表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/88

【3-9】常闇に包まれた街へ――

 それから約三週間、ロミエは学業の傍らで魔術戦の訓練に打ち込んだ。

 ニコが貸してくれた〈精霊王召喚〉の魔導書は使わず、自分用に魔導書を用意して、使いやすく改良と研究を重ねて。


 それと並行し、〈再生魔術〉の研究も行う。その過程で、ライラックにも訓練へ参加するなどして、アリストリア高等魔術学園の代表生徒たちは、着実にその力を伸ばしていった。


 そんな日々が過ぎていき、選手団はついに学園を出立する。


 代表選手12人と、その引率教員や侍従。それに加えて、第一王子リフィルなどを含めた総勢50名弱が、馬車を並べて街道を北上していく。

 目指すは魔術戦大会が行われる会場、常闇の街ヴァイセルへ向けて──。



―――――学園を出て一週間後―――――



 ガラガラガラ――――


 馬車の車軸が鳴り、小さな振動がロミエの三半規管を刺激する。

 途端、胃から込み上がってくるものをどうにか抑えこんで、窓が張られた壁へ体重を寄せた。


 貴族も多く出場するとだけあり、曇り一つないガラスの窓やレザークッションの棚椅子など、長旅に配慮された高級なキャビンに、最初こそ気後れしていたロミエだが、そんな余裕がなくなるくらい、馬車酔いでゲッソリと項垂れる。


「馬車を止めようかい? もう吐きそうじゃないか」


「だぃっ……じょぶ、で……ぅっ」


 向かいに座る同乗者のリーンハルトが心配そうに声をかけるが、ロミエは無理やり口角を上げて取り繕う。

 当初予定していた旅程から、既に二日の遅れが生じているのに、また止めてもらうなんてできなかった。


 もし普通の馬車だったらもっと酷かったかもしれない。ロミエは肩が狭い思いをしつつも、こればっかりは良かったと安堵する。

 だが酔いはするので、ロミエはグワングワンとする視界を、そっと窓の外へ向けた。


「ぁ――っ、あれは……」


 山脈に囲まれた平原の先、ひときわ巨大な霊峰の麓を包む暗闇を見つけた。

 陽は天井にあるというのに、そこだけ闇夜の霧がかかったような暗闇の中にこそ、ロミエ達の目的地〈常闇の街ヴァイセル〉がある。


(……ほんとに、光が届いてない)


 麓をドーム状に囲うように、その空間だけ陽光が浸透できなくなっていた。


 魔素の組成がおかしいのか、精霊がふざけているのか、はたまた悪魔の仕業か……それとも、ニヒリアのミスか。

 陽光が差し込まないなんて初歩的な欠陥(ミス)。その原因を探るべく、ロミエがジッと見つめていると、同じく常闇へと視線を向けていたリーンハルトが、「あっ」と目を見開いた。


「ロミエロミエ、ほら、あそこ――」


 彼はロミエの名前を連呼しながら、常闇の先に聳える霊峰の頂上を指し示した。


「……あっ、白竜」


 岩肌が露出し、雪化粧をした峻険(しゅんけん)な山の頂上を旋回する竜を見つける。

 距離があって細部は見て取れないが、あの白いシルエットは白竜だとロミエは確信した。


(……私の事、覚えている……かな)


 そしたら厄介だ。

 無意識に身を強ばらせていると、怖がっていると思ったリーンハルトが優しく声をかける。


「心配する必要は無いよ。あの白竜は滅多に麓まで降りてこないそうだから。それに、ヴァイセルでは白竜を讃えるお祭りもあるらしい」


「竜信仰……ですか?」


 竜は危険な存在だ。

 今は数を減らしていて被害は少なくなったものの、かつては次元の亀裂から這い出てくる悪魔と並び、厄介な天災として人々に恐れられていたのである。

 ゆえに、人に危害を与える竜を信仰する行為は禁忌として、ほとんどの地域で弾圧や差別の対象となっていた。


 だが、そんな強い存在に縋りたいと思うのは人間の質である。

 一部地域では、かねてからの竜信仰が継承されていて、そんな場所がロンド王国内にも存在する。

 この場所は竜信仰が厚い少数民族が住んでいる地域と近いので、ロミエもその一環だと思っていた。

 しかし、リーンハルトは首を横に振る。


「いいや、崇拝って程じゃないよ。あくまで白竜は守護者。悪魔や他の竜達から街を守ってくれている存在らしい」


「なる、ほど……」


「腑に落ちない様子だけれど、どうしたんだい?」


 歯切れ悪く答えたロミエに、リーンハルトが小さく首を傾げた。


「……竜は、感情を持たず気まぐれな存在、です。ずっと街を守る理由が、わからない……です」


 リーンハルトが話した内容のかぎり、あの白竜はロミエの知る〈竜〉という種族の特徴にそぐわない行動をしている。

 竜とは本来、意志ある魂を持たず、本能のまま行動をする獣のような種族だ。


 街の人々を襲わず、守る理由が分からない。理解できなかった。だって、そんな風にロミエ(ニヒリア)は創っていないから。


「ふーん……もしかしたら、守りたい何かがあるのかもしれないね」


「…………」


 目を細めて白竜を見つめるリーンハルトに、どことなく切なげな雰囲気が漂った。その瞳に、遠く旋回する白竜のシルエットを映して。


 ロミエも同様に白竜をジッと眺めていた。

 白竜は山頂近くを旋回するばかりで、人里に降りてくる様子はない。

 巨大な力を持った白竜が、人里にも降りずにただ上空を旋回するさまは、確かに守護者の様に見えるだろう。常闇に包まれた街に住む者ならば、その白銀の鱗に目を奪われるのかもしれない。


 だけれど、本来場所や目的に固執せず、意思感情を付与されていないはずなのに、あの白竜はなぜ降りてこないのだろう?


(……わからない)


 ロミエがグッと眉を(ひそ)める。

 ここはニヒリア(自分)が創った世界だから何でも知っているし、分かる。分からないといけない……ハズなのに――


「ほら、俯いているとまた酔ってしまうよ?」


「ぁ……は、はいっ」


 俯いていたロミエは、リーンハルトに顎をクイッと持ち上げられて、慌てて視線を山へと向ける。

 その麓は黒いヴェールが被さったように暗い。常闇に包まれた街には、昼間であるにもかかわらず、夜空の様に点々と灯りが煌めいていた。


(……変異した空間を直すために必要なコマンドは──いや、光を通す所が欠けてるのかな、それか光を吸収するコマンドが────)


 そうだ、何かに集中していれば酔いも感じない。街を覆う常闇は、この世界に残された欠陥のひとつだし、きっと人々は困っているだろう。

 直すのは大変だけれど、それらを完璧に直すことがロミエの――ニヒリアの存在する理由なのだから。


「ロミエ?」


 「やっぱり、気分が優れないのかい?」と心配するリーンハルトに、ロミエはフルフルと首を横に振って、姿勢を正すのだった。



――――――――――



 常闇のヴェールへと入ると、まるで突然世界が夜になったかのように、暗闇に包まれた。

 道に沿って並んだ街灯の光を頼りにして、より大きな煌めきの元に――常闇の街ヴァイセルへと進んで行く。


 街に入ると、闇夜を感じさせない活気が広がっていた。

 他の学園から来た生徒たちが流れてきているのもあって、街は大いに賑わっているのだ。多くの人々が交錯して、露天や会話を楽しんでいる。


 これに困ったのがロミエだ。

 元より人の視線を気にしてしまうロミエにとって、大衆がいる中、生徒会長なんてキラキラした人と同じ馬車に乗っていることが、今さら焦りと恐怖を搔き立てる。


 通りから物珍しそうに眺めてくる視線が痛い。こんなに豪華な馬車なのに、貴族でもない貧相な出来損ない(ロミエ)が乗ってたら妬まれたり疎まれたりするんじゃないだろうか……。


(は、早く降りたいよぉぅ……)


 ゲッソリと端に縮まってしまっても、リーンハルトは「降りるかい?」とは言わない。

 それどころか、窓を開けて街を眺めているし、手を振る者には優しく答えている。


 こんなことなら、さっさと降りて歩いてればよかったのに!

 項垂れるロミエにはどうすることも出来ない。


 ろくに街の景色を楽しめぬまま、一行は宿舎へと到着する。

 そこそこグレードが高めの宿らしく、アリストリア代表団はスタッフの挨拶と共に向かい入れられ、それぞれの部屋へと案内される。

 各々に一人部屋が割り振られているあたり、相当お金がかかってそうだと、密かに戦慄するロミエ。


(それだけの期待を背負ってるんだ……)


 フカフカベットに倒れ込みながら、ボンヤリと天井を見上げる。

 何も出来ないまま、向けられた期待を裏切ってしまいそうで怖い。丁寧にメイキングされたこの部屋すら、重荷のように感じた。


 物が、視線が、善意が、なにもかも怖い。不釣り合いな自分を崖っぷちへと責め立てているよう。

 だからといって、ロミエには逃げるなんて選択はありえない。引き受けたからには、背負ったからには完璧にやり遂げないと許せなかった。


 たとえそれが、崖っぷちギリギリの綱渡りであっても……。


(……でも、うん。いい)


 それでもいい。崖っぷちだって構わない。

 だってロミエは知っている。逃げた先は孤独じゃない。崖の先に進むことを、許してくれる人がいる。


「……逃げても、いい」


 他人事のような呟きは、白い壁紙へと吸われて消える。

 すると、「コンコンコン」と誰かがドアをノックした。


(だ、だれ……? も、もしかして集合しなきゃいけなかった……!?)


 馬車酔いに加えて人酔いもしていたロミエは、宿での説明をほとんど聞き逃していた。

 最悪の可能性に思案を巡らせ、慌ててドアを開く。


「なっ、ごっ、なん……っ」


 「なんでしょうか」と「ごめんなさい」が混ざって突飛な発音になってしまい、尋ね人もキョトンとする。


「……コホン、ロミエちゃん、今お時間よろしくて?」


 ドアの前に立っていたのは、ウェーブがかったクリーム色の髪をした少女ライラック。

 とりあえず部屋の中へと招き入れたものの、椅子が一つしかない。一人用の個室なので、仕方ないといえば仕方ないが、床に腰を下ろすのもライラックが良しとしないだろう。


(あ、ベットに座ってもらえばいっか)


 これは妙案と手を打つロミエ。しかしそれを他所に、ライラックは先んじて椅子に腰掛けた。


「お座りくださいませ、ロミエ様」


「は、はいっ」


 ライラックに促されるまま、ロミエはベットへと腰を下ろす。

 わたしがこっちで良いのかな──なんてオドオドしていると、ライラックがふわりと頬を緩めた。


「長旅ご苦労様ですわ。何か、困ったことはございませんか?」


「と、特には……」


 ついさっきまでゲッソリしていたが、ベットに寝転んだおかげで多少マシになっている。

 小さく笑い返してやると、ライラックも「それなら良かったですの、ホッとしましたわ!」と花開いたように笑顔を浮かべた。


 しかし、それも一瞬のこと。


「……今後について、ロミエ様へお伝えしなくてはならないことがございます」


 キリリと眉を立て、銀の刺繍が施されたローブ姿のライラック。

 大賢伯としての威厳を感じさせる面持ちで、彼女は真っ直ぐとロミエを見据える。



「この大会が開催される、その真意について──」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ