【4-8】隠密行動といえば
リーンハルトに引っ張られて向かった先は、古書店と同じくテントを構えた古着屋だった。
ヴァイセルは北部高原よりも標高が高い位置にある。それゆえ、王国中央では珍しい厚手の服が多く陳列されていた。
物珍しさに訪れる若者もチラホラいる。
「あ、あのぉぅ……ここで、何を……?」
「気付いてないかもしれないけれど、制服姿だと目立つんだよ?」
「あぅ……っ」
アリストリアの制服は、白いシャツと長くふんわりしたスカートに加え、青色のケープコートを羽織っている。
特に奇抜な装飾は無いとはいえ、名門とだけあって見る人が見れば、一発で「アリストリア」だと見破られてしまうのだ。
「せっかくの祭りの夜なんだ。制服姿じゃ、勿体ないだろう?」
「あ、あのでもっ……わたし、お祭りを楽しみに来たんじゃなくて……本を、探しに来たんですっ」
「じゃあ、そのついでにお願い事があるんだけれど」
「さ、さっきもお願い、聞きました……っ!」
「それはそれ、これはこれだ。制服のままだと、尾行出来ないからね」
「そん…………び、びこう? それってむぐぅ……っ」
そう呟いたロミエの唇を、再び人差し指で閉じさせるリーンハルト。
「さぁ、君に似合うとびっきりの服を探そうか」
彼はそう言うと、古着屋に陳列された服を物色し始める。
これ以上聞いても言ってくれそうにないので、大人しくリーンハルトの背中について行くしかない。
「ロミエはどんな服が好きかな?」
「あ、あんまりそういうのは……わからなくて」
「ふーん……そっか。なら、勝手に選んでも構わないかい?」
コクコクと頷けば、リーンハルトは手にとった服を片っ端からロミエにあてがって、「これは……いや、こっちのほうが……」と思慮を重ねている。
(なんか……前にもあったっけ、こんなこと……)
あの時は、キルトエやショル、アナスタシアたち三人が選んだ服を着させられ、結局アナスタシアが選んでくれた服を買ったのだ。
たしか、白いワンピースに空色のスカートだっただろうか。あの日以降着ることは無かったけれど……またいつか——
(……あっ)
丁度その時、リーンハルトは白地のシャツに青いスカートをあてがった。
所々ほつれているが、着ている分には気にならないだろう。
「うーん……いや、こっちかな」
(あぁ……)
気になった服を戻されて、ロミエは思いのほかションボリ肩を落としてしまう。
それでも、リーンハルトの選定は進んでいき――。
「こんな感じで、どうかな?」
「え、えと……いいと、おもいます」
「よかった。それじゃあ支払ってくるから、そこの更衣室で着替えておいで」
「でもぎゅぅ……っ」
わたしが着るものなのに、お支払いも任せるなんて——という言葉は、リーンハルトによって阻まれた。無言の笑みを向けられれば、従うしかない。
選んでもらった服を手早く着替え、脱いだ服を畳み抱えて出る。
「うん、私服姿も可愛いね」
「そう、なんでしょうか……?」
会計を済ましてきたらしいリーンハルトが「とっても似合ってる。可愛いよ」と言うので、ロミエは小さく空笑いを浮かべた。
似合う似合わないなんてロミエには分からなかったが、ラフで肌触りのいいフリルシャツや、柔らかいスカートは動きやすい。
少し肌寒いものの、羽毛を含んだ厚手のケープコートを羽織っているお陰で、ちょっとずつポカポカしてきた。
「それで、その……尾行というのは?」
「その前に……っと、これを着けていて」
彼が取り出したのは、そこそこ大きな丸眼鏡。
(眼鏡……? 魔道具でもない、ただの眼鏡だけど……)
ポカンとロミエが見上げれば、同じ眼鏡を装着したリーンハルトが少し満足げに笑った。
「隠密行動といえば変装。つまり、眼鏡と相場が決まっているからね」
「は……はあ……」
そういう物なのだろうか? 少なくとも、ロミエはそんな話を聞いたことが無いし、普通に生活をしていて変装をする機会なんて存在しないだろう。
つけてみるも、魔道具でもないし度も入っていない。
いよいよ彼の真意が知りたくて見上げるも、彼はニコリと微笑み「行こうか」と、ロミエの手を引っ張っていく。
結局、どれだけ頭を捻っても明確な答えが出てこないまま古着屋を後にし、リーンハルトに引っ張られるがまま古書店へと戻った。
「おっと」
「ぐみゅ……っ」
店に入る直前、先導していたリーンハルトが急に止まったので、勢いそのまま顔面を彼の背中へと衝突してしまう。
(ぶ、ぶつかっちゃった! 早く謝らないと……)
しかし一歩下がろうにも、混雑した人混みの中では難しい。
真後ろであわあわ慌てるロミエ。
リーンハルトはそんな彼女に注意するでもなく、ヒョイッと身体を捻って空いた空間から、ロミエの肩を前方へと抱き添えた。
「へ……え……?」
「そこの本棚の影から、そっと中を見回してごらん」
彼の言う通りに、ロミエは両手を添えてそろぉっと顔を覗かせてみる。
店内は相変わらず人が多いし、本のタイトルも出鱈目だった。
直したくてウズウズしてしまうのを、「ふんふん」と小さく首を振って払い、今一度店内を見回す。
仮設テントを2つ繋げた古書店は、背の低い本棚が通路側に垂直となるように置かれ、建物側には背の高い本棚が壁のように設置されていた。
ロミエが顔を出している本棚から見ると、対角の右奥付近に会計場があるらしい。
「ほら、あそこの人」
リーンハルトが示した先は、まさにその対角線上。
……低いとはいえ、ロミエの背丈以上ある本棚に阻まれていて見えない場所だ。
「う~ん……ッ」と背伸びをすると、辛うじて誰かの金髪が見えた。
女性らしい。時折後ろを確認しながら店の左側——通路側へと向かって行く。
そして、本棚が途切れる所までいったその人物は、身体の全体像が露わになって——。
「えっ」
思わず左手を自身の鼻元、丸眼鏡に手をやった。なにせ、目で追っていた金髪女性の目元にも、これは立派な丸縁眼鏡が乗っかっていたのだ。
それだけじゃない。彼女の優しく細められたピンク色の瞳の先には、もう一人……同じく立派な丸眼鏡を身につけた黄色味金髪の少年が本を抱え、ホクホク顔でついて行く。
「あ、あ、あっ、あれっ!? 会長、あれって……殿下っぐむっ……」
「殿下がなんでこんなところにぃ!?」という言葉は、リーンハルトの両手によって塞がれる。
そうしている間にも、金髪丸眼鏡の二人組は通りをひしめく人々の濁流に身を寄せていってしまった。
「ま、そういうわけだから、一緒に秘密の護衛作戦といこう」
「で、ででででっ、でもっ、本が……本を買わないとぉぉぅ……」
「本ぐらい何時でも買えるさ。それに、この国の命運がかかっているかもしれないんだよ?」
「そ、そんなに……ですか?」
確かに第一王子は命を狙われやすい立場にあるし、実際ここ何回も暗殺未遂事件が起きている。
今回の祭りも、魔術戦大会当日に起きた事件で巻き込まれた人々への鎮魂が込められている。
ここから南側に下った場所、中央の広場に行けば献花台が設置されていたのを、ロミエもここに来るまでに見ていた。
「うん、特にこの街だとね。ジェリー・ホーク元男爵の事件だって、殿下が居なかったら起きなかったかもしれない——と、住民たちが考えていてもおかしくない」
「あ……っ」
痛い程分かる。自分のせいで他人に迷惑をかけてしまったら合わせる顔が無いし、向こうも許せないだろう。それが命ならば猶更、大きな恨みを買っていてもおかしくない。
慰霊祭でライラックが弔辞を述べる事になったのも、そういった反発を避けるためであった。
無意識に小さく身構えてしまうロミエに、「たとえば……」と建物を見上げるリーンハルト。
「悪魔の攻撃で損傷してるところも、まだ完全には補修できていないね。暗さで誤魔化しているけれど、屋根や外壁はそうすぐには直せない。この祭りの賑わいも、これからの資金調達の一環なんだよ」
彼の言う通り、屋台の至る所で学生らしき若者を見かけた。代表選手は貴族平民関係なく選出されるが、古くは貴族だけが魔術を占有していたのもあって、貴族の子息が多い。
遠方に来ているのも相まって、財布の紐も相当緩いだろう。
加えて街の住民はもちろん、どうやら周辺の村落などからも人が来ているらしい。人が多いわけである。
それもこれも、街の修繕費に充てる資金源とするのならば、慰霊祭という名目の割に賑わい盛っている光景には納得がいった。
(ライラ様……)
ロミエは背中を押されながらも、名残惜しそうに古書店に振り返る。
あそこなら、ライラックが求める本があるはずなのだ。
「ぁ、あのっ、リーンハルト会長……」
「そうだね、見失う前に追いかけようか」
しかし、リーンハルトはロミエの肩をしっかり掴んでいて、離してはくれないらしい。
ロミエは「はいぃ……」と尾を引きつつ、チラリと空色を伺った。
常闇とだけあって、真っ黒な空が広がっている。陽の光は見えず、代わりに街灯の色味が時間を知らせてくれる。
陽が落ち始めているのだろうか。どこか夕焼けの色味をした輝きはランタンの灯火と合わさって、人がひしめく通りをポツポツと淡い黄金色で照らしていた。
この光が薄暗く、青藍色になった時が夜の訪れだろう。
ライラックが弔辞を述べるのは、空に星がチラつき始めた頃だと言っていたし、それほど時間も無いのかもしれない。
そんなことを考えつつ、少し離れた位置で尾行するロミエ達。
中央へ向けて南下していたリフィルとアイリシカは、ある出店の前で足を止めると、あれこれと店員に話しかけて物色を始めた。
2人が立ち寄った店には、紙で作られたランタンが並んでいた。
それほど大きなランタンではない。軒先には顔と同じサイズのランタンが連なっている。
バレないよう肩越しに視認したリーンハルトは、「あぁ、なるほど」と頷いた。
「慰霊祭の最後に、空へ向けて飛ばすんだ。どうやら、殿下は亡くなった人たちの弔いに来たらしい」
「……!」
軒先を外壁のように吊るされているランタン達。意識して見れば、行き交う人々の多くが持っている。
リーンハルトが言うには、昇華する魂になぞらえて同じようにランタンを飛ばし、死者を見送る風習があるのだという。
リフィル達もそれに参加したかったのだろう。
なるほど、そいういことなら納得がいく……か?
納得しかけたところで、ロミエはふと首を捻る。
(自分の身を危険に晒してまで、ここまで来る必要はあるのかな)
祈るだけならどこでも出来る。神は無能だから神殿なんてないし、祈るとすれば精霊に向けてだろうか?
(……いや、この街だったら白竜になる、のかな)
山脈があるのは北側だ。
見上げようにも、北側にはリーンハルトが立ちはだかっているので、なんとはなしに空を見あげるロミエ。
その視界の一端——裂けた屋根の隙間から、大きな花鉢を持ち上げる人影を捉えた。
彼女の目線の先は、ちょうど真下のテントで買い物を続けるリフィル。
(し、刺客!?)
咄嗟に攻撃魔法を放とうとして、直前で堪える。
ロミエは今丸腰だ。魔法書を持っていないから、下手に魔法を使ってバレると面倒なことになる。
しかし、花鉢を両手で抱えた女性は、憎しみ篭もる瞳でリフィルを睨み、思いっきり投げつけた。
「あっ……!」
「——風よ、吹きとばせ」
危ない!
そう叫ぶよりも早く、リーンハルトが短縮詠唱で花鉢を吹き飛ばした。
風魔術に吹き飛ばされた鉢は、建物の外壁に勢いよく衝突すると、「ガシャァン!」とけたたましい音と共に砕け散る。
当然、何の音かと周囲が騒然になった。
しかし、それら混乱のざわめきは、ロミエの耳を通り過ぎていく。
なぜなら、今使われた魔術の軌跡——魔力の煌めきから、ロミエは目を離せなかったのだ。
(いまの魔術って……風属性魔術……?)
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(あ、会長の魔術だ)
リフィルは金緑の木漏れ日が散った薄氷の瞳に、魔力の煌めきを映す。
リーンハルトの魔術は他の人と違って、特徴的な魔力の使い方をしている。
それよりも、やっぱり誰かに狙われてしまったらしい。
渾身の変装を見破られるとは……。サッと丸眼鏡を直しながら、横に控えるアイリシカを見上げる。
「……アイリシカ」
「誰かにつけられていますね。道草はこれくらいにして、広場まで向かいましょうか」
リフィルはコクンと頷き、購入した紙袋のランタンをしっかりと持ち直す。
短かったけれど、お忍びはもう終わり。
2人は騒がしくなる現場から離れ、目的地である広場へと踵を向けるのだった。
更新遅れてしまい申し訳ありません。
次の更新は火曜日になります。




