表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/88

【3-7】ただの先輩のお節介

***



 扉を開けた先に長身の男性——紫がかった銀髪のアールグレイが立っていた。

 彼は眉間に深く皺を刻み、ロミエを見下ろしている。


「ぁ……っぅ」


(弱音を聞かれた……!!)


 ロミエは彼と入れ替わりで代表になったのに、こんな状態を晒してしまうだなんて!

 きっと失望される。きっと、大きなため息をついて落胆される。こんな弱い姿を見せてしまったら、期待外れだと攻められる誹られる嘲笑されるに違いない。

 かつて神界で、ニヒリアがそうだったように……。


「貴女を、そこまで追い詰めた責任は私にある」


「……ぅ、ぇ?」


 状況が呑み込めず、涙目でオロオロとするロミエ。そんな彼女の目をちゃんと見て、アールグレイはサッと膝を曲げた。


「……申し訳ない。本当に、申し訳ありませんでした」


 彼が片膝をついて頭を垂れて跪く。貴族として最上位の謝辞を、ロミエに向けていた。


「な、なん、で……しゅ、シュメリートさまが頭を下げて……」


「本来、私が背負うべきだったものを、貴女に肩代わりさせてしまっているからだ」


 顔を上げたアールグレイの紫色の瞳に、ポカンと呆けたロミエの顔が映される。


「……大会に、出るのは辛いだろう」


「それ、くらい……」


 それくらい出来ないと、期待され任された働きをしないと――。


「ま、か、されたっ仕事は……きちんと、しないと……」


 そうでないと、きっとわたしは見放される。役立たずだと、期待外れだと言って…………見捨てるんだ。


「だってわたし、は…………出来損ない、だから……」


 ロミエは目を伏せてしまう。膝をついているアールグレイを前髪に隠し、ブーツのつま先だけを睨んだ。

 こんなにも弱い自分を隠すため、日々綱渡りで取り繕っていたことを彼も分かったはずだ。


「ハルベリィ監査」


 名を呼ぶ声が聞こえる。最初はちょっと嬉しかった役職名でさえ、今では重圧に感じて顔を背けた。


(いっそ、いらない。……いらない)


 そもそも生徒会に入るのだって嫌だった。元々自分が居ていい場所なんかじゃない。事務作業だって、半ば現実逃避の手段として使っている。

 そんな自分勝手なヤツが、生徒会なんかに居ていいはずがない。

 ここにロミエの居場所なんて、居る価値なんて――


「ハルベリィ監査は出来損ないじゃない、絶対にだ」


「…………へ……ぇ?」


 「出来損ないじゃない」そう言われたロミエはポカンと顔を上げる。

 背の高いアールグレイは、膝を付いていても同じくらいの目線にいた。その彼の瞳が、ロミエの緑がかった青い瞳を真っすぐと貫いている。


「第一、貴女ほど仕事が早く正確な生徒会員はいない。監査部に限らず、他部門含めて最も優れた人材だ」


「で、でも、いっぱい、ご迷惑を……」


「あんなの迷惑のうちに入らん。そもそもだ、貴様は後輩なのだからもっと先輩()を頼れ! 貴様はどうも一人で抱え込もうとする癖がある。それにどれだけ振り回され、心配したことか……」


「……ごめ、なさい」


 「はァ……」とアールグレイがため息をつくので、ロミエは咄嗟に頭を下げる。

 だがその先には彼の頭がある。咄嗟に彼が手の甲で防いだので激突はしなかったが、より無礼を働いてしまったとロミエは顔を真っ青にした。


「背筋を正せ、ロミエ・ハルベリィ。貴様は生徒会監査であろう」


 そう言い放ったアールグレイは優しく、繊細な飴細工に触れるようにロミエの頭を持ち上げる。

 涙に湿気った前髪を優しく分けて、サラリと、その手袋越しにロミエの頭を撫でてやった。


「…………逃げたいなら、荷が重いとそう感じたならばそう言え。貴様が……ハルベリリィ嬢が逃げたとて、アリストリアに優秀な人材は大勢いる」


「…………」


 それが出来たら苦労しない。「逃げる」と一口に言っても、そのせいで多くの人に迷惑をかけてしまう。

 何より、もう期待はずれだとか出来損ないだとか、思われたくない。蔑まれる視線に晒されたくないのだ。


 逃げるなんて選択、放棄するなんて選択、ロミエには取れない。

 そんなわたしの気持ちを葛藤を、ただの他人(アールグレイ)には分からない。分かるはずなんて、ない──。


「だが願わくば」


 そう言ってアールグレイは立ち上がる。

 咄嗟に見上げるロミエに、彼は手を伸ばした。


「……願わくば、今後も監査として我々を手伝ってはくれまいか」


「…………なん、で……」


 震える声を飲み込むロミエは、すぐに視線を下げる。


「わたし、より……凄い人、いっぱいいるんです、よね」


「……事務以外の点で見れば、そうであろう」


「わたしじゃなくても、いい、です」


 確かにロミエは事務作業に関しては秀でている。使おうと思えば魔法や魔術だって使えるし、創世神ニヒリアと同程度には権限も行使できるので、亀裂や欠陥の対処も可能だ。

 しかしそれらはすべて中途半端。どこかで絶対に綻びや不備が生じるし、それを直すことが出来ない。その原因がわからない。……どうやっても、分からない。

 事務作業だって、替えがきく仕事だ。


(……そもそも、誰かに期待されたりしたから、ダメなんだ)


 そうだ。これからはもっと、もっとダメを取り繕おう。

 魔法も禁止にして、事務の作業もワザと失敗して……そうだ、無駄に多い魔力量も減らしてしまおう! そうすれば、この学園に残り続ける理由も資格もなくなる。


「……これは、ただの先輩のお節介だと思って聞き逃せ」


 俯いて不細工に微笑んでいるロミエに、アールグレイは静かに語り掛ける。


「自分の部下が……後輩が困っているのだ。助けたいと、後輩の力になりたいと思わないわけが無い」


「後、輩……?」


「まだ貴様は1年生、入学したばかりであろう?」


「で、も……でも……」


 「はァ……」とアールグレイが溜息をつく。

 また、気を損なわせてしまったのだろうか。返答を間違えたのだろうか。

 ビクビクと震えるロミエに、アールグレイは少しだけ語彙を強める。


「……言い方を変えよう。先輩を頼れ、これは命令だ。自分を出来損ないという自覚があるならば、なんでも貴様一人で抱え込もうとするな!」


「うっ……」


「それに、だな…………先輩として、私では頼りないのだろうか」


「そ、そんな、ことは……」


 ロミエは小さく首を振る。

 アールグレイは凄い人だ。監査長として役目を完璧に全うしているし、揉め事やアクシデントにも即座に対応し、学園の治安維持に貢献している。

 だからといって、頼る頼らないは別だ。頼ることで迷惑をかけるなんて、ロミエはしたくない。


 歯切れ悪く言い淀むロミエに、アールグレイは小さく息を吐いて、視線を逸らす。


「……正直に言おう。私は逃げるのが嫌いだ。一度任された仕事は完遂すべきであるし、代表から外されたのも……悔しい」


「そ、それはっ欠陥が再発した、せいで……シュメリート様のせいじゃ、ない……です」


 この世界に存在する欠陥は、すべてニヒリアの創り出した世界が不完全だった影響による。正しく完璧に創れていたら、こうして欠陥に悩む人も出なかったはずなのに。


「欠陥は……どうしようもないこと、なんです。だからっ、選ばれなかったのも……仕方なくって……」


 私のせいなんです――真実をひた隠しながらも、ロミエは自責の念に駆られ、心が刺されたような心地だった。

 だが、アールグレイは首を横に振る。


「ハルベリィ監査。私は己の実力不足を〈神の失敗〉などという外的要因のせいにはしない。欠陥があったとてやりくりは可能だ。……それに、今だってこんなに喋れている」


 欠陥持ちは人にもよるが、連続して発症すればするほど、その頻度は増えていく。

 アールグレイが持っていた声の欠陥は、前に直していたはずなので、現状発症の頻度は低い。


「私が今回選ばれなかったのは、単純に実力と実績が足らなかったからだ。来年の代表に選ばれるため、一層修練を積まねばならん」


 だが彼は知っているはずだ。魔術戦の会場となる場所は、欠陥持ちの立ち入りが禁止されている街であると。

 いかに魔術に長けていたとしても、彼が選ばれることなんて微塵もないことくらい、|〈叡智の家系〉であるアールグレイ・シュメリートが、知らないはずがない。


「……とはいえ、これは己に課している信念に過ぎん。貴様が大会から逃げようとする気持ちを、責めたり否定したりはせん」


「…………」


 なんて、強い人なんだろう。

 自身には厳しい信念をかしていながら、他の人に向けてかしたりしない。それどころか、目を背けて逃げることを許してくれる。認めてくれる。


「だからな、大会を棄権しても文句は言わさん。逃げてもいいのだ、ハルベリィ嬢。手続きや調整は私が引き受けよう」


「え……ぁ、でも……」


「貴様が棄権したところで誰も攻めやしない。枠が一つ空いて喜ぶ者もいるだろうしな」


「た、大会まで時間も少なくて……いっぱい迷惑を……」


 ニコやヴィンセント先輩方にも手伝ってもらって、代表団の団長ミハエルには「頼りにしている」なんて言われた。

 今逃げたら、いっぱいいっぱい迷惑をかけてしまう。


 それをアールグレイに任せてしまうなんて……。


 視線を下げて俯くロミエに、彼は小さくため息を吐く。


「……何度言わせる。さっき言ったではないか、貴様は後輩で、先輩に頼れと命令したはずだ」


 命令──そうやって強制して、ロミエが気負わないように彼は気遣ってくれている。

 それが分かるから余計に、余計に分からなかった。


「……なんで、そんなに……わたしなんかに、親切にしてくれるんですか」


 「わたしなんか」ロミエの肩が震え、嗚咽が漏れそうになる。

 そんな彼女に、口を開きかけたアールグレイは1度閉じ、呼吸を整えた。


「…………消えていい人間なんぞ、この世に一人たりと存在しない。不要な人間なんていないのだ! だから、だな……死ぬな、生きていて欲しい。……それだけだ」


「────」


 生きていて欲しい──生きるなんて、本人の勝手だ。死のうが生きようが、他の人には関係ない。

 まして、生きている価値なんてない自分なんかが生きていても、迷惑をかけ続けるだけだ。


(そう、思ってたのに……)


 うんともすんとも言わないロミエに、アールグレイは「……長話が過ぎたな」と体の向きを変えた。


「私は先に戻っておく。ハルベリィ監査は寮へ戻っているように」


「あ、あの……っ!」


 その大きな背中を、ロミエは咄嗟に呼び止める。


「わたし……も、逃げたくない、です。だから……そのっ、頼りますっ。そのっ……お言葉に、甘えます」


 大会に出るのは怖い。それに、ともだちが生と死を彷徨っているのに、自分だけ楽しい思いをしてしまう自分が嫌いになりそうだ。

 でも、生きて欲しいと、頼って欲しいと言ってくれる人がいる。ロミエを一人にさせないともだちが、親切にしてくれる先輩がいる。


 その善意を無下にするなんて、それこそ失礼だ。

 ペコリと頭を下げるロミエを、アールグレイは肩越しに振り返る。


「……それでいい。だが無理はするな。こっちが困る」


「はい……っ!」


 彼はそれ以上は何も言わず、この場を去っていった。

 その先輩の背中を、ロミエはぼんやりと見つめる。


(……やっぱり、シュメリート様はすごい人だ)


 誰かに頼るなんて、ロミエにはまだ難しい。無理しないと何もできないのが今のロミエだ。

 だけれど、一人じゃない。前だけじゃない。後ろに下がっても誰かがいる。曲がってしまう背中を押してくれたともだちのように、アールグレイは優しく支えてくれた。


 それに彼は言ってくれた。認めてくれた。消えていい人間なんて、不要な人なんていないんだって。


「……生きてて、いいんだ」


 生きるって簡単で難しい。

 神界から堕とされ、ただのロミエとして生まれた自分が生きる理由は何なのだろう。なにもかも中途半端な出来で、人に迷惑かけてばかりな自分が生きていて、良いんだろうか。


「……生きて欲しいって、思われてる、から」


 アールグレイが言ってくれた。もしかしたら、キルトエもそう思っているのかもしれないし、ライラックだってロミエの事を想ってくれている。

 「生きて欲しい」という期待に、ロミエは応えよう。

 そしていつか、「生きる理由」を「意味」を見つけるんだ。


 ……いつか、ショルさんが目覚めたときに、自分の罪を償うために。


 そう気づかせてくれた先輩の背中が、とても大きく見える。

 猫背のロミエじゃない。しっかりと姿勢を伸ばし、自信に満ちた真っ直ぐな姿。


 大きくて遠くて、眩しい。それでいて、とても頼れる先輩なんだ。



***



 アリストリア学園の寮は、基本的に寮生によって運営されている。

 清掃や整備やら、寮生たちが主体となって管理するのも、学園の教育目標の一つである。


 とはいえ、大人の寮監もおり、それらは郵便物や預かった金銭の管理などをしていた。

 寮に戻ったロミエに声をかけたのも、その寮監の一人。白髪が目立ちながらも、キリリと鋭い眉の女性だ。


「ロミエ・ハルベリィさん宛に手紙が来ています」


「は、はいっ。もらい、ますっ」


 いそいそと受け取ったロミエ。その声は少し弾んでいた。


(そっか、そっか……あの人達だけじゃなかった!)


 なにせ、彼女に手紙を送る人物なんて一人しかいない。大切そうに抱えて、自室へと駆けていく。


 その手紙の封に書かれた名前は〈ロミア・ハルベリィ〉。ロミアの母親である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ