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【3-15】接敵

「——伏せろ!!」


 ミハエルが叫んだ。

 咄嗟にその場へしゃがむと、ロミエはグイッと腕を引っ張られて壁際に追いやられる。


 次の瞬間、通路にビリビリと紫電が駆け走った。

 壁際に張り付かなかったら、直撃を受けてしばらく動けなかっただろう。


(でも、どこから?)


 最も近くにいたフェルマー学園の選手が追い付いてきたとは考えずらい。休憩したり歩いてはいたものの、索敵魔法で割り出した位置的にもまだ追いつけない。

 それに、彼らの得意属性は「水」か「風」に偏っていて、「雷」はいないはず。


「マズいな……ハルベリィ嬢、上だ」


「上……?」


 顔を上げたロミエは、ソレを見つけて「あっ」と声を漏らす。

 街灯よりも少し高い位置を浮遊する、二人組の男子生徒がいた。大柄な青年が、小柄な少年を抱える形で保持している。


 彼らはアリストリアと違い長いローブを羽織っていて、少年に至っては袖がダラりと下がっていた。


「——紫電よ貫け」


 短縮詠唱を終えた少年がサッと袖を揺らすと、紫電の矢が5つほど生み出される。

 そしてそれが、壁際で固まるミハエルとロミエに向けて放たれた。


(攻撃……っ!)


 ロミエは咄嗟に魔法書に触れながら、無詠唱で魔法結界を展開する。魔法書はキチンとページを開かないと使えないのだが、廃れた現在知っている人はそういない。


 直撃する寸前、ギリギリで結界の展開が間に合った。

 魔術で編まれた紫電の矢が魔法結界を貫く――なんてことは無く、ピリピリと周囲に霧散して消滅する。


「ん? なんです、無詠唱?」


 少年が怪訝そうに眉を顰めた。それもその通りで、今の速さは短縮詠唱だとしても絶対に間に合わない。

 とはいえ、無詠唱魔術なんて人間技じゃないので、バレたらそれこそ「ただの人間じゃない」と疑われかねなかった。


「まほ……魔導書使い、です……っ!」


 ほら、これこれ――わざとらしく本を掲げてみせると、少年は少し考える素振りを見せた後、「あぁ」と納得したように片眉を上げる。


「随分とニッチな戦い方をする人ですね。それとも、アリストリアではそれくらいしないと選ばれないのですか?」


「え、えぇっと……ぉ?」


 ロミエが回答に迷っていると、抱えている青年が少年に向けて声をかける。

 詳細は聞こえないが、何やら言い合っている様子だ。


「……ハルベリィ嬢、対空魔術は入ってるよな」


 ミハエルの意図を察して、魔法書を開いた。

 敵を目前にして、詠唱もせず仲間内で口論するなんて愚の骨頂。この隙をみすみす見逃すなんてありえない。


「おや、落とすつもりですか? もう無駄ですよ。《《残党のあなた方に》》勝ち目はありませんから」


 魔法を使おうとした直前に、少年は余裕綽々といった態度でロミエ達を見下ろした。


「残党……? どういう意味だ」


 まるで「残りはあなた達だけ」というような言い方に、ミハエルが顔を顰める。

 対して、ロミエとさして変わらない年齢に見える少年は、その余裕の態度を崩すことなくニヒルな笑みを浮かべた。


「文字通りですよ。感知魔術でも使うと良いです。あなた方のお仲間はもう脱落していますのでね」


 そう言われ、ロミエも感知魔法で周囲を探ってみると――向かっていた北西に、動かない10の反応がある。

 標的にしていた学園の生徒6人と、それを奇襲しに行ったアリストリアの4人が、共に全滅しているのを意味していた。


 ——だからって、諦めるとでも?


 ミハエルはギリリと奥歯を噛みしめながらも笑い、すぐさま短縮詠唱で風の刃を放つ。

 しかし得意属性でもないため速度も威力も平凡だし、少年を抱える青年は軽々と躱してしまった。

 ロミエも魔法を使おうとして――手を止める。


(狙いが定まらない……っ)


 魔法書に書かれてある魔法式だと、自分から見て斜め上の一対にしか攻撃できない。建物の隙間を自由自在に飛び回る彼らが、その範囲に来るタイミングで発動させるのは至難の業だった。

 この路地全体を吹き飛ばせる魔法は沢山あるものの、それだとロミエ達も一緒に脱落する可能性が高い。


 ミハエルにバリケードを造ってもらうにも、防げる強度を持たせるには相応の詠唱時間が必要だ。

 しかし、少年が詠唱を唱え始めた以上、野放しにしておくのは危険である。


 共倒れ覚悟で範囲攻撃魔法を強行するか、攻撃可能範囲に入った瞬間にピンポイントで対空魔法を使うか――。

 そうこうしているうちに、少年がそこそこ長い詠唱が終えると同時に10の雷槍が出現した。


「——打ち砕け」


 少年が手を振りかざし、バチバチと弾ける雷槍がロミエ達に迫る。

 ロミエはまたも咄嗟に魔法結界を展開して防御の姿勢をとり、結界に接触した雷槍は魔法を貫けずそのまま霧散して――しない。

 霧散しない。ビリビリと紫電を散らし、着実に魔法結界と拮抗し合っていた。


「……えっ?」


 ロミエが目を見開く。本来、魔法は魔術に対して圧倒的優位で優先されるハズだ。

 魔法と魔術は、それぞれ起こす事象が似ていたとしても、それを構成する組織や仕組み、前提が違う。


 魔術とは魔力を使って魔素を定型的に導くことで事象を起こすのに対して、魔法は魔力を使いつつも使用者本人が直接魔素に干渉する。

 そして、魔素は世界の根幹だ。直接操る事によって、極めれば物質の法則すらも自由自在に変えることができる。


 だから普通の攻撃魔術が、ロミエの魔法結界と拮抗するなんて自体はありえない。

 自分がヘマした可能性はあれど……それ以外の要因に、ロミエは心当たりがあった。


「もしかして、強化魔術……?」


 強化の度合いによれば精霊王にも匹敵する威力を出せる業だ。強化魔術を使ったのならば、魔法結界に拮抗するのも納得できる。

 しかし、つまり今対峙している相手校が――


「ヴェルファストか……ッ!」


 ミハエルが歯噛みする。

 高威力の魔術を好む校風の元、前半戦でアリストリアを破った因縁相手。そして、最も警戒すべきライバルだ。


「……そこの貴女、ただ者じゃありませんね?」


 通ると思った一撃を防がれ多少年は、ギロリと目を細めてロミエを睨む。「小柄で冴えない少女」という認識を改め、「敵」として認めた。


(本気でかかるとしましょう)


 別動隊が他の学園を蹂躙しているようだし、アリストリア以上に脅威になる所は存在しない。

 だからもう、加減も驕りも躊躇も無しだ。


「————」


 少年が詠唱を始めた。長く複雑で、丁寧な魔力を紡ぎながら。それを抱える青年も、建物の間を高速で飛び回る。


「だ、団長……っ」


「……あいつ、おそらくだが五重強化魔術の使い手だ」


「……っ!」


 〈五重強化魔術〉単発なら精霊王召喚以上の威力を持った魔術だ。流石にロミエも目を見開く。


 現在、ロンド王国だと大賢伯が一人〈黒焔の魔術師〉が扱う七重強化魔術が最高記録だ。

 ミハエルは他校の対策をする中で、ヴェルファスト学園については特に念入りに情報を集めた。

 その中で、現在ヴェルファスト学園にいる生徒の中で、四重強化以上できる生徒が二人――前半戦で逆転勝ちを決めた青年と、目の前の少年である。


 少年の五重強化魔術はそれより二段劣るものの、精霊王以上の火力となれば脅威も脅威。そもそも、三重以上の強化魔術の使い手が少ない中で、五重強化は突出していた。


「ハルベリィ嬢。俺が物理的に拘束するから、動きがとまった所を諸共攻撃してくれ」


「えっ、それじゃあ団長が……」


「どっちにしろ、あいつらに狙われてる以上、倒さないと負ける。君は魔法が使えるし、少しでも勝率の高い方が生き残るべきだ」


「……っ」


 確かに、魔術師と魔法使いどちらが強いかと言ったら、魔法書という制限があったとしても後者の方が優位だ。

 それに、ミハエルの適性は土属性。攻撃魔術に転用しやすい風や火でもない、どちらかというと防御よりの魔術師である。


 多少なりとも風魔術は使えて、飛行魔術も出来ないことはないとしても、適正がある人よりはどうしても威力や精度が落ちてしまうのだ。

 素早く決断しなければならない中、その提案をロミエは受け入れるしかない。


「……わかり、ました」


 ロミエが頷くのを見て、ミハエルは満足したように笑う。


「任せろ、散々訓練の時に叩き落されたんだ。完璧な位置に持っていくぜ」


 そう言ってミハエルは、飛行魔術を唱え始める。

 彼はロミエに賭けた。その能力が、実力がアリストリアを勝利に導くと信じて。


(……わたしは、その期待に応えたい。応えなきゃ……応えないと、ダメ)


 だってそうしないと期待外れだ。ロミエを信じて託してくれたミハエルに申し訳ない。優勝を目指して頑張って来た仲間たちの努力が、時間が無駄になる。


 学園で待っている皆に――最後まで心配してくれたキルトエや、いっぱいいっぱい助けてくれたニコ先輩やヴィンセント先輩。

 そしてロミエの力になりたいと、頼れと、ひび割れて限界だったロミエに「生きて欲しい」と言ってくれた人に。そんな優しい人たちの為に、笑顔で優勝を持って帰りたい。


「……勝つ、絶対に」


 ロミエが己に言い聞かせるように呟く。

 それを聞いたミハエルは、詠唱を続けながら口角を上げて、楽しそうに敵を見据えるのだった。



***

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