【3-10】開会
「それでは、これより、7学園対抗魔術戦大会の開会を、宣言するっ!」
ロミエを含むアリストリア学園の代表団が到着した翌朝。感覚が狂いそうな漆黒の空の元で、魔術戦大会の開会が宣言された。
街の中央部に位置する広場に、参加する7学園の代表者、計84人が整列し、リフィルの言葉に耳を傾けている。
その中で、ロミエは肩を縮めて俯いていた。
(なっ、なななっ、なんでわたしが最前列なのぉぉぉ……)
学年順に加えて、身長も加味された結果である。
元より、アリストリアの代表者に一年生はロミエしかいない。また、彼女よりも小柄な生徒もいなかった。
「ロンド王国の、未来を担う、みんなさん――」
壇上で必死に言葉を紡ぐリフィルの声が聞こえてくる。
言葉は微妙に途切れ途切れで、言葉遣いも完璧とは言えないけれど、それでも噛んだり止まってしまうことは無かった。
彼なりの必死さが伝わる言葉で、声音で、代表選手たちに語り掛けるような演説。
(あんまり、ロンドとは似てないけど……すごい、頑張ってるんだ)
リフィルの先祖であり、ロンド王国の始祖たる〈英雄ロンド〉は、とても活発な人物だった。
誰にでも気さくで優しく、誰からでも好かれる人望を持ち、常に最前線で皆を引っ張っていくような青年。
そんな彼を知るロミエに言わせてみれば、リフィルはどちらかというと内向的な人物である。
魔道具暴走事故について報告しに行った時と、図書館で護衛から庇った時くらいしか話したことが無いが、リーンハルトやアールグレイなどの貴族然とした態度は感じられなかった。
もちろん、ロミエ程は内向的じゃないけれど、彼の先祖と比べたらどうしても内向的に感じてしまう。
(……でも、期待に応えようと、必死に頑張ろうとしてるのは同じだ)
そんな彼の雄姿を見てみようと、ロミエが顔を上げようとするが――やめる。
だって、ロミエだったら見てほしくない。
知らない人からの視線すら怖いのに、知っている人の目線ならば余計に怖いから。
――――――――――
開会の挨拶を終えたリフィルが席に戻ると、次は来賓席から古風なローブを身に着けた男女が前に進み出る。
一人はライラック。銀の刺繍が編みこまれたローブに、ウェーブがかったクリーム色の髪が流れながら、堂々と歩み出た。
背丈以上の杖を構え、大賢伯〈全能の魔女〉としての威厳を漂わせる彼女に対して、もう一人の男は目深にフードを被ったまま、杖に縋りつくように俯いている。
ライラックと対比するように、金の刺繍が編みこまれたローブを着た男だ。
街灯に照らされキラキラと反射する金色も、心なしかくすむほどに、陰鬱な雰囲気を纏っている。
「では、これより大賢伯が一人〈全能の魔女〉と――」
そこまで言うと、ライラックはジトっと横で俯く男を睨む。
「こちら、魔法伯が一人〈理《ことわり》の魔法使い〉が、この街全体に《《魔術戦結界》》を張ります」
そう宣言するとライラックは杖を掲げて、この場の全員に聞こえるようにハッキリと詠唱を始める。
その陰で、〈理の魔法使い〉と紹介された男も、その杖にはめられた魔石を淡く発光させた。
「すごい……」
その様子を見ていたリフィルの瞳に、キラキラと魔力の軌跡が映される。
詠唱する二人の杖から、紡がれた魔術式たちが街全体に流れていき、隅々まで覆っていく。
絶え間なく、途切れなく、正確に、繊細に――体のすぐそこを魔力の式が流れていくのを肌で感じながら、「ほぅ……」と感嘆を溢した。
ロンド王国が誇る大賢伯〈全能の魔女〉と、魔法伯〈理の魔法使い〉の詠唱に見とれていたのは、リフィルだけではない。
同じく、魔力や魔素を視認できるロミエもまた、その圧巻の光景に目を見開いていた。
(魔術式と魔法式が綺麗に合わさって……一つの魔法を描いてるんだ……!)
とてもとても複雑な魔法だ。ライラックの魔術式も合わさって、より強固で複雑に絡み合っていく。
(…………これ、ライラ様じゃない。あの男の人が、ほとんどの骨格を形成させてる?)
魔術式と魔法式が合わさる組織は、魔法式が中心となって魔術式を取り込んでいっていた。
その大本にいる人物こそ、ライラックのとなりで俯く〈理の魔法使い〉。
「……えっ」
フードを目深に被った彼を改めて見たロミエは、思わず声を出してしまう。
なにせ――彼は魔力を込めた杖だけでなく、体からも魔法式で編んだ魔素を送り出していたのだ。
呆気にとられるロミエ。その間に、詠唱を終えた〈理の魔法使い〉が、フードの下に隠れた口を開いた。
「――複合術式〈《《魔法戦結界》》〉、発動」
その声と共に、街全体に張り巡らされた魔法が、建物や地面の石畳に張り付いた。
一つの隙間も残さず、一本の街灯すら例外なく、隙間もなくなるほど複雑に絡み合わさった複合術式によって保護される。
「……結界の定着を確認、これにて魔術戦結界の用意は完璧ですわ」
堂々と宣言するライラックに、並ぶ生徒のみならず見学している住民たちからも、「おぉ」と感嘆の声が挙がった。
しかし、魔力や魔素を感じ取れなければ、濃いめの結界が発動したようにしか思えない。
魔術に通じてない人ならば尚更で、「今のでほんとに大丈夫なのか?」と疑問の声が挙がった。
事前に詳しく説明して承諾は得ているものの、自分たちが住んでいる場所で魔術戦が行われるのだから、そう簡単に不安は拭えない。
それこそ、視覚的に分からなければ。
「それでは、この結界が完璧であることを証明いたしましょう」
「お願いします」とライラックが視線を向けたのは、教師席に座る一人の女性。
「はいはぁ~い」
長い黒髪に、余裕のある伏目で透き通るような水色の瞳の女性教師がやってくる。
(あ、この人……)
ロミエはこの女性教師を知っていた。昨晩、ライラックに伝えられた特徴と合致している。名は確か──
「私、〈水面の魔女〉アクアリス・セーンって言う者です〜。以後、お見知りおきを?」
彼女はお立ち台に上がると、広場に並ぶ生徒達や、その外縁状に見学しに来た住民たちに向けて、恭しくお辞儀をした。
「チラっ?」とライラックに視線を向けるが、呆れられたように溜息を吐かれる。
「はぁ……さっさと始めてください」
「そう? りょうかい〜。――んでは」
ニッコリ笑顔で敬礼を向けた〈水面の魔女〉だったが、すぐにその表情が一変する。
「――〈水面の魔女〉アクアリス・セーンの名のもとに、開け、門」
「……え?」
思わず声が出る。間違いない、〈水面の魔女〉が詠唱したのは儀礼詠唱――精霊王召喚で必須な式句だ。
ロミエは「あり得ない」と目を見開く。〈水面の魔女〉には、それ以前の詠唱をしている様子は一切無かったのだ。
一応、事前に詠唱を済ませておいたり、魔導書を使えば長い本文の詠唱を省略して、儀礼詠唱だけで精霊王を召喚できる。
だが〈水面の魔女〉が魔導書を持っている様子はないし、ライラックに呼ばれた時や、お立場いに上がって詠唱を始める直前まで、無駄話をしていたのだ。
事前に詠唱していたとしても、間に会話を挟んだら破棄扱いになってしまう。にもかかわらず、〈水面の魔女〉は精霊王召喚を成功させたのだ。
その証拠に、真っ暗な闇夜の空に水面色の魔法陣が出現。巨大な門が召喚され、常闇の街を薄く照らしていった。
圧巻の光景に、ロミエはもちろんほとんど全ての人々が釘付けになる。
「…………」
「…………」
「……ふーん」
〈全能の魔女〉と〈理の魔法使い〉の二人と、来賓席に座っているリーンハルトを含めた三人以外。
「静かな水面に波紋を届け伝えましょう――水の精霊王ネプトゥリアス」
門が開かれ、雨のように水の柱が街に降り注いだ。それぞれ、家を貫徹するほどの威力を持った攻撃魔術である。
しかし――それらは屋根や地面に触れた途端、威力を失っいことごとく四散していく。
魔力や魔素の大きさすら関係ない。結界内の建物に当たった瞬間に魔術式は霧散してしまうのだ。
「とまあ、このように威力を持った攻撃魔術であっても、この結界ならば威力も魔力も分解されて四散させられてしまいます」
〈水面の魔女〉は精霊王召喚を維持しつつ、今の現象を解説する。
噛み砕いた説明であるが、実際に見せられた上で言われると納得するしかない。
「ほらほら〜、見てください。ガラスの一枚だって割れてませんよ~!」
「さっすがです~ぱちぱち~」と手を叩く〈水面の魔女〉。
あくまで「結界を作った二人が凄い」と褒めたたえる彼女に対し、ライラックと〈理の魔法使い〉はジッと睨みを返したが、それも一瞬。
「……まあ、見ての通り、四重強化魔術に相当する精霊王召喚でも、傷の一つさえつかない結界なのですわ」
「魔法伯と大賢伯が協力して作った複合結界だぞ。そう簡単に突破されてたまるか……」
「当然」と扇子を広げるライラックと、ブツブツ地面を睨む〈理の魔法使い〉の面々。
ある程度のデモンストレーションも終わり、パタンと精霊王の門は閉じられて、魔法陣の中に消えていく。
不安を感じていた住民や生徒達も、大賢伯と魔法伯の合作で作られた複合結界な上、精霊王召喚なんていう視覚的にも分からされた結果、不安を口にするものは誰もいなくなった。
「すげぇ、あれが精霊王召喚……初めて見た!」
「あれ防ぐ結界って……円卓って本当にバケモノしかいないんだ」
「ふっ……あれくらい、フェルマー学園なら常識なのだよ!」
使い手が少ない精霊王召喚と、それすら完璧に防いでみせるロンド王国の英傑による複合結界を目の当たりにして、ざわめきが広がった。
その最中、ロミエは1人考える。
(……詠唱、ずっと保持してたのかな)
会話中も術式を維持し続ければ、理論的に不可能じゃない。しかし、長大な精霊王召喚の術式を維持し続ける事自体が至難の業だし、会話も重ねるなんて人間に出来るのだろうか?
少なくとも只者じゃない。
(……近づかないようにしなきゃ)
もしも彼女が《《敵》》だった場合、相当面倒なことになる。狙われたりでもしたら、手持ちの魔法書だけでは対処しきれないだろう。
(そういえば、殿下はこの事を知ってる、のかな……?)
ピッシリ背筋を伸ばす殿下は、緊張した面持ちながらもしっかり前を向いている
薄い水色に金と緑が一滴混ざったような美しい瞳には、緊張こそあれど恐怖や憂いは無い。
そんな彼に視線を向けながら、ロミエはライラックに昨晩言われたことを思い出す。
精霊王召喚などを用いた大規模な襲撃を受けた後だというのに、魔術戦大会を強行した理由について……彼女はこう言った。
この大会で、殿下を狙う刺客を炙り出す計画なのです──と。




