第79話 戦いの始まり
全てを見終えて、ロウは我に返った。周りでは獣達と人間が様子を見守っている。
「どれくらいたった?」
サラが答える。
「十秒ほどです……。おそらく何十年と生きた気分なのかもしれませんが……」
ロウはうなずくと、マリウスを見た。彼は傷だらけで、心配そうにロウの様子を見ていた。
「迷惑をかけたな……」
そう言うとロウはマリウスに背を向けた。ロウの態度に獣達は驚く。
「どうした! 早くその子供を殺せ!」
だがロウはもうマリウスの方は振り返らなかった。そして獣達に向かって言う。
「我らの目的はもう達せられた。森へと戻るぞ」
先程までとのあまりの変貌ぶりに獣達は憤りと驚きが交錯する。
「どうしたと言うんだ……」
「やはり王になると変わってしまう……先代もそうだ。急に人間に対する憎しみをわすれてしまう」
ロウの突然の翻意にまだ獣達はついていけない。その隙にサラは、マリウスを助けに行く。
サラはマリウスのところに着くと、入れ墨に手を当てて、感覚を鋭敏化させた状態にしてからマリウスの全身を触診した。
「肋骨の骨折……。足のひび……。よかった。内蔵には達していないわね」
サラは目でデルアートに合図を送る。デルアートは駆け寄ってきて、マリウスを担いだ。
「何もできずにすまない。よく頑張ったな」
マリウスはその言葉に緊張が切れたのか涙を流し始めた。デルアートは今日までずっと、マリウスを庇い続けてきた。
ある種殺されることを受け入れ始めていたマリウスをなんとか止まらせ、助かる方法がないか見つかるまでは獣達に真実を知らせてはならないと必死で守ってきたのだった。
デルアートが、マリウスを連れて去ろうとすると、そこに獣達が立ち塞がる。
「王がやらないのなら、我らで手を下すしかない」
そこにはグークやガイルもいた。デルアートが躊躇していると、サラが前面に立つ。
「ここは私に任せて、行ってください」
デルアートは頷いた。獣達は笑う。
「逃すと思うか女よ」
するとサラの横にロウが並び立った。
「人間に手を出すな。これは王としての命令だ」
だがガイルが嘲笑った。
「お前はまだ王ではない……。逆らうのならまとめて殺すまでよ」
サラ達を取り囲む獣達の多くは覚醒しており、その中の七頭は瘴気を放っていた。
――拡大型とはいえ、あまりに数に差がある……。
王がいるとはいえ、多勢に無勢である展開は否めなかったが、とりあえずサラはデルアート達をどう逃すかだけに集中していた。
デルアートがマリウスを担いで歩き出そうとすると、覚醒していない狼が一匹先陣を切って襲いかかってくる。
サラはすぐさま銃を構えて飛び掛かってきたその狼の腹に一発命中させた。
その光景を見て、他の獣は少し怖気付いたが、今度は覚醒した黒い猿の獣がサラの死角からデルアート達の方向に襲い掛かる。
だがすんでのところで、ロウにその攻撃を弾かれた。すると不思議なことに、その猿の動きが突然ゆっくりになった。
サラは驚いたが、すぐさまその獣を銃で撃つ。撃たれて吹き飛んだ獣はその場に倒れ込んだが、その後もなかなか起きて来られなかった。
「それがあなたの力なのですね」
ロウはうなずく。サラはロウを敵に回さなくてよかったと、その時心底感じた。
だがロウとサラがデルアートを庇っても、流石に動物の数が多く、何匹かが、デルアート達を追いかけていってしまった。
デルアートは一旦走って牧場の近くの小屋に入ったがすぐさま周りを囲まれてしまう。
一方でサラ達も獣たちの対処に終われていた。
そんな中でラビルはメアを連れてこの場から避難しようとするが、同じように囲まれてしまう。
「お前が、妙な入れ知恵をしたせいでロウまで寝返ったんだ」
「そうだ! 人間なぞ始めから皆殺しでいい!」
ラビルは困ったような顔をするが、どこか微笑んでいた。
「知能を得ても、馬鹿な人間と同程度の判断能力しかないのか……。興醒めですね」
覚醒していない猪がそれに反応して襲い掛かろうとすると、猪目がけて槍が飛んでくる。
躱すまもなく、槍が猪の目に突き刺さった。
獣達が槍が投げ入れられた方向を見ると、近く木の影から帝国軍の隊服をきた人間たちがゾロゾロと現れ出す。




