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【4-4】かふぇおれ、かふぇらて、かぷちーの……?

「ニ……ロミエさん、ですか?」


  小さな書店の本棚で遭遇したのは、明るい茶髪の青年アルウェル。フェルマー学園の代表選手で微精霊とも契約を交わしており、一時はリフィル殿下に仕向けられた刺客候補としてマークされていた人物だ。

 アルウェルの手は、ロミエと共にとある一冊へと伸びている。

 

 タイトルは〈創世の時代について〉。


 彼の契約精霊は、背中の後ろへ隠れてしまった。


「ええっと……ひとまず、場所を変えましょう」


 アルウェルの提案にロミエも頷き、少し名残惜しいが書店を後にする。

 向かったのは、ちょうど書店の目の前にある喫茶店。暗い街だからか、明るい白樺の板材が貼られた佇まいはどこか高級感を感じさせ、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 案内されたのは最奥のソファ席。アルウェルに促されるまま、対面にチョコンと座る。


「お好きなもの、何でも頼んでください。自分が払いますので!」


「い、いえっ……わたし、払えます」


「そうはいきません。これからお願いする事への敬意であり、代償だと思ってほしいです」


「……わ、かり、ました」


 一歩も引かないアルウェルに、ロミエも不承不承と頷いてメニュー冊子を開いてみる。しかし、書かれている商品が何1つ分からなかった。

 前に4人でカフェに行った時は、キルトエがおススメを頼んでくれたし、自分で選ぶなんてしたことが無かった。

 軽食もそうだが、ドリンクやコーヒーだけでもいくつも種類がある。


(かふぇおれ、かふぇらて、かぷちーの……?)


 おれ、らて、ちーの。名前がちょっぴり違うだけなのに、微妙に値段も違っている。

 同じ欄にあるから、似たようなものなのだろうか? 名前だけでは何も察する事が出来ない。

 紅茶はもっと複雑である。軽く一瞥しただけでもストレートかミルクかだとか、茶葉の種類まで様々あって頭が痛くなりそうだ。


(飲んだことあるもの……普通のコーヒー、かな)


「じゃ、じゃあ……普通のコーヒーで……」


「遠慮せず頼んでください! これでも、結構貯蓄には余裕がありますので」


「あ、あの、でも……その、あんまり種類とか、分からなくて……。あっ、でもちょっと前に飲みました。えと……なんか、黒いコーヒーにミルクを入れたりして……するやつです」


「カフェオレですかね? では、それを頼みましょうか」


 カフェに慣れているのだろうか、アルウェルは流れるような仕草で店員を呼んで、ぱっぱと注文を済ましてしまう。

 青肌人種の彼は良く目立つし、内心良い印象を抱かない人だっているだろう。そういう視線や差別をものともせず、彼は常に笑顔を絶やさず真摯な態度を貫いていた。

 対してロミエは、名門アリストリア学園の制服を着ているのに、席に大人しく座っていることしか出来ない。


(……わたしは、こんななのに)


 少しすると、盆を持った店員がカップを持ってきて、二人の前に置いてくれる。

 手のひらほどのカップに、ミルクが少ないのだろうか。以前飲んだコーヒーよりも、濃いブラウン色をしていた。


「っ……!?」


 そっと口にしたロミエは、想像以上の苦さに思わず目を見開いてしまう。

 苦い。ミルクでは誤魔化しきれない苦さが、ロミエの味覚を染め上げていく。


 キルトエ達と飲んだコーヒーにも多少苦みがあったがそこまでじゃ無かったし、後味もサッパリしていて飲みやすかった。

 茶葉……いや、豆が違うのだろうか? ミルクのまろやかさも乗り越えて、苦みが口内を占拠してしまう。


「結構濃いめでしたね……。砂糖、いれますか?」


「あ、はい……す、すみません」


 これまたアルウェルに促されるまま、差し出された砂糖箱の中からスプーン一杯分入れてみる。

 軽く混ぜてみても色は変わらない――が、飲んでみると、なるほど、苦さとまろやかさの間に、確かな砂糖の甘みを感じた。

 

 本当はもう何杯か加えたい気持ちを我慢しつつ、ロミエはチビチビと飲む。飲みながらも、アルウェルからは目を離さない。

 対して彼はコクコクと美味しそうに飲むと、二ッと笑って応えた。


「お会いするのは大会振りですね。あの時は、道を教えてくれてありがとうございました!」


 「これはそのお礼です!」と元気よく言うアルウェルに、ロミエは膝に置いた拳をぐっと握る。


「それだけじゃ……ない、ですよね」


「…………」


 目を細めると、さっきまでのどこか飄々とした態度が嘘のように、アルウェルの顔から表情が抜け落ちた。

 ロミエは一瞬目を閉じて感知魔法を使い、周囲で収音魔術を使っている人物がいない事を確認して――目を開いた。


「……防音結界、張りました。これなら、誰にも気にせず話せると、思います」


「無詠唱……ですか。……結界、ありがたいです」


 小さく会釈したアルウェルは、それでも周囲を気にしつつ、真っすぐと青い瞳をロミエに向けた。


「単刀直入に聞きます。ロミエさんは、神様なんですか?」


 そう言う彼に、畏怖の念や侮蔑と言った感情は見受けられない。ただ単に、真偽を確かめたいだけだ。


「…………はい」


 小さく小さく、罪を告白する罪人のように頷く。

 いつか、こんな日が来るかもしれないと思っていた。出来損ないな少女として生きる傍ら、次元の亀裂や世界の欠陥があれば直して来たし、人に見られたら記憶を改竄して誤魔化した。

 そんな事を繰り返していれば、いつかはバレる日が来る。

 人を……世界を守るためだからと言って、人の記憶を弄った報いでもあろう。


「……私を、捕まえに来たんですか」


「……? ええっと、知った時は驚きましたけれど、公にするつもりはないです」


 予想だにしなかった言葉に、ロミエは「えっ」と目を見開いて顔をあげる。

 アルウェルは「それに……」と言葉を続け、隣で浮かぶ微精霊に向いた。


「身分を隠して生きる道……命を狙われて生きる恐怖は、自分にも共感できます」


「で、でも……わたしっ、欠陥だらけの世界を創った出来損ないな神様で……」


「えぇっと、ロンド王国(こちら)だと良い話を聞かないですが、帝国だと悪い話ばかりじゃないんです」


 力を暴走させた呪竜を討伐したり、水を吸収しなくなった土壌の欠陥を直したり、人々の争いの仲裁に入ったり、悪魔によって親を失った子供たちに、食事と住む場所を与えたり――など。

 ロンド王国では語られない歴史の闇に葬られた善行は、アナイア帝国など周辺諸国では継承されていたのだ 。


「確かに、元を辿れば神様のミスかもしれないですが、それと同じくらい、神様の手で救われた人がいたはずです。良い印象が無いから捕らえるなんて、あんまりだと、自分は思います」


 本当にそうだろうか?

 

 ロミエには……ニヒリアには、自分の手で救われた人の顔が思い出せない。

 確かに、その瞬間は「救われた」と思っただろう。けれど後の人生を過ごしていくうちに、失った過去が枷となって人を縛り付ける。

 

 なにより救えた数よりも、失った数の方が圧倒的に多い。規模が違うのだ。どれだけニヒリアが助けても、根幹となる世界が壊れていたら、助けられる命にも限りがある。

 隙間だらけの手で水を掬うように、指と指の間から零れ落ちてしまう。……零れ落ちたのだ。

 

 これまでも、これからも――。


「あの、神様? 気分を害してしまいましたか?」


 背中が丸まって項垂れてしまうロミエへ、アルウェルは心配そうに声をかけてくれる。


「ぇ……あっ、いやっ、だっ、大丈夫、でふ……っ」


 噛んだ。

 神なのに……創世神なのに言葉もしっかり言えないなんて!

 合わせる顔がない。うぅ……っと、さらに首の角度が急になる。


(……あれ?)


 顔を俯かせながらも、頭だけは冷静に動かしたロミエは、ふと疑問が過ぎる。

 

 なぜアルウェルは、こんなにも真摯かつ配慮しながら接してくれるのだろう――と。


 そういう人だから、と片付けるには、あまりにも彼のことを知らない。

 帝国出身で青肌の彼が、なぜロンド王国に移住し、わざわざ精霊学に秀でたフェルマー学園に入学してまで精霊と契約を結んだのか。


「…………」


 そもそも、あまりに異質な精霊とはどういった関係なのか。


 チラリ、と彼の隣で浮かぶ微精霊に目を向ける。

 キラキラと魔素を纏わせたその見た目は、ごくありふれた普通の微精霊だ。

 しかし、ロミエが目を向けていると知ると、隠れるように机の下へ行ってしまう。


「……アルウェル、さん。私を連れ出した理由は、なんですか?」


 そう問いたロミエの瞳からハイライトが抜け落ちた。ただ緑がかった青い瞳が、アルウェルの深い藍色の瞳に向けて細められている。 

 そこに少女らしいあどけなさは欠片も残っていない。

 まるで、神が人々を見定めるように、無機質な無表情でアルウェルを見つめていた。


 彼は一呼吸置いたあと、真っ直ぐニヒリアに向き直った。


「この精霊を、人の姿に戻す方法が知りたいんです」


「……人間に戻す、ですか」


 彼は小さく頷くと、余程聞かれるのが心配なのか今一度周囲を見渡して、少し声のトーンを下げた。


「お察しの通りです。自分が契約している彼女……微精霊は、元々、人間だったんです」

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