【3-9】常闇に包まれた街へ――
それから約三週間、ロミエは学業の傍らで魔術戦の訓練に打ち込んだ。
ニコが貸してくれた〈精霊王召喚〉の魔導書は使わず、自分用に魔導書を用意して、使いやすく改良と研究を重ねて。
それと並行し、〈再生魔術〉の研究も行う。その過程で、ライラックにも訓練へ参加するなどして、アリストリア高等魔術学園の代表生徒たちは、着実にその力を伸ばしていった。
そんな日々が過ぎていき、選手団はついに学園を出立する。
代表選手12人と、その引率教員や侍従。それに加えて、第一王子リフィルなどを含めた総勢50名弱が、馬車を並べて街道を北上していく。
目指すは魔術戦大会が行われる会場、常闇の街ヴァイセルへ向けて──。
―――――学園を出て一週間後―――――
ガラガラガラ――――
馬車の車軸が鳴り、小さな振動がロミエの三半規管を刺激する。
途端、胃から込み上がってくるものをどうにか抑えこんで、窓が張られた壁へ体重を寄せた。
貴族も多く出場するとだけあり、曇り一つないガラスの窓やレザークッションの棚椅子など、長旅に配慮された高級なキャビンに、最初こそ気後れしていたロミエだが、そんな余裕がなくなるくらい、馬車酔いでゲッソリと項垂れる。
「馬車を止めようかい? もう吐きそうじゃないか」
「だぃっ……じょぶ、で……ぅっ」
向かいに座る同乗者のリーンハルトが心配そうに声をかけるが、ロミエは無理やり口角を上げて取り繕う。
当初予定していた旅程から、既に二日の遅れが生じているのに、また止めてもらうなんてできなかった。
もし普通の馬車だったらもっと酷かったかもしれない。ロミエは肩が狭い思いをしつつも、こればっかりは良かったと安堵する。
だが酔いはするので、ロミエはグワングワンとする視界を、そっと窓の外へ向けた。
「ぁ――っ、あれは……」
山脈に囲まれた平原の先、ひときわ巨大な霊峰の麓を包む暗闇を見つけた。
陽は天井にあるというのに、そこだけ闇夜の霧がかかったような暗闇の中にこそ、ロミエ達の目的地〈常闇の街ヴァイセル〉がある。
(……ほんとに、光が届いてない)
麓をドーム状に囲うように、その空間だけ陽光が浸透できなくなっていた。
魔素の組成がおかしいのか、精霊がふざけているのか、はたまた悪魔の仕業か……それとも、ニヒリアのミスか。
陽光が差し込まないなんて初歩的な欠陥。その原因を探るべく、ロミエがジッと見つめていると、同じく常闇へと視線を向けていたリーンハルトが、「あっ」と目を見開いた。
「ロミエロミエ、ほら、あそこ――」
彼はロミエの名前を連呼しながら、常闇の先に聳える霊峰の頂上を指し示した。
「……あっ、白竜」
岩肌が露出し、雪化粧をした峻険な山の頂上を旋回する竜を見つける。
距離があって細部は見て取れないが、あの白いシルエットは白竜だとロミエは確信した。
(……私の事、覚えている……かな)
そしたら厄介だ。
無意識に身を強ばらせていると、怖がっていると思ったリーンハルトが優しく声をかける。
「心配する必要は無いよ。あの白竜は滅多に麓まで降りてこないそうだから。それに、ヴァイセルでは白竜を讃えるお祭りもあるらしい」
「竜信仰……ですか?」
竜は危険な存在だ。
今は数を減らしていて被害は少なくなったものの、かつては次元の亀裂から這い出てくる悪魔と並び、厄介な天災として人々に恐れられていたのである。
ゆえに、人に危害を与える竜を信仰する行為は禁忌として、ほとんどの地域で弾圧や差別の対象となっていた。
だが、そんな強い存在に縋りたいと思うのは人間の質である。
一部地域では、かねてからの竜信仰が継承されていて、そんな場所がロンド王国内にも存在する。
この場所は竜信仰が厚い少数民族が住んでいる地域と近いので、ロミエもその一環だと思っていた。
しかし、リーンハルトは首を横に振る。
「いいや、崇拝って程じゃないよ。あくまで白竜は守護者。悪魔や他の竜達から街を守ってくれている存在らしい」
「なる、ほど……」
「腑に落ちない様子だけれど、どうしたんだい?」
歯切れ悪く答えたロミエに、リーンハルトが小さく首を傾げた。
「……竜は、感情を持たず気まぐれな存在、です。ずっと街を守る理由が、わからない……です」
リーンハルトが話した内容のかぎり、あの白竜はロミエの知る〈竜〉という種族の特徴にそぐわない行動をしている。
竜とは本来、意志ある魂を持たず、本能のまま行動をする獣のような種族だ。
街の人々を襲わず、守る理由が分からない。理解できなかった。だって、そんな風にロミエは創っていないから。
「ふーん……もしかしたら、守りたい何かがあるのかもしれないね」
「…………」
目を細めて白竜を見つめるリーンハルトに、どことなく切なげな雰囲気が漂った。その瞳に、遠く旋回する白竜のシルエットを映して。
ロミエも同様に白竜をジッと眺めていた。
白竜は山頂近くを旋回するばかりで、人里に降りてくる様子はない。
巨大な力を持った白竜が、人里にも降りずにただ上空を旋回するさまは、確かに守護者の様に見えるだろう。常闇に包まれた街に住む者ならば、その白銀の鱗に目を奪われるのかもしれない。
だけれど、本来場所や目的に固執せず、意思感情を付与されていないはずなのに、あの白竜はなぜ降りてこないのだろう?
(……わからない)
ロミエがグッと眉を顰める。
ここはニヒリアが創った世界だから何でも知っているし、分かる。分からないといけない……ハズなのに――
「ほら、俯いているとまた酔ってしまうよ?」
「ぁ……は、はいっ」
俯いていたロミエは、リーンハルトに顎をクイッと持ち上げられて、慌てて視線を山へと向ける。
その麓は黒いヴェールが被さったように暗い。常闇に包まれた街には、昼間であるにもかかわらず、夜空の様に点々と灯りが煌めいていた。
(……変異した空間を直すために必要なコマンドは──いや、光を通す所が欠けてるのかな、それか光を吸収するコマンドが────)
そうだ、何かに集中していれば酔いも感じない。街を覆う常闇は、この世界に残された欠陥のひとつだし、きっと人々は困っているだろう。
直すのは大変だけれど、それらを完璧に直すことがロミエの――ニヒリアの存在する理由なのだから。
「ロミエ?」
「やっぱり、気分が優れないのかい?」と心配するリーンハルトに、ロミエはフルフルと首を横に振って、姿勢を正すのだった。
――――――――――
常闇のヴェールへと入ると、まるで突然世界が夜になったかのように、暗闇に包まれた。
道に沿って並んだ街灯の光を頼りにして、より大きな煌めきの元に――常闇の街ヴァイセルへと進んで行く。
街に入ると、闇夜を感じさせない活気が広がっていた。
他の学園から来た生徒たちが流れてきているのもあって、街は大いに賑わっているのだ。多くの人々が交錯して、露天や会話を楽しんでいる。
これに困ったのがロミエだ。
元より人の視線を気にしてしまうロミエにとって、大衆がいる中、生徒会長なんてキラキラした人と同じ馬車に乗っていることが、今さら焦りと恐怖を搔き立てる。
通りから物珍しそうに眺めてくる視線が痛い。こんなに豪華な馬車なのに、貴族でもない貧相な出来損ないが乗ってたら妬まれたり疎まれたりするんじゃないだろうか……。
(は、早く降りたいよぉぅ……)
ゲッソリと端に縮まってしまっても、リーンハルトは「降りるかい?」とは言わない。
それどころか、窓を開けて街を眺めているし、手を振る者には優しく答えている。
こんなことなら、さっさと降りて歩いてればよかったのに!
項垂れるロミエにはどうすることも出来ない。
ろくに街の景色を楽しめぬまま、一行は宿舎へと到着する。
そこそこグレードが高めの宿らしく、アリストリア代表団はスタッフの挨拶と共に向かい入れられ、それぞれの部屋へと案内される。
各々に一人部屋が割り振られているあたり、相当お金がかかってそうだと、密かに戦慄するロミエ。
(それだけの期待を背負ってるんだ……)
フカフカベットに倒れ込みながら、ボンヤリと天井を見上げる。
何も出来ないまま、向けられた期待を裏切ってしまいそうで怖い。丁寧にメイキングされたこの部屋すら、重荷のように感じた。
物が、視線が、善意が、なにもかも怖い。不釣り合いな自分を崖っぷちへと責め立てているよう。
だからといって、ロミエには逃げるなんて選択はありえない。引き受けたからには、背負ったからには完璧にやり遂げないと許せなかった。
たとえそれが、崖っぷちギリギリの綱渡りであっても……。
(……でも、うん。いい)
それでもいい。崖っぷちだって構わない。
だってロミエは知っている。逃げた先は孤独じゃない。崖の先に進むことを、許してくれる人がいる。
「……逃げても、いい」
他人事のような呟きは、白い壁紙へと吸われて消える。
すると、「コンコンコン」と誰かがドアをノックした。
(だ、だれ……? も、もしかして集合しなきゃいけなかった……!?)
馬車酔いに加えて人酔いもしていたロミエは、宿での説明をほとんど聞き逃していた。
最悪の可能性に思案を巡らせ、慌ててドアを開く。
「なっ、ごっ、なん……っ」
「なんでしょうか」と「ごめんなさい」が混ざって突飛な発音になってしまい、尋ね人もキョトンとする。
「……コホン、ロミエちゃん、今お時間よろしくて?」
ドアの前に立っていたのは、ウェーブがかったクリーム色の髪をした少女ライラック。
とりあえず部屋の中へと招き入れたものの、椅子が一つしかない。一人用の個室なので、仕方ないといえば仕方ないが、床に腰を下ろすのもライラックが良しとしないだろう。
(あ、ベットに座ってもらえばいっか)
これは妙案と手を打つロミエ。しかしそれを他所に、ライラックは先んじて椅子に腰掛けた。
「お座りくださいませ、ロミエ様」
「は、はいっ」
ライラックに促されるまま、ロミエはベットへと腰を下ろす。
わたしがこっちで良いのかな──なんてオドオドしていると、ライラックがふわりと頬を緩めた。
「長旅ご苦労様ですわ。何か、困ったことはございませんか?」
「と、特には……」
ついさっきまでゲッソリしていたが、ベットに寝転んだおかげで多少マシになっている。
小さく笑い返してやると、ライラックも「それなら良かったですの、ホッとしましたわ!」と花開いたように笑顔を浮かべた。
しかし、それも一瞬のこと。
「……今後について、ロミエ様へお伝えしなくてはならないことがございます」
キリリと眉を立て、銀の刺繍が施されたローブ姿のライラック。
大賢伯としての威厳を感じさせる面持ちで、彼女は真っ直ぐとロミエを見据える。
「この大会が開催される、その真意について──」




