第83話 銀糸剣
剣の長さは八十センチほどで、柄の部分に小さくリングがついていた。サラはそのリングにワイヤーを通して巻く。
――銀糸剣……。
「おめえにゃあ銃もやるが、一番の武器はその剣と糸だ……忘れるなよ?」
サラの脳裏に鍛冶屋ボルコフのしわがれた声が頭をよぎる。
剣を手から離してワイヤーの先に垂らすと、頭の上で回し始める。そして一定の速さになったところで一気にガイルに投げた。
ガイルは体を曲げてうまく避けた。剣はそのまま後方に向かっていくが、サラはワイヤーを下に振り下ろす。すると剣とワイヤーがピタッと動きを止めガイルの体を起点にして縦に回転しながら巻き付いていく。最後まで巻き付くと剣が首の一つめがけて突き刺さり、ガイルが痛みで吠えた瞬間、サラはさらにもう一つワイヤー付きのダガーを投げた。
ダガーが剣が刺さっている首に当たり、ガイルは暴れ狂う。サラはまず剣の輪に付いているワイヤーを入れ墨に力を入れて遠隔で外し、ダガーについていたワイヤーを剣の輪に付け替えた。この動作をほぼ一瞬で行い、ワイヤーを引くと、剣が首から引き抜かれて戻って来る。
ガイルは痛がりながら剣が突き刺さっていた首を体から引き抜く。引き抜かれた狼は前とは違い、動かずその場で息絶える。
ガイルはそれで回復すると、一気にサラに迫る。サラは引き抜いた勢いのまま、ワイヤー付きの剣を自分の体の周りでぐるっと一周回してガイルに切りつける。
遠心力で速度が増した剣がそのままガイルの二つ目の頭を真横に切り裂くが、ガイルはお構いなしに、サラに爪で襲い掛かった。サラはうまく転んで避けたが、左腕を爪がかすめた。
――深くないけど、瘴気を纏ってるかもしれない……迂闊だった。
傷口を触りながらサラは体制を立て直す。ガイルがサラに追撃を加えようと構えると、そこにファンネルが死角から蹴りを入れる。二つ頭のガイルは転げるが、すぐ起き上がると二人から少し距離を取る。そして二つの頭の両方の口から黒い瘴気を吐き出して一つの大きな球体を創りはじめる。
球体が出来上がると、ガイルはすぐサラ達の方へと放った。
ファンネルは息を吐くが、吐いた後に少し咳き込んでしまう。球体はまたサラ達の前で空気の壁に当たり爆発する。前よりかなり多い量の黒い液体が辺りに飛ぶ。サラはなんとか避け切ったが、ファンネルの足に液体がいくつかかかった。
ファンネルは痛みで声を上げる。ガイルは間髪入れずに再度瘴気を吐いて球体を作り始める。
サラはファンネルの様子を確認する。ファンネルの足は腐食が始まっており動ける状態ではない。
――もうファンネルの能力には頼れない……まずいな……。一回は私が防がないと。
サラはダガーを完成途中の球体に向かって投げる。しかし、ダガーにあたっても球体は特に変わらずに大きくなり続けていた。
――あの状態で当たってもダメなのか。
直後、球体が完成し、ガイルはサラ達にそれを押し出す。サラはダガーをもう一度投げつけた。球体はサラ達よりかなり手前でダガーにあたって爆発した。
ファンネルの守りがない分爆発の範囲はかなり大きく、大量の黒い液体がサラ達の方に飛散する。
サラはなんとか後方に避けるが、ファンネルは逃げ遅れ、足や体のあちこちに黒い液体が付いて腐食を始める。サラは必死に考えていた。
――このままでは時間の問題だ。糸口を見つけないと……何か。
そこでサラは以前のことを思い出した。
――ガイルには確か古傷がある……。
サラはガイルにつけていた入れ墨を古傷の場所に移動する。
――やはりそうだ……覚醒で隠れているけど、傷が消えてるわけじゃない……。
ガイルはまた次の球体を作ろうと瘴気を溢れ出させ始める。サラは右腕に入っている赤い星型の刺青を地面に移動させると意識を集中させる。すると地面の刺青とガイルの古傷にある刺青の色が青色に変わった。その瞬間サラは剣を刺青が付いた地面に突き刺す。
すると、ガイルは古傷にかなりの痛みが襲いその場に倒れこんだ。しかし、この千載一遇のチャンスに、サラはその場に膝をつき歯を食いしばっていた。
――やはり痛みが……。やっぱり『同覚』の痛みは慣れないな……。
サラが使った『同覚』は色を変えた刺青同士の感覚を同期させる技だったが、自身も相手が感じる痛みを多少感じてしまうデメリットがあった。
サラは痛みを堪えてなんとか立つと、布巾を口に咥えて、舌を噛まないようにする。そして立ち上がるとガイルの元へと向かって行く。ガイルはあまりの痛みになかなか立ち上がれなかったが、サラが剣をワイヤーで回しながら近づいてきているのを見ると、なんとか瘴気を吐き出し始める。
手負いとはいえ、かなりのスピードで瘴気が溜まっていく。サラはそれを見ると瞬間グッと歯を食いしばり、並走させている星の入れ墨に向かってダガーを投げる。
ダガーが入れ墨に突き刺さると、強烈な痛みが、サラとガイルに走る。ガイルは痛みでのたうち回り、球体はちりじりになった。サラは痛みを堪えて、そのままガイルに近寄る。
ガイルは渾身を振り絞って瘴気を出すと、二人分の時より少ない量で小さい球を作り出す。
サラはまずいと思い、とっさにワイヤー付きの剣を球体の方に投げる。剣は球に当たり爆発する。サラは瞬間横に避けたが、自分に液体がかかるのを覚悟した。しかし、体を触ってみると何もかかっていない。見ると目の前にうっすら空気の壁ができていた。
後方を見ると、ファンネルが最後の力を振り絞って、空気の壁をサラの手前に作っていた。サラはすぐ立つと、ワイヤーで剣を引き戻しながらガイルに近づく。一つの首を剣で一気に切断する。そして、痛みでのたうち回るガイル本体の脳天に剣を突き立てた。ガイルはしばらくすると動かなくなった。
サラは返り血を拭きながら、ファンネルの元へと走って向かう。ファンネルは体のあちこちが腐食しており、息絶え絶えだった。デルアートがマリウスを担いで、サラ達の元へと向かう。
「すまないファンネル」
ファンネルはデルアートの方を見ると、目で何かを訴えかける。
「なんだ?」
ファンネルは震える前足で何かを地面に書いた。そこには一本の長い縦線ともう一つ短い縦線が描かれている。デルアートはすぐ、それが王と町長が使っていた伝達用の文字だとわかる。
「子供だな。わかった、君の子供は俺たちが責任をもって守る」
ファンネルは伝わったのが分かったのかほっとしたようにうなずくと、目を閉じてゆっくりと動かなくなった。




