表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/113

【4-3】初めて(?)のおつかい

 常闇の街ヴァイセルでは年に数回、街の守護竜たる白竜を讃える催しが行われていた。


 ただ、竜信仰と断定されかねないため大々的に宣伝されることも無ければ、中央での知名度も低い。しかし、その情報を仕入れた貴族がお忍びで来ることもあって、それなりの規模になっていた。

 特に今回は、白竜が自ら悪魔を撃退して街を守ったうえ人々に話しかけ、「エイマ・ヴァイセリアル」と名前まで名乗ったのだ。

 慰霊祭とはいえ、賑わうのは必至である。


(どうっ、どうしよう。人が多すぎて、前に進めないぃぃぃぃ)


 数歩進めれば良い方で、ガヤガヤと賑わう群衆の中では、あっちからこっちから人に押されて流される事しか出来ない。

 

 街の繁華街に出て来たロミエは、波の様な群衆の中で一人漂流していた。

 

 常闇の街ヴァイセルは城壁に囲われた都市である。必然的に、建物同士がひしめき合ってしまい、道幅は狭くなるのだ。

 そこそこ大きな通りであっても、左右に軒を連ねる出店のせいで人がギュウギュウである。

 それに加えて常闇の欠陥により、この街には陽光が差さない。薄く白光する街灯が頼りだ。


 そもそもロミエは、人の多いところが苦手だ。何かの拍子に後ろ指を差される気がするし、視線を感じて背筋が丸まってしまう。

 人混みを掻き分けて進んでいく能力も無いので、ただひたすら流れに身をまかせるしかない。

 幸いにも人波の切れ目を見つけ、露天と露店の間――路地の入口辺りに脱出することができた。

 ふぅ……と息を整え、乱れた前髪を視界の邪魔にならないように耳に掛ける。


(そうだ、前はショルさんが綺麗にしてくれたんだっけ)


 キルトエの提案で、学園近くの街へ買い物に行ったあの日。私服がないロミエのため、三人が服を選んでくれたり、似合うように髪をハーフアップに結ってくれた。

 そのあとも、今のように並んだ露店を四人で回って、買って、お話して……悲劇が起きてしまったのだ。

 

 ――いいや悲劇じゃない。わたしが完璧にやれなかったから――と自責の念に駆られ、視線を落としてしまうロミエ。


「あれ、アリストリアの子か?」


「ひぅ……っ!?」


 ひしめく人波の中から声が聞こえてきて、思わずビクリと肩を跳ね上げる。


「一人で何やってるんだ?」

「普通に休憩してるだけなんじゃない?」

「そうか? でもほら、なんか俯いてるし制服姿だし……よく見ると髪ボッサボサだな」

「あれだろ、魔術一筋で社交的じゃないタイプみたいな」


 「そういう小説流行ったろ」「あーなんだっけ、あったなそれ」と、若い青年二人の声が通り過ぎていく。

 

 祭り自体は通常通り開催されているらしい。狭い通路にひしめく露店には街の住民のみならず、大会で滞在している生徒達も大勢いた。

 彼ら彼女らはもちろん、観戦していた住民も多くいたので、優勝候補の一角だったアリストリア学園の制服は余計目立ってしまっていた。


(も、もしかして目立ってる? いや、う、浮いてる!? 制服じゃダメなんだ……)


 これもまたショルやキルトエに指摘されていた気がする。

 また同じ過ちを――と項垂れるものの、ロミエは魔術戦だけかと思っていたので、私服はおろか替えの服すら持ってきていない。


(本も、お土産も買わないといけないのにぃぃぃ……)


 そういえば、さっきからちょくちょく感じていた視線も、ロミエが制服姿でウロチョロしていたからなのかもしれない。

 人も多くて酔いそうだし、服も着替える事はできないから「帰る」という選択肢が頭によぎった。

 しかし、すかさず首をフルフルと振って除外する。


(ライラ様が待ってるし、みんなにお土産あげて恩返ししなくちゃ)


 ちょろちょいッと手櫛を通して、ボサついた灰色(グレー)の髪を、気持ち整える。


「……よしっ」


 身嗜みなんて気にしたことなかった。けど、整えたら少しだけ自分に自信が持てた気がする。

 貧相で痩せこけた出来損ないなのは変わらない。それでも、整えたという実感が、行動が、自己満足が、前を向いていられる勇気をくれた。


「まずは……本屋さん、行こうっ」


 どこにあるかも分からないけれど……。

 顔を上げ、ふと気がつく。お祭りだからか、建物の間に吊るされたランタンが、淡く暖かなオレンジ色の輝きでテントや人を照らしていた。

 ずっと俯いていたから分からなかった。独りだけだったら、こうして街に出てくるなんてしなかったし、周囲の言葉から逃げて、目を配ろうなんて思わなかっただろう。


「お祭り……」


 これは慰霊祭だ。亡くなった人々を、現世から天界へと見送る、生者の自己満足のような儀式だ。

 楽しむなんて以ての外。この世界の神として、人々を救わなければならないというのに。


 それでも……トクトクと湧き上がってくる鼓動は確かに存在する。

 神としての気持ちじゃない。内なる(ただの)少女(ロミエ)が抱いてしまった感情だ。

 その鼓動に蓋をするのは簡単だ。だけれど、それはロミエを懇意にしてくれる仲間やともだちを無下にしてしまう気がして、嫌だった。


「……いこう」


 ひとまず、人が少なくなる所まで流されてみようと、賑わいある人波の中へと足を踏み入れたのだった。



***



 人混みに揉まれながらも進んでいくうちに、ロミエは通りの南端辺りまでやってきた。

 中央部や北部に比べて出ている店は少ないし、ランタンも少なく人もまばら。けれど、街の入口だけあって店舗型のお店がいくつか並んでいる。

 

「あっ……あれ、かな?」


 キョロキョロと見回すと、とある家のガラス窓の奥に本棚を見つけた。

 通りに面しているだけあって、レンガ造りの建物は窓が多く、添えられた花瓶の奥に本が沢山見える。

 【リック書店】という看板の下、チリリンと扉を開けて入ってみる。


 店内には7つほどの本棚が店の奥に向かって縦に並べられており、それぞれの面ごとに取り扱っているジャンルが決まっていた。

 新本が多いのか、真新しい紙と防腐剤の香りが漂っていて、いかにも街の本屋といった様子だ。

 ソッと目の前の本棚に掛けられた木札を見ると、〈物語小説〉と綺麗な文字で書かれていた。

 白い照明に淡く照らされた本棚をボンヤリと見つめていると、パタ……っと本が閉じられる音が響く。


「いらっしゃい」


 本棚と本棚の間、店の奥にあるカウンターへ座る男性——店主だろうか——優しく声を掛けられた。 

 50代半ばくらいだろうか。白髪の混じった人あたりのよさそうな店主は、ビックリして固まるロミエに「おや、また学生さんかな。何をお探しかい?」と皺が刻まれた頬を綻ばせる。


「え、えと……しゅ、〈淑女ルミナスの事件簿〉という本を、探してて……」


「あー……申し訳ない。あれね、ちょうど品を切らしているんだよ」


 店主は頭を掻きながら、申し訳なさそうに眉を下げる。

 というのも、ロミエが知らないだけで、ミウ・ブラウンという作家は今でも根強い人気があるそうだ。

 街に印刷設備があるわけもなく、王国の中央部から遠く離れたヴァイセルでは流通量も少ないうえ、到着も遅いらしい。


「古書店なんかに行ってみれば、もしかしたらあるかもしれないよ。お祭りの中央辺りで店を出しているそうだから」


「あ、ありがとうございます。……その、この中、見て回っても良いですか……?」


 買うつもりないのに――と恐る恐る聞いたロミエは、「もちろん、好きなだけいるといい」と優しく答えてくれる店主にホッと胸を撫でおろした。

 

 人が大勢いて視線を感じる大通りよりも、本に囲まれたこの空間の方がよっぽど落ち着く。

 慰霊式が始まる時刻――星が見え始める頃までに、ライラックの元へ届けなければならないが、まだまだ時間に余裕がある。何より、人混みに酔って疲れてしまったのだ。


 かといって、特別読みたい本があるわけじゃない。強いて言えば最新魔術の論文集なんかは気になるのだが、こんな個人経営の本屋ではそう無いだろう。

 ロミエは適当に店内を歩きながら、本のタイトルをなぞっていく。

 

 娯楽小説を始め、何かの啓発本や専門書、料理本もあれば剣術指南書なんかもあった。

 魔術関連でも、入門書からガッチガチの論文などジャンルは多岐にわたり、気になったいくつかの冒頭を手にとって読んでみたりして、本屋を探検していく。


 あらかた見て回り、最後の列までやってきた。

 どうやら歴史書関係が収められているらしい。見ていくと、ロンド王国史のみならず、大公領として編入する以前のツヴァイリム王国時代の本もあった。


「……あっ」


 その中で1つ、ロミエの目についた本があった。

 ボロボロの外装で、いかにも古めかしい古文書のタイトルは〈創世の時代について〉。

 紛れもない、創世神ニヒリアについて記述された歴史書……伝記である。


(……なんて、書かれているんだろう)


 嘲笑だろうか、侮蔑だろうか……なんにせよ、ロミエは受け入れるしかない。目を背けることは、許されなかった。


「あっ」

「……えっ」


 本棚にむけて伸ばした手が、横から伸ばされた誰かの手と重なった。ボンヤリと本棚だけを見つめていたので、周囲が見えていなかったのだ。

 すかさず一歩引いたロミエは頭を下げる。


「ご、ごごっ、ごめんなさい……! 周り、見れてませんでした……っ」


「いいえいいえ、自分の方こそ注意が散漫に……え?」


 少しカタコト気味な青年の声が不意に途切れる。

 ロミエはロミエで、どこか聞いたことのある声に首を捻った。


(この声、どこかで……)


 チラリと顔を上げたロミエは、目の前に立った青い肌の青年の姿を捉えて、限界まで目を見開いた。


「あ、あ、アル、ウェルさん……!?」


「ニ……ロミエさん、ですか?」


 茶髪に深い青の瞳を持ち、特徴的な青い肌の帝国出身者アルウェル。

 フェルマー学園に在籍する彼の背後には微精霊がいる。しかし、ロミエの視線を避けるようにアルウェルの影に隠れてしまった。

 それらの言葉や行動、そして手が伸びていた本などから、ロミエは「あぁ……」と吐息が零れて小さく肩が震える。


(やっぱり、この精霊……ただの精霊じゃない)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ