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【3-19】信用

 なんの前兆もなく、突如として悪魔が出現した。それも分かるだけで数十体。

 魔術戦が行われている東側に限らず、この街全体に反応があった。


 亀裂が開いた様子もないのに——ライラックはギリリと奥歯を噛みしめる。


(あまりにも状況が悪すぎますわ……っ)


 現在、魔術戦大会が行われているこの街には、魔素を乱して殺傷力を無効化させる〈魔法戦結界〉が張られている。

 ゆえに、この結界内ではいかなる魔術・魔法攻撃も通用しないのだ。攻撃魔術を当てたとしても、削れるのは対象の魔力だけ。

 

 それに対し悪魔が使うのは闇属性魔術。

 研究が進み切っていない分野であり、魔法戦結界や防御結界では完全に防げない。


「早く、防御結界を張りなさい! 出来るだけ大人数で、多重に結界を重ねがけて——」


 しかし無いよりはマシなので、ライラックは必死に指示を飛ばした。


(ステラ様なら……いや、それだと魔法戦結界が維持できなくなる)


 魔法伯である〈理の魔法使い〉ステラなら、対闇属性魔術の結界を開発しているかもしれないが、頼ることは出来ない。

 なにせ、魔法戦結界の維持はほとんど彼の力によるものだ。

 ライラックも一部負担しているとはいえ、それ以上は魔法の専門家じゃない為に肩代わりすることも出来ない。


 だがそれでも、この結界だけはどうしても維持しなければならなかった。

 なにせ魔法戦結界の効力は魔術・魔法攻撃の無効化だけではない。結界によって街の建物全てを壊れないように保護している。

 悪魔の闇属性魔術を完璧には防げないものの、この結界が無ければ、建物にいる住民たちへと容易に憑依し、受肉される危険性があるのだ。


(妾がやるしかありませんわ。けれど……)


 数が足りない——広場を見回して、ライラックは歯噛みする。

 なんでったってこんなタイミングで……。前半戦を戦った生徒たちは皆魔力切れで、頼りの教師たちも生徒を守るのが精一杯。


 おびき寄せたつもりが、潰していたはずの方法を使って一番の隙をついてくるとは——。

 殿下暗殺のために、この街ごと滅ぼしかねない大掛かりな手法。相当綿密な計画と下準備がされているらしい。


(こっちに来る数は——13)


 これで全て——というわけではなく、広場に近い悪魔たちが向かってきている様子だった。

 それらは下位の悪魔で、単一の脅威はそれほど高くないが数が数である。

 ライラック一人で殿下の護衛をしつつ、全員を守るなんて到底不可能である。


(ロミエ様も魔力を消費されておられるし、最悪もう一人の刺客候補の精霊使いが黒幕で、巻き込まれる可能性も……いやまずは向かってきている悪魔を迎え撃つ準備が——)


 大量の悪魔が出現するなんて想定外なうえ、護衛対象と信ずる神(ニヒリア)と住民が同時に人質になったような状態だ。

 憶測と混乱で、ライラックの頭はいっぱいいっぱいになる。


「——魔女殿。魔女殿ッ、ライラック殿ッ!」


「……っ。な、なにかしら?」


 アイリシカに名を呼ばれ、ハッと顔を上げるライラック。


「リフィル殿下は私が必ず守ります。魔術については何も分かりませんが、とりあえず全て斬り捨てればよいのでしょう?」


 そう言って剣を構える彼女は、怖気る様子もなく堂々と剣を構え、リフィルの横に立っていた。

 しかし、その切っ先は僅かに震えている。


「……えぇい、もどかしい。悪魔共め、来るなら早く斬られに来るがいいッ!」


「あら~? 護衛のお嬢さん、怖いのね」


「…………敵を侮るなと、散々に言い聞かされているゆえ」


 〈水面の魔女〉アクアリスは、茶化すような煽り文句が受け流され「あらまあ頼もしいっ」と、一人余裕そうに笑う。


「そうだ大賢伯のお嬢さん。少し……いや、たくさん? この街、水浸しにしてもよいかしら?」


 妙に冷静な〈水面の魔女〉アクアリスの妙な提案に、一瞬ライラックは渋る。


(まだ、この人が刺客の可能性も……)


 悪魔の混乱に乗じて——ということも十分に考えられた。

 真意が読み取れず躊躇するライラック。

 すると突然、彼女の首にかけられた白狐のマフラー——上位精霊キャリアスノーテンがぴょこりと顔を上げた。


「ライラ、ライラ。もう来ちゃう。キャリア、動いてもいい?」


「……今は手が足りないんだ。使えるときに使わないと、上位精霊(そいつ)もただの置物だぞ」


 ここにきて契約精霊を出し渋るライラックに、ステラからも苦言を呈される。


「……そう、ですわね。キャリア、自由に動いて悪魔を魔力切れにさせなさい。水面の魔女も、殿下や街の人々に危害を加えないと約束するなら許可しますわ」


「ええ、もちろん。この街、とってもいい街だから、壊すなんて勿体ないですし? 殿下を狙うとしても、悪魔なんて使わないわよ〜」


 アクアリスはウフフッと笑うと、広場の真ん中——フェルマー学園の生徒達の元へと向かって行った。

 キャリアもライラックの首から飛び降りて、ギューンと身体を伸ばす。


 各々が位置につくなか、手持ち無沙汰のリーンハルトはアイリシカに声をかけた。


「アイリシカ殿、援護が必要かい?」


「剣を振るのに邪魔ゆえ不要」


 そうキッパリ言われたリーンハルトは「そうかい」と肩をすくめると、「なら、住民の援護に向かうとしよう」と、広場の西側へと向かって行く。


(……一人で戦おうとしていたのが馬鹿らしいですわね)


 各々が持ち場について役目を果たそうとする姿に、大賢伯としての責任や使命なんかに固執し過ぎるのもいけない——と、ライラックは自分を思い直す。


「……ステラ様。結界を維持しつつ、どの程度まで魔法が扱えますかしら?」


「さ……最低限の援護はする、けど……あんまり、期待はするなよ……?」


「十分ですわ。……妾は大賢伯が一人〈全能の魔女〉かしら。誰一人として、犠牲になんかさせません」


 ライラックはキリリと目を立て腹をくくる。

 そのエメラルドグリーンの瞳には、先ほどまでの迷いはない。ただ仲間への信頼と、己の実力を信じて戦うのみだ。


「ハルヤ、後半の生徒達へ情報共有を。可能なら援護しつつ、この広場か安全な場所まで退避させなさい」


「お任せください、お嬢様!」


 歯切れのいい返事と共に、ハルヤは街の東側へと駆けていく。

 ハルヤもアイリシカと同じく魔術は使えないが、剣やナイフを使った近接戦の腕前は相当なものなので、こういう時も単独行動を任せられる頼れるメイドである。


(いや、苦い紅茶ばかり出すのは減点かしらね)


 そんな事を考えられるくらいには冷静さを取り戻したライラック。

 さり気なくロミエを気遣いつつ、感知魔術を唱える。


「……あっ」


 リフィルが零すような吐息を漏らす。

 その瞳に、暗闇よりもさらに深く濃い紫の様な魔力を見つけたのだ。

 

 感知魔術で見るに悪魔は目と鼻の先、路地の暗がりの奥に見える距離まで接近してきている。

 攻撃の機会を見計らっているようにも見えた。


 最寄りの路地はアイリシカとキャリアが見ているので、ライラックはそちらに背を向け、広場全体を俯瞰する。

 スクリーンが設けられた円状の広場は、街の方々へ向けて大小さまざまな道が伸びている。東西南北の大通りに加え、小さな路地も多く存在していた。


 ゆえに、ここは必然的に多くの悪魔が集まりやすい場所。増援が来るまでにある程度減らしておきたい。

 ライラックはジッと目を細めて、いつどこから来てもいいように攻撃魔術の詠唱を始めた。


「なっ、危ない——!」

「ライラ——!!


 その時、不意にアイリシカとキャリアの切羽詰まった叫びが、ライラックの鼓膜を揺さぶった。


 なにごと——


 ライラックは振り返ろうと身体を捻ろうとして——ふと、背中に何か冷たい物体が触れる。

 それが何か確かめるよりも早く、途轍もない脱力感に襲われ、口から血が滴り落ちる。


「うっ……ぇ?」


 ふら……っ、と足がよろめいたライラックは身体を傾け、隣にいたステラに体重を預ける。


「え、おい、全能? お、おい……おいって、いつまでそうして……って……」


 ステラの問いにウンともスンとも言わず、地面へダラリと崩れ落ちるライラック。

 そんなライラックを揺さぶって起こそうと、ステラは彼女の背中に手を伸ばし——大きく目を見開いた。


「な、ナイフ……? な、ないっ、ナイフが……さ、刺さって……!?」


 どす黒く染まっているナイフが、ライラックの華奢な背中に突き立てられていた。

 「カラン……」と落ちれば、服に赤い染みが滲みだし始め、その切っ先は赤黒く変色している。


「あ、結界が……っ!」


 次の瞬間、ライラックが担っていた魔術戦結界だけが解除される。

 皮肉にも魔術が通じるようになったが、肝心の大賢伯(最高戦力)が刺されて戦闘不能になってしまった。逆に、混乱による同士討ちの危険が高まっただけである。


 しかし、ステラの視線は転がるナイフ一点に注がれていた。



「これ……は、()()()()()()()()()()()()……?」

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