【3-12】今のわたしの居場所
メラメラと爆炎を映したスクリーンの中に、一人の男子生徒が佇んでいる。
ヴェルファスト学園の代表であり、最後に一人生き残った彼は、嬉しそうに顔を明るくして「ぃよっしゃー!」と手を突き上げた。
途端、観客の興奮も絶好調に。
名門であるアリストリア学園の代表相手、それも人数不利をひっくり返しての逆転劇に、大いに沸き立った。
それらの歓声を耳に入れながら、ロミエは少し目を見開く。
「い、今のって……」
ロミエの呟きに、ライラックが頷いた。
「四重強化魔術ですわね……隠れながら、ずっと詠唱していたのでしょう」
強化魔術は重ねる量が増えるほど、難易度が増大する。
魔力消費もそうだが、何より術式が複雑かつ繊細で、少しでも手元が狂うと暴発しかねないリスキーな魔術である。
ゆえに、強化魔術の使い手は少ない。使用しても二重や三重が限界で、それ以上は詠唱時間と難易度に対して割に合わなすぎるのだ。
しかし、行使することができれば話は別。ひねりの無い2級結界程度なら簡単に破壊されてしまう。
「結果論だが……反撃を恐れて固まったのが悪手だったな。飛行魔術で接近し、回避盾をしていれば結果は違ったか……?」
うーむ……と、顎に手を添えて思案を巡らすミハエル。
「ミハエル団長、あれどうします? 二級結界でも防ぎきれそうにありませんが……」
「極力避けるとしても、普通の攻撃魔術も二重強化されている。ここは他学園との挟撃か……それか、いっそツーマンセルを崩すか……」
アリストリア代表選手達の提案に、ミハエルは「まあ、そうだなぁ」と相槌を入れるも、答えは見つからない。
団長として、必死に対策を考えるミハエルの姿を見ながら、ロミエも思案を巡らせる。
(強化魔術は詠唱に時間がかかるし、それまでに飛行魔術で接近……出来なくても、走り回って的を絞らさなければ……)
如何に強力な魔術であっても当たらなければ意味がない。
今の戦いは仕方なかったとはいえ、狭い通路を活かして回り込んだり、開けた場所で戦えばやりようがある。
しかし、敵はヴェルファスト学園だけではない。
敵が複数いる以上、無暗に広い所に行ったり通路を進んでしまったら、それだけ敵と遭遇する可能性が増えてしまうのだ。
「狭い路地、見渡しが悪く入り組んでいて、包囲するにも適さない市街戦故の戦い方ですわね。一か八かの賭け戦術ではありますが、強化魔術自体は完璧でしたわね」
ロミエの腕に巻き付きながら、ライラックが真面目に講評を述べる。
大賢伯の言葉だけあってミハエル達はもちろん、隣の学園席に座る生徒たちの視線も向いた。……切実に離れて欲しい。
ロミエは向けられた視線に背を背けながら、「そういえば」と思い出す。
(ら、ライラ様は、第一王子の護衛も兼ねて来てるんじゃ……?)
第一王子であるリフィルが来ている以上、ライラックは彼の護衛についていないといけないはずだ。特に、今回は殿下を囮にするような作戦である。
「アリストリア学園を他国からの刺客によって攻撃される」なんて大事件があったにも関わらず、魔術戦大会が強行された理由であるというのに……ライラックがロミエから離れる様子は無い。
複合結界が精霊王召喚すら防いでくれたとはいえ、学園襲撃の時は二門同時召喚によって魔法結界が突破されかけたばかりである。
あの時の使い手、もしくは近しい実力の刺客がいれば、いくら複合結界と言えど安心できない。
そんな心配をよそに、ライラックは堂々と講釈を垂れている。ロミエの腕に巻き付いたまま。
「——ですから、如何に詠唱の隙を与えないかが重要で……」
「あ、あのライラ様っ」
「あら、どうされ――どうしましたの? ロミエ《《妹》》ちゃん」
「…………あの、〈理の魔法使い〉様が不機嫌そうに俯いてて……」
奇妙な呼び名を無視して、チラリと来賓席の奥に目を向ける。
リフィル殿下が座る席の後ろには、金髪の護衛騎士アイリシカと、フードを目深に被り俯き続ける〈理の魔法使い〉。
アイリシカが剣を突き立てて堂々と構えているのに対し、〈理の魔法使い〉は豪華な装飾が施された杖へ、命綱のように縋り付いている。
どことなく、彼の周囲だけ負のオーラが漂っていた。
しかし、ライラックは特に気にした様子も無く、さも当然と頷いた。
「あぁ、あれはいつもの事ですので、お気にかける必要はありませんわ」
「で、でもっ……その、あのぉ……ぅ」
「離れてください」とは言えなず、もごもごと口ごもるロミエ。
そんな彼女を見かねたミハエルが、「ン˝ン˝っ」とわざとらしく咳ばらいを挟んだ。
「大賢伯殿の助言、しっかりと活かさせて頂きます。とはいえ、これ以上大賢伯殿の貴重な時間を頂くわけにはなりませんので、どうか席にお戻りくださいませ」
ニコリと社交スマイルを浮かべるミハエルに対し、ライラックもまた、完璧に張り付いた笑顔で応える。
「あら、お気になさらずとも、妾が好きでやっていることですわ。大賢伯である妾の解説は、とても参考になるものでしてよ?」
「いえいえいえ、もう十分以上に勉強になりましたし、全てを〈全能の魔女〉どのにお聞きするわけにはなりません。だからお席にお戻りください」
「だから、これは妾が好きにやってることで……」
「お戻りくださいませ」
「…………」
「お戻りください、ませ」
「……わかりましたわ」
ミハエルによる社交辞令という名の脅迫に屈したライラックは、名残惜しそうに涙目になりながらも、殿下の元へと向かって行った。
「……ハルベリィ嬢、これで良かったか?」
「え……あっ、はいっ。……その、ご迷惑をおかけしました……」
「どうして君が謝るんだ……。ただまあ、あれでも流石は大賢伯ってとこだな。おかげで糸口が見えて来たぜ」
ミハエルはそう言うと、「よし、作戦会議は後だ。まずは前半戦った奴らを労うぞ!」と立ち上がった。
もう少ししたら、前半戦に出場した選手達が帰ってくるんだろう。ミハエルたちは彼らを迎えるために、広場の境界線へと歩み出す。
(ライラ様には申し訳ないけど……)
ちらり、とライラックを見ると、ちゃんと第一王子の近くに控えて、俯きフードの〈理の魔術師〉とヒソヒソ話をしていた。
そこに、ロミエにダル絡みとも捉えられかねない接し方をしていた面影は存在しない。
ライラックはロミエの存在を秘匿するべく、敢えてあのような絡み方をしてくるんだと、ちゃんとロミエは理解している。
ロミエはこの世界の創生神ニヒリアであり、この街の暗闇を生み出した張本人だ。
ここにいるのだって、アールグレイに欠陥があって選出が取り消されたから、その穴埋めで来ているだけ……。
(……ううん。シュメリート様は欠陥のせいにしなかった。実力が足らなかったんだ……って)
だとしたらロミエには――魔法も自由に使えない、ただのロミエには何ができるだろう?
何もかも中途半端で、期待を裏切る出来損ないで……でも、「逃げてもいい」と言ってくれる人がいる。絶対に孤独にさせてくれない、「ともだち」がいる。
……助けないと、助けねばならない「ともだち」が――背中を押してくれた、「親友」がいる。
だったら、俯いてる暇なんてない。
できる限り全力を尽くして、向けられた期待に応えよう。だって、こんなロミエを認めてくれる人達がいるのだから。
向かうべき所は、生徒会でも秘密を共有する仲間でもない。
(……今のわたしは、代表選手だから)
だからロミエも背を向けて、ミハエル達の跡を追うのだった。
前半戦を戦い抜いた先輩達の元へ。




