【3-5】頼り
「えーっと……なんだ、もう一度実戦がしてみたいって?」
「は、はいっ。やらせて、くだひゃい……っ!」
ロミエがバッと頭を下げた。つむじを向けられた魔術戦大会の団長ミハエルは呆気にとられる。
つい先日、ド素人の醜態を見せてしまったばかりだというのに、彼女は怖気ることなくやってきて、開口一番再戦を頼んだのだ。
(これは……意外、だったな)
ミハエルはリーンハルトに勝手に任命され、無理やりさせられているものかと思っていた。
適当に動き方と牽制方法だけは教えてやろうと思っていた彼は、少しだけ目の色を変える。
「よし、分かった。そのやる気は認めよう。ただな、昨日もやった通り魔術戦の基礎がなってない」
噛んじゃった――内心焦っていたロミエは、恐る恐る顔を上げる。
「基礎、ですか?」
「あぁ、そもそも攻撃の当て方を知らないと戦いようがない。たとえ魔法が使えるとしてもな、当たらなかったら意味がないからな。まぁ、魔導書だと難しいだろうが、強い奴もいるにはいる」
例えば3年生に一人、とんでもない魔導書使いがいる。
彼女の実力ならば代表選手に選ばれてもおかしくなかったが、本人と周囲の大反対を受けて見送られた。
ただ、どちらにせよ開催場所的に出場は不可能だっただろう。
(会話ができればいいんだが……それとなく会計長にでも聞いてもらっとくかな)
まさか彼女ほど強くなりはしないだろうが、戦い方を学べば多少使えるようにはなるかもしれない。
そうミハエルが思案していると、ロミエが小さく手を挙げた。
「あ、あのっ……その、攻撃……当たると、思います」
「おいおい、昨日の結果を忘れたのか? 魔術戦は立ち回りも工夫しないと、昨日みたいに集中狙いされて終わりなんだぜ?」
ロミエ・ハルベリィの成績は把握している。
魔力量もそれなりにあり、まだ成長途中。座学だけを見れば、一年生で最も好成績を収めている優秀生である。
しかし、魔術戦は実技だ。
初等学園でロミエの成績は壊滅的。
剣なんて振る運動神経も無く、魔術もさして得意ではない。
とはいえ、「魔法書を作った」という話は聞いているし、研究者としての才覚はミハエルも認めている。
だが、実践では臨機応変さが必要だ。魔導書や魔法書しか使えないロミエに、それは不可能である。
なのに彼女は、大切そうに魔導書を抱えて言うのだ。
「えと……とってもとっても親切な先輩に、教えてもらいました、ので」
「親切な先輩、ねぇ……?」
モジモジと、本の前で指をこねるロミエ。
そういえば、アイツの婚約話がいっとき話題になったな――ミハエルは好敵手の後輩を思い出し、ハッと息を吐いて笑った。
「なら大丈夫だな。期待しているぜ、ハルベリィ嬢」
「ッ……はい!」
ロミエは少しだけ目を輝かさせる。
その姿にミハエルは、「やっぱりな」と口角を上げた。
(アイツが何を教えたか知らないが、引継ぎなら無下にはできねーな)
真面目で寡黙なアイツならば、それはそれは的確で効果的なアドバイスをしてくれたのだろう。
お手並み拝見――ミハエルは腹に力を入れ、気合のこもった声で配置につくように指示を出した。
――――――――――
「教えてもらった通り、ちゃんとやる……ぞ」
森の中を進みながら、ロミエはギュッと拳を握る。
先輩二人から助言をもらったのだ。失敗するわけにはいかないし、あの優しさに応えるためにも、ロミエは絶対に成果を出したかった。
結界が張られた森の中。模擬戦開始の鐘が響くと同時に、ロミエはその場の茂みに身を隠した。
両手で抱えていた魔導書を開き、書き込まれた魔術式をなぞるように魔力を注いでゆく。
(リシュ……じゃなくて、ニコ先輩が貸してくれたこの術式だと、威力が強すぎるから……)
魔力を微調整して、規定量のダメージが与えられる程度まで威力を調整する。
本来、魔導書に書かれた魔術式と異なる魔術を使うことは出来ないが、上手く魔力を調整すれば、威力の調整は可能である。
だが、針に糸を通すような繊細な魔力操作を必要とし、少しでも失敗すると魔導書が破損してしまう可能性があった。最悪、魔術の暴発もありえる。
それでもロミエは迷うことなく魔力を注いでいく。
刻まれた魔術式が魔力に反応し、パラパラとページが捲られていった。
最後の一ページが、音もなく捲られる。
奥付には何も書かれていない。著者も、発行日も、発行所も。
でも、これを書いた先輩をロミエは知っている。
してくれた親切に答えるため、背負い向けられた期待に応えるために、ロミエは《《儀礼詠唱》》の一節を唱えた。
「――ロミエ・ハルベリィの名のもとに、開け、門」
小さな囁きとともに、結界の内側に小さな門が開かれる。
小柄な人ほどの大きさしかない門。しかしそこから繰り出される一撃は、精霊王の力を宿した致命的一撃である。
「緑き風衣を纏いて射貫け――風の精霊王シルウァーヌス」
生徒会の書記長を務め、ハイドセージ研究室の先輩であるニコ・リシュリュー。
彼女は文字を書くことが好きだ。書く物がなんであっても「書く」という行為自体が好きなのである。
ゆえに、長大で複雑で繊細な精霊王召喚の魔術式を書くことだって可能だし、好き好んでやれる人物なのだ。
なにより、この魔導書を渡すときに彼女は言った。
『け、結界全体に攻撃すれば、絶対当たるし早く終わって文字を書ける、から……』
上空に開かれた小さな門から、幾千に研ぎ澄まされた風の刃が森に降り注ぐ。
ニコの書いた魔術式は完璧。ロミエの魔力操作も相まって、魔力消費も抑えられ精度も向上されていた。
ゆえに、範囲内にいた生徒たちはひとたまりもない。防御結界を張る詠唱すらさせず、また既に張っていた者たちも、精霊王召喚による風撃を防げるはずもない。
「……や、たっ」
結界内の魔力反応は全て消えた。ロミエ以外、戦闘不能である。
途端、試合終了を告げる鐘が森に響く。
試合時間よりも移動する時間の方が長い。まさに、一瞬でケリが付いたのだ。
これこそ、ロミエがニコから教わった必勝法。
極度の人見知り、かつ引き篭もり気質の彼女が、魔術戦の授業を最速で終わらせるために導き出した最適解がコレ――〈魔導書を用いての精霊王召喚〉である。
「……あーっとな、ハルベリィ嬢」
「…………へ」
本部に戻ったロミエを待っていたのは、腕を組み顔を険しくしたミハエル団長。
「本番では精霊王召喚は禁止だ。いいな」
「えっ……ぁっ、でも……ニコ先輩は、これが必勝法だって……」
「………………よりにもよって……いや、そもそもだなぁ……」
彼はため息を押し殺したような顔をしたと思ったら、「ン˝ン˝ッ」と咳ばらいをする。
「あのなハルベリィ嬢、本番は団体戦だ。こんな味方すら巻き込みかねない魔術を認める訳にはいかない。そもそもだなぁ、精霊王召喚なんて大規模魔術は目立つ上に魔力消費が大きいし、相手は一校だけじゃないんだ」
「うっ……」
「そ・れ・に、訓練で使われたら困る。全員魔力切れで、今日はお開きにするしかなくなったからな」
「ごっ、ごめんなさ……」
「謝らなくていい。君をド素人だと侮った俺が悪い。事前に説明するべきだったのに、怠ったんだ」
(アールグレイが見てたら、大きくため息ついただろうな)
だが彼はここにいない。
その代わりに入ってきたこの少女は、ミハエルが思っているよりも優秀で伸びしろのある人材だ。
絶望したように真っ青な顔のロミエ。
その緊張を解せるように、ミハエルは彼なりに優しく目尻を下げる。妹を見るような、そんな気持ちで。
「まぁ、君の能力が凄いことは分かったよ。魔導書を介してとはいえ、精霊王召喚を成功させたんだ。正直、結構驚いているんだぜ?」
「で……も、魔導書を書いたのは……ニコ先輩、です」
「あぁそうさ。だが重要なのは使い手だ。彼女の攻撃は君よりも乱暴で強引、力押しって言葉がよく似合う。それに比べて、ハルベリィ嬢はちゃーんと魔力消費も考えて威力を抑えていた」
「……っ!」
そんなところまで!
目を見開くロミエに、「そこんところ、ちゃんと評価しているぜ」と彼は頷く。
「ま、今日の所は完敗だし、いい経験になっただろうよ。精霊王召喚に対抗する方法も、もっと練らないといけないからな。また次、そんときも頼んだぜ」
「つぎ……です、か?」
「あぁ。その魔導書があれば精霊王召喚できるんだろ? だから、頼りにしているぜ!」
「……っ」
「頼りにしている」。
そう言われて良い気分はしない。頼りにされる分、肩に押し付けられる責任が重くなっていく。
でも、その「頼り」は魔導書を書いてくれたニコ先輩も含めての言葉だ。
頼りにされるのは怖い。だけれど、ロミエを助けてくれた先輩たちが褒められたような気がして、ちょっとだけ頬が緩む。
「あそうそう、教えてくれたっていう先輩にも感謝しとけ。精霊王召喚の魔術式をミスなく書ききるなんて、そう簡単にできることじゃないからな」
「はい……っ!」
ロミエは胸一杯にこみ上げてくる感情と共に、ハッキリと返事を返すのだった。
――――――――――
代表選手全員が魔力切れとなってしまい、訓練もお開きとなって暇になったロミエは、生徒会事務室に向かった。
(あれ、シュメリート監査長が……いない)
彼の席は空席。これでは、どの仕事をすればいいか分からない。
少し考え、「そうだっ」とロミエは自分の席に向かう。
「あ、あのっ……キルトエ、さん。お仕事、手伝います、よ?」
「本当か! ありがとう、助かるのだ!」
やはり快く手伝いを受け入れてくれる。
隣の席に座るキルトエから、いくつか紙の束をもらい、早速事務作業を始めた。
「そういえばロミたん――」
作業を開始してすぐ、彼女は親しげに話しかけてくれる。それを曖昧に笑って返しながらも、片足を引きずられる思いで視線が下がる。
キルトエは、とってもとっても優しい。優しすぎる。
ショルトメルニーャを魔力中毒にさせて落ち込むロミエに、彼女は親しく積極的に話しかけてくれて、孤独にさせないように気を使ってくれていた。
それがありがたくって……とても苦しい。
必要以上に踏み込んでこないのをいいことに、ロミエはずっと手を動かして書類を捌いていく。
「――あれ?」
その単純作業の最中、キルトエが不思議そうに小首をかしげた。
何か不備でもあったのかな──なんて思いながらも、作業を続けるロミエ。そんな彼女に、キルトエはニコリと笑顔を刻むのだった。
「ロミたん。なんか今日、楽しそうだな!」
「…………え」




