。知っていて、伝えられなかった。
……いや、伝えなかった。
助けたあとに「どうしてわかったの?」と聞かれるのが怖くて、恐ろしくて……言えなかった。先導して歩く友達を引き留められなかった。
発生した亀裂だって〈世界の本〉があれば塞げたし、少しの時間ならば亀裂の先へ続く異界に入って、救出することだってできたはずだ。
けれどそれは、創世神であることを証明するようなもの。
ニヒリアはこの世界を直す義務がある。
図らずもこの世界に生を受けたならば、それに命を賭すのがせめてもの償いだと信じて。
だからロミエはその友達を見捨ててしまう。
より多くの人々を助けるため。欠陥によって被害を受ける人々を減らすため。ロミエはたかが一人を犠牲にした。
その決断は正しい、合理的であると理解してしまったから。
合理的なら、たかが友達の、一人くらい……仕方ないと切り捨てた。
なのに……ずっと、消えゆく友達の表情が、助けを求めるあの顔が、「死にたくない」と願い、叶わぬと知って絶望する顔が……失望したその顔で、ロミエに言うのだ。
どうして──?
助けてくれなかったの──?
助けられたでしょ──?
教えてくれなかったの──?
死ぬって、分かってたのに──
「「友達じゃ、なかったの……?」」
***
「……ぁっ、ぅ……ぇぁ……っ」
ヒックヒックと喉が跳ね上がる。漏れる嗚咽は抑えたくても抑えられない。
バクバクと高鳴る心臓の鼓動が、よりいっそう動揺を増幅させていく。
(まだライラ様は生きてる……でも、ここからじゃ〈世界の本〉がないとだから……無理)
涙と嗚咽は止まらないのに、妙に頭だけは冷静に状況を分析してしまう。
そんな自分が嫌で嫌で仕方ない。簡単に諦めてしまう自分が嫌だ。けれど、同時にそれが最適解だとも理解できてしまう。
(……や、だ。こんな、わたしなんか……)
止めどない自己嫌悪に、ロミエは血が滲むほど唇を噛み締める。
そんなロミエを他所に、クロードは杖を握り直すと、再びアルウェルへ向けながら質問を投げかける。
「名前は? 名前を言いなさい」
「あ、アルウェルです。……えぇと、貴族とか偉い身分しゃ無かったので姓は無くって、ただのアルウェルです」
「……なるほど。つまり、爵位を餌にされ殿下暗殺に加担した……と?」
「に、睨まれても自分は何も知りませんよ!? それに……帝国貴族は腐敗していて、碌でもない場所です。だから、死んでも貴族になんかなりたくないです、自分」
首を横に振りながらも、妙に語気を強めるアルウェルに対し、クロードは肩眉を上げて訝しむ素振りを見せる。
しかし、特に問い詰めるようなことはしなかった。
「……まあ、口先だけなら何とでも言えましょう。証明したいなら、何かしら根拠を示してください。早く、簡潔に」
「こ、こんきょぉぉ……」
「う〜〜ん……」と唸りながら、剣を右手で顔を覆うアルウェル。
どうにか下唇を噛み締めて動揺を押し殺したロミエは、それらの成り行きを静かに見守っていた。
(……え?)
刹那、彼の瞳が微精霊に向いたのをロミエは見逃さなかった。
精霊はこの世界を動かすシステムの一部である。
中上位の精霊なまだしも、実体すら持てない微精霊には意思すら存在しないのに、彼は頻繁に微精霊へと視線を向け、まるで意思疎通をこなしているようにも見えた。
「い、いま──」
──どうして、目を向けたんですか?
ロミエがそう問おうとした瞬間、視界の端──通りの奥から漆黒の槍のような物が一直線に飛んできた。
その魔力はあまりにも異質。人ならざる手で組まれた、この世界に存在しえない不純物。
漆黒の槍は闇属性。この世に存在しない、悪魔が扱う魔術だった。
(防がないと——っ!)
ロミエは魔法書を広げる暇もなく、無詠唱で防御結界を編もうとした。
けれど、槍はもう目と鼻の先まで来ていて、ロミエの視界を覆いつくしてしまう。
(ぁ、ここまでなんだ)
——もう間に合わないし、どうしようもない。
そう冷静に判断しながらも、ロミエは「ひっ」っと1歩後ずさってしまう。
(友達は殺せて、自分は死にたくないなんて……)
常々自分が嫌いになる。けど、それももうお終いだ。
しかし、その一歩によってほんの少しの猶予が生まれる。
「ロミエ様──!!」
不意に、ロミエの小さな体が誰かに突き飛ばされる。
トスンと尻もちをついたが、寸前までロミエがいた場所を漆黒の槍が穿って行った。
「だ、大丈夫ですか!?」
「な……ッ。まちなさい、構っている場合じゃありません!」
駆け寄ろうとするアルウェルを、クロードが静止する。
「こんなに早く……それにもう、魔術が使えるというわけですか……ッ」
来た道へと振り返ったクロードは、薄く照らされた街角へと杖を向け、小さく汗を滴らせる。
すると脇道から突然、細く大柄なシルエットが現れた。
ソレは二足歩行でありながら細長い口に獰猛な牙を並べ、ダラりと下がった腕の先には鋭利なクローを持つ怪物——悪魔だ。
数的不利だからか突っこんでは来ないが、舐めたように口角を釣り上げて笑っている。
「……下級悪魔、ですね」
アルウェルが低く呟いた。
現行魔術では闇属性魔術に対する対抗手段がほとんど存在しない。下級悪魔であっても脅威であることに変わりは無かった。
「くっ……ロミエさん、その人と一緒にどうか逃げてください!」
「そ、その人……? ……あ、ぇ——ッ」
さっきいた場所へ視線を戻し——倒れている人物を見つけ、ロミエはその目を限界まで見開いた。
腹部を槍に貫かれた侍女服姿の女性が、赤い血の円を広げながら倒れている。
顔は見えない。しかし、お団子に纏められた黒い後ろ髪には、〈カメリアの花〉と〈剣〉のアクセサリーがとめられていた。
〈カメリアと剣〉。
それはかつて、創生神ニヒリアのシンボルとされた紋章である。
「ハル、ヤ……さん?」
ライラックの侍女。苦い紅茶が好きで強要してくる以外、何もかも完璧にこなせる侍女ハルヤ。
ニヒリアを信仰しているというライラックの侍女ならば、古い信仰の証を持っていてもおかしくない。
彼女の腹に穿たれた漆黒の槍は、その役目を終えたかのように赤い血肉だけを残して消滅した。
「に、げ……うぶぇ……っ」
ハルヤはうつ伏せのまま吐血して、ロミエに向け伸ばされた腕も力なく地に倒れてしまう。
(は、早く、早く助けないとハルヤさんが……死んじゃう)
既に黒い侍女服は真っ赤に染まっていて、ハルヤの顔はどんどんと青白くなり、体温を失っていった。
(普通の処置じゃもう間に合わない……なら再生魔法を使えば——)
けど……魔法を使おうと伸ばした手が強張り、ロミエは結局下ろしてしまう。
チラリと顔を上げると、悪魔と対峙したアルウェルとクロードはジリジリと後ずさっていた。
「防御結界は張るだけ無駄。あなたは回避に専念して、僕の詠唱時間を稼いでください……ッ」
「承知です。自分、囮は得意ですよ!」
再び短剣を構えたアルウェルは、肩越しにロミエへ振り返ったと思うと「早く!」と必死な形相で叫ぶ。
(ここじゃ、人が……)
ロミエが「魔法を自在に使える」と周囲に知られるのはマズイ。
過度な期待は身を滅ぼす。その事を、ロミエは痛いほど知っていた。
けれどそうしている間も血は流れ続け、ハルヤの命運は尽きかけていた。
(助けなきゃ。でも魔法使ったら……再生魔法くらい、なら、でももう詠唱してたら間に合わない。くよくよ悩んでたから……反省はいい、早く今すぐにでも助けないと、でもそしたら私の正体……が……)
あぁ……。
ロミエは目を伏せてしまう。
結局、他人の命よりも自分を優先してしまうんだ──と。
いつだって、あの時だってそうだった。
大切な友達が亀裂に巻き込まれたのに、塞げば助かったのに、人の目を気にして、ロミエは何も出来なかった。
(……違う。出来たのに、しなかったんだ)
創世神の記憶と力はあるのに、普通の人じゃ出来ないような魔法が使えるのに、それを扱う自分自身がどうしようも無いほど無能で出来損ない。
ショルトメルニーャの時だって、ロミエのミスで魔力中毒にしてしまった。
色んな人に迷惑を掛けた。心配させた。配慮させた。気を使わせた。
その思いやりに、ロミエは……ニヒリアは応えられない。
(だって……私は……)
──ハルベリィ監査は出来損ないじゃない。
「ぁ……」
ロミエはアールグレイに祖言われた言葉を思い出し、ハッと顔を上げる。
しかし既にハルヤは冷たく、息絶えていた。
こうなったら、〈世界の本〉で無理やり魂を引き戻すしか方法が無い。それも今すぐに。
けれど、〈世界の本〉なんて神器を取り出してしまったら、それこそ己がニヒリアである事の証明になってしまう。
(……逃げても、いい)
ふと、アールグレイが言ってくれた言葉を思い出す。
もしも今ロミエが逃げてしまっても、彼は責めたりしないだろう。
ただのロミエは出来損ない。ニヒリアの力が合っても無くても、人と話すのが苦手で、自分で解決しようとして失敗してしまうダメ人間に変わりはない。
でも、そんな出来損ないなロミエを受け入れてくれる人がいる。
逃げても良いと、ともだちだと、手を差し伸べてくれる人がいる。
その人達はロミエがニヒリアだなんて知らない。
知ったら誰もがロミエを軽蔑するだろう。
騙していたことを根掘り葉掘り追及され、もう誰も「ロミエ」と……両親が付けてくれた名で、呼んではくれなくなる。
それも仕方ない。ニヒリアは自分の創った世界すら直せず、多くの人々を苦しめた存在だ。
この国ならば特に、国の英雄を見殺しにしたも同然な存在を、どうして受け入れられよう?
(……う、ん。そうだよ、ね……わたしは、最低で最悪な出来損ない……だから)
魔法は使わない。使ったらみんな……もう誰も、ロミエをロミエと呼ばなくなる。
(だって私は——ニヒリア、だから)
それでいいじゃないか。
自分を偽り、他人を騙しながらロミエとして生きられれば……きっと、その方が楽しい。
だから今回も、見殺しにして逃げるのが正解だ。
ただのロミエには何も出来ない。それが当たり前だし、誰もロミエなんかに期待しない。
それに逃げても、受け入れてくれる人が居るのだから。それでいい。……それがいい。
『――我が名は、ニヒリア』
ロミエの——いや、ニヒリアの感情が消えたトーンの言葉に、クロードの肩がピクリと跳ねる。
『——この世界の管理者権限を執行』
ここでようやくアルウェルも理解した。
「ろ、ロミエさん……!?」
バッと振り返ると、そこにいたのはオドオドした少女ではない。力なく垂れていた目尻は凛と立ち、猫背だった背筋は堂々と伸びていた。
しかし、その顔に表情はない。感情の抜け落ちた瞳に、作り物のような顔を貼り付けた、心無き虚無の顔。
彼女はおもむろに右手を掲げると、無機質な声で詠う。
『——要件、世界の本を召喚』
〈世界の本〉。
それはかつて、創世の時代に神ニヒリアが使用したとされる神器の内の1つ。
既にこの世から失われた神器であり、扱える存在はこの世界の管理者だけであって──
「──ニヒリア……神?」
クロードの手から杖が落ちる。
それすら意識できないほど、振り返った彼は茫然自失と立ち尽くすのだった。
更新遅れてしまい、申し訳ありませんでしたm(*_ _)m
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