閑話 完璧主義者の欠陥
特殊な結界が張られた森の中、木々の隙間に身を隠しつつ相手の居場所を探る。
こういう時、アールグレイの紫がかった銀髪はよく目立つし、長身ゆえに場所を悟られやすい。
とはいえ彼は優秀だ。
魔術戦大会の代表選手として選ばれ、こうして放課後に合同訓練に参加している。
身をかがめながら、慎重に木陰から顔を出した。
残る相手は一人。先ほどまで別の生徒と交戦していたので、大まかな場所は分かる。
魔術戦は先手が圧倒的に有利となる。二つしか同時に魔術を維持できない以上、攻撃の手を減らされると、そのまま押し切られてしまいやすい。
こと一対一の場面では、学園生レベルなら先手を取れるか否かは、それだけで勝敗を左右した。
(……そこか)
少し離れた木々の隙間を、素早く通り抜ける人影が見えた。
向こうはこちらの位置を把握できていないらしく、木を盾にしながら駆けまわっている。
位置が変われば魔術式の座標指定にも影響する。的を絞らせない為にも、駆けまわるのは有効な手段だ。
「――――」
しかし、アールグレイの詠唱に迷いはない。短縮詠唱でキッチリと座標を指定していき、同時に魔力を編んでいった。
(範囲指定……ここだ――っ)
「風よ――貫ぬザッ――っ!?」
最後の最後で詠唱が途切れた。手元で発動しかけていた魔術式は暴発し、周囲に風の刃を撒き散らす。
「ザっ――して、こんな……っ!!」
よりにもよってこんな時に再発するなんて!
アールグレイは声の欠陥を持っているが、最近は落ち着いていたので油断していた。
攻撃範囲を面に広く展開しようとしたこともあり、暴発した風の刃が全身を襲う。
幸いここは魔術戦結界の中だ。魔術によって傷を負うことは無いが、ダメージの分魔力が削られてしまう。
「だ、大丈夫かアールグレイ!!」
対戦相手の男子生徒が、心配そうに駆け寄ってくる。
アールグレイの欠陥はそれなりに知られている。魔術戦クラブのクラブ長である彼もそれなりの実力者であり、アールグレイと特訓することもよくあった。
「……なんとも、ありません」
至近距離でもろに受けたせいだろうか。魔力がゴッソリと持っていかれ、貧血のような立ち眩みに襲われる。
だが、これくらい長身の彼にとっては慣れっこだ。それより――アールグレイは口を開きかけては閉じる。
(……怖い)
次に自分が口を開いたとき、ちゃんと声が出て来てくれるのだろうか?
「肩貸すぜ。とりあえす本部まで戻ろう」
「……(コクリ)」
心配そうに話しけてくれる彼に、アールグレイは頷くことしかできない。出そうと思った声も、喉に縫い付けられたように出てこなかった。
いくらか低い彼に肩を担がれながら、アールグレイはギリリと奥歯を噛み締める。
「あっ、グレイ殿!」
本部へと戻ると、黄色っぽい金髪の少年と目が合う。
少年はアールグレイを見つけると、タッタッタと駆け寄ってきた。
「……でっ!」
(殿下!?)
少年――第一王子リフィル・シャルル・ロンドは、キラキラと期待の籠った瞳をアールグレイに向けた。
「魔術戦大会に出てくれると聞きました! ここしばらく声の調子も良かったんですよね」
リフィルはアールグレイの抱えている欠陥について、小さなころからよく知っている。
アールグレイの実家、ノレッジ侯爵家が治める領地は主要な街道に位置しており、王族との交流も深かった。
ことアールグレイとリフィルは歳が近い。一人っ子であるリフィルはアールグレイをよく慕っていたし、アールグレイもまた殿下として最大の敬意と尊重をしている。
リフィルが言う事は真摯に聞いたし、時に誤ったことがあれば臆することなく訂正できる。嘘をつくのは、それこそ不誠実なのだから。
リフィルもまたその誠実さが嬉しかったし、欠陥持ちである彼が人一倍努力していることも知っている。
だから嬉しかったのだ。命が狙われる中、信頼の厚い彼が付いてきてくれることに。
「とても頼りにしています、グレイ殿!」
「…………はい」
リフィルの厚い信頼の前に、アールグレイは小さく頷くことしかできない。
魔術戦の最中に欠陥が再発してしまったのだ。これまでの傾向上、次第に頻度も時間も増えていく。
ましてや、次の魔術戦大会では極秘任務がある。それを任されている身として、詠唱が途絶えるなんてことは絶対に許されない。
なにより、欠陥持ちとはいえ言葉すら遮られるなんて、完璧じゃない。誰でも出来ることが出来ないのが、アールグレイは嫌で嫌で仕方なかった。
他にも軽く世間話をした後、リフィルは護衛を連れて別の所へと顔を出しに行った。学園が襲撃されたこともあり、不安を感じさせない様に堂々と振舞わなければならないのだろう。
(……成長されていらっしゃる)
自分より二つも年下で、リフィルの肩に伸し掛かる重圧はすさまじい物だろう。
それを感じさせず、あくまで自然体で生徒たちと語らい、ねぎらう姿は、彼が目標としていた理想の王子様そのものだ。
それに比べて――視線が下がり駆けていたアールグレイに、教員たちの輪に話しかけに行っていたクラブ長が、ポリポリと頭を掻きながらやってくる。
「……なあアールグレイ。大会の会場が決まったんだが……」
「……?」
「常闇の街ヴァイセル、だそうだ」
「………………わかった」
ヴァイセルという街は〈叡智の家系〉でなくても、王都に住んでいれば誰でも聞いたことがある場所である。
神の悪戯か、その街の空間は陽光を取り込めない欠陥により、内部は常に闇に包まれているのだ。
暗闇の昼と月夜に照らされた夜が周期する街、ヴァイセル。
その街の中では空間に関する欠陥――次元の亀裂などが一切発動しない。原理は分かりえないが、既に〈常闇〉の欠陥があるからとされている。
しかし同時に、欠陥持ちは立ち入る事を禁じられているのだった。
(私は……入れない)
ならば強制的に大会代表からは下ろされるだろう。
「……」
そのことに、アールグレイは心底ホッとしてしまう。
完璧でない無様を晒さなくても良い理由が見つかったから――そう思えてしまう自分に、彼は両手を握りしめて俯くしかできないのであった。




