【3-4】世話焼きの先輩
翌日、ロミエは授業おわりに研究棟へと向かった。校舎を出て、研究棟がある建物への遊歩道を歩いていく。
(……なんか、人多い……な)
研究室に行くのだろう。また、向かい側から歩いてくる生徒や教員ともよくすれ違った。
この先には研究室くらいしかないので、行き交う人は上級生ばかり。一年生はロミエくらいしかいない。
キュウと背中を丸め、道の端っこを進んで行く。
研究棟に入ると、狭い廊下に所狭しと資料やら触媒やらが乱雑に置かれている。生徒の往来もそこそこで、以前来た時よりも熱気が漂っていた。
(魔術戦があるから……? でも、研究棟に関するような資料は無かったし……)
監査の仕事は、各部門から送られてきた資料や書類の二重チェック。学園に関する行事や出来事について、だいたい触れる機会がある。
しかし、魔術戦に出場することになったせいで、ほとんどの仕事を取られているし、訓練に割く時間が大きい。
仕事から離れているこの二日間の間に何かあったのかもしれない。
気になりはする……が、研究室が近づいていくほど、ロミエの足取りが重くなっていった。
(魔術戦……シュメリート監査長の代りなんて、わたしなんかに務まらないよぉぅぅ……)
伸し掛かる期待と責任に押しつぶされそうなロミエ。
ハイドセージの研究室がある三階へ上る階段。その一歩一歩が重くて、踏みしめるように登って行った。
ロミエは考え込むと俯く癖がある。階段は段差も相まって、より一層前方への意識が削がれてしまう。
そしてそれは、上から降りてきていた人物も同様であった。
「わっ……」
「うぇっ……」
階段の踊り場を曲がろうとしたところで、上から降りてきた人物と頭をぶつけた。
幸い階段から転げ落ちることは無かったものの、尻餅をついてしまう。
(だ、誰かとぶつかっちゃった……!)
衝突した痛みも忘れ、あわわと向き直るロミエ。
「「ごめんなさいっ……!」」
「……へ?」
「……はぇっ?」
言葉が重なり、互いの姿を見合わせる。
肩辺りまで伸びた黒い癖ッ毛を、適当に二つに結った少女だ。横に書籍が散乱している。そしてなぜか、右手に手枷のような腕輪を身に着けていた。
ロミエはこの人物を知っている。
「り、リシュリュー先輩……?」
「は、はわっ、ハルベリィ……さん?」
ニコ・リシュリュー。彼女は生徒会の書記長を務める三年生であり、かつハイドセージの研究室に所属している先輩だ。
たまに来る時も仕事関係の会話意外しないが、ロミエと同じくらい人見知りなので、少しだけ親近感を抱いている。
「けっ、怪我っ……とかは、ない?」
「は、はいっ……大丈夫、です。そ、その……まえ、見てませんでした……っ」
「ごめんなさい」と頭を下げるロミエに、ニコはギョッと慌てて頭を下げる。
「え、えぅっ!? うぅ、うちも前見てなかったから……」
「わたしが、わたしが悪いんですぅぅ……っ」
「う、うちも考え事してて……はぇっ!? な、泣いてる!? そ、そんな思い詰めないでぇぇぇ……っ」
廊下の踊り場で、互いに額を地に擦る。普段より人通りが多い研究棟で、それはそれはよく目立った。
「と、とぉとりあえず……た、立とう。立てる……?」
「ごめんなさいぃぃぃぃ」
(せ、先輩を突き飛ばしちゃった……!!)
そのことで頭がいっぱいで、パニックになってしまうロミエ。
「そぉそのっ、すんごく目立っちゃってる……から……ぁ」
「っ……! ご、ごめんなさい……」
上下両方の階から、たまたま通った生徒達からの視線が送られてくる。
これでは重ねて迷惑をかけてしまう。いや、かけている!
慌てて立ち上がるロミエ。しかし――頭を下げたままの前傾姿勢で無理やり立ち上がろうとしたせいで、思いっきりバランスを崩してしまう。
そのまま、前方に押し倒れるような態勢になってしまった。
「うぐっ……」
両手を前に突き出して、なんとか倒れることは阻止する。
しかし、前に倒れた拍子でニコも巻き込んでしまった。
「なんの騒ぎですか?」
その時、階段近くに群がっている生徒たちに、そう声をかける人物がやってきた。
「研究棟は狭いんですから、立ち話とかは極力控えるようにして……くれ、ないと……」
クルクル茶髪の癖ッ毛少年は群がる生徒の視線の先、階段の踊り場に目を向けて絶句する。
生徒会の後輩ロミエ・ハルベリィが前屈みに倒れ、その両手の間には先輩であるニコ・リシュリューの頭がある。
「ふえっ……?」
ニコの腑抜けた弱々しい声が、ロミエの正面から響く。
言わば2人は、押し倒すような状況になっていた。
「な、なにやってるんですかぁぁぁぁ!?!?」
生徒会会計長ヴィンセント・ストラッドの素っ頓狂な声が、研究棟に響き渡るのであった。
――――――――――
場所をハイドセージ先生の研究室に移す。
ハイドセージ先生は不在だったものの、ニコに案内されるがまま対面の椅子に座り、ロミエ達は事の経緯をヴィンセントに説明した。
「……なるほど、そうだったんですね。階段に落ちなくてよかったです」
ホッと安堵したように胸を撫でおろすヴィンセント。しかし、直ぐにキリッと表情を正す
「でも、お二人ともちゃんと前を向いて歩かないとダメですからね? 踊り場だったから良かったですけど、階段の途中で踏み外したら大怪我しちゃいますから」
「う、うん……っ。がん、ばるっ」
「ご、ごめんなさい……」
ここでも縮こまるロミエ。そんな彼女に、ニコが心配そうにオロオロと視線を向けるも、かける声が見つからない。
代わりに、ヴィンセントが優しく声をかける。
「ハルベリィ嬢」
「ひゃっ、ひゃい……ッ!」
「どこか痛めたところとか無いですか? 少しの事でも言ってくださいね。放置して悪化した方がいけませんから」
「は……はぁ……」
(痛い、ところ……ちょっとお尻が痛いけど、そこまで気になるほどじゃない……かな)
「……えと、どこも痛く、無いです」
「なら良かったです! 誰も大きな怪我すること無かったんですから、謝ることないですよ! ですよね、ニコ先輩!」
「えぅっ!? うっ、うんっ。そうっだね……」
突然話を振られてしまい、ニコはもじもじと俯いてしまう。
(……これは僕が話を振らないと、ずっと微妙な空気になりそうだな)
ロミエが自ら会話を切り出すようなタイプじゃない事くらい、彼も理解している。
ヴィンセントは「そういえば」と話題を切り出した。
「ハルベリィ嬢はどちらの先生を探しに来たんですか?」
「え……ぁっ、その……シュメリート先生に、聞きたいことが、あって……」
「シュメリート…………あ、ハイドセージ先生ですか! ……いない、ですね」
「……はい」
奥にある机には魔導書が散乱しているものの、その席には誰も座っていない。
「ニコ先輩。先生がどちらに行ったか知ってますか?」
「な、ななんかっ、用事があるって……言ってた、よ?」
「んーむ、なるほど……。ハルベリィ嬢が聞きたかった事って、魔導書についてですか? だったら、僕たちでも答えられるかもしれないです! ですよね、ニコ先輩」
「う……ぅうんっ! 魔導書、書くのは得意、だもんっ」
ニコの頬が少し緩む。褒められたので嬉しかった。
対してロミエの表情は険しい。
(頼ったら迷惑かけない、かな……)
魔導書の戦い方を教えて欲しいなんて、個人的すぎる質問をするのは迷惑じゃないだろうか。
そもそも、魔導書を用いた戦い方なんてしないだろう。余計に気を使わせてしまうに違いない。
「えっと、その……」
有耶無耶もじもじと指をこねるロミエ。
「こ、これ以上、迷惑をかけるわけには……」
「んーっと、勝手な予想なんですけど、魔術戦についてのこと……ですかね?」
「……えっ」
「アール監査長の代りに出場するわけですから、下手に失敗できないですもんね。魔導書を使う以上、専門家から助言を乞いたいっていう気持ち、すごくわかります」
目を見開くロミエ。凄い、何もかも見抜かれている。
アールグレイが棄権し、その代わりにロミエが出場した話は、瞬く間に広がっていた。
なぜ一年生が――と不満を上げる生徒も多い。その分、ロミエの肩に伸し掛かる期待や責任は彼女の想像以上に膨れ上がっていた。
寡黙なアールグレイに後輩の悩みや面倒なんて見られないだろう。
ならば、代わりに僕が手助けしよう!
(アール監査長、面倒見の良さなら僕の勝ちですからね!)
密かに対抗心を滾らせるヴィンセント。
それに、それはそれとして困っている後輩を助けないなんて選択肢は無かった。
「ニコ先輩は魔導書を沢山書いてますし、授業の魔術戦でも大活躍していますもんね」
「えぅ!? う、ん……うん。……うしゅしゅ」
ストレートに褒められ、緩む頬に両手を添えるニコ。
その反応的にも、魔術戦での活躍は本当らしい。
(リシュリュー先輩も魔導書、使ってるんだ)
彼女に聞けば魔術戦でもちゃんと戦えるかもしれない。本番で使うのは魔法書だが、当て方は慣れておかなければならないだろう。
でも……。
「せ、生徒会の仕事も……あんまり、出来てない、のに……これ以上助けてもらう、のは……」
「ハルベリィ監査」
役職名で呼ばれ、はッと顔を上げる。
ヴィンセントのブラウン色の瞳が優しく細め、向けられていた。
「心配しなくても良いんですよ。僕たちはあなたの先輩なんですから、目いっぱい頼っていいんですからね!」
「迷惑どんとこい、ってやつです」と微笑むヴィンセント。
そこまで言われて、断るのは逆に無礼だろう。ロミエも小さくぎこちなく頷いた。
「じゃ、じゃあ……魔術戦の戦い、かた……教えてください……っ」
人見知りで、なんでも自分で解決しようとする人にとって、誰かに頼みごとをするのはとても緊張する。
嫌がられないか、迷惑じゃないか、不快に思われたり、面倒だと思われたりしないだろうか。こんな自分の為に、手間取らせても……良いんだろうか――と。
そんな悩みを他所に、二人は肯首する。
「はい! 僕たちにお任せください!」
「う、ぅうんっ。まか、せてっ」
だから二人の笑顔に、ロミエは救われた気持ちでホッとするのであった。




