【4-5】どうしたい
精霊は、この世界を動かすシステムの一端だ。
エラーがあれば報告し、軽微ならば対処する。純粋な精霊には感情なんて必要ないし、人間との交流も不要である。
しかし、一部の自我をもつ上位精霊たちは、みな太古の昔に滅んだ旧人類の魂の残留が宿り、形となった存在だ。
それに比べると、アルウェルの契約精霊は弱すぎる。明確な意識を持っているにもかかわらず、微精霊に分類されるほどに力が無かった。
「最近精霊になった……ん、ですか?」
ロミエの言葉にアルウェルは頷いて、精霊を横に持ってくる。
「詳しい話は言えないのですが……元の肉体が、悪魔に乗っ取られてしまったのです」
彼が言うには、親しかった友人の肉体が悪魔に乗っ取られてしまったらしい。
たまたま微精霊を取り込めたからよかったものの、それでも不安定なことには変わりはなく、急ごしらえで契約を交わし延命しているそうだ。
「あっ、あのっ悪魔は……肉体を得た悪魔は、今どこに……?」
「ええっと……おそらく、まだ帝国のどこかにいると、思います」
大問題である。
肉体を得るという事は、この世界で自由を得たも同然。悪魔の強さにもよるが、人一人の意識を剝ぎ取って乗っ取れるとなると、相当上位の存在ではないだろうか。
早く討伐するに越したことはない。越したことはないのだが、どこにいるかも分からないうえに、アナイア帝国まで向かうのも難しい。
(ど、どうしようぅぅぅぅ……。元はと言えば私のミスなんだし、放ってたら沢山人が殺されちゃう……。そ、それに乗っ取られた肉体も取り戻さなきゃだし……でも帝国は遠すぎて行けないしぃぃ……)
アナイア帝国は、ロンド王国の西方に位置する国だ。
アリストリア学園がある王都から行こうとしても、早馬を使っても帝国領につくまでに1~2週間かかる距離である。
そのうえ、ロンド王国とアナイア帝国はあまり関係が良くない。今もなお国境付近では小競り合いが頻発しているという。
そんな状態で、悪魔を探しに帝国領まで行けるはずがなかった。
けど悪魔を野放しにしておくわけにもいかないわけで……。
「――神様!」
「へゃうっ……!?」
頭を抱えていたロミエは、突然張りのあるアルウェルの声に、ビクリッと驚いたネコのように肩を跳ね上げさせてしまう。
「元の身体じゃなくっていい。魔素の塊でもいいから、どうにか、どうにかこの人に身体を与えたいのです!」
ロミエの素っ頓狂な反応すら意に介さず、アルウェルは若干前のめりになりながら、それでいて縋るように言う。
「自分は彼女に、人としての実体を持って生きて欲しいのです。そのためにロンド王国へ来て、フェルマー学園で精霊学を学んでいるこです。けど神様なら、ニヒリア様ならすぐにでも……」
「無理、です」
アッサリと言い切ってしまうニヒリアに、アルウェルは一瞬ムッ唇を尖らせる。
感情的になる気持ちを押さえながら、「どうして、ですか」と理由を問うた。
「上位精霊の中には、人型でいられるものもいます。なのに、どうして無理だと断言するのですか」
「……上位精霊に限らず、意思を持った精霊には、旧人類の魂と肉体が宿っています。だから身体を維持できるし、元より現行人類よりも高い能力を備えていたから、魔力操作技術も桁違い、なんです」
ニヒリアはこの世界を創ったとき、最初に完璧超人な人類を生み出した。
不平不満を言わず、それでいて向上心や探究心に満ちていて、人と人が互いに手を取り合って日々を営み、争いや犯罪とは無縁の理想郷。そんな旧人類に向けて、ニヒリアが貸した課題こそが〈魔法〉であり、〈魔術〉である。
彼ら旧人類は魔力量もさることながら、魔力操作技術や魔道具制作の分野にも秀でていた。ゆえに、彼らが遺した遺物の中には、現行魔術では理解できない代物も出土する。
それほどまで進んだ技術を持ちながらも滅んでしまった旧人類を、人々はこう呼んだ。
失われし人々――と。
意志ある精霊たちはみな、ロスターシャと融合した存在だ。
いや、精霊だけじゃない。例えばこの街の守護竜エイマ・ヴァイセリアルにも明確な意思が宿っているため、ロスターシャを取り込んでいるのではないか。
そして、それらに共通する要素が魔力量、魔力操作技術だ。双方に長けていたロスターシャだからこそ、精霊の身でありながら魔素を用いて身体を編み、行動することが出来る。
「ええっと……旧人類、ですか?」
しかし、そんな事情を現行人類が知る由もない。
せいぜい、辺境地方の伝承程度に留まるだろう。少なくとも、ロンド王国でそういう話を聞いたことが無かった。
首を傾げて頭に「?」を浮かべるアルウェルにロミエは淡々と答える。
「その微精霊は魔術が苦手、ですよね。それに、魔力量も多くない。元となった肉体も取り込めてないから、情報もない。……だから、私の力じゃ無理、です。…………ごめんなさい」
ニヒリアは完璧主義だ。
どれだけ残酷であっても、それが現実ならば誤魔化したりなんて出来ないし、嘘偽ることを嫌う。真実と異なる理想を掲げ導いてしまうことこそ残酷だ。
現実にある事実を列挙し、世界の法則と己の力を考慮した上で「無理だ」と告げたのである。
しかし、それで諦められるほど人間は潔くない。
「……なにか、なにか他に方法はないんですか? 自分、なんだってやります。絶対、どれだけ困難でもやり遂げたいんです」
彼の瞳は真っすぐロミエを見ている。無力を嘆き、俯いている事しか出来ないロミエと違って、アルウェルは自信の無力をしっかり受け入れた上で助けを乞うているのだ。
神様なら――ニヒリアならば、どうにかしてくれるんじゃないか……と。
「……神器を、知っていますか?」
その期待に、信仰に背くのは嫌だった。取れる手段を秘匿して、彼を絶望させたくなかった。
ポツリと零すような呟きに、アルウェルはポカンと瞬く。
「ええっと、神器って言うと、神様が使ってた道具……みたいなですか?」
「そう、です。各国に散らばった神器が全て集まれば、元の力が……創世時代の権限が、扱えます」
今すぐは無理でも、神器が揃ってしまえば、新たに肉体を作り出すことだってできる。
なんだったら、肉体を乗っ取った悪魔を見つけ出して浄化してしまえば、元の身体へ戻ることだってできるのだ。
「……でも全部、厳重に保管されてると……思います」
しかし、神器は神にしか扱えない。アルウェルが揃えたところで使いこなせるはずがない。
そのうえ神器は、かつてニヒリアが扱った神話級の道具だ。
それ自体に膨大な魔力が秘められているし、なにより持っているだけで国家に「拍」が付く。
「……なる、ほど。集めるのも難しく、神器を集めているとバレれば、神様の存在を仄めかすことになる……ということですね?」
こくりと頷くロミエ。
正直、一番確実でいて取りたくない手段だ。
フルスペックの力と権限があれば、魂の一つや二つに肉体を与えることなんて造作でもない。
けれど、そのために各国から神器を運び出すのは難しいし、そもそも神にしか扱えないものを集めようとしている時点で、ニヒリアの復活を示唆するようなものだ。
しかし、アルウェルには関係の無い話で――。
「神様は……ええっと、ロミエさんは普通の生活がしたいのですよね」
「……へ?」
不意にそう言われ、ポカンと顔を上げるロミエ。
対してアルウェルはごく自然。気になったことを、そのまま言葉にしたようだった。
「違うのですか?」
「え、えっと……」
どうなんだろう。ロミエはどうしたいんだろう。
予期しなかった言葉に、ロミエは声を詰まらせる。
神として生きようと思っても、少なくともこの国じゃ難しい。他の国に行ったって、大した力もないロミエが行ったところで、煙たがられるだけだ。
それにロミエは……ロミエ・ハルベリィには、ともだちや仲間がいる。先輩がいる。助けたい……助けなきゃいけない人がいる。
ロミエは神様じゃない。生徒会監査であり、魔法書が書けるだけの少女だ。どんくさくて、注意されても同じ過ちを繰り返しちゃって……それでも、ロミエには居場所がある。
だったら――きゅっと膝に置いた拳を握って、絞り出すように声を出す。
「……わたし、今のままがいい、です」
「そうですよね。神様にも神様の人生がありますし……この国だと、受け入れられるかどうかも……」
「はい……」
アルウェルの懸念はもっともだ。
彼とライラック達が異端なだけで、この国に住む殆どの人間は、ニヒリアに良い感情を抱かないだろう。
欠陥持ちや世界の亀裂の被害にあった人には恨まれてさえいるはずだ。
(……どうしたいんだろう、わたし……)
神として、この世界を直したい。苦しむ人々を助けたいのは、創世神としての責任であり義務だ。なにより、不完全な世界を自分ですら許せない。
けれど、普通の生活を暮らしたいと……居場所があるのだから、そこで皆と生きたいとも思ってしまう。
「けど、他にもう人に戻せる方法は無いのですよね……」
「い、一応……ひとつだけ。でも……」
悔しそうに目を伏してしまうアルウェルへ、咄嗟に声が出てしまった。
期待の眼差しを向けられて曖昧に口篭ってしまうロミエだったが、遠慮がちに口を開く。
「これは……この方法だと、私に出来る事がない、です。アルウェルさんの力量で左右されるし……私は導くことしか、できない、です」
「ええっと……つまり、難しいけれど自分で何とか出来る方法がある、ってことです?」
コクリと頷きつつ、ロミエは身振り手振りブンブン振り回して、出来るだけ分かりやすいように説明する。
「……ご、強引にですが、お互いに魔力操作技術を高めて、魔素の肉体を維持する……という。ひ、一人の力だと限界があるので、こう……上手く、いい感じに……。ちゅ、中位精霊程度の魔力量があれば、自立もできると、思いますっ!」
……とは言ったものの、正直言って完璧には程遠い。回りくどい上に得られる肉体も不安定で、かつ負担も大きく非効率極まりない。
けれど、これが現状アルウェル達に出来る最も現実的で、リスクが低い方法なのだ。
しかし、懸念点があるとすれば――
「魔力、ソウサ、ギジュツ……」
カタコトで天を仰ぐアルウェルに、スッと寄り添う微精霊。
「魔術……得意じゃない、ですよね……」
「うぐっ……」
魔術戦大会で感知魔術が使えなかったり、わざわざ短剣を持ってきたあたりでなんとなく察してはいた。
彼、アルウェルは魔術全般が苦手なのであった。




