【3-2】だから
「三週間後に行われる魔術戦大会。これに、アリストリア学園の代表として出場してほしいんだ」
そう言うと、リーンハルトは書いていた書類を持ち上げる。
〈代表選手申し込み書〉と書かれたソレには、新しく〈ロミエ・ハルベリィ〉と書き記されていた。
「…………へ」
魔術戦大会といえば、ロンド王国を代表とする学園の代表者が集い、互いの技術を競い合う大会だ。
学園ごとの代表者なだけはあり、選ばれるだけで卒業後の進路にも有利に働く。活躍できれば、魔術協会の有力者から声がかかることもあるらしい。
「あ、あのっ……代表は、もう決まってたんじゃ……」
そっと小手を挙げながらロミエが問う。代表選手の選出は既に終わっていたはずだ。
事実、代表選手に選ばれたアールグレイは、生徒会の業務を免除されて訓練に勤しんでいる。
それに、会場は王都から結構離れた場所だったはずだ。馬車を使っても一週間かかるとして、準備期間は二週間程度しか残っていない。
「それが急遽、棄権が出てしまってね」
「棄権……ですか?」
「うん。……アールが元々出場する予定だったのだけれど、声の欠陥が再発してしまったから出場出来なくなったんだ」
「……えっ……け、欠陥が再発したんです、か……っ?」
アールグレイの欠陥は、彼に取りついた悪魔を祓った時、ついでに直していたはず。
(……もしかして、襲撃された時の衝撃を受けたから?)
ロミエによる処置は簡易的な処置。もっと根本的に……それこそ、魂にまで手を伸ばそうと思ったら、神器や設備が必要だ。
応急処置のような状態では、大きなショックを受けたときに欠陥が再発する――のかもしれない。
リーンハルトは肯首し、残念そうに目を伏せる。
「こればっかりは仕方のないことだよ。それに会場となる町には、欠陥を持っていると入れないからね」
「わ、わたし以外にも、適任が……」
「ロミエは再生魔法以外に、魔法書も使えるんだろう? そんな人はこの学園に君しかいない。実力を測るために、魔術戦大会はとてもいい会場だ」
「で……でっ、でも……」
「それに、タディカスヘンシェ元教諭の件で美術コンクールにも出展できなくなっただろう? 私は――いや僕は、君の日々の努力を知ってる。君が生徒会に入ってくれたおかげで、業務の質も速度も上がったし、その成果に見合う機会を与えたいんだ」
だからロミエを指名した……という事だろうか。
生徒会に復帰したあの日から、出来るだけ負担が軽くなるように沢山仕事を請け負っている。アールグレイが抜けた穴を埋めるように、暗くなるまで事務室に籠っていたこともある。
気晴らしとはいえ、単純作業が続く書類作業は楽しい。「ハルベリィ監査」と呼ばれるプレッシャーも、徐々に慣れてきたところだ。
だが、学園の代表として大会に出るなんてあまりに荷が重い。重すぎる。
(ぁ……だから、すぐ離れた……のかな)
アールグレイは最低限の事をロミエに伝えた後、彼は足早にその場を去ってしまった。
彼は、頑張りすぎてしまうロミエを机から引っぺがしてくれたり、仕事量を調整してくれたりと、上司としても先輩としても、とても真面目で誠実で、優しい人なんだとロミエは思っている。
そして、侯爵令孫にして生徒会監査長を務める彼は何においても「完璧主義」。少しのミスや手抜きも見逃さない。書類の最終確認を行う監査長として、あるべき姿を実践している。
そんな完璧主義な彼に限って、欠陥持ちなのである。再発してしまったせいで、大会にも出場できなくなってしまったのだ。
その代役としてロミエが出場することに、彼も何か思うことがあったのかもしれない。
(いや……だな……)
代表選手なんて……そんな大きすぎる期待なんて、背負いたくない。まして、アールグレイの代役だなんて。
アールグレイだって全力で頑張っていたはずだ。仕事中、ウトウトしている姿を見たことがある。
そんな彼の代役として出場する実力が、価値が――資格が、はたして自分にあるのだろうか?
――怖い。
ロミエは口をグッとつむって俯いてしまう。
そんな彼女にリーンハルトはニコリと微笑んで、優しく包み込むような声音で声をかける。
「僕は君を、ロミエを高く評価しているんだ。きっと、この経験は力になるはずだよ」
「……ぇ、ぅ……」
「大丈夫、会場には僕も行くんだ。嫌なことや困り事があるなら、何でも解決してあげられるからね」
「む……むむむっ……むむむぅ……」
無理です──その言葉をどうにか飲み込んだ。
ロミエは既に大失態を犯している。これ以上、失態は許されないし、期待を裏切るなんて出来なかったのだ。
「わ、かり…………まし、た」
ロミエは小さく頭を縦に振る。
「大丈夫。君はすごい子なんだから。きっと上手くやれるよ」
彼の笑顔が眩しい。正面から受け取るなんてできずに、俯きざま曖昧に頷くことしかできないロミエ。
(会長は…………うぅん。みんな、何も知らない……から)
だから前向きに言える。だからロミエに期待できる。だからロミエを――こんな、出来損ないを信じれる。
会長だって、シュメリート監査長だって、キルトエさんだって、ショルさんだって……ライラ様ですら、ワタシを知らない。
(お父さまとお母様だって……)
ロミエがニヒリアだって……何もかも取りこぼす、出来損ないの創生神だなんて、誰も知らないんだから。
――――――――――
翌日。ロミエは生徒会を途中で抜け、代表選手同士の訓練に参加した。
訓練は魔術戦用の森の敷地内で行われる。
本来は3人のチームでの団体戦で行うが、とりあえずロミエの実力を計る──ということで、一人森へ放り出された。
そして初戦が終わった後、ロミエは地に伏していた。
「あーっと、ハルベリィ嬢……。会長が推薦って話だったが……本当は魔術戦なんて初めてなんじゃないか?」
そんな彼女に、主将を務める4年の先輩が困ったように腕を組んで目頭を押さえる。
「うぅぅ……ひゃいぃぃ……」
魔力切れで体が動かせず、うみゃむにゃと口を動かすことしか出来ない。
(魔導書で攻撃なんてしたことないよぉぅぅぅ……っ)
魔導書を用いての初めての魔術戦。ロミエは代表選手達相手に手も足も出せず、ボロボロのボコボコにされてしまったのだった。




