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閑話 従う意味

 運命の呪術師ダクティリオスは、編んだ魔力を人に付与することで、呪いに似た効果を付与することができる。

 方向感覚を狂わせたり、体内で魔力を暴走させたり……人体の魔素に作用して、行動を誘導することだって可能だ。


 新しい魔術体系を作り出したとも言える彼は今、貧民街の一角にある安宿にて身を潜めている。

 所々壁が崩れたいたり虫が入り放題なのが玉に瑕だが、店主には金と脅迫で口止めしているため、外で過ごすよりは多少マシである。


(……警戒、されているな)


 窓の外を見ると、茜色に染まった貧困街の一角を、ちょうど衛兵や師団の魔術師達が通り過ぎたところだった。

 まだバレてはいないようだが、今後もそうであるとは限らない。


 見つかっても飛行魔術で逃げれなくはないが、一度補足されると振り切るのは困難だ。

 国を出立する際に資金として渡されていた金も、想定以上に苦戦したため底を尽きかけている。金が払えなくなれば、直ぐに通報されるだろう。


(……限界、か)


 なぜ自分はこんなことをしているのだろう──。

 不意にそんな疑問がよぎったが、今の彼には愚問であった。


『——生きるためにすべき事』


 懐かしい母国語を声に出してみるも、なんとも無機質な声音で思わず苦笑する。その発音や語彙が他人のものであるかのように、実感が湧かない。

 その時、部屋の扉がガチャりと開いて、白髪の少女エルベンスが帰ってきた。


「……どうだった」


「ん〜、少なくなったけど、まだまだ警戒してた感じ〜」


 貧民街を調査する衛兵の数自体は減ったものの、人が居そうな路地や宿舎を重点的に探し始めたらしい。

 警備の数は減っているが、その分だけ怪しい箇所を重点的に探し始めたようだ。


「……もう、潮時だ」


 ポツリ、と零して立ち上がり、荷物をまとめ始める。


「ねぇ、それって〜どういう意味??」


「……1度、国に戻る」


 ロンド王国の守護者である〈円卓の十一賢者〉は想像以上のバケモノだった。

 魔術師殺しとも言える呪術を扱うダクティリオスに加え、幼いながらも他を圧倒する才能で宮廷魔術師に選ばれたエルベンス。さらに王朝と帝国の協力があったにも関わらず、第一王子を討てなかった。


 それに、創世神を名乗る少女。アレが一番のイレギュラーである。

 神なのかどうかはこの際関係ない。亀裂兵器はおろか精霊王召喚すら封じられたのは、流石に想定外だった。

 今後計画されている作戦にも多大な影響が及ぶだろうし、報告も兼ねて退くべきだろう。


 そう理由を立てて合理化するダクティリオスに、エルベンスが立ちはだかる。


「国王様の命令に背くの?」


 ダクティリオスは彼女についてよく知らない。どこからともなく拾われて来て、現国王の世話になっている――程度。あまり興味は無かった。


 しかし、彼女の目は時にキラキラと輝いていて、年相応の無邪気さを見せることもあれば、目を細めて人を探るように覗いてくる。人を信じていない、そんな目だ。

 虐待でも受けていたのだろうか……とダクティリオスが同情するくらいには、エルベンスの事を気にかけている。


「ダメだよダクティ。国王様と約束したじゃん。第一王子を暗殺する~って」


 しかし、今の彼女の目はどれとも違う。何か強迫観念に突き動かされたような、妄信的に進み続けようとするような……。その白銀の目に輝きは無かった。

 ただ忠実であろうとする虚無だけに染められ、のっぺりとした白に塗りつぶされている。


「約束は守らないとダメじゃん。ちゃんと殺してから帰らないと……ちゃんと、約束守らないとダメ。王子を殺す、殺さないとダメなんだそう殺す殺す殺せばいい殺して帰れば褒めてくれるんだだか殺す殺さなきゃダメ────!」


 「……わかった?」そう小首をかしげるエルベンスは笑っている。目を細め、獲物を見定めるように。

 ダクティリオスの背中に嫌な汗が滴る。


「あそっか、もしかして――怖じ気づいちゃった? 逃げちゃったり、したいの?」


「……逃げたところで、生きられない」


「そ! さっすがダクティー、その通り!」


 ダクティリオスが浮いた腰を下ろすと、エルベンスは満足したように「ふっふん♪」と鼻歌を鳴らし、踵を鳴らしながらステップを踏む。

 その仕草は10歳の少女らしく可愛らしい。なのに、その小さな身体に渦巻く闇が垣間見えた気がして、ダクティリオスは直視できなかった。

 彼女に殺される恐怖もある。しかしそれ以上に、白い彼女に潜む闇の深さに戦慄していた。


(エルベンス……この少女は、何を体験してきたのだ……?)


 人は彼を「無の男」と言う。

 魔素に干渉して人の行動原理を――行動の運命を自在に操ることができ、ついには〈運命の呪術師〉という二つ名を得た。


 それでも、彼の瞳に光はともらず、虚ろに虚無を映したまま。常に漆黒に染められ包まれている。

 その虚ろな瞳ですら、彼女の闇に比べると明るい――そんな気がしてならなかった。


「ダクティ、わたし達は殺して帰らないと生きられないのっ」


 「だから殺せる方法、考えてっ♪」まるでおもちゃをおねだりする様に、エルベンスは「殺す方法」を求める。


「……学園は、結界が邪魔だ」


「あのすっごい魔術でも壊せてなかったんでしょ? 中入っても妨害されまくっちゃうしぃぃ……」


「……外に、出てくるまで待つ。待ち伏せが、有効だ」


 そう言いつつ、彼は視線を逸らす。

 命が狙われているというのに、わざわざ外出なんてしないだろう。したとして、情勢が落ち着くまで厳重警護の元行われるはずだ。

 ダクティリオスは暗殺できたとしても、生きて帰れるとは思わない。大賢伯や魔法伯、さらには創生神を名乗る者もいるのだ。


 最初から勝ち目なんてない戦いに参戦し死ぬくらいならば、国なんか捨てられる。死ななければ、生きていれればそれでいい。


 だが、それをエルベンスは許さない。


 国王からの勅命を破るなんて発想は、彼女に存在しない。イスベルク王国で生きるために、彼女は命令を遂行せねばならないのだ。


「それ! じゃあ出てくるまで張り込みする〜」


 そう言うと、エルベンスは再び外套を羽織って偵察に向かった。

 ピョピョイっと楽しげに向かう姿は、まるで遊びに行く子供のソレ。しかし今から向かうのは敵地である。


 とはいえ、上手く時間稼ぎができる方向に誘導できた。最悪エルベンスを呪ってしまえば、ある程度の行動抑制は可能である。

 ダクティリオスは「……ああ」と頷き、再び街の外を眺める。


 陽が沈みきり闇夜が訪れた貧困街は、月明りによってのみ薄く照らされていた。


 ダクティリオスにとってはそれすら眩い。

 何かに――誰かに照らされる人生は幸せなのだろうか。……幸せなのだろう。「国王様のため」と言うエルベンスの声はとてもハッキリとしていて、明確な意思を感じた。

 その確固たる意志、信念はダクティリオスも常に抱いている。


『……生きるために、すべき事』


 再び零れた母国語はやっぱり無機質。どこか他人事のように、安宿の壁に吸われていったのだった。

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