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【3-14】アリストリアの戦術

 魔術戦において、数と連携は重要だ。

 こと今大会のように視界が悪く、見通しも悪い場所ならば尚更で、単純に手数が増えるだけ有利となる。


 故にロミエとミハエルの2人組が、ある学園の選手6人達の目の前に立ち塞がった時、彼らは直ぐさま「罠だ」と疑った。

 ロミエが放った風魔法が6人を襲うも、魔法書頼りの式であるために狙いが外れて地面に吸われる。

 対してミハエルは、攻撃魔術ではなく土属性魔術でバリケードを作った。


「周辺警戒ッ。攻撃班は集中狙いでバリケードを破壊だ!」


 奇襲を受けた学園の行動は的確だった。

 細い一本道の目の前にバリゲートを張られ、遮蔽の少ないこちらは撃たれたい放題。加えて、アリストリア学園は前半戦において、囮からの包囲殲滅を多用していた。


 視界が悪く入り組んだ路地を利用すれば、比較的簡単に背後を取れる。

 しかし、タイミングと練度が相当なものでなければ、各個撃破で押し切られるだけだ。


 アリストリア側は逃げるでも攻めるでもなく、その場にバリケードを築いて守りの構えを見せている。

 一刻も早くあの壁を突破しなければ、包囲殲滅されるのは目に見えていたのである。


「防御は最低限でいい、とにかくここを突破して──」


 しかし、リーダーの言葉は最後まで続かなかった。彼らの足元に、複雑な幾何学模様で構成された魔法陣が出現したのである。


 魔術戦において数の多さは優位であれど、圧倒的ではない。


 魔術にはそれぞれ威力の大小や属性の違いなど、攻撃手段が数多と存在している。その中でも、範囲攻撃魔術などは数の不利を覆せる有効な手段だ。

 他の魔術よりも魔力消費や術式が長い欠点もある。


 しかし、それもこれも魔法書を用いるロミエには関係ない。

 魔法書に綴られた魔法式に魔力を流していけば、火と風の魔法陣が幾重にも展開し、生み出された旋風が赤い炎と混ざり合っていく。


「——爆裂魔法」


 ロミエが魔法書に書かれたページのタイトルをなぞった。途端、降り注ぐ風と炎が、狭い路地を真っ赤に染め爆ぜる。

 ロミエ達は土のバリケードで凌げたものの、魔法陣直下にいた相手選手たちは防御結界をも貫通して直撃——脱落を告げる魔法結界が6つ展開された。


「おぉ……相変わらず凄い火力だな」


「に、ニコ先輩が、教えてくれたので……」


 「攻撃が当たらないなら面ごと焼く」と教えてくれた先輩を立てつつ、ロミエとミハエルは他四人との合流を目指してこの場を後にする。


「反則だろ……とんだバケモノじゃねえか。アリストリア学園め……」


 高威力の範囲攻撃魔法を操る少女と、その攻撃を防ぎきれる土属性魔術を使う青年の背中を見送りながら、リーダーの青年はそう毒づく事しかできなかった。



***



 前回大会での優勝校であるアリストリア学園は、範囲内の中央に配置されていた。


 開始と同時に索敵魔術で周囲の敵の位置を把握したアリストリア学園は、北と北西の二手に分かれ、それぞれ近くの相手を奇襲する作戦に出る。包囲された位置関係を逆手にとった戦術だ。

 なにより前半戦の結果、現状一位であるヴェルファスト学園に集中する為にも、背面の敵は排除しておきたい。


 ロミエ達は北側の敵を撃破した後、北西の学園を奇襲しに行ったメンバーと合流するため、狭い路地を駆けていた。

 しかし走れば走るほど、先を駆けるミハエルとの距離が開いていく。見通しの悪いう通路だと、最悪はぐれかねない。


「まだ走れそうか?」


「はっ……は、い……。だいじょ……ぅ、ぶですっ」


 先を走るミハエルの問いかけに、ロミエは息を絶え絶えに答える。全力疾走で体力も限界ギリギリだった。

 見かねたミハエルが足を止めたので、半ばへたり込みながらその場にしゃがんでしまう。


「いや、少し休憩だな。大丈夫、これだけ離れたらそう奇襲されないだろう」


 「今のうちに休んどけ」と言って索敵魔術を詠唱するミハエルに、ロミエもコクリと頷いた。


 殲滅する為だったとはいえ、〈爆裂魔法〉なんて目立つ魔法を使ったせいで、周囲の敵に居場所がバレている。

 東側には精霊使いを要するフェルマー学園の反応があったし、おそらく近づいてきているだろう。


(精霊使いは、厄介だし……暗殺者疑惑の、人がいる……)


 手を出してくるとは考えずらい――が、生徒を人質に取る可能性もライラックに指摘されていた。


「うーむ……やっぱり、フェルマーの奴らが北に寄ってきているな」


 ミハエルが走ってきた方向に目を向けつつ、口元に手をやって思考を巡らせる。

 ロミエはゼエゼエと肩で呼吸をしながらも、さりげなく無詠唱で〈感知魔法〉を使った。


(……反応は12。6人がそれぞれ微精霊と契約してる)


 彼らは半分に分かれ、ロミエ達が交戦していた場所に向けて路地を進んでいた。片方が奇襲を受けても、直ぐにカバーできる距離感で。

 奇襲をするにしても、魔力を感じ取りやすい精霊たちがいるせいで、それほど有効じゃない。

 逆に待ち伏せを受ける可能性もある。


「体力、回復できましたっ」


 「んしょ……っ」と膝を付きながら立ち上がるロミエに、ミハエルは一瞬躊躇った。


「……いけるか?」


「はいっ。魔力、全然減ってない、ですっ」


 まだ肩の上下か収まらないし、立つだけで足の関節が軋んだ。筋肉も妙な脱力感に覆われていて、とてもじゃないが全力で走れる状態じゃない。

 それでもロミエは立ち上がって、しっかりとミハエルを見る。


(今楽しても、きっといつか後悔する。疲労くらい乗り越えなきゃ……シュメリート監査長の代わりなんだから、ちゃんとしたい)


 そんな想いが瞳に灯ったのか、ロミエの真っ直ぐとした視線に、ミハエルも頷いた。


「……なら行こう。だがな、辛くなったらすぐに言うんだ。戦う前に行き倒れられると困る。凄く、困るんだ」


「は…………はい」


 鋭い眼光を飛ばされたものの、そこに敵意は感じない。心の底からどんくさいロミエの体力を気遣ってくれているんだと、申し訳なさすら感じてしまう。


「……だったら、あの……歩きでも、いいです、か?」


 正直に言って、ロミエは走れる気がしなかった。最初の数歩で力尽き、ミハエルが言ったようにその場で行き倒れてしまう未来しか見えない。

 ならばせめて歩きならば――と、ミハエルに提案してみる。


「…………」


(な、生意気って思われて……?)


 しまった! とオロオロしてしまうロミエ。

 別行動中の4人が負けるとは思わないけれど、決着が着いてないなら加勢しなければならないというのに……自分のせいで、間に合わないかもしれないのに。


「ハルベリィ嬢から提案とは……珍しいな?」


「……ッ! ご、ごめんなさ――」


「あぁいや! 提案するなって事じゃなくってだな……」


 咄嗟に頭を下げようとするロミエを、ミハエルが止める。


「……そうだな。とりあえず、歩いて向かうぞ」


 そう言って先導していくミハエルの背中に、ロミエも慌ててついて行く。

 周囲を警戒しつつ歩いていると、改めてこの街の街並みを観察できた。


 この街は〈常闇の欠陥〉によって陽光が差さない。よって、常に夜のような街には、小さな路地にも等間隔に街灯が設置されていた。

 暗闇で閉ざされているからか気温が低く、ジメッ気のある街の建物には、外壁に沿って青々とした苔に覆われている。


 しかし、そんな建物にも光が灯っていて、魔法結界で保護された内側に、観戦気分の住民がロミエ達を覗いていた。

 そんな彼彼女らに手を振りながら、ミハエルがポツリとロミエに言葉を投げる。


「……さっきは、俺の言い方が悪かったな」


「……?」


 さっき? ロミエは首を傾げる。


「あの、それはどういう……」


「ほら、君からの提案を「珍しい」と言っただろう? 受け取り方によっては、君を否定しているようにも聞こえてしまう」


「で、でも実際それはっ、わたしが、自分勝手な事を言ったので……」


 急がなければならないのに、自分の体力不足で急げない。それがとても申し訳なくて、不甲斐なくて……そうするしか出来ない自分が嫌だった。

 それなのに、そうだとミハエルも分かっているハズなのに。走らなければならないと、分散が負けに繋がることを魔術戦クラブ長でもある彼が、分からないハズがないのに。


「……どうして、わたしのわがままを……聞いてくれるんですか?」


「「ハルベリィ監査()を気にかけてやってほしい」って、アールに言われているんでね」


「……え?」


 シュメリート先輩が? わざわざ言ってくれた? こんな、たかがロミエ(一人の後輩)の為に?


(……でも、あの人ならやりそう)


 完璧主義の彼ならば、少しの妥協だってしないだろう。

 己に課せられた欠陥でさえ(ニヒリア)のせいにせず、努力だけで覆そうとしているのだから。


 誠実で過保護で完璧主義な彼ならば、ロミエなんかの事を気にかけていてもおかしくない。


「俺の目から見ても、君は俺らを頼ろうとしないし、どんな提案でも受け入れる挙句、君から言ってくれることは何一つ無いからな」


 実際ロミエが魔術戦の訓練で頼った事と言えば、ニコやヴィンセントからの魔術書・魔法書の構成に関する提案くらい。それ以外の助言や支援は、周囲からの好意を受動的に受け取るだけであった。


「だからな、歩こうっていう君からの提案が嬉しかったんだよ」


「……その、そんなに……ですか?」


「自分の意見を持たず、ただ指示に従うだけの人間よりかは、ちゃんと自分の意思を伝えられる方がいいだろう? それにアールが言っていたぜ。「ハルベリィ監査()は自己犠牲が過ぎる」だかなんだか」


 ミハエルは腕を組み、うんうんと頷く。


「これは俺も同意見、もっとハルベリィ嬢は自分の気持ちを大切にするんだ。嫌なら嫌って意思表示する事は大事だし、そこからより良い解決策の模索だって出来る」


「で、も……それだと、余計に時間を使わせちゃいます。それに、正しい手段とルートをとった方がいい、です」


「ハルベリィ嬢。言っとくがこの世に完璧な手段や答えなんてない。世界自体がそうだし、どんんだけ練っても何かしら欠陥とか不備はある。それこそ、君の体力不足が「走る」って選択を不正解にしているからな」


「…………」


「だから「《《走らなくていい》》」って選択を正解にする。その作業が作戦会議だし、自分の意見を伝えるって事がより良い正解に辿りつく道なんだ。それに――」


 ミハエルは不自然に言葉を切る。言いたくなさそうで、何かと葛藤するように眉間に皺を寄せて。

 それでも彼は、己の意志に沿ってロミエに告げる。


「……現実に、置かれた環境に正しくあろうとして、変わっちまった奴を俺は知ってる。だから自分をしっかりと持つことをおススメするぜ、ロミエ・ハルベリィさん」


「じぶんを……しっかり……?」


 自分はロミエで、創生神(ニヒリア)だ。


 自分(ニヒリア)にとっての正しさとは〈不変の完璧〉である。常に正しく、正常に壊れることのない完璧な世界を創ること。

 ……それが達成できず、欠陥が残ったこの世界にニヒリア(ロミエ)は転生した。


 天界から追放されたニヒリアは、もう神ではない。

 しかし、この世界において〈創生神〉の権限は部分的でありながらも行使することが可能だった。


「……じぶん」


 もう一度口に出してみるも、明確な答えは浮かんでこない。


(私はニヒリア……でも、もう神様じゃなくて、今はロミエ・ハルベリィという少女に転生して……でも、ニヒリアだった記憶も力もある……のに、でも……わたしは……《《じぶん》》は……?)


 〈創世神ニヒリア〉と〈ただのロミエ〉とでは、周囲の評価に決定的なまでの違いがある。


 方や世界に欠陥を残して人々を苦しめ、人間たちの英雄ですら救えなかった無能神。

 方や座学が優秀で生徒会に入り、魔術や魔法についての理解も深く、大会メンバーに選出される少女。


「…………」


 みんなが期待しているのは〈ロミエ〉だ。彼女に優しくしてくれる人は沢山いるし、そんな人々からの期待に応えようと、必死になれる。

 でも、だからって前を向けない。自分を大切にするなんて、出来なかった。


(だって……《《私は》》ニヒリアだから)


「……っ」


 なんだかやけに街灯の光が眩しくて、ロミエは首の角度を下げてしまう。

 だからだろうか、迫り来る脅威に気づいたのは、ミハエルの絶叫にも似た声が発せられてからだった。


「な……ッ、伏せろ──!!」

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