【4-7】お忍び/「しー」
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常闇に包まれた路地を、そそくさと進む二人の人影があった。
身長差のある二人は目深に外套のフードを羽織り、その隙間から金色の髪が街の街灯に照らされてキラキラと反射する。
北側の煌びやかな高級宿街を背に、街の中心部へ向け歩みを進めていく。
少しすると、建物の向こう側からガヤガヤとした喧騒が聞こえて来た。
「――そろそろ、良い頃合いでしょうか」
そう言って、背の高い方がふぁさりとフードを取れば、隠していた長い金髪がフワリと広がる。
次いで外套を脱げば、街の女性たちが着るような白地のワンピースと皮製コルセット、長いスカートがたなびいた。
チェリーピンクを思わせる瞳を油断なく周囲に向けるのは、アイリシカ・レファリエント。子爵家の次女であり、第一王子の護衛を務める人物だ。
「殿下、ローブをお取りになって構いませんよ」
「あ、うっ、うん……っ」
アイリシカに促され外套を脱ぐのは、少し黄色味がかった金髪の少年。白い長袖の襟シャツに、足首まで丈のあるトラウザーを身につけたどこにでもいる姿だ。
「殿下」と呼ばれた少年は路肩から顔を出し、薄氷に金と緑の木漏れ日を一滴垂らしたような、そんな神秘的な瞳を輝かせる。
「すごい……っ。お祭りだ……っ!」
焼きたての肉の香りが漂ってきたり、ガヤガヤと賑やかな喧騒の中から高らかに客を引く声が響いたり、お土産をいっぱいに抱えて歩く学生もちらほらいる。
それらは建物を結ぶロープへ吊るされたランタンによって、淡くオレンジ色に照らされていた。
本当に慰霊祭かと疑いたくなるくらい、大盛況である。
「で、でも本当に抜け出してきて良かったのかな……。せめて、一言くらいは言っておいた方が良かったんじゃ……」
「ご安心ください。きちんと書置きを机に残してきていますゆえ。……まあ、気づかれたら追ってくるでしょう」
「うっ……」
そうだ。本来リフィルは招かれざる客なわけで、招待もされていないし、周りを危険にする行為だ。
それでも、その危険や迷惑を冒してでも、広場へ設けられた慰霊碑に花を添えたい。
(僕が出来るのは……それだけ、だから)
その一環でち、ょっとだけお祭りの空気が吸えたらいい。市勢に関わることが少ないからこそ、こういう機会は二度と無いかもしれないから。
「……よし、行こう、アイリシカ」
「あ、殿下。その前に、これを……」
そう言って渡してきたのは、サイズの大きい丸眼鏡。
あまりにも突然だったので、ポカンと呆けていると、同じ眼鏡を取り出して装着したアイリシカが、胸を張って宣言する。
「変装と言えば眼鏡です! これを着けていれば、多少疑われても人違いで済みます!」
「本で読みました!」と言うアイリシカだが、彼女も彼女で第一王子の護衛に抜擢されるほどの剣バカである。
その本ですら物語本であるし、信憑性のかけらもない話であったが……。
「! た、たしかにっ! ありがとう、アイリシカ!」
嬉々として答えながら着用するリフィル。
悲しきかな、彼もまた世間知らずなのであった。
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アルウェルと話の折り合いが付き、ニヒリアの正体を口外しないよう契約を交わした後。ロミエは彼らと別れて街の中央へと向かっていた。
早く古本屋で目当ての本を探して、宿舎で待つライラックに送り届けなければならない。
ただ、かなり道草を食ってしまったので、拙い駆け足を回しながら、人の隙間を進んでいく。
白い光を発していた街灯は、屋台の上に吊るされたランタンと同じオレンジがかった色に変化しはじめていた。
夜が近いのだろう。慰霊祭の本番が近づいているとだけあって、目が回りそうになるほど人が多い。
(うぅ……っ。人多いよぉぉぅぅ……なんで祭りの中央あたりで店開いてるのぉぉ……静かな図書館がいいよぉぅ……)
ついに四方八方を人垣に阻まれ、ロミエは涙目になってしまう。
人見知りのロミエにとって、一言声を掛けて通らしてもらう――なんて、高難易度なコミュニケーションは不可能に近い。
「どぅっ、ぁっ……そのぉぅっ、ぅぇっ、ぇえっとぉぉ……む、無理ぃぃぃ……ぐすっ、ひぃん……」
頑張って声を掛けようにも、会話に割って入るのは気が引けるし、人が動いて抜ける隙間が見つかっても、すぐに別の人が埋めてくる。
まして、背の低いロミエは人々の波に埋もれて今にも潰されそう。まるで迷える子羊のようだ。
ロミエは転げないように、その場に立ち尽くしている事しか出来なかった。
「あら? あなたって、アリストリア学園の子かしら~?」
「ひぅっ……」
顔のすぐ直上から声を掛けられ、ロミエの背筋が気持ち反った。
(そ、そうだっ。わたしっ、制服のままで来てるから……)
下手に泣いたり迷子になんかなってみろ。ロミエの行動がアリストリア学園の評価にもつながるのだ。
何より、ロミエは生徒会の監査だ。学園の風紀を守る人間が、不甲斐ない姿を見せるわけにはいかない。
「もしかして、迷子になっちゃったかしら~?」
「ちっ、違いまぅっ!」
ブンブンと首を振れば、乱れた髪はさらにボサボサになってしまう。
目に被さった前髪の隙間から、声の主を見上げるロミエ。
長い黒髪がサラリと流した女性で、身につけている藍色のローブ姿はいかにも魔術師のような服装。
彼女は余裕ありげな伏目で、透き通るような水面色の瞳をしていた。
その人相を、ロミエは一度見ている。
「あ、あなたは……かっ、開会式とかでの……」
「あら、あらあら~覚えててくれたの? 嬉しいわ~!」
どこか間延びした声で、おっとりと頬に手を添える黒髪の女性。
彼女はフェルマー学園の教員にして〈水面の魔女〉という二つ名を持った上級魔術師、アクアリス・セーンだ。
「お土産を買いに来たの? だったら、ここより混んでない南側がおススメよ~」
「あっ、いえそのっ、お土産も、なんですが、その……えと、古本屋、をっ、さがっ……探してて……」
「古本屋? 古本屋ねぇ~、たしか~……あ、あそこかしら?」
そう言って、アクアリスはつま先立ちをして辺りを見回す。背の高い彼女なら、人々の頭上より上から眺める事が出来た。
アクアリスは少し進んでいった先に本棚が並ぶテントを見つけ、足元で縮こまるロミエに指で指し示してあげる。
「ほら、あれじゃないかしら~? 古本屋って言っても、結構スペース取れるのねぇ~」
常闇の街ヴァイセルは、その立地的条件から書物の入荷が遅い。
故に、新刊の流通量が少なく、そもそも流通している作品もそう多くは無かった。そのため、多くの人が中古商から買い取った本を読んでいる。
こと祭りとなれば、新たな本との出会いのために多くの人が訪れていた。中には読み終わった本を売りに来て、得た買い取り金で別の本を買う――なんてこともしている。
それゆえに、2テント分のスペースに、仮設とはいえ本棚すら設置しているのが見えたのだ。
だが、背の低いロミエがどれだけ頑張ろうと、魔術・魔法無しでは視認はおろか方向すらつかめない。
「えぁっ、あのっどこに……うぎゅうぅぅっ」
「っと、そこのあなた? この子が潰れちゃいそうだから、もう少し寄ってほしいのだけど――あら、ありがと~」
通行人に押し潰されそうだった所を、アクアリスが華麗に声を掛けて防いでくれた。
「あ、あのっ、ごっ、ごめ――ぅぎゅう……っ」
謝辞を述べようとしたのも束の間、今度は別方向から押されて、今度はアクアリスのローブに抱き着く形で押し出されてしまった。
あまりにも不甲斐なさすぎて、目尻に涙を浮かべてしまうロミエ。そんな姿を、アクアリスは優しく目尻を下げて苦笑する。
「古本屋まで一緒について行ってあげるわよ〜」
「で、でも……」
「いいのいいのぉ~。こんな人だかりじゃ、あなた迷子になっちゃうわ」
「…………」
迷子にはならない――と思っているが、割とごもっともである。このままだと、人の波に揉まれて永遠と漂流していたかもしれない。
すぐにでも本を手に入れてライラックに届けねばならないので、ロミエは遠慮がちに頷くと、その手を取ったアクアリスは「はぐれないようにね」と微笑んだ。
アクアリスは丁寧に声を掛けながら、書店までの道を切り開いて進んでいく。人の間を縫うようにして進むより、圧倒的に早いうえスムーズだ。
少しすると、あっという間に古書店へ到着してしまう。
「そういえばあなた、一人で来たの? アリストリアのお友達とか、一緒に来ていないのかしら?」
「は、はいっ。ほっ、本を、買いに来ただけ、なので……っ」
「あら、そうだったの? でも……一人で大丈夫?」
「お、おかげさまで、来れましたっ、のでっ」
「そう? だったら、迷子にならないよう、しっかり前見て歩きなさいっ? いい?」
ふんふんふんと激しく頷けば、アクアリスは子供を見つめるみたいに――実際ロミエは未成人だし学生だけれど――優しく目を細めると、ヒラヒラと手を振りながら人波の中へと消えて行った。
ロミエはその背中ペコリと小さく会釈した後に、古書店へと向き直る。
「わぁ……」
なるほど、古書店とだけあって、色んなジャンルの本が並び順関係なく陳列されていた。
ジャンルごと大雑把には区分けされているものの、魔術書の棚に物語本があったりして雑である。
(並べ方……ぐっちゃぐちゃだし、気持ち悪い、直したいよぉぅ……整頓したい……)
「うぐぐ……」と伸ばした手をロミエは引っ込める。今は目当ての本が先だ。
しかし、本当に多種多様な本が揃っていて、中には精霊工学と言った専門書もあれば、農作肥料改定本などの専門書だったりも見受けられる。
(でも、ここならありそう、かな)
無いと困る。ライラックが困る。とても困る。
置き場所はチグハグで分かりにくいけれど、量・種類ともに膨大な数があった。
そこそこ広く設けられたテント内も、多くの人で賑わっている。
(うぅぅ……探しづらいぃぃ……。でも、わたしが頑張らないと……っ)
ロミエがニヒリアだと知っていてもライラックは口外しなかったし、初めて友人になってくれた存在だ。
ニヒリアの介入なんかも、色々誤魔化してくれているらしい。
そんな彼女の頼みだ。絶対に放棄するなんて出来ない。
「……よしっ」
すーはー、すーはー……と呼吸を整え、グッと小さな拳を握り締める。
(通らせてください、通らせてください……ちょっといいですか見たい本があって、見たい本があって……)
「……よしっ!」
「やあ、ロミエ。そんなに張り切ってどうしたんだい?」
「ぇひゃぁうっ……!?」
声のかけ方のシミュレーションをしていると突然、後ろから肩を持たれたせいで、突飛な声が出てしまった。
幸い喧騒に搔き消されたものの、「ロミエ」と呼ぶ声は覚えのある落ち着いた声音である。
「り、りりりっ、リーンハルトっ、会長……っ!?」
振り返ると、そこに居たのはフードの奥に亜麻色の髪をチラつかせた青年――アリストリア学園生徒会会長リーンハルト・マークハリスだった。
「ど、どどっ、どうして――ぅぎゅ……っ」
「ここにいるんですか?」という言葉は、ロミエの唇に添えられた人差し指によって阻まれてしまう。
「しーっ」
亜麻色の髪をフードの奥にチラつかせた彼は、同じように自分の唇にも指を添え、反対の手でロミエの手を取ると、悪戯っぽく微笑んで引っ張った。
「付いてきて、ロミエ」




