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【3-3】勝てると思ってた

「オホン……ええっとな、まあとりあえずハルベリィ嬢の実力は把握した。……その、全くの素人なわけだな」


「……ごめんなさい」


「あーいや! 君が悪いわけじゃ無くって……」


 目尻に涙を溜める少女に、彼は慌ててブンブンと手を動かした。しかし、「全くの素人」という評価は正確に的を射ている。


 ロミエはもちろん、彼女に宿っている創生神ニヒリアも魔導書を使っての戦闘なんてしたことが無い。

 魔法書や魔導書などは、あらかじめ術式を書いておき、魔力を流すことでいつでも発動できるように作られている。

 そのため、その場その場の距離や状態、環境に応じて術式を変化させることができないのだ。


 攻撃魔術を当てようと思った時、最も難しいのが敵に当てること。どれだけ強力で、たとえ結界で防げないような魔術であっても、当てなければ意味が無い。

 逆に、当たらなければどうということは無いのだから、威力が高く詠唱が長い上級魔術に対しては、常に動き回るなどして的を絞らせないようにすることも有効な手段なのだ。


 その点、魔法書・魔導書は即応性に優れている代わりに、臨機応変に魔術式を書きかえることができない。


 訓練用に魔導書を持ち、代表選手との特訓に参加したロミエは、開始と同時に攻撃魔術を放った。

 相手の位置は把握できていたし、それなりの魔力と威力を高めた一撃を放つ。


 しかし、そのどれもが虚しく空を切り裂くだけ。

 魔導書に書かれた魔術では、距離や属性が既に定められているため、動き続ける相手に当たるわけが無かったのだ。


 逆に位置を割られてしまい、どんくさいロミエが逃げられるはずもなく……。

 咄嗟に防御結界を張ったもの、他生徒からの一斉攻撃で砕け、ほとんどもろに受けてしまったわけだ。


 おかげで、魔術戦の森林に設置された本部幕舎に戻ってきたロミエは、魔力欠乏症で寝かされている。

 そんなベットの横で行われる反省会。

 ロミエの立ち回りを監督していた黒髪の青年は、腕を組んで講評を述べる。


「位置バレで即集中攻撃されるのは仕方ない。あれは誰だって防ぎきれるわけがないし、むしろよく防御結界を張った方だと俺は思う。……いやまあ確かにさ、本番で魔法書使うとしてもだよ? 目標に命中させられないとダメだし、その場で突っ立ってるのも良くないわけで――」


「こらこらクラブ長。彼女は魔術戦なんてしたことないんだから、もっと簡単に教えてあげないと」


「結っ構かみ砕いて説明してるんですがぁぁ??」


 途中割って入ってきた金髪の青年――様子を見に来たリーンハルトに、ミハエルと呼ばれた黒髪の青年は、ギロォっと引きつった笑みを返す。


「そもっそも会長、あんたが強引にねじ込んでくれたせいなんですがぁ?? 小隊の組み方も変えなきゃだし、こんな素人……ン˝ン˝ッ、まだ一年生の子をいきなり代表選手だなんて無茶ぶりにもほどがある! です!!」


 ミハエルはちゃんと丁寧な言葉で――それでいて、節々に怒りと憤りがチラつく声音でリーンハルトに詰め寄った。


「まあまあ、ミハエルクラブ長もそうカッカしないで」


 ミハエルを窘めつつ近づいてきたリーンハルト。

 彼は不意に、横になっているロミエの頭に手を伸ばし──その頭を優しく撫でる。


「…………はぇっ?」


「この子は筆記の成績も優秀で、魔術や魔法についての知識も学年……いや、この学園で最も優れているんだ。素質や土台はしっかりしているから、どうにか活かしてほしい」


「おま……ン゛ン゛ッ、どうにかって言っても……まあ成績優秀なのは実際そうなんでだろうけど、魔術戦じゃそこまで重要じゃ……」


「大丈夫。いざとなったら、私の権限(公爵家の権限)でどうにかするから」


「横暴! 権利の乱用だろうそれは流石に!?」


「そうする価値が彼女にはあるからね」


「ひぅっ……」


(そ、そんな価値ありませんわたしは出来損ない。ただの出来損ないなんですぅぅぅ……)


 リーンハルトの「まだまだ時間はあるんだから」という言葉が痛い。過度な期待に胃がキリキリしてきた。

 今回の魔術戦大会で団長を務めているミハエルからしても、全くの素人を二週間で使えるようにするなんて無理難題である。


「それじゃあ、私はこれで失礼するよ」


「……は?」


「こっちも色々と多忙なんだ。ちゃんと面倒を見てあげるんだよ? 彼女の才能を開花させてあげて欲しい」


 「頼んだよ?」と融和な笑みを浮かべるリーンハルト。そのまま、幕舎を去って行ってしまった。


「……なあ」


「は、はい」


「あいつさ、ホンっっと人使い荒いよな」


 「多忙なら森の中にまで来るかよ普通……」と頭を掻くミハエル。

 すると「おーい団長ー。そろそろクラブとの合同訓練なんで、戻ってきてくださーい」と声がかかり、ミハエルは「わかった、今行く!」と言って立ち上がる。


「ハルベリィ嬢も、今日の訓練はいい。魔力が回復したら先生に行って、寮まで送り届けてもらうんだ。そんでまた明日、基礎的なことからやってこうな」


「わ、わかり、ました……」


「だーいじょうぶ。そんなに気負わなくていい! 気負うくらいなら会長を恨んでおくんだ。俺もそうする」


「は、はあ……」


 二ッと清々しい笑みを浮かべるミハエルに対し、ロミエは苦笑いするしかない。


「……あいつ、変わっちまったな」


 幕舎を出ていく際、不意に彼がそう呟いた。その目はどこか、遠いところを見つめている。


(変わった……昔の会長の事、知ってる……のかな?)


 リーンハルトとミハエルは身分の違いはあれど、比較的砕けた口調で会話していた。

 もしかしたら、古い友人なのかもしれない。そう納得したロミエ。


 ふと、張られた幕舎の天井へと、その手を伸ばしてみる。


 正直、勝てると思ってた。

 たとえ魔法の使用を制限していても、得られる情報の量や質、そこからの判断能力はただの人間以上に研ぎ澄まされている。咄嗟に結界を張れたのも、創世神の時の経験値による反射だった。


 その無意識の驕りが、魔力切れでベットに張り付いている現実に導いたのである。


「……どうすれば、当たったのかな」


 例えば、漁夫の利を狙い続けるだとか、隠れ続けて隙を伺う事だってできただろうか。


(……うぅん。そもそも、魔導書で戦ったことないから……かも)


 術式が固定化されている魔導書では、あまりにもできることが少ない。これなら、初級魔術を使った方がマシとさえ言える。


(でも、普通の魔術は使えないことにしてるんだし、魔導書で、どうにか戦わないといけない……けど……)


 例え精霊王召喚を書いたとしても、その力を操るために必要な術式も、あらかじめ書き記しておかねばならない。そんなの絶対当たらないし、魔力の無駄だ。

 一番手っ取り早いのは経験者に聞くことなのはロミエも理解している。

 けれど、わざわざ魔導書なんか使って魔術戦をしている人なんていない。


 誰か、誰かいないだろうか。魔術が普及している現在で、わざわざニッチな魔導書を使っているような人物が、この学園に――


「……あっ」


 いるではないか。それも、ロミエはその先生の研究室に所属している――ということにさせられていたはずだ。


「……ハイドセージ・シュメリート先生」


 アールグレイの親族だというあのお爺ちゃん先生ならば、魔導書を用いた戦い方を知っているかもしれない。


「……聞いてみよう、かな」


 伸ばした小さな手をキュッと握り、フンスと鼻息を鳴らす。

 アールグレイほどの完璧主義じゃないけれど、それでもロミエはボロ負けしたのが悔しい。

 それに……そう。期待に応えるために、強くなるために、努力しなければいけないのだ。


(……ひとまず、一回も研究室行ってないし、謝らなきゃ……)

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