【3-17】遭遇と疑問
「ぁ…………な、たは…………」
度重なる移動や魔法を使った疲労により倒れたロミエ。そんな彼女を横抱きに支える青年に、ロミエは「あぅあぅ」と声にならない声を発した。
明るい茶髪と青い肌をもった青年は、キリっとした目尻のジト目を困ったように下げる。
「自分はフェルマー学園代表のアルウェルです。敵同士ですが、今にも倒れそうだったので、つい……」
キラキラリと微精霊を連れている彼こそ、フェルマー学園代表選手の一人アルウェル。
そう、彼は対戦相手だ。本来ならば問答無用で攻撃されてもおかしくない。
にもかかわらず、アルウェルという青年は優しくロミエを下ろして、壁際に座らせた。
「えぇと、アリストリア学園さん、ですよね?」
アルウェルの問いにコクコクと頷くロミエ。
血の味が滲む喉を唾液で潤していると、腰を下ろした青年はロミエからサッと目を逸らした。
「その……ここってどの辺か、分かります?」
「……へ?」
何を言われるのだろう——と身構えていたロミエは、ポカンと口を開く。
パチパチと瞼を上下させるロミエに、アルウェルは恥ずかしそうに頭を搔いた。
「じっ、実は〜……ですね、迷子になってしまいまして……。現在地がさっぱりなんです」
「あ、あの……精霊使いじゃ……?」
恐る恐る見上げるロミエ。精霊は魔力感知に優れているので、頼めば軽い道案内が出来るはずだ。
それなのに、アルウェルは気まずそうに目を逸らす。
「えぇっと、自分の精霊さん、魔力感知が苦手らしいのです。自分も方向音痴ですし、感知魔術は苦手で……」
(……この人、嘘ついてる)
ロミエはアルウェルに向ける目を少しだけ細め、警戒を強める。
その敵意を感じ取ったのか否か、彼の周りを漂っていた微精霊がアルウェルの背後へと隠れるような素振りを見せた。
(え……っ?)
精霊という存在は、この世界の法則を手助けする道具でありシステムの一部だ。
ソレらは付近のシステムに何か綻びがあれば応急処置し、対処しきれないと判断すればニヒリアに連絡。この世界に張り巡らされた小さな歯車であり、微精霊たちに自己意識や個性は存在しない。
意志を宿した中上位精霊たちなら個性を持つが、それでも魔力感知が苦手なんていうのはありえないのだ。
まして、恐怖心なんて抱かない。抱けない。
(この精霊は……精霊……?)
精霊は魔力濃度が高い場所を好む。故に、魔力吸収効率の高い青肌人種と行動を共にしているのも変だ。
訝しむロミエに対し、さほど気にする素振りを見せず腕を組むアルウェル。
「それに、仲間もみんな飛んでる人に倒されちゃったんです。隠れるにしても、現在地が分からないのでどうにも──」
「……ぁ、あの」
「あっ、そういえばです!」
ロミエが口を開くと、彼は遮るようにポンと手を打った。
「お名前を聞いていませんでした! なんてお名前なんですか?」
「…………ろ、ロミエ・ハルベリィ……です」
「ロミエ・ハルベリィさん! とっても良いお名前……で──?」
「……? な……なんです、か?」
突然言葉を途切れさせたアルウェル。彼は一瞬だけ微精霊に目をやった。
しかし本当に一瞬だけで、すぐにロミエへと向き直る。
「あ、えぇっと……いや、なんでもないです!」
「……はぁ」
ぎこちなく頷く裏で、ロミエは確信した。
アルウェルというこの青年は何かを隠している。そして少なくとも、彼が契約している精霊はただの微精霊ではない——と。
(この人は何を隠してるの……? 本当に殿下を狙う刺客……なのかも)
「……あ、あのっ。アルウェルさまっ」
「自分、様付けされるような人間じゃないですので、アルって呼び捨てでいいですよ」
「……アル、さん。その、一つ聞きたいことが、あって……」
「ききたいこと……聞きたいこと、ですか?」
アルウェルの問い返しに、コクリと頷く。
「アルさんは、フェルマー学園の生き残りで、わたしはアリストリア学園の生き残り……です。本来は敵同士ですが……その、ここは一旦休戦ということで……良いでしょうか?」
「えぇっと──」
アルウェルは何かを諳んじるように顔をあげる。
母国語ではないからか、彼はロミエの言葉を少しずつ噛み砕いていった。
「えと、そうです! ひとまず休戦ということにしましょう。それに、現状だとヴェルファスト学園さんの一人勝ちになりそうですしね……」
それからアルウェルは、フェルマー学園がヴェルファスト学園のペアに奇襲された時のことを語った。
やはりあの少年による強化魔術で結界を破壊され、飛行魔術で回避もされて一方的な展開だったらしい。
アルウェルも直撃を受けたらしいが、青肌人種の魔力吸収能力が高い特性のおかげもあって、脱落せずに身を潜めていたのだという。
「ロミエさん達はどうでした? 生き残りって言ってましたけれど」
「その、わたしの方は先輩が犠牲になった代わりに、なんとか……なんとか、倒せました」
「えぇ!? 凄いです! 自分たち6人でも勝てなかったのに、ロミエさんはお強いんですね!」
「い、いやっその……捨て身で特攻してくれた先輩がいなかったら、当たらなかったので……その先輩のおかげですっ」
必死にミハエルを立てようとするロミエに、「先輩想いなんですね~」と感心するアルウェル。
ロミエだって、自分一人の力だとは思ってないし、思われたくなかった。
それに、精霊についての話から逸らせることが出来るのなら好都合。
変に深入りして巻き込まれる前に離れておきたい。
「……ということは、あの強化魔術の使い手さんはもう居ないってことですね」
「ほ、他に強い人もいる……かも、ですが……」
とはいえ、ヴェルファスト学園には彼以外に四重強化魔術を使える人は出てないだろうし、最大の脅威が減ったのは大きいだろう。
「なるほどなるほど……だったらまだ、お互いにチャンスがあります!」
「は、はいっ」
ロミエがフンフンと頷く。ひとまず肯定し続けて、どうにかこの場を離れたかった。
「それじゃあ、今度会った時は容赦無しに戦いましょう!」
どうやら、彼も似たような意図があったのだろう。
もう要は済んだとばかりに、サッと立ち上がるアルウェル。
ロミエも手をついて立ち上がってみる。
しっかり壁に背に背中を預けていれたからか、少しふくらはぎや足裏が痛むものの、ふらついたりしないし歩けそうだった。
「まだ万全ではないのでしょう、お体に気を付けてください! ……自分も昔、頑張りすぎて注意されたことがあるので」
「わ、わかりました」
サッと伸ばされた手に握手で応えると、ロミエはまた違和感を感じた。
(なんか……魔術師の手じゃ、ない)
アルウェルの手は男性らしくしっかりとしていたが、それ以上に硬く分厚い。魔術師と言うよりも、騎士や剣士のような手だった。
だがロミエはその疑問は胸の奥に追いやり、二人はその場で解散する。
(……でも、やっぱりあの精霊は——)
チラリと振り返ると、アルウェルは微精霊に向けて声をかけていた。精霊もそれに応えるようにチカチカと瞬いている。
ここでアルウェルを落とす選択肢もロミエにはあった。
脱落させておけば変な事は出来ないし、何より精霊使いは厄介なので減らしておくことに越したことはない。
けれど、疲労困憊で倒れてしまったロミエを彼は助けてくれたのだ。
その恩を仇で返すような事、ロミエはしたくない。
(……うん。あとで、ライラ様には伝えておこう)
必要以上に首を突っ込む必要はないし、ライラックも望まないだろう。
けれど、力になれる事は成したい。ロミエがニヒリアであることを隠蔽してくれる仲間で、友人だ。
「あーあのぉ〜……ロミエさん……」
「……へ?」
背を向けて去ろうとしていたロミエを、踵を返したアルウェルが呼び止めた。
まさか、勘付いたロミエを口封じしようと──!?
少し身構えながら振り返ると、アルウェルは申し訳なさそうに視線を逸らし、頭を搔く。
「そ、そういえばですね……忘れてました、道に迷っているんでした、自分……」
「あ…………そ、そういえば……」
そういえば精霊についての話になったのも、アルウェルが道に迷った発言が発端だ。
「大通り近くまで案内……してほしいです」
「そ、そこまで行けば土地勘ありますので!!」と言うアルウェルに、彼の契約精霊は呆れたように輝きが鈍る。
結局、ロミエは大通りに辿りつくまでアルウェルと一緒に行動することとなるのであった。
***
行動を共にすることとなった2人は、ロミエの先導のもと足早に東へと向かう。
最低限周囲の魔力に気を配りながら進んでいくと、幸い誰とも遭遇することなく、街の最東端に位置する通りへと辿り着いた。
「──ここが一番東の通り、です」
常闇の街ヴァイセルは今でこそロンド王国領だが、昔は北部高原を領有するツヴァイリム家の勢力下にあった。
歴史の長い両国の間では、宗教観の違いからも度々戦争が行われており、重要拠点であるヴァイセルもまた、街の外郭に強固な城壁が造られている。
アルウェルはヒンヤリとした石レンガに手を触れ、そびえる城壁を見上げた。
「……綺麗です」
「……?」
ポツリと零した言葉の意を汲み取ることは出来ない。
しかし、しみじみと何かを噛み締めるように呟く様に、ロミエは口を挟めなかった。
「案内ありがとうございました! この場所なら分かります!!」
振り向いた彼は、ニッと笑顔を浮かべて右手を差し出したので、ロミエもそれに応じる。
変に頭を下げられて感謝されるより、こっちの方がいくらか気分が良かった。
「えと……じゃあ、ここで──ぇ?」
その時、ロミエの肌をなんとも言えぬ違和感が拭った。
まるで魔術戦結界の外に出た時のような……魔素の質が大きく変化する。
微精霊もこれくらいは感知できるらしく、混乱したように右往左往と飛び回っていた。
「……あっ」
「ど、どうしました?」
ロミエが目を見開く。まだ状況が飲み込めていないアルウェルを無視して、咄嗟に無詠唱で感知魔法を使った。
「……へ、え? そ……そんな……」
魔力反応を感知したロミエは更なる驚きに、声を震わせる。
「ろ、ロミエさん大丈夫ですか? お顔が真っ青になっていますが……」
「け、結界……が……」
「結界?」
アルウェルの相槌に答えようとしたその時──ロミエたちに向かって一直線に近づいてくる魔力反応を見つけた。
属性は〈雷〉。代表選手の中に、雷属性を適正に持つ生徒は一人しかいない。
倒したはずじゃ──けれど、今は彼の存在が有難かった。
だって、彼はまだ闇属性に染まっていない。
それに彼は魔術師だ。魔法書使いであるロミエは、魔術戦結界が崩れたいま無力になるしかない。
「……ッ! 誰か、近づいてくる気配があります」
路地の常闇の奥から、石畳をブーツで駆け抜ける音が近づいてくる。
アルウェルはどこからか短剣のような物を取り出して、路地に向けて構える。
しかし、その心配は杞憂だ。
プラチナブロンドの目立つ髪に、少年のような体躯の男子生徒が、必死な形相で駆けてくる。
「──お二人は健在ですか!?!?」
ヴェルファスト学園代表選手、クロード・エルモント。
優勝候補だったアリストリア学園とフェルマー学園を、ほぼ単独で撃破した実力者である。
魔術戦結界だけが解除され、複数の悪魔が街中に放たれた今、強化魔術の使い手である彼が無事だったのは、何よりもの朗報であった。
〈クロード君は名乗ってないはずなのに、ロミエは彼の名前を認知してる件について〉
一言で言うと、「設定が定まっていませんでした」。
これは本当に申し訳ありません。
というのも、クロード君はポッと出てきたキャラクターでしたので、書いている最中は「名前知らんけど強くて障壁になるやつ」程度の設定でした。
けど、「普通他校の強い選手はマークするよね?」とミハエル団長に叱られる気がするので、「名前は知ってる強いやつ」の位置付けへと昇格です。
補足? 小話? なのですが、1章の最序盤にロミエを虐めていた以外に登場してこない「ノリッシュ伯爵家令嬢ミテック・シナモール」という人がいます。
クロード君はこの伯爵家の分家にあたり、あのミテック・シナモールさんとは親戚関係だったり。




