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【3-1】日課

 学園を狙った襲撃がおきて三週間が経った。

 ロミエは今日も朝早くから寮を出て、学園中にある空間の綻びを直して回っている。


 ここは学園内の敷地内にある森。魔術戦で利用されている場所で、最も綻びがひどい場所だった。

 木漏れ日がさしはじめ、手元にある本を模様づける。それも意識に追いやって、ロミエはただひたすらに青く光る〈世界の本〉と対峙し、手を滑らせていった。


「……うん。これで大丈夫」


 〈世界の本〉を閉じ、彼女はまた別の場所へと向かう。


 襲撃の際に行われた精霊王の同時召喚。それも、火と風という攻撃に相性がいい属性によるものだった。もし学園に張られた魔法結界が無かったら、街含めて周辺は焼け野原になっていたかもしれない。

 そんな攻撃を防いでいた魔法結界は、ロミエ――いやニヒリアの想定していた以上の強度を持っていた。


 結界を打ち破ろうとする力と、防ぎ切り反発する力。その相互作用により引き起こされた力に対し、空間の強度が負けてしまったのである。

 幸い崩壊するギリギリで精霊王の門を強制的に閉じたので、大規模な亀裂が生じることは無い。しかし、一度入った綻びはちょっとしたことで亀裂が入ってしまう。

 そうならないように、毎朝綻びを修復して回るのがロミの日課となっていた。


 学園が休校中のおかげで、人の目をさほど気にせず動けるのは好都合。とはいえ三週間もすれば、色々と対処が済んでくる。

 魔法結界を張り直したり、他にも諸々調整が終わったらしい。学園はひとまず安全だということで、明日から通常通りに再開する。

 その影響で生徒会にも沢山の仕事が割り振られたものの、ロミエ含め復帰してきたメンバー総出で片付けていた。


 最後の休日をできるだけ無駄にしないよう、ロミエは綻びを見つけては直し、見つけては直していくのであった――。



***



 休日明けのその日。授業が始まる前に、ロミエは校舎内を歩いて異常が無いか探して回る。

 大方直したとはいえ、何か見落としがあるかもしれない。「完璧に直しきった」なんて、そう確信しきれる自信を持てなかった。


 人を避けつつ廊下の隅っこを歩きながらも、ロミエはキョロキョロと目だけは動かして、空間に流れるコマンドを確認していった。


(——うん、ちゃんと安定してる。けど、また同じことされたら耐えられなさそう……)


 ニヒリアがこの世界の空間を創り出す際に用いたコマンドは、他の神々が使っているものと全く同じもの。

 悠久の時をかけて洗練され、完璧なテンプレートである――はずだった。

 それなのに、ニヒリアが創りだしたこの世界では、悪魔の干渉はおろか、人間の行いによってですら亀裂が生まれてしまう。


 その原因をロミエ(ニヒリア)は分からない。

 だから見つけ次第、応急処置程度に整えてあげることしかできないのだ。


(ちゃんと、できなきゃダメ……なのに)


 自然に視線が下がってしまう。

 その小さな背中に、声をかける人物がいた。


「……ハルベリィ監査。少し良いか」


「は……はいっ」


 ハルベリィ監査。そう言われるだけで自然と背筋が伸びる。

 恐る恐る振り返ると、生徒会の監査長アールグレイ・シュメリートが低く腕を組んでロミエを見下ろしていた。


 彼は最近、ロミエの事を役職名付きで呼ぶようになった。

 やってきた業務が認められたような気がして嬉しい反面、監査としての責任や期待が上乗せされたような感じがして息が詰まる。


「な、なんで、しょう……か」


 恐る恐る顔を上げ、上目遣い気味にアールグレイの顔色を伺う。

 すると彼はサッと視線を横に逸らした。


「……リーンハルト会長が呼んでいる。放課後、行ってくれ」


「かっ……会長が。……わかり、ました」


 生徒会の仕事についてだろうか。もしかすると、また何か失敗してしまったのかもしれない。

 薄く唇を噛みながら小さく頷くと、アールグレイはすぐに去ってしまう。


(忙しい……のかな)


 だったら何か手伝うべきだろうか――と思ったけれど、足早に去る背中はどんどん遠のいていく。

 人が間に入ってきても、長身なアールグレイはよく見えた。紫がかった銀髪はよく目立つ。

 それでも……ロミエは開きかけた口を閉じ、クルリと踵を返した。


(……わたしになんかが、力になれるわけ……ない)


 だって、わたしは出来損ないだから。 



***



 放課後、ロミエは言われた通りに生徒会長リーンハルトがいる生徒会室に赴いた。

 部屋には既にリーンハルトがいる。書き綴っていた書類の手を止めると、入ってきたロミエに優しく微笑みかけた。


「やぁロミエ。顔色が悪いけれど、久しぶりの授業で疲れてしまったかい?」


「だ、大丈夫……ですっ」


 久しぶりの授業を聞き流していたロミエは、フルフルと首を横に振る。


(な、なに言われるんだろうぅぅ……)


 生徒会室は授業が再開されたこともあり、机に書類が積み重なるようなことは無く、綺麗に整えられていた。

 それがなんだか落ち着かない。そのうえ、綺麗に片付けられた生徒会室に座っているリーンハルトの威厳に、少し怖気づいていたのもある。


 リーンハルトがちゃっかり名前で呼んでくるのも、ロミエの胃を痛める要因となっていた。


「再生魔法の進捗はどうだい?」


「ぇあ……えと、ぼちぼち……です」


 三週間前、氷により瀕死になったショルトメルニーャを助けるべく、禁術である再生魔術を使用した。

 本来ならば捕まってもおかしくない重罪だが、ショルトメルニーャの命を救うことはできたのだ。


 その実績に免じ、ロミエは未開拓の再生系魔術・魔法分野の研究を進めることで、無罪放免となり、こうして制服に裾を通している。

 あれから時間がある時は、大賢伯であるライラックと共に研究を続けている。今は人体が耐えうる魔力量について、実験を進めているところだ。


「人によって耐えられる魔力量は違う……ので、そのあたりの個人差について、調べているところ……です」


「ふーん? じゃあ、術式自体は完成したんだ?」


「えと……はい……」


 完成したと言っても、怪我の度合いによって術式が変化する。適切な場所に魔素を導き治療するには、固定化された術式では不可能なのだ。

 ロミエ――ニヒリアならば、その場その場で組みなおす事なんて簡単だ。しかし、普通の人間が使えるようにするためには、もう少し画一的に治療できる手法を探さねばならない。


 曖昧に頷くロミエ。

 リーンハルトは片手を口元に添え、考えるような仕草をする。


「ふーん……だったらちょうどいいね」


 そう言ってペンを取り、書きかけの書類に何かを書き込んでいく。


「……?」


 「ちょうどいい」とは何だろう。研究している再生魔術に関係することなのだろうか?


 距離があり、どうにか背伸びで覗こうとするロミエ。

 そんな彼女に、顔を上げたリーンハルトは笑顔で告げた。



「三週間後に行われる魔術戦大会。これに、アリストリア学園の代表として出場してほしいんだ」

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