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【3-8】ただの手紙、ただのともだち/思惑

 ロミエの黒っぽい灰色の髪は父親譲りだった。深い青色の瞳もそうらしいが、少し混ざった緑の光彩は、母親から受け継いでいる。

 とはいえ、ロミエは活発な父親と違って控えめな性格をしていたし、小柄な点も母から受け継いだ特徴だった。


 そんなロミエの母親である〈ロミア・ハルベリィ〉は、とても綺麗な字を書く女性だ。大きさも間隔も筆圧も均一。母親以上に綺麗な字を書く人を、ロミエは知らない。

 封に書かれている文字も、美しく完璧な文字で綴られており、ロミエはへにゃりと頬を緩めた。


「……お母さまの字だっ」


 自室の二段ベットの上でポツリと零す。

 母親の名に指を触れさせるだけで、胸がポカポカと温まった。


 ロミエを愛してくれた母。家を出るときに涙を流して見送ってくれた母。定期的に手紙をくれる母。ロミエが信じられる、数少ない人——。

 そんな人からの手紙を、ロミエは破れないよう封を開けて慎重に慎重に取り出す。



〈窓先に彩る緑が華やかに着飾り始め、春の足音が近づいてきましたね。

 そちらは寒いでしょう? ちゃんと暖かい食べ物を摂っていますか?〉



 そんな書き出しから続くのは、なんてことない近況報告。


 ――お菓子作りの腕が上達してきて、食べれる程度には美味しくなったこと。

 ――ご近所の新婚さんに子供が生まれたこと。元気いっぱいな男の子らしい。

 ――騎士団に所属している父が招集され、ちょっぴり寂しいこと。

 ――幼馴染が訪ねてきたので、昔話が大いに盛り上がったこと。


 そして、学園生活を案ずることも書かれていた。

 友達はできたかとか、虐められていないかだとか。怪我や病気になったり、何かあったら教員に相談しなさい、だとか。


(ともだち……できた、かな)


 チラリと対面の二段ベットを見てみるも、まだキルトエは帰ってきていない。

 アナスタシアは帰ってきているようだが、ベットカーテンの内側へと籠ってしまっている。

 ……もちろん、対角にショルトメルニーャは居ない。


 ロミエはグッと唇を噛み締め、視線を手紙へと戻す。

 あとは勉強に関することや、再度ロミエの体調を心配して、寒さの対策や食事の必要性などが念押しされていた。


(……そんなに心配されるほど、なのかな)


 ロミエの食生活は一時期良くなったとはいえ、最近は崩れがちに戻っている。キルトエに連れ出されなかったら、ほぼ何も口にしない日だってあっただろう。

 そんな事を今さら振り返りながら、「これからは気にかけよう……たぶん」と胸に刻む。


 そして、長いようで短い手紙の最後には、こう括られていた。


〈余裕があれば、お家に帰って顔を見せに来て。それまでには美味しいクッキーを焼いておくから。

 愛しいロミエへ、母ロミアより――〉


(お家に帰る……そ、っか。帰る場所が、あるんだ……っ)


 うゆうゆっと綻んだ頬を抑えながら、湧き上がる感情を噛み締める。

 実家は王都から結構な距離があるけれど、それでも帰れる場所がある。ロミエを受け入れてくれるところがある。心の底から愛してくれる人がいる。それが何よりも嬉しかった。


(……お母さま。親……って、なんで安心できるんだろう)


 母親の綺麗な文字を見ただけで、それが誰が書いたか分かるし、手紙が来たら無意識のうちに頬が緩んで心が弾む。

 その理由が分からない。納得がいかない。ニヒリアとしての私と、ロミエとしてのわたしがどこか混濁としていて、自分が自分で理解できない時があった。


 親についても同じで、ロミエは父親と母親の二人は無条件で信頼を寄せてしまう。

 それが人の子の習性ならば納得できるのに、人間の魂はそんな風に設定されていた記憶はない。なので余計に自分が抱いている感情が理解できなかった。


(そういえば、お母さまにギュってされた時も胸がポカポカした。……抱擁することによっても、このポカポカ感情が湧いてくる、のかな?)


 手紙を丁寧に折りたたんで封に収める。

 そしてロミエは、空いた両腕をそっと前に出して、そっと自分の体に巻き付けてみる――


「ロミエ?」


「わっ、わわっはわわわわ……っ!」


 いつの間にか帰ってきていたキルトエが、ヒョコリと顔を覗かせてきたので、慌ててロミエは腕をブンブンと振り回す。

 自分で自分を抱擁している姿なんて、他の人に見られたくない――そんな衝動に駆られて、今さら自分の行いに赤面した。


 ただ幸いキルトエは見ていなかった様子で、ベットの上でブンブンと両腕を振り回すロミエの姿に、「んむ?」と首を傾げる。


「どうしたのだ、肩でも痛いのか?」


「い、ぃいえっ、なっなんでもない……ですっ」


 しきりに首を横に振るロミエの様子を不思議に感じながらも、キルトエはヒョイと肩を竦める。


「よしっ、なら早速行くのだー!」


「ど……どこ、に?」


「食堂に決まってるだろう? 新しいメニューが追加されたらしいからな、皆で食べに行こう!」


「……ぁ、そ、そう……ぁっ」


 そういえば、事務室でそんな事を言っていたような気がする。

 言われてやっと思い出したロミエは、サッと視線を背けて俯いた。


(なんにも言わずに飛び出してきちゃった……)


 しかしキルトエは、そんな事を気にする様子もなく、いつも通りにロミエの手を引いて、外の世界へと引っ張り出す。


「あ、の……キルトエさん……」


 2段ベットから降ろされ、「どうして、ですか?」と言いかけた口に、キルトエはピッと指を置く。

 キョトンと目をパチパチさせていると、同じく自分の唇に指を置いたキルトエがなにやらしたり顔で、カーテンに閉ざされた隣のベットを見上げていた。


「……?」


「――――」


 彼女は無言のまま二段ベットの梯子へ足をかけ、少し上ったところで支えるようにジェスチャーする。

 ロミエは言われた通りにキルトエを支えると、梯子の中腹あたり――二段ベットの中がのぞけるあたりで両手を放したキルトエが、おもむろに閉じたカーテンを掴んだ。


「朝だぞぉぉー、シアぁぁぁぁーー!!!!」


 陽も落ち始めて暗がりが紛れているようなこの時間帯に、元気いっぱいな声を挙げながら、カーテンを「シャアァァッッ」と勢いよく開いた。

 そこからのっそぉ……と気怠げに身を起こすのは、ボサボサと癖付いた赤毛のアナスタシア。


「もぉ……夜じゃんん……」


「よーしメンツは揃ったな、食堂へ行くぞーっ!」


「ねかしてよぉ~……」


 「おー!」と右手を掲げながら、まだ目を擦っているアナスタシアを強引に連れ出して、食堂へと歩き出すキルトエ。


「ロミエ!」


 ボーっと一部始終を見て立ち尽くしていたロミエは、名前を呼ばれてハッと我に返る。

 部屋の扉の前で、キルトエが「こっちこっち」と手をこまねいていた。


「ロミエも、一緒に行くのだぞ!」


 満面の笑顔で言う彼女の姿が眩しい。眩しいけれど……嫌じゃ、無かった。


「……っ、はいっ!」


 キュッと両手を握って一歩を踏み出す。

 キルトエはロミエの行動について何も聞いてこない。それどころか、シアをも巻き込んでご飯を食べに行こうと言うのだ。


 何も聞かない優しさ。それが今はとても嬉しい。

 吐き出してしまったら、また泣いて二人を困らせてしまうだろうから。


 このなんとも言えない距離感。これがきっと〈ともだち〉なんだろう。

 ルームメイトだからだとか、気にかけている友人だとかじゃない。


(《《ただのともだち》》、だからなんだ)


 ロミエはキルトエの手を取って、シアと共に三人で食堂へと向かう。

 かけがえのない《《ともだち》》と。またいつか、もう一人のともだち(ショルトメルニーャ)とも肩を並べることを夢見て。



――――――――――



 ここは学園に設けられた応接室。

 対峙したソファにそれぞれ座るのは、銀の刺繍が施され威厳のあるローブを羽織った少女と、学園の生徒会長を表すバッジと肩マントを身に着けた青年。


「単刀直入に聞きましょう。どうしてロミエちゃんを代表選手に選んだのか、その理由を説明なさい――リーンハルト会長」


 ローブ姿の少女がギロリと青年を睨むのに対し、彼は落ち着いた面持ちで冷静に口を開く。


「何度も申し上げているとおり、彼女の実力と成長を見込んでの抜擢ですよ」


 「何か疑問でも?」と肩をすくめる亜麻色の髪の青年——リーンハルトに対して、ウェーブがかったクリーム色の髪の少女──ライラックがその目を細める。


「まだロミエちゃんは妾の保護観察下にありましてよ? なんの断りも無く出場させるなんて、無作法ではなくって?」


「情報共有に遅れが生じたのは申し訳ありません。けれど、魔女殿もリフィル殿下の護衛として魔術戦大会に出席されるのでしょう? 私もそちらの件で同行することになっている。果たしてその間、誰がロミエを監視するのでしょうか」


「……何が言いたいのかしら」


 痛いところを突かれ、ピクリと片眉が揺らぐライラックに対し、リーンハルトはいつも通り融和な笑みを浮かべた。


「魔女殿は元々、彼女を会場に同行させるつもりだったのでしょう? その方が監視も研究も、あなたの保護下で行える」


「……えぇ、そうですわね。そのつもりでしたわ。なればこそ、なぜ妾に無断で代表選手にしたのかと聞いているのですわ」


 再度ライラックは目を細め、彼の笑顔の裏にある思惑を探るように問いかける。


(この男……やはり、何か隠していますわね)


 〈星導の魔術師〉が亡くなった件も含めて、ライラックはリーンハルトを警戒していた。

 イスベルク王国の宮廷魔術師である〈運命の呪術師〉と、武闘派では無かったとはいえ、魔法使いの二人を、彼は単騎で返り討ちにもしている。上級魔術師でもないリーンハルトに、そんな戦闘力があるとは考えにくい。

 精霊使いか、とも考えたものの確たる証拠は無いし、一応は話の筋も通っているので、その真意を探るまでは困難である。


 それに何よりロミエを――ニヒリアを魔術戦に引っ張りだしたのだ。普通にしていれば正体がバレる可能性は低いものの、魔術戦は各学園の選抜生徒が集まり、己の技術を競う場所。

 手抜きをしていたら、そこを審査員に見抜かれて追及されかねないし、〈再生魔術〉と〈魔法書〉に関しては使える事が明らかとなっている


 これ以上、余計な注目を集めさせられない。注目させるわけにはいかなかった。

 尚も目尻を立てるライラックに対し、リーンハルトは一瞬眉を動かしたが、すぐに取り繕って「フッ」と眉を下げる。


「ロミエは抜群の才能を持っている。ゆえに、その才能を磨く機会を与えたいと思ったのです。生徒会長として、彼女に秘められた無限の可能性を無下には出来ませんし、彼女にとっても成長の機会になるだろう」


「ロミエちゃん自身はそれを望んでいるのかしら? 本人の気持ちを無視して――」


「たとえッ……嫌なことでも、成長するために踏み出さないといけない一歩がある。その一歩がどれだけ嫌でも苦しくても、進まなければずっとそのままだ」


「…………」


 いつも冷静沈着でオットリとしているリーンハルトには似つかわしくない、覇気のある声で語られる言葉に押され、ライラックも閉口する。

 だって、その苦しみをライラックも知っている。同じ道を通って来たのだから。


「……だからって、精神的に傷ついている今、挑戦させる必要はないのではなくって?」


「そうやって先延ばしをしていくと――その一歩は、どんどんと遠のいていくから」


 一瞬視線を下げるリーンハルト。前髪に隠れてその瞳は見えなし、すぐに上がった彼の顔には、いつもの笑みが張り付いている。


「…………まあ、彼女の状態については憂慮する必要があるのは確かです。その点、《《連れ出した者としての責任》》はしっかりと果たすとお約束しましょう」


「それは――」


「さてそろそろ、私は別の用事がありますので失礼するよ」


 ライラックが声をあげる前に、彼は立ち上がって出ていってしまう。

 呼び止めようにも足早に去って行ってしまい、その場一人残されたライラックは、上がった右手を口元に置いて思案を巡らせる。


(……まさか、会長の目的は――いいえ、流石に憶測が過ぎますわね)


 フルフルと頭を振るライラック。


(でも、もしかして――)


「——会長の狙いは……ロミエ・ハルベリィ……」


 巡り巡って辿り着く、もはや妄想の域に達した結論に、ライラックは思わず身体をさするのだった。

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