第85話 母
デルアート達は、なんとか牧場から町に出てくることができた。するとそこに馬に乗ったミコトが駆けつけてくる。
「ミコト! いいところにきた」
「町長! 探しましたよ……。皆んな役場で意識を失ってて……。いったい何が何だか……ちょっと待ってください。それはマリウス君ですか?」
ミコトはマリウスが傷だらけなことに気づく。
「そうなんだ……緊急でイルダ先生のところにマリウスを連れて行ってくれ。マリウスだって聞いたら飛び起きてくる筈だ」
ミコトはうなずくとマリウスを預かって、イルダ先生のいる場所へと向かう。するとマリウスが一瞬目を開けて、デルアートに言う。
「子供をお願い」
デルアートはうなずくとサラに一緒に牧場に戻るように頼んだ。
「あそこにはまだファンネルの子供がいます。もし、母親を探したりして他の獣に見つかると危ない……。一緒に来てくれませんか?」
サラはうなずくとデルアートと共に走り出した。
一方のネルクは小屋の中ででじっと息を顰めていた。ファンネルはつい一時間ほど前にネルクを残して小屋を出ていた。
「私が戻るまで、誰であっても戸を開けないで」
そう言われてネルクは忠実にその言いつけを守っている。あたりはかなり騒がしく、人や獣の気配も増えてきていたが、ネルクは決して外に出ずに息を殺す。
しばらくすると、小屋全体に呼びかける声が聞こえた。
「私よ! 開けて!」
声はファンネルのものだがなぜかネルクは違和感を覚える。ファンネルは事前にネルクにこう言っていた。
「仮に私がきても、三回連続で扉を蹴るまではでてこないで」
ネルクにとってファンネルは無口な母親だった。父の事を話す時だけ少しいつもより喋ってくれた思い出があるが、それ以外はあまり声を出さず必要なことだけ伝えるように留めている感じがした。
扉の外にいるファンネルは言葉を続ける。
「扉は私じゃ開けられないの……お願い早くここから離れないと」
ネルクはここである程度確信をもった。
――こいつは母さんのふりをしてる……。
ネルクがそのままじっとしていると外にいるファンネルは小屋にはいないと判断したのかそこから去ろうとした。しかし瞬間、ネルクの近くにあった棒に足が当たってしまい、少し物音が鳴る。すると外の足音がぴたりと止まった。
「やはりここにいたか……」
そして小屋のドアが蹴破られる音がする。そこにはファンネルの顔をした獣がいた。
「そこで何してる? 母さんと一緒にいこう」
「おまえは母さんじゃない……」
ファンネルの顔がゆがむ。
「なぜわかるんだろうなあ。だがもういい」
そう言うとファンネルの顔をした獣は一気に瘴気を溢れさせた。そして次の瞬間、白い瘴気をまとった狐が瘴気の中から現れる。ネルクは構えた。
「手間をかけさせやがって、正直お前が死のうがどうでもいいが、あの女の子供は殺したい」
そう言うとエサルの爪がぐうっと伸びる。しかし、その瞬間銃声が聞こえる。エサルは振り向いて爪を締まった。
銃声は少し遠くから聞こえたのでエサルは小屋のドアを少し開けて様子を見た。
デルアートとサラはネルク達がいる小屋の周辺まで来ていた。
「小屋がたくさんありますね」
「多分どこにファンネルの子供がいるはず……」
デルアートはサラの銃を見る。
「一度それで音を鳴らしてもらえます? もしかしたら出てくるかも……」
サラは頷いた。一度空に向かって空砲を放つが反応はない。
「ここじゃないのかもしれませんね……」
しかしデルアートは他に行こうとしない。
「ここの一帯はマリウスの管理なんです。あの子が隠すとしたらここら辺しかない。」
そこで待つと、中からマリウスの従兄弟のビルムが現れた。
「おや町長、こんなところで何を?」
「ビルムさん、小鹿を見ませんでしたか? マリウスの小屋のどこかにいると思うんですが」
だがビルムは首を振る。
「見てませんね……うちの牧場は広いでしょ? 他の小屋にいったか……牛たちの方に紛れてしまったのがしれませんね」
デルアートは考え込む。サラはデルアートの方を見た。
「どうしますか? あまり時間がないかも……」
デルアートは考えながらチラッとビルムの方を見る。
「ビルムさん、今日は手が汚れていないんですね」
ビルムは何のことを言われたのか分からず困惑した表情を見せる。
「マリウスもそうですけど、牧場仕事はどうしても手が汚れる。二人とも一生懸命働くから一日の終わりは手が真っ黒なんですよ」
ビルムとデルアートとたちの間に一瞬の緊張が流れる。そして次の瞬間ビルムは人間とは思えぬスピードで走り出した。
「サラさん! 奴はエサルです!」
デルアートの呼びかけにサラはすぐさま銃を構える。エサルはビルムの姿のまま二人から猛スピードで走って距離を取った。
サラは狙いを定めて、エサルを狙って撃つ。だが銃声のタイミングで、エサルは上に飛び上がって銃弾を交わすと、瘴気を周りに撒き散らせた。白い瘴気で当たりが立ち込めてサラはエサル達はエサルを見失う。デルアートは、
「追ってくださいファンネルの子は僕が探します」
と言ってサラを促した。サラはうなずいてエサルが消えた方向に走る。デルアートはエサルが出てきた小屋に入ると中にはネルクが警戒した顔で立っていた。デルアートはネルクの警戒をときたかったが、マリウスも王もいない今、言葉が通じる手段がなかった。
デルアートは咄嗟に小屋の扉を開ける。そして、自身はネルクの視界に入ったまま徐々に離れた。
そして一定度まで離れると、手を地面につけた。
それは一瞬の賭けだった。だがデルアートはおそらくマリウスはこの準備をしているような気がした。ネルクは一瞬戸惑ったが、その意味を理解したのか、デルアートの所に駆け寄った。
「よかった……ここを出よう ついておいで」
デルアートはネルクを連れて町の方向へ向かう。
サラは銃を持ってエサルを追うが見失ってしまった。しかし、咄嗟につけた入れ墨でエサルの動向を探る。
――筋肉の動きが一定のまま、やはり曲がらずに、まっすぐ森の方向に逃げてる……一旦は安心か
そこまで判断するとサラはデルアート達のいる小屋の方まで戻った。




