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【3-13】本頼り/できること

「もっとロミエちゃんと居たかったですのぉぉ……」


 学生達の席から来賓席に向かう途中、「シクシク」と涙をハンカチで拭き取るライラック。

 しかし、その奥の眼光はギラリと鋭い。


(どういうつもりか……妾がいる限り、ロミエ様は渡しませんわよ)


 ライラックは教員席で談笑しているリーンハルトを一瞥しつつ、第一王子リフィル殿下の元へと歩みを進める。


「失礼、戻りましたわ」


 そう言って、何事も無かったかのように〈理の魔法使い〉の隣についたライラックへ、眉間に皺を寄せたアイリシカがズカズカと詰め寄った。


「全能の魔女殿、大賢伯としてのお役目をお忘れですか!? 護衛が殿下のお傍を離れるとは、どういうおつもりか!!」


「偵察していたのです」


「偵察……?? あの少女に引っ付くことに、なんの意味があるのです?」


「…………」


「全能の魔女殿、聞いているのですか?」


「……殿下の命を狙う暗殺者候補は、覚えていらして?」


「もちろんです。それくらい護衛として当然のこと」


「でしたら、偵察の意味も分かるはずですわ」


「…………? あの顔はどう見ても、お気に入りの女子生徒にダル絡みしていたようにしか見えません」


「…………なら、もうそれでいいですの」


 「はぁ――」と、如何にも意味ありげにため息を吐くライラックにアイリシカも顔を顰めるが、それ以上は何も言わず、リフィルの後ろへ控えた。

 それらのやり取りが終わると同時に、間に挟まれ身を縮めていたもう一人の護衛――魔法伯が一人〈理の魔法使い〉ステラ・ラスティ・インヴィクタが、恐る恐るライラックに声をかける。


「……な、なぁ。偵察して来て、何か分かったのか?」


「…………」


 その問いに、ライラックは沈黙で返した。

 なにせ、護衛を離れてロミエのもとへ行った理由なんて、「ロミエが取られたくなかっただけ」だからである。

 本当にそれだけの理由で行ったので、得られた情報なんて一切ない。


「ちょ、ちょ……う、あ……いや、無かったならべつに良い! その……つ、強く言い過ぎた……ごめん」


 今の会話のどこに「強い」部分があるのだろうか。

 反応がないライラックに、〈理の魔法使い〉ステラがオロオロと動揺しはじめる。


(相っ変わらずネガティブですわね……)


 やれやれ……と肩を竦めながら、堂々とした面持ちで、さりげなく顔を寄せる。

 いくらか身長差があるものの、ステラは常に猫背で俯きがちなので、ライラックも耳打ちくらいは可能だ。


「3人の暗殺者候補のうち二人は教員ですが、もう一人は学生なのはご存知ですわよね」


「え、え………………あっ、そ、そうだ。昨日会ったヤツだよな。覚えてる…………うん、アイツだな」


 最初忘れていそうな素振りを見せるステラに、ライラックがジトっと視線を向けつつ言葉を続ける。


「昨晩会ったのでしょう……? ……ともかく、精霊使いの彼は後半戦に出場します。ゆえに、動くとしたらここでドサクサを狙う可能性がありますわ」


「そ、それなら、ずっと見張っておく必要があるな……」


「もちろん警戒はしますが、彼に集中していて他の二人のどちらかにでも奇襲されたら? いくら妾達でも詠唱が間に合いませんの」


 魔術を斬れるアイリシカも大概だが、ライラックもステラもロンド王国でも最上位に位置する実力者だ。

 だが、どれだけ優秀な魔術師・魔法使いだったとしても、詠唱をしてキチンと魔力を編まなければ何も出来ない。

 それゆえに、先に先手を取られてしまうと、対処が間に合わない可能性がある。


(そもそも、学園を襲撃してきた刺客達の行方も分からない。最低でも3人……イスベルクとシュヴァルツェンの動きにも注視しなければ)


 考慮すべき危険は数多とあるが、逆にこの隙を付いてくる刺客たちを一掃できれば万々歳。

 何よりこの街は白竜の縄張りだ。街全体を攻撃するなどの大規模攻撃なんてしたら、かの白竜が黙っていないだろう。


 肩に羽織ったキャリア(マフラー)を撫でていると、ライラックの意図を読み取ろうとしていたステラが、合致のいった様子で口を開く。


「……つまり、信頼できる生徒に、さりげなく協力をお願いした……ってこと、か?」


「……察しがよくて助かりますわ」


 全然そんな事ない。なんなら、遠ざけるために昨晩計画の事を伝えて、当該人物へ近づかない様に――と伝えていた。

 しかし、この場の言い訳には説得力があったらしく好都合。


「つまり、あれもこれも護衛計画の一環でしてよ?」


 渾身のドヤ顔で、まさに計画通りだという雰囲気を醸し出すライラック。


「……気持ち悪い、あんた」


「はい?」


 いったいどこに気持ち悪い要素があったのでしょう? 妾には理解できませんわ!

 そうやって高を括り、肩を竦めるライラック。


「……本頼りのくせに」


 ステラがそう呟く。

 誰にも聞こえないくらい小さな声で、独り言のように。


 しかしちょうどその瞬間、前半戦の選手たちが戻ってきた。

 悔しそうにする生徒もいれば、ヘトヘトで座り込む生徒もいる。方や、前半戦を逆転勝利で収めたヴェルファスト学園の生徒たちは興奮冷めやまぬ様子で、同校の生徒や観客から盛大に迎え入れられた。


 そんな喧騒が錯綜する中で、ステラの独り言がライラックの耳には届かない。

 常闇の街ヴァイセルの闇の中に、ひっそりと吸われて消えるのだった。



――――――――――



 ライラックからもたらされた情報によると、殿下を狙う可能性がある人物は3人いる。


 その内二人は学園の教師で、1人はロミエも既に知っている。開会式で精霊王召喚を披露した女性教師だ。

 名はアクアリス・セーン。〈水面の魔女〉の二つ名を持つ上級魔術師で自然魔術学と精霊学に精通しており、所属しているフェルマー学園でも人望が厚いらしい。

 だが、彼女は北方山脈を越えた先のシュヴァルツェン連合王朝出身らしく、先の件もあって疑惑が掛けられている。


 そしてもう一人は、ジェリー・ホークという男性教師。

 火力至上主義を掲げるヴェルファスト学園に所属しており、彼は数少ない強化魔術の使い手である。

 彼はロンド王国の平民出身だったが、その魔術の才を評価され男爵位を賜った逸材だ。しかし、彼はアナイア帝国と秘密裏に接触している疑惑があるらしい。


 両者とも魔術に精通した上級魔術師だ。

 大会中も第一王子の近くで観戦できるため、隙を突こうと思えばいつでも突けるだろう。


 しかし、いち生徒であるロミエには大して関係ない。

 近づかなければ良いだけだし、もし《《事》》が起こっても距離を取っていれば巻き込まれないだろう。


 問題はもう一人の候補者。

 彼はロミエと同じ学生であり、今大会の後半戦——つまり、これから行われる魔術戦での対戦相手である。


 その人物の名はアルウェル。〈水面の魔女〉と同じフェルマー学園に所属する精霊使いだ。


 アナイア帝国出身の彼は、出自が平民だったからか姓は無い。

 しかし、ロンド王国に移住する前は帝都で暮らしていたという情報があるらしく、帝国からの諜報員あるいは――と、疑惑があるのだという。


(でも、青肌人種(帝国出身)なのに精霊と契約してるなんて……平民、だからかな?)


 アナイア帝国は複数の民族を束ねる国家だ。構成する民族の多くが青肌人種とはいえ、そうでない人々も大勢いる。

 周囲の魔素を取り込んでエネルギーにする微精霊にとって、魔力吸収効率の高い青肌人種の近くは居心地が悪いから、きっと後者なんだろう。


 そうロミエが納得していると、後半戦で使う魔道具――いや、魔法具を全員に配り終えたミハエルが口を開いた。


「最後に確認しておくぞ。事前の計画通り基本は二人一組で行動が鉄則だ。もちろん、状況に応じて手分けするのは構わない。それと、魔力が残り二割になったら失格だから、無駄に使いすぎるんじゃないぞ!」


 青い魔晶石がはめ込まれたブローチ型の魔法具には、所持者の魔力が規定値まで下がった瞬間、魔法結界が張られる術式が込められている。

 安全を期す為の措置ではあるが、その結界が張られたと同時に脱落を意味していて、たとえ被弾していなくても、魔力を使いすぎても負け判定になってしまうのだ。


 前半戦が終わって、昼食と作戦会議を挟んだのち、ロミエたち後半組は結界内の所定位置に移動していた。

 前半戦は惜しくも二位。決して悪い結果ではなかったものの、勝利を確実にするためには一位を取らねばならない。


(魔法書……うん、ちゃんと魔術戦用のやつ――術式に不備とかない……ないよね、ないはず…………だ、大丈夫かなぁぁ……っ)


 本番直前にもなって、魔法書を開いては閉じ、開いては閉じるロミエ。

 アリストリア学園は魔術師団が直接指導している魔術の名門校。魔術戦大会は何度も優勝を飾っているし、それだけ向けられる期待は巨大で重い。


 それなのに、ロミエは欠陥持ちだったアールグレイの代役として選ばれただけ。

 本当に大会に出たかった人だって他に居るだろうし、何より、アールグレイは誰よりも己の実力不足を嘆いていた。


 ニヒリアが残してしまった、欠陥のせいなのに……。

 のしかかる重圧で腰が曲がっていくロミエに、ミハエルはいつも通りの声音で声をかける。


「肩の力抜いておけ。大丈夫だ、先輩らに任せろ」


「は……はいっ……! が、がんばり……まふ……」


 緊張でしどろもどろに答えていると、「団長ぉー、後輩ちゃん狙ってんですか~?」「団長カッコいい~」などと、他の代表生徒が野次を挟んでくる。

 今回アリストリア学園は二人一組で行動する戦術を取る作戦で、ペアであり団長でもあるミハエルは、飛んできた野次に「お前らはもっと集中しろ!」と怒鳴った。


 そんな彼の叫びを気にすることなく、今度はロミエにも声をかけてくる。


「やばい時は団長を壁にしてでも逃げてくださいね」

「最悪、精霊王召喚で全部ふっとばしてもいいよ!」

「それはダメだろう……。ま、出来ることを成せればそれで良い」

「上手くいかなかったら会長を恨むんですよね、団長?」

「…………ったく、あーそうだ。ハルベリィ嬢、君はアールと入れ替わりで入ってきたからって、彼の代わりになろうとしなくって良いんだからな」


 途中から入ってきたロミエを、誰も否定したり嫌そうな顔をしない。団長を弄りながらも慕っていて、ロミエが女だからって卑下したりする人もいなかった。

 魔法書しか使えないロミエを、魔法書でしか戦わないロミエを認めてくれるのだ。


「……できること、やりますっ」


 魔法書を抱える手をグッと握りしめる。

 ちょうどその時「リンゴーン――リンゴーン――」と、試合開始を告げる鐘が鳴った。

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