【3-20】バケモノ
「これ……強化魔術が、付与されている……?」
武器に魔力が付与されていることは珍しくない。ロンド王国の騎士や剣士たちは魔力が付与された剣を使っているし、魔術を付与している者もいる。
しかし強化魔術の使い手は少なく限られるわけで……。
「くっ、悪魔が来ます……ッ」
アイリシカが険しい顔で剣を構え直す。それと同時に、広場へ悪魔が襲来した。
それも一体や二体ではない。まるで示し合わせたような完璧なタイミングで、各方面から合計十数体の悪魔が突入してきたのだ。
「殿下、私の後ろから離れぬように! 精霊殿は背中を頼み——ますッ!!」
放たれた矢のように突撃してくる悪魔を、どうにか剣でいなすアイリシカ。
白狐のキャリアスノーテンは状況が飲み込めていないのか、動かないライラックの顔を心配そうに覗いている。
「ライラ、ライラ? 大丈夫、痛い? 立たないと、みんなみんな死んじゃうよ?」
キャリアが心配そうにペロペロと顔を舐めても、意識が戻る気配は一切ない。
大賢伯だったとしても、言ってみればただの魔術師だ。刺されればそれだけで重症だし、ナイフには強化魔術が付与されている。
鍛えている騎士たちだって容易に血を流すだろう。
「くっ、止血しないと……こ、これでいいのか……??」
ステラはあくまで魔法の研究者だ。武闘派でないし、血を見る機会も少ない。
戦闘の要であるライラックがやられる想定外に、動揺で上手く力が入らなかった。
そうしている間にも、傷口を中心にローブが赤く染まっていく。。
「そ、そうだ! き、キャリア……だったよな。ご主人様の傷口、凍らせることとかできないか!?」
「うん、うん。わかったっ」
氷の上位精霊らしい白狐は、ステラの言う通りライラックの傷口を凍らせる。
魔力中毒になる危険性がある処置だが、互いに契約関係にある場合は魔素の素質も近い場合がほとんどだ。
しかし、血は止まったものの彼女はグッタリしたままで、目を覚ます様子は無い。
医師でもないので、これ以上は安静にさせるしかない。
ステラはフードを持ち上げ、その紫紺の瞳を広場に向けた。
襲来したのは下級悪魔ばかり。漆黒の翼で上空を旋回しつつ、羽織ったボロ衣の下に伸びる鋭利なクローを人々に向けている。
顕現したばかりで慣れないからか、魔術は使わずクローを生徒達に向けて振り下ろしては上空に、振り下ろしては上空にと繰り返していた。
知能は低いが、数を活かして多段攻撃してくるので厄介極まりない。
広場に残る生徒たちは防御結界で防いでいるものの、反撃はまばらである。
効果的に行えているのはフェルマー学園とヴェルファスト学園くらいで、それぞれ〈水面の魔女〉アクアリスとホーク男爵を中心に、攻撃と防御を上手いこと両立させていた。
中でも、五重強化魔術の使い手であるホーク男爵は、生徒達の中心で長い詠唱を唱えていて……彼の黒い瞳がステラ達に向けられた。
(……あ、コレやばッ——)
ステラは咄嗟に短縮詠唱を唱え、全力で魔法結界を編み上げた。。
そちらに注力したせいで、維持していた魔法戦結界が崩壊しそうになる。
しかし、結果的にこの判断は功を奏した。
「——消し去るがいい」
ホーク男爵の手から放たれた黒い炎が一直線にステラの魔法結界と衝突する。
ギギャァン——! とけたたましい音と共に、火花のような黒い残滓がベタベタと散乱した。
それらの黒い炎に、ステラは直感的に呟いた。
「黒い炎……まさか、こ、黒炎……!?」
〈黒炎〉——それは攻撃に秀でた火属性魔術の中でも最上位に位置する、最高火力の魔術である。
その業火は防御結界を含め全てを焼き尽くす。しかし魔術式があまりにも難解かつ、制御も困難なため全く使い手がいない。
現状使い手は、国内だと大賢伯が一人〈黒焔の魔術師〉ユリシーズ・モルガンのみで、同じ大賢伯である〈全能の魔女〉ライラックはもちろん、魔法伯である〈理の魔法使い〉ステラですらも扱えない。
使えれば大賢伯候補にも選出されるほどの魔術を、ただの初老教員でしかないジェリー・ホークは使ったのだ。
(けどあくまで魔術だ。オレの魔法結界だったら完璧に防げ——)
次の瞬間、ステラが全力で張った魔法結界に一筋の亀裂が入る。
魔法結界に阻まれた黒炎は、その威力を減少させず結界と拮抗し、あろうことか亀裂まで入れていた。
「う、嘘だろ……? 本気で編んだ魔法結界だぞ……!?」
魔法戦結界の維持にも力を割いているとはいえ、魔法伯が一人〈理の魔法使い〉が編んだ魔法結界だ。ただの防御結界とは作りも強度も次元が違う。
しかし、極限まで無理やりに威力を高めてしまうとどうだろう?
それこそ、黒炎——に近しい魔術を五重強化してしまう、だとか。
「圧倒的な力は、魔法すらも貫くのですよ」
ホーク男爵は意味深に笑みを浮かべ、片手を振り挙げる。
次の瞬間、フェルマー学園の生徒達を守っていた防御結界が破壊された。
「え……?」
「は……?」
「な、にを……?」
茫然とする生徒達。
恩師であるはずのホーク教諭が、あろうことか殿下や魔法伯を攻撃したうえ、自分たちを守っていた防御結界が突然破壊されたのだ。
「ま、まずっ……! 防御結界を——」
「防御結界なんて必要ありません」
ジェリー・ホークはそう微笑みながら、防御結界を展開しようとした男子生徒の首を鷲掴みにする。
「ぐ……がっ……は、なせ……ッ!」
「大丈夫。私が手塩にかけて育てたんですから、殺しはしませんよ」
苦しそうにもがく男子生徒を、彼は飛来する悪魔に向けて掲げてみせた。しかし、鋭いクローに突き刺さされることは無い。
代わりに悪魔は、その思念体ともいえる身体を男子生徒へと浸透させ、侵食していった。
「が、ぎうっグ————ァァァァァッ!!!!」
青年の悲痛な声が広場中に響き渡った。
しかしそれも直ぐに止む。誰も身動き一つせず、魔法結界と黒炎がせめぎ合うバチパチという音だけが支配していた。
そして不意に、静かになった彼は顔を上げ——「キシャァ——ッ!」と人ならざる笑みを浮かべる。
瞳には理性の欠片も残っていない。悪魔と同じ、ただ獲物を狙う獣のような黒い目をしていたのだった。
「おや、乗っ取られてしまいましたか……。まあ残り魔力も少なかったですし、残党でしょう」
一切の感傷に浸ることなく、ジェリー・ホークはそう言うとサッと右手を払い、詠唱もせず黒い槍を10本生み出した。
「き、貴様その槍はッ……まさか、前に襲撃してきた呪術師かっ!」
襲い掛かってきた悪魔を斬り伏せたアイリシカは、彼の槍を見上げて反転身構える。
「……はて? 呪術師、ですか?」
「とぼけるな。あの時の黒フードの男も、貴様と同じ魔術を使っていただろう。ライラック殿によれば、普通の魔術とは違うはずです!」
アイリシカの言葉に、リフィルが「ほ、ほんとだっ」と呟く。
しかし、彼女が言っている呪術師はホーク男爵ではない。イスベルク王国の〈運命の呪術師〉だ。
彼は出身地などの情報がハッキリとしてないものの、ロンド王国出身のジェリー・ホークと同一人物なんてことは絶対にありえない。
(……だが、こいつの魔術は実際に変だし気持ち悪い。魔素も魔力も……うげぇぇっ……吐き気してきた……)
〈理の魔法使い〉は根っからの引き篭もり気質で極度の人見知り。対人スキルに難があり、人の目を見て話せない。
けれど、彼は魔法伯が一人〈理の魔法使い〉。〈最強の魔法使い〉の末裔に当たるステラは、魔力や魔素研究の最先端を走る研究者だ。
普通と違う。完璧でない不完全なものはよく目につくし、何より気持ちが悪い。
(──魔法結界と拮抗する黒い炎。無詠唱で魔術を使用。悪魔をまるで手懐けているような行動、言動。それに……闇属性魔術に最も近いと言われる〈呪術〉との酷似——人ならざる黒い魔力と、世界に適合しない異界の魔素)
「——まさかお前……悪魔を取り込んだ、のか……?」
その回答だと言わんばかりに、10本のうち2本の黒槍がステラやリフィルに放たれ、黒炎と拮抗する魔法結界に衝突し亀裂を増やす。
残りの7本は、それぞれの学園の教師たちに。1本は住民たちを援護していたリーンハルトへ向いていた。
反応の早い生徒達が短縮詠唱で防御結界を張るものの、闇属性魔術は容易く貫通して教師たちを穿つ。
防げたのはリーンハルトとアクアリスだけ。
二人は未だ健在なものの、それ以外に有効な戦力が悉く倒されてしまった。
「さあ悪魔の皆さん。——食事の時間ですよ」
ホーク男爵がパチンと指を鳴らすと、三重強化された風の刃が放たれ、生徒たちの防御結界を破壊する。
そうして無防備になった生徒達へ向けて、上空の悪魔が一挙に飛来していった。
「さあ、魔法伯が一人〈理の魔法使い〉にして〈最強の魔法使い〉の末裔たる、インヴィクタ家の当主殿。魔法戦結界を解いて住民を見捨てるか、このまま生徒達を見捨てるか……この国の守護者であるお偉い貴方は、どちらを選択なさいますか?」
優しく細められていた彼の目がキッと開かれ、余裕と本気の色を滲ませた黒い瞳をステラへ向ける。
今やジェリー・ホークという男は〈五重強化魔術の使い手〉ではない。悪魔をその身に取り込み闇属性魔術をも使えるようになったバケモノ、いや……。
「……この、人でなしめ」
ステラだって、魔素読み解き魔法という神の領域に片足を踏み入れている「バケモノ」だ。
しかし、ホーク男爵のように悪魔をその身に宿して力を手にし、悪魔たちをけしかけて殿下の命を狙うなんてしようとも思わない。
まして、ジェリー・ホークが放つ闇属性魔術はキモイ。気分が悪くなる。これなら、創世神ニヒリアが遺した欠陥の方が圧倒的に美しいと思える。
ステラは心の底から軽蔑した視線を向けると、ホーク男爵は心外そうに肩をすくめた。
「人でなし……ですか? 魔法伯殿は面白い事を仰る。…………貴方も私も、等しく同じバケモノだ。……えぇ、バケモノなのですよ」
そう言い張る彼の瞳には、執念の光が灯っているのだった。
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