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閑話 路地裏の交錯

 魔術戦大会が行われる街〈ヴァイセル〉は、背後に聳える霊峰の麓に位置している。

 なだらかな坂に沿って、石レンガ造りの頑丈な建物が所狭しと並び、等間隔に置かれた街灯によって常闇を明るく照らしていた。


 出店が軒を連ねる大通りは多くの人で賑わっていて、旅行気分の学生たちがワイワイと闊歩している。

 そんな賑わいをみせる大通りから、数区画離れた路地を歩く学生がいた。


 その学生は平均的な身長で明るめの茶髪、深い青色の瞳をもったどこにでもいる青年だ。しかし、一つだけ特異な特徴がある。肌が病的なまでに青いのだ。

 なぜなら彼は青肌人種。ロンド王国の西側に位置する、アナイア帝国の出身者である。


 そんな彼は道の途中で足を止め、明るい茶髪を「あれ~?」と搔きながら手元の地図を覗き込む。


「こんな見渡し悪い所、本部にはしないですよねぇ~……」


 心なしか街灯の光も淡く揺らいでいて、常闇の薄暗さが滲み出る路地にまでは、通りの喧騒すら届かない。

 少し傾斜しているうえに曲線を描いているので、道の先は死角となっている。


(……ん? よく見たら微妙に通路の形が違うような……)


 青年は目に見える景色と地図を何度か見返した後に、ガックリと肩を落とした。


「……迷子、なった」


 数日散策したから、多少は土地勘掴めたと思っていたのに!

 青年が己の方向音痴具合に涙していると、キラキラと微精霊が現れて、宥めるようにキラキラリと周囲を舞った。


「励ましてくれてる……のですね」


 そう青年が泣きそうな笑顔で笑うと、微精霊は彼の周りを跳ね回った。飼い犬が主人の周りを駆け回るように。


「わわっ、そんなに動いたら……あいや、消えはしませんけど――」


「おい、そこの精霊使い。こんなとこで何してる」


「うげっ……」


 突然背後から声をかけられて、青年は肩を跳ね上げた。

 微精霊を背に振り返ると、暗がりの先にヒョロリとした体格の男が立っている。

 真っ黒のローブを羽織り、目元までフードで隠れていて口元しか見えない。どう見ても不審者である。


「……あなたこそ、誰ですか」


 キリリと立ったジト目を細め、ジリジリと後ずさる。


(せめて、姫様だけでも逃がさないと)


 武装もあるにはあるが、まだまだ使いこなせる訳じゃないし、何より目立つので小さい方しか持ってきていない。

 最悪、自分が飛び掛かって時間を稼ぐ――そう決意を固める青年の様子に、フードの男の方が後ずさった。


「えっ、あっあれ!? こ、こわっ怖がらせちゃった……のか……」


「……? 自分たちを襲いに来たのでは、ないのです?」


「えっ! はぁ!? なんで!? どうして、普通に話しかけたのにそう解釈しちゃうんだよ!? …………ごめん、声大きかった。怖いよね……怖い……うん、怖いよな。こんな黒ずくめでモゴモゴ話して……でも、これが安心するんだよぉぅ……」


「……はい?」


 情けない声を出しながら項垂れるフードの男に、青年が思わず聞き返す。


「えぇっと……危害、加えない?」


「も、ももももっ、もちろんだ!」


 噛み噛みの返答に訝しんでいると、項垂れていた彼は、おもむろにフードを取った。


「な――」


 フードの下に隠れていた銀髪が露わになり、適当に切ったようなガタガタな銀髪が街灯の明かりを反射する。

 その奥にある伏し目がちな紫紺の瞳は、不機嫌そうに地面を睨みつけていた。


 あんまりにも美しい銀髪だったので、呆気にとられる青年の様子に、銀髪の男は深々とため息を吐いた。


「……これだから嫌なんだ」


 そう不貞腐れたように呟く。そんな彼の首から顔にかけて、幾何学模様のタトゥーが彫られていた。


「え、えぇと…………ゴメンナサイ」


「何に対しての謝罪!? 怖いんだけど!?」


 ギョッと身構える男に、青年もまた警戒を緩める。

 刺客にしては頼りなさそうなヒョロ男だし、暗がりでも分かるほど病的な白い肌から、身体能力は高くないだろう。


「えぇと、一方的に警戒しましたので……無礼を働きました、その謝罪です」


「なんだ、お前騎士か? 騎士なのか? それともあれか、礼儀を重んじるただの紳士(良い子ちゃん)か!? それとも《《陽》》の方に住まう者なのかぁっ!?」


「え、えぇっと……?」


(ロンド王国語は大体習得したつもりだったけど、こうも捲し立てられると読み取れきれないな……)


 どうにか言われた言葉を理解しようと思ったが――諦める。


「……ニッ!」


 代わりに誤魔化しの笑顔を浮かべると、男は「やっぱりだ。やっぱりやっぱりやっぱりだ! このっこのっこのおぉぉ……ぅ」と地団駄を踏み始める。


「陽に生きる者だな。お前らなんか、こんなジメッとした路地裏からさっさと出ていけ! せっかく静かにできる日陰なのに、お前らみたいな明るい笑顔を浮かべて闊歩されると、オレみたいな陰に生きる者の居場所が無くなるんだ!!」


「え、えぇと~ぉ……?」


(この男は何を言ってるんだ??)


 青肌人種であり、帝国出身の青年と、病的なまでに白い肌をしたロンド王国出身の男。この間に、言語の壁が立ちふさがる。

 ……いや、それだけじゃないかもしれないが、少なくとも「出ていってほしい」ことは青年にも理解できた。


「えぇっと、自分も大通りに戻りたいのですが、道に迷ってしまって……」


「……ふん、計画性がない。これだからいつも考え無しにその場のノリで決めるような奴らは……」


 そんな風にネチネチブツブツと呟きながらも、「こっちだ、ついてこい」と先導してくれる。


「……付いて行っても……ですね、どちらにしろ道分かりませんし。…………は、ははは」


 青年は微精霊と頷き合って、銀髪の男の背を追っていく。

 しばらくクネクネと路地を進んで行くと、明るく賑やかな大通りに出た。

 ちょうど最後の一校が到着したらしく、豪華な馬車が通りの中央を進んでいて、見物人があふれている。


「さっさと行けよ。お目当てのギラギラだ」


「ギラギラって……」


「もうこっちに入ってくるんじゃない。迷うならなおさらだ」


 「来・る・な!」と念押ししてくる男に、青年は「もちろんもちろん」と苦笑いを浮かべる。


「あっ、そういえばお名前を聞いていませんでした」


「……なんで言わなきゃいけない」


「恩人なのですから、また恩返しをする時に必要です」


「……お前、きらいだ」


 男が心底嫌悪した様子で睨んでくるが、青年はそれすら意に返さずニッと笑う。


「自分はアルウェルです。見て分かるでしょうけど、帝国出身で移住してきました」


「……ステラだ。名前しか教えてやらない」


 ステラと名乗った男はそれだけ言うと、路地の暗がりへと去っていく。


「ステラさーん、ありがとうございました~!」


 フードを被りなおしたステラの背中に、アルウェルと名乗った青年が声を浴びせる。

 しばらくステラの去った路地裏を眺めた後、背中に隠れていた微精霊がアルウェルの顔に近寄った。


「……まあ確かに、へんな人でしたね。……え、魔力量? ……確かに。…………はい、次会った時に聞いてみます」


 彼の瞳は真剣そのもの。もう一度、その深い青色の瞳を路地に向け――クルっと振り返った時には、祭りを前にして心躍る青年だった。


「せっかく来たのですから、隅々まで堪能しますよー!」


 そう微精霊に笑いかけると、彼女もまた楽しそうに跳ねるのだった。



***



 常闇の明かりすら飲み込むような路地の暗がりを、フードを被った男――ステラは、迷わぬ足取りで進んで行く。

 ある程度は区画整理されているものの、傾斜のある地形なども相まって、ヴァイセルの路地は複雑に入り組んでいた。さらに、空間に光が入らない〈常闇の欠陥〉のせいで、狭い路地はジメジメとした闇が広がっている。


 そうしていると路地の向かい側から、フードを被った小柄な人影が歩いてくる


「…………」

「…………」


 すれ違いざまに、互いフードの奥の視界を交差させた。ステラの紫紺の瞳と、小柄な人影の奥に光るエメラルドグリーンの瞳が交わされる。

 そのまま互いに一歩進み、背中合わせのままにステラは口を開いた。


「……候補者の一人は精霊使いだ」


「精霊……」


 小柄な人影は、何か心当たりがあったのか黙り込む。

 しかしそれも一瞬で、「分かりましたわ」と丁寧な口調――ステラに言わせれば、胡散臭い口調で返答する。


「明日の大会、よろしくお願いします。〈《《理の魔法使い様》》〉」


「……オレは補助だ。何度も言うが、面倒事は全部任せるからな。〈《《全能の魔女》》〉」


「言われなくとも。だって妾は全能なのですわよ?」


(あー気持ち悪い……)


 なんだってコイツは――小さくため息をつくと、それ以上の言葉は交わさず、ステラは歩き去る。

 行き先は宿。用意された場所がギラギラ過ぎて落ち着かないが、今日は人と話しすぎてもう寝たかったのだ。


 帰路につき、路地を最短経路で進みながら、ステラはふと思い出す。


(そういえば、あの微精霊……まるで意思があるようだった)


 微精霊に意志は存在しない。そもそも、魔力量が少ない地域では、単独でその形を保つことさえ困難である。

 なのに、アルウェルと名乗った青年は、まるで会話をするかのように微精霊と接していた。


「……言っといた方がよかったかな。よかったよなぁ……」


 結構重要かもしれない。まあでもいっか。寝たいし。


(全能ならなんとかするだろ……)


 そう自己解決して悩み不安を取り払ったステラは、宿へふらふら~と向かうのだった。


 〈ギラギラと目が眩む純白の高級宿で、入り口で従業員のもてなしを受けながら入る〉という、最難関の試練があることなんて知らずに。

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