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【2-25】だってロミエは友達だから

「命があれば、また会えるかもしれない。命があれば、意識が戻るかもしれない。命があれば……《《命さえあれば》》、それだけで未来は守られるからね」


 ――命さえあれば。

 その一言をリーンハルトは強調する。 

 当たり前で薄っぺらい語彙を並べたようなのに、リーンハルトの目は真剣だ。


「魔術師としての道はおろか、普通に生きることすら難しくても、そう言えるのかしら?」


 カテリナがそう問うも「では、死んだ方がマシだと?」と片目を上げつつ、リーンハルトは紅茶を啜る。


「……確かに、命を救ったことは評価すべき事なのよ。でも、調子に乗って乱用するようになったら、目も当てられないかしら」


 〈再生魔術〉があるからどうにかなる――なんて認識で動くと、自分の身や他者を危険に晒すような行動を取る可能性がある。

 かつて、戦争にて〈再生魔術〉を過信し、無謀な突撃を繰り返したせいで部隊が壊滅した──なんて話もあるくらいだ。


「それに禁術の使用者を許すと、他にも使おうとするバカが出てくるかしら。規則を守れない魔術師は悪魔と同列なのよ」


 魔術は学べば殆どの人間が扱える。魔力という出力の大小はあれど、秩序なき世界では人を殺める凶器でしかない。

 まして、〈再生魔術〉は直接体に魔力を付与するのだ。使い方次第で患者を殺すことくらい容易にできる。


 だからこそ、〈再生魔術〉は禁術の一つとして数えられ、仕様が固く禁じられているのだ。

 だというのに──


「でしたら、禁術という枠自体を変えてしまえばいいのです」


 そう言ったのはライラック。

 カテリナが信じられないような目を向けて、「禁術自体を、変える?」と復唱したが、ライラックは大賢伯らしい堂々とした面持ちで応えた。


「まず、ロミエ妹ちゃんに〈再生魔術〉を教えたのは妾ですわ」


「それは――」


シェード大公爵家(我が一族)は昔、光属性魔術に秀でていたのですわ。その過程で〈再生魔術〉についての研究も行っていましたの」


 ──〈再生魔術〉の研究を行っていた。


 その暴露は、たとえ有力貴族であっても一族ごと取り潰される可能性のある一言だ。

 しかし、シェード大公爵家は歴史的に独立していた期間の方が長い。ロンド王国に編入したのもここ80年あまりで、今もなお独自の自治権を有している。


 何より、その一族は希少な光属性に適性を持っており、闇属性を扱う悪魔に対抗する為に、光属性の使い手はどの国でも重宝されるのだ。


 そしてライラックは魔術師達の頂点たる大賢伯。

 〈全能〉という2つ名の通り、光属性を含めほぼ全ての魔術を自在に扱える天才である。

 カップに砂糖を何杯も流し込む彼女に、「なぜ、ハルベリィ嬢に?」とリーンハルトが視線を向ける。


「そもそも、〈全能の魔女〉殿は彼女を深く気にかけているようだけれど、その理由は――」


「妾、可愛い妹が欲しかったんですの~!」


 ポッと両手に手を置きながら笑みを浮かべるライラックに、全員苦笑いを浮かべた。

 ライラックがロミエに心酔している噂は有名だ。だが、改めて繰り出されると苦笑いくらいしたくなる。

 後ろに控えている侍女ハルヤに視線が向かうも、返ってきたのは無言の頷き。


「ライラお嬢様は、ご自身が末娘であられることにコンプレックスを抱いておられるのです」


「ちっ、違いますわよ!? 誰だって可愛い妹の一人くらいは欲しいじゃないのっ!」


「とまあ、あまり触れないでいただけると助かります」


 どうか――とハルヤが頭を下げる。ライラックに同情の視線が送られた。


(その言い方じゃ、わたしが可哀そうな人みたいじゃない!)


 向けられる憐みの視線に耐えられなくなったライラックは、砂糖いっぱいの紅茶に口をつける。

 途端、口いっぱいに広がる砂糖の甘味を堪能しつつも、小さく「コホン」と咳払いして話を戻した。


「と、ともかくロミエ……は、妾が教えた〈再生魔術〉をほぼ完璧に再現したのですわ。魔力汚染についても、まだ魔力操作がおぼつかなかったゆえのミス。〈再生魔術〉はちゃんと扱えば有効に機能するのです。もちろん、使い手は選ぶ必要がありますけれど」


「……つまり、ハルベリィ嬢は特例として、〈再生魔術〉の使用を許可しろ──ということですか?」


 リーンハルトの言葉に、「察しがよくて助かりますわ」とライラックが頷く。


「〈再生魔術〉があれば、直せぬような怪我であっても直すことが可能になる。国の未来を考えても、一人くらいは居てもいいと思いますわよ」


「〈全能の魔女〉……簡単に言ってくれるかしら。あの魔術は魔力操作が極端に難しい。そう簡単に誰でも使えるなんて、思わないでほしいのよ」


「ですわね、術式を理解してかつ繊細な魔力操作技術がなければ成しえません。だからこそ、妾はロミエに期待しているのです」


 ロミエは既に〈再生魔術〉を使って命を救った実績がある。重度の魔力中毒にさせてしまったとはいえ、致命傷になりえる傷を癒したのだ。

 それに、彼女は魔法書を複製できる程の深い知識と理解力がある。〈再生魔術〉なんていわず、〈再生魔法〉すら作り出せてしまうかもしれない。


「将来、大賢伯になり得る逸材ですわよ。そのような可能性を持った生徒の未来を、絶っても良いのですか? カテリナ・モルガン教諭」


 大賢伯は単に魔術や魔法に秀でているだけではない。

 特定の分野に極端に特化していたり、その知識の豊富さから研究者として活躍していたり、時にバケモノとすら揶揄される力を持った集団だ。

 常人の尺度では測れないことくらい、カテリナ・モルガンはよく分かっている。


「……はぁ、どうなっても知らないのよ」


 カテリナがついに折れた。不承不承と頷きつつも、「あの先生とあの先生……あ、あとアレには釘を刺しておかないといけないかしら」とブツブツ今後を見据えはじめる。


「えぇ、ロミエ妹ちゃんについては、この〈全能の魔女〉が責任をもって請け負いますの。それでは、お先に失礼いたしますわ」


 「用は済んだ」と言いたげに、ヒラヒラと手を振りながら退出するライラック。


「ろ、ロミエは、もう処罰されなくて済む……のですか?」


 話について行くだけで精一杯だったキルトエは、目をパチパチさせて呟く。


「うん。カテリナ教諭は一学年生徒の規則を纏める役職についているからね」


 魔術を使う上で規則は重要だ。それを遵守させるために、違反者には厳しくあるべき――というカテリナの姿勢はとても正しいものである。

 最後に紅茶を飲み干したリーンハルトは、底に残っているオレンジ色の水滴を揺らした。


(彼女を処罰されると、色々と困るんだよ)


 それに――退出するライラックを見送ったのち、リーンハルトも立ち上がる。


「それじゃあ、我々もこれで失礼します」


 これでもリーンハルトは多忙だ。これからの調整もあって、足早に部屋を後にする。


 男子寮を離れ、リーンハルト達は校舎に向かう。

 その道中、キルトエは目を伏せて、前を歩くリーンハルトの足跡を追っていた。


(……なにも、出来なかったのだ)


 せっかく同行させてもらったのに、キルトエは話の内容について行くことが精一杯で、いても居なくても変わらない置物状態であった。

 ロミエが罪に問われることは無くなったものの、ほとんどリーンハルトとライラックの説得によって成しえている。


 ロミエは今、師団本部の留置場に収容されている。

 石畳の無機質で頑丈な部屋に1週間。キルトエとシアが会いに行っても、ロミエは心ここに在らずという様子で頷くだけだった


 もしもあの時──無人の広場で、グッタリとしたショルを抱えて呆然とするロミエに、キルトエが上手く言葉をかけることができていれば……。事情をちゃんと把握して、駆けつけた団員を上手く説得できていれば……。

 いや、そもそもキルトエが自分の力でショルを救出できていれば、ロミエに無理をさせることもなかったのだ。


 しかし同時に、なぜ禁術なんて高度で危険な魔術を使えたのだろう――と疑う自分がいる。

 友達を疑うなんて――それでも、いかに筆記成績が良いからって使えるのだろうか? それこそ、魔法書を作れるほどの知識を持っている事にすら、「なぜ?」と疑問を抱いてしまう。

 そんな自分が…………友達なのに──と、矛盾する想いが衝突する。


 無意識に両手を握り締めていると、不意に前を歩くリーンハルトが足を止めた。

 顔をあげると分かれ道に差し掛かっていた。右に進めば学園校舎があり、左に行けば師団本部がある。


(早く戻らないといけないのに、なぜ止まっているのだ?)


 人手が足りていない生徒会は大忙しだ。キルトエが不思議そうに顔を伺うと、リーンハルトはふっと微笑みを浮かべる。


「お友達を迎えに行ってくるといい。きっと、寂しくしているだろうからね」


「あっ……!!」


 そうだ、ロミエは許されたのだ。その事実は変わらない。

 優しく促してくれるリーンハルトに、キルトエはしっかりと頭を下げて師団本部へと踵を向けて歩き出す。


(……二人とも助かったのだ)


 命さえ――キルトエの脳裏に、リーンハルトが言った言葉が蘇る。

 いろいろ大変な事になってしまったけれど、ロミエもショルもシアも生きているのだ。


 いま、キルトエができること――


「っ……!」


(色々あったのだ。きっとロミエは落ち込んでいる)


 キルトエは、ダッと力強く地を蹴って師団本部へと駆けだした。


(だから、明るく迎えに行くのだ)


 疑問はある。聞きたい事、知りたい事だってあるし、謝りたいことだって……。


「……それでも」


 明るく元気よく、いつも通り、ちょっとおバカなお友達。それがキルトエ・クルハンス。


 そうだ! シアも連れて、三人で一緒にご飯を食べに行くのもいいかもしれない。

 シアだって一時は誘拐されていたんだ。怖い思いをしただろうし、ヘラヘラとした笑顔の裏に何かを抱えているのかも。


 あとあと、ショルの意識が戻ったらまた買い物の続きをしよう。そのためにも、ロミエには笑顔になってもらいたい。

 ……いや、笑顔じゃないと、笑顔でないと、楽しくないし、幸せじゃないから。

 そう思うことはキルトエのエゴだ。自分勝手だと分かっている。


 それでも――キルトエは地面を蹴る力を強めた。


 早く早く、ロミエを留置場から連れ出して、いつもの通りの日々を、笑顔を取り戻そう。取り戻すんだ。


 だってロミエは、キルトエの友達なのだから。

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