閑話 内緒話
「————、っと……」
広場に大きく映し出されたスクリーン。そこに、ヴェルファスト学園の生徒が蹂躙していく様が映し出されていた。
「あらあらぁ~……」
教員席にゆったり腰掛ける〈水面の魔女〉アクアリス・セーンが、少し目を細める。
ちょうど、フェルマー学園の生徒たちが強化魔術に倒れる局面だ。
(う~ん。やっぱり、まだあの子たちじゃ厳しいでしょうねぇ~)
全員が微精霊と契約していると言っても、意思を持たぬ微精霊たちの力は微々たるもの。命令をしないと動かないし、出来るのも補助魔法程度だ。
ゆえに、今回のように一方的な展開になったら、精霊使いの優位性も活かせない。
「私も含めてだったら……変わったかしらね?」
左手で頬杖をつき、うんうんと唸るアクアリス。
それに対して、隣に座るヴェルファスト学園の引率教員ジェリー・ホークは、変わらず穏やかな表情でスクリーンを見ていた。
「お宅の生徒さん強すぎますですよ~ぉ。手心とかないんですか~?」
「ん? あーいや、これは申し訳ない。映っている彼は私の教え子なのですが……少々、目立ちたがりでして」
ジェリー・ホークは白髪交じりの髪に手を置きながら、アクアリスの嘆きを受け流す。
そんな彼に、彼女はサッと右手を上げて声をかけた。
「ホーク男爵~? 少し——内緒話をいたしましょ?」
アクアリスがひらりと右手を振ると、事前に唱えていた防音結界が二人の周りに展開され、音が一切遮断される。
広場は魔術戦の熱狂に包まれているし、たとえ二人の会話が聞こえなくなっても、気が付く人は居ないだろう。
「……内緒話、ですか? にしても、防音結界まで張られるとは……どのようなお話で?」
突然の行動にホークは顔を顰めるも、アクアリスは気にせず頬杖をついたまま片目を向ける。
「私達、なにやら疑われているみたいだけれど、何か心当たりはおあります~?」
「はて……? 私は生徒たちの引率で参っただけありますし、疑われているようには思いませんが……」
「私、精霊使いですからねぇ~。みんな、色々教えてくれるんですわよ~。目に見えない魔力の波長……だったりも、ね?」
「…………申し訳ありません。恥ずかしながら精霊学は専門外でして。それがどれほど信用できるのか、私には判断しかねます」
アクアリスが水面色の瞳を細めるものの、ホーク男爵は「心当たり無し」と言いたげに肩を竦める。
だが彼女も彼女で一歩も引かず、少しだけ身を乗り出した。
「シュヴァルツェン王朝では精霊学が発達しているのをご存じ?」
「ええまあ、それくらいは存じていますとも」
「先月、アリストリア学園が襲撃された。その時、火と風の精霊王が同時に召喚されたそうよ~」
それはホーク男爵も知っていた。
だからこそ大賢伯と魔法伯が同行で、さらに〈強者の家系〉を掲げるシュテルンリッター公爵家の嫡男、リーンハルト・マークハリスも来ている。
アクアリスの意図を察したホークは、何も言わずに軽く腕を組んだ。
「異なる精霊王を同時召喚。そんな芸当、出来る人間はこの世に一人しかいない——〈深紅の魔術師〉ルディアス・リース。シュヴァルツェン王朝が誇る〈七原色〉の一人ですわね」
「つまり、同郷出身である魔女殿も疑われている……と?」
「ホーク男爵」
アクアリスの水色の瞳がスゥッと細められ、物静かな雰囲気を崩さないホークを覗く。
「…………」
「…………」
「…………」
「……私、開会式で精霊王召喚を使っちゃったから、あんまり魔力残ってないのよねぇ~」
先に沈黙を破ったのはアクアリスだった。
彼女がパチンと指を鳴らすと防音結界が解かれ、魔術戦大会の賑わいが肌をなぞっていく。
「別に私、精霊ちゃんたちから聞いただけだから。他に何にもないわよぉ~ん」
周囲に寄ってきた微精霊たちを撫でながら声をかけるも、ホーク男爵は黙ってスクリーンを見続けるのみだった。
***
「……ん?」
護衛兼魔法戦結界の維持をしていた〈理の魔法使い〉ステラは、変な違和感にフードの奥の目を光らせる。
「どうされましたの?」
「いや……なんか、一瞬だけ魔素の流れが乱れたんだ、一瞬だけ……」
展開している魔法戦結界内で起きた事象は、魔力が伴っていれば大体を感じ取ることが可能だ。
まして、魔法使いであるステラは魔力よりも感じ取りにくい魔素を感知できる。
だからこそ、観戦が行われる広場の中に生まれた些細な揺らぎを感知したのだ。
とはいえ人間が感知できる精度は荒い。それこそ精霊とかの方が、より魔力や魔素に敏感である。
しかし、ステラは精霊と契約を交わしていない。
代わりに——ステラは隣に立つライラックへ視線を向けた。
「……その首に巻き付けてる上位精霊は、何か感じ取ってないのか?」
「……一応、公表はしていなくてよ?」
「そ、そんだけ魔力を垂れ流しにしておいて……!?」
腕の立つ魔術師になればなるほど魔力を感じ取りやすい傾向がある。まして、魔法使いであるステラは尚更で、ライラックのマフラーから流れ出る魔力に内心辟易としていた。
「魔力……? 私は直接動いたところを見るまで、分かりませんでした」
「は、はは……」
話を聞いていたアイリシカが首を傾げ、リフィルが苦笑いを浮かべる。
(キャリアの存在は切り札として隠していたかったのに……)
小さくため息をつくライラック。
すると、首元に巻き付いた白狐ことキャリアがピクリと耳を動かして「バレちゃった?」と思念を向けてくる。
(だったらだったら、もう走って回っていい? ママのところ、行っちゃダメ?)
(もう少しお待ちなさい。この後ゆっくり再会する為にも、目下の脅威を取り除くのが先ですわ)
キャリアの母親は人間に好意的だ。ライラックの命を救ってくれたし、娘を託してくれた。
しかし、かの存在に国境や政治は存在しない。ライラック達のいざこざに首を突っ込むつもりはさらさらないらしい。
もし介入してきたら——絶対面倒なことになる。
動きたそうにキョロキョロ頭を動かし始めたキャリアを宥めていると、リフィルがライラック達に振り返った。
「あ、あの……さっき教員席の方で、何かの結界が張られていた……と、思うんですが」
「「「結界……?」」」
リフィルにそう言われ、三人はすぐさま教員席——暗殺者かの疑惑がかけられている二人へと視線を向けた。
長い黒髪の女性教員が白髪の混ざった男性教師に向けて、何か話しているらしい。
距離もあるからか、会話の内容は聞こえなかった。
しかしすぐに会話が途切れ、少し見合ったのちに〈水面の魔女〉が指をパチンと鳴らして肩を上下させる。
そしてその瞬間、ステラも魔素の揺らぎを確認した。
「……あれだ。殿下が言ったとおり、あの一瞬だけ防音結界の痕跡が見えた。さっきのもたぶんそうだ。すぐに誤魔化されたけど……精霊使いがよくやる手法だ」
普段けだるけに伏せられている紫紺の瞳が、キリリと鋭く〈水面の魔女〉アクアリスに向けられる。
(防音結界を精霊で誤魔化すなんて、怪しすぎるだろ。露骨に)
先の学園襲撃の件もあり、シュヴァルツェン王朝出身で精霊王召喚も使える〈水面の魔女〉がスパイとして潜入している可能性が大いにある。
まして、同じく疑惑がかけられているホーク男爵に接触するだなんて、そんなの確定じゃないか。
(魔法伯のオレがいるのに、よくもまあ堂々と……)
〈水面の魔女〉の詠唱保持力は驚異的だが、彼女は開会式で一度精霊王召喚を使っている。
魔力にも余裕が無いから、一か八かホーク男爵を味方に引き入れようとした……?
「……ステラ様、アイリシカ殿」
ライラックが教員席に目を向けたまま、隣に並ぶ二人の名前を呼ぶ。
「後半戦が終わったタイミングで、それとなく男爵に探りを入れてきますわ。その間の護衛、お二人にお任せしても?」
その提案に、ステラとアイリシカは肯首する。
魔法戦結界の維持で片手が塞がっているステラと、剣しか使えないアイリシカでは精霊使い相手に不利だ。
それに圧縮詠唱の使い手で、上位精霊とも契約しているアイリシカなら、たとえ二対一になっても負けることはないだろう。
「……星導の爺さんがいたら……」
ステラが溢した呟きに、他三人も目を伏せる。
大賢伯が一人〈星導の魔術師〉は光属性魔術の使い手で、星の軌道から人々の行動や運命、事象を予言することができる。
まだ公にされていないが、〈星導の魔術師〉が死んだ影響は大きい。
彼の予言があれば大雑把にタイミングも分かっただろうし、対策を絞ることができただろう。
「ともかく、目の前の障害を退けていくしかありませんわ」
「〈全能の魔女〉殿の言う通り。殿下の命を狙う無礼者は、この剣で斬り捨てるまで」
「あ、アイリシカ。その気持ちは嬉しいけど、いきなり剣を抜こうとしないでって……」
三者三様に身構え、ステラも魔法戦結界の維持に務めるのだった。
──────────
路地の暗がりを進む1人の少年がいる。
(あの魔導書使い……絶対に僕が倒してやる)
目をギラギラと殺気立てるのは、ヴェルファスト学園のクロード・エルモント。
彼はまだ脱落していなかった。
御歳17歳のクロードはせいぜい15歳程度に見えるほどに小柄だ。しかし、それと比べれば大柄な先輩2人に挟まれたことで被弾を抑えられたのである。
威力を絞れば、一度くらいは五重強化魔術を使えるだろう。
とはいえ、それを詠唱している間はほかの魔術が使えないし、クロード単体だと機動力にも欠ける。
仲間との合流も考えたが、手柄を取られたくない。それに油断しているだろう今なら背後を突きやすいハズ──とクロードは考えた。
(逃げるとすれぱ、敵のいない東へ向かうでしょう。まあ、南から北上して来る学園もいるかもしれませんが……)
クロードは少し悩んだあと、少ない魔力で索敵魔術を使う。
範囲と精度はイマイチなものの、大まかな場所が分かればそれでいい。
「……ん?」
感じ取られた魔力反応に、クロードは違和感を覚える。
向かう先に2つの魔力反応があった。
属性は風と水。風属性があの少女だとして、水属性の生徒といえばフェルマー学園が真っ先に思い浮かぶ。
しかし大した問題ではない。かの学園の生き残りだとしても、彼らの強みは同属性が集まっての集団戦だ。
いきなり連携は取れないだろうし、どのみち魔力量も少ないので、少し攻めにくくなっただけ。自分なら倒せる自信がある。
問題はそれとは別にあった。
感じ取った魔力の中に、2つだけ明らかに異質な魔力反応がある。
方や氷属性に対し、それと対比するように黒い魔力を纏っていた。
適性が氷の選手はいなかったハズだし、黒い方に至っては属性が読み取れない。
クロードが訝しみながら注視していると、その白黒2点は揃って移動を始めた。
「範囲の外に向かっている……?」
住民だろうか……?
どこか得体の知れないものを見た気がして、軽く腕をさする。
クロードは結局、その2つの反応が結界の外に出るまで索敵魔術を維持していたのだった。




