【3-18】疑心暗鬼と──
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時は少し遡る。
席を外したライラックは、控えていた侍女ハルヤに指示を出していた。
「——では、会長殿を呼んでまいります」
「えぇ、頼んだわ」
スタスタと広場へ向かう背中を見送る。
サッとスクリーンを見てみると、どうやら既にいくつかの学園が脱落してしまったらしい。
特に驚きなのは、優勝候補筆頭のアリストリア代表がほぼ壊滅しているのである。
しかし、次の瞬間スクリーンに映し出された映像には、無双状態だったヴェルファスト学園の選手を追い詰める灰色の髪の少女——ロミエの姿があった。
ロミエはもう一人の仲間と協力して、飛んでいる敵二人の動きを止めたところに魔術を浴びせる。捨て身の戦術ではあるが、これでヴェルファスト学園のエースを撃破することができたのだ。
(さすがっ、流石ですわぁっロミエさまぁぁぁっ!)
信ずる神であり、その秘密を共有する仲間であり妹分(?)でもあるロミエの活躍に、ライラックは内心飛び跳ねて喜んだ。
だが表面上は冷静沈着の能面を付けたまま、静かに画面を見据えている。
「……あの子、魔法使いか?」
護衛対象であるリフィルの元に戻ると、金糸が編まれたローブの男──〈理の魔法使い〉ステラ・ラスティ・インヴィクタが、目深に被ったフードを少しだけ持ち上げた。
「いいえ、ロミエ妹ちゃんは魔法書使いでしてよ」
「妹ちゃん」を強調して答えるライラックに、ステラは「えぇ……」と若干距離を取る。
「ロミエって子、たしかハルベリィなんだろ……? それを妹って言い張るのか……??」
「何か問題でも? それにロミエちゃんは、あのハルベリィ家とは別ですわ。だから妾の勝手ですの~」
「犯罪だろ……。よその子をこき使うなんて……」
こき使うだなんて、人聞きの悪い。
ライラックはわざとらしく溜息をつくと、ジトっと目を向ける。
「……ステラ様は、妾をなんだと思ってるのですか?」
「やばい奴、年下の癖に生意気、魔術頼りの優等生……気持ち悪い」
「ステラ様って、そんなズバズバ言う人だったかしら!?」
〈理の魔法使い〉ことステラ・ラスティ・インヴィクタと言えば、年がら年中引き篭もりの魔法伯として有名だ。
研究所に閉じこもったまま、対外業務の一切を放棄して魔術や魔法の研究にのめり込んでいる、根っからの研究者気質。
ライラックも彼に研究を依頼することは何度かあったし、その都度完璧な答えが返ってくるので、ステラの能力については高く評価していた。
しかし、それ以外のことは人並み以下。四人の〈剣聖伯〉を含めた〈円卓の十一賢者〉の中で、〈剣聖〉に次ぐ人見知りである。
今回のリフィル殿下護衛の任務だって、国王からの勅命が下されるまでゴネていたのだ。
「他の奴には言わない。……〈全能〉なんて、大言壮語はたいてるお前が気持ち悪いんだ」
まるで自分のことは棚に上げたような言葉に、「ステラ様も大概でしょうに……」という言葉を飲み込むライラック。
「はぁ……二つ名なんて、勝手に決められるものですわ。もっとも、妾はそれに見合う実績は残しているつもりですのよ」
「……俺と同種の人間の癖に」
ステラは眉間に皺を寄せ、ライラックを睨む。
これ以上話しても平行線を辿るだけになりそうなので、ライラックは肩を竦めて誤魔化した。
「ひとまずは護衛に専念ですわよ。……ちょうど、情報持ってる人が来たようですし──」
「──情報と言っても、大した成果はないけれどね」
そう言って近くの席に座る亜麻色の髪の青年——生徒会長リーンハルト。
彼は密かに、疑いがある三人の他に怪しい人物がいないかを探っていた。
ライラックは連れてきてくれたハルヤに「ありがとう」と一声かけ、下がらせる。
「それで、探った結果はどうでしたの?」
「一通り、背後関係なんかも含めて探りを入れてみましたが、教師陣だとあの二人以外に怪しい人物は見受けられませんでした」
淡々と答えるリーンハルトに、頼んでいたステラは肩を落とす。
「う、疑いすぎ……か……」
「他に協力者がいないとは限りませんが……なんにせよ、あの2人以外にこの結界を破壊しうる人物はいません」
「〈水面の魔女〉とホーク男爵……でしたよね。どちらが僕を……私を、狙いそうですか……?」
護衛対象である第一王子リフィルが、恐る恐る質問する。
平静を保っているが、彼の両こぶしは固く握られていた。命を狙われているのが分かっていながら、姿をさらし続ける恐怖は途轍もない。
「私の所感だと、ホーク男爵は何かを隠しているような素振りを見せていたね。それに、彼の背後関係の方がハッキリとしている」
「アナイア帝国……ですか……」
リフィルの噛み締めるような言葉に、リーンハルトも肯首した。
かの帝国とは長らく緊張状態が続いていて、最近は特に、国境付近の平原で小競り合いが頻発している。
とはいえ、ロンド王国は魔術師の数で圧倒しているし、騎士たちも対魔術師戦術を確立させている。ゆえに、それほど大きな損害を被ることは無いのだが……。
「姉が言うには、最近になって兵の規模が大きくなったそうです。皇帝の病が回復したのも、何か関係があるのでしょうか……?」
アイリシカが言うように、帝国が送り込んでくる兵力は日に日に増していた。
大賢伯や魔法伯が所属する〈円卓の十一賢者〉内でも、もう一人派遣するかどうかの話し合いが行われているらしい。
「病の理由をロンド王国に擦り付け、それを戦争理由に——なんて、妾の考え過ぎかしら」
「あながち間違いじゃないかもしれません。ホーク男爵含め、下級貴族を中心に調略活動をしている痕跡があるようなのでね」
「……リーンハルト殿は、大丈夫でして?」
ライラックがジトっと睨むのに対し、「お戯れを」と肩をすくめるリーンハルト。
「我がシュテルンリッター公爵家は、王家の為に身命を賭してお仕えしています。それこそ、疑うならレファリエント子爵家などはいかがでしょう?」
「何を言う!!」
リーンハルトの言葉に、殿下の護衛騎士アイリシカ・レファリエントは、憤慨した様子で剣の柄に手をかけた。
「敵と内通するなど言語道断。例え家が裏切ったとて、私は最後までリフィル殿下をお守りする覚悟だッ!!」
「う、うん。何があってもアイリシカだけは、絶対に裏切らないと思う……」
遠い目をしながら苦笑いを浮かべるリフィルの言葉に、今にも斬りかかりそうだったアイリシカは「で、殿下……っ!」と、感激したように目を潤ませた。
「……それより、〈水面の魔女〉についての情報はないのか」
あまりにも話が脱線するので、ステラは不機嫌そうに呟く。
彼としては、精霊と防音結界を使ってまで密談をしていた〈水面の魔女〉の方が怪しいと睨んでいる。
精霊王召喚の魔術式を維持できる技量も、強化魔術の使い手であるホーク男爵より何倍も脅威なのだ。
「〈水面の魔女〉はシュヴァルツェン王朝の出身なんだろ。……アリストリアが襲撃された時も、潜入してたスパイが黒霧を発生させてたんじゃないのか」
ステラの疑問は他の面々も同じで、ライラックも「どうなんですの?」と首をかしげる。
「〈水面の魔女〉も怪しい点はあります。とはいえ既に精霊王召喚を使っているので、彼女自身でも「魔力が少ない」と言っていました。魔力量的に、精霊王召喚を使ったとしても魔力欠乏症で動けなくなるでしょう」
リーンハルトは改めて背筋を伸ばし、ステラに向き直って告げた。
差し違える覚悟だとしても、そもそも彼女の精霊王召喚では魔法戦結界が破れない。これは開会のデモンストレーションで実証されている。
勝てない戦いを仕掛けるほど、〈水面の魔女〉は愚かじゃないだろう。
しかし、それ以上に怪しい行動をしているのも事実だった。
「あら、お話中に失礼~? 私のこと、お呼びました~?」
そんな話をしているところに、間延びした声の女性がニコやかな顔で割り込んでくる。
「皆様方のお話、聞かせてもらいましたのだけれど……やっぱり疑われてるのね~」
彼女は膝に届くほど長い黒髪を垂らしていて、その瞳は透き通るような水色で、ミステリアスかつ余裕ありげに伏せられていた。
「……〈水面の魔女〉アクアリス・セーン」
ステラの呟きに、「開会式ぶりですわね。殿下もごきげんよ〜──で、いいのかしら?」などと、呑気に一礼するアクアリス。
「……〈水面の魔女〉殿。貴女にはリフィル殿下を企てている疑惑がかけられておりますわ。その点について、何か心当たりがあるのではなくって?」
「心当たり〜? ん〜まぁ、そうねぇ……私のことってわけじゃぁ無いのだけれど、殿下護衛に役立つ情報は持っているわよ〜?」
「役立つ……?」
疑われている身でありながら、殿下の護衛に役立つ情報とはいったい?
ライラックは眉を寄せつつも、「言ってみなさい」と促そうとした。
しかしそれを遮るように、アイリシカが抜き身の剣身をアクアリスの首筋へとあてがった。
「貴様ッ、やはり殿下を狙う刺客だなッ!」
「ちょ、ちょっと待ってぇっ? 私、どうしても伝えなきゃって情報があるから来ただけで——」
「——お、おいまて」
その時、魔法戦結界を維持していたステラは、結界内に異質な魔力反応を感じて顔を上げる。
「何か……何かが来るぞ……っ」
ロンド王国が誇る〈魔法伯〉の切羽詰まった声に、他の面々が視線を送った。
ライラックも即座に感知魔術を使用して、それに気が付く。
「……っ。全員、防御結界を張りなさい! 出来ない者は展開された結界の中へ、今すぐにッ!」
ライラックの警告にに真っ先に動いたのはアリストリアの学生だった。
突然の警告に唖然としていた生徒や住民たちも、その姿に促されて、防御結界を張り始める。
「ど、なっ、なにが起きたんですか?」
「襲撃ですか、敵は何処に!?」
まだ状況を飲み込めないリフィルとアイリシカ。
一年生のリフィルはともかくとして、護衛であるアイリシカは魔術の心得がない。
そんな2人に、感知魔法で属性を完璧に読み取った〈理の魔法使い〉ステラが、残酷な現実を突きつける。
「……悪魔が来る。それも一体二体じゃない。この街全体……数十の悪魔が解き放たれているんだ……っ」




