22話
ミノタウロスに、空間収納から出した焼きそばパンを投げつける。
当然のように軽く斧で打ち払われるが構わない。
少しでも安全に近づけるようになれば、それでいいのだ。
ミノタウロスの戦斧の射程圏内に入ったところで足を止め、魔法のワンドでミノタウロスの顔に向けて魔力弾を連続で放つ。
「ブモォッ!」
魔力はあまり込めていないので、威力は全く出ていないが構わない。これは挑発だ。
ミノタウロスはチマチマ当てられる魔力弾にだんだんとイラついてきたようで、ついには俺の方に向かってきた。
(よしっ、そのまま来い!)
同時に俺もミノタウロスから離れるように走り出す。もちろんその最中も魔力弾を撃つのはやめない。
しかしミノタウロスの背丈は俺の倍。歩幅も当然広く、すぐに追いつかれるだろう。
だから、ここからは賭けだ。
開いている扉からは十分ミノタウロスを引き離せたので、考えていた作戦を実行に移す。
空間収納からメイスを取り出し、魔力をありったけ込めた状態でミノタウロスに投げつける。
ミノタウロスはそれを手で振り払うとし――爆発。
「ブモオオオオオォォォォォ……ッ!!」
右のツノが欠け、頭からはおびただしい量の血が出ていたものの致命傷とは言えないようで、ミノタウロスは咆哮する。
しかし致命傷にならないことは予想していた。
問題はない。目的はミノタウロスを立ち止まらせることなのだから。
俺はミノタウロスの足元を潜り抜け、扉の方へと走る。そして射程圏内ギリギリのところで足をもつれさせたフリをして転んだ。さらに足を抱えて丸まり、痛くて動けないといった体を装う。
あのまま走っても逃げきれるわけもないので、もう一手必要だったのだ。
ミノタウロスが使うのは戦斧。俺が倒れていれば攻撃は振り下ろすほかない上に、動けないと思ったならば戦斧は力いっぱい振り下ろすだろう。そうなれば逃げる算段は整う。
ミノタウロスは動けないでいる俺を見て、にやりと笑い戦斧を振り上げる。
(予想通り……!)
ミノタウロスが斧を振り下ろすと同時、俺はあらかじめ脱いでおいたローブをその場に置き、横へと跳んだ。
ミノタウロスの凄まじい膂力の余波で土煙が舞う中、俺は扉へ向けて駆け出す。
まだミノタウロスは俺に気づいていない。殺したと思っているはずだ。
土煙が晴れる頃には、もう扉まで10メートルを切っていた。
(これなら……!)
そこで、扉の少し手前に落ちているメイスを見つける。爆発でここまで吹き飛んだのだろう。
やめておけと分かっていてもつい目線が引っ張られる。
――どうしよう。拾うだけならミノタウロスはまだ……。
そんなことを考えてしまったからだろうか。
「……え?」
急に体のバランスが崩れる。
全力でよく走っていた俺は姿勢を崩して、地面を転がる。
そしてその勢いのまま扉の外へと転がり出た。
(一体なにが……ッ!?)
その疑問はすぐに解消された。
俺が扉から転がり出た後、一拍置いて転がってきたものによって。
それは……人間の腕。
どこかで見覚えのある、なのに別物としか思えない腕。
(……まさか)
そう、自分の肩を見ると、先ほどまであった俺の左腕は――なくなっていた。
別物としか思えないなど当然だ。本来それが転がっているのを見ることなどありえないのだから。
「あああああああああ!!」
腕がないことを自覚すると、何も感じていなかった左肩が激痛を訴えはじめる。
今までに経験したことのないほど激しい痛みに涙が溢れて溢れて止まらない。
しかし、そんなこともすぐにどうでもよくなる。
「ブモォォォオオッ!」
「うぁ……」
ミノタウロスが部屋の中で喚いている。
どうやらボス部屋からは出られないようで、扉のすぐ近くからこちらを憤怒の表情で睨みつけてきていた。
今いる場所は安全だ。それなのに恐怖が止まらなかった俺は自分の左腕を掴んで、その場から這うようにして逃げ出した。
◆◆◆
それから5日後、俺はまだ第15層にいる。
正確には第15層から第14層へ続く階段の途中。
左腕に関しては腕が残っていたからか、なんとか繋ぎなおすことはできたが、その治療に魔力を使いすぎたせいで倦怠感が酷く、動くことができなかったのだ。
しかし、腕は思うようには動かない。
少しずつ改善はされていっているものの、完治は程遠い、
(最悪だ……あの牛野郎……!)
逃げ出したときは恐怖だった感情が、時間が経つと怒りに変わってくる。
元を正せば第6層の少女が原因なのだが、今の俺にそこまで考える余裕はなかった。
作戦はうまくいっていたはずだ。
ローブを捨てる必要があったのかとか、細かいところで疑問は色々あったが、あの状況で立てた作戦としては完璧と言って良かった。
しかし最後にあの牛野郎が悪あがきをして来やがった。
持っていた戦斧を投げたのだ。
それが運悪く俺に当たって、俺の左腕は切断された。
その時の戦斧は部屋の前に置いたままだ。
ミノタウロスは中で別の個体に変わるのか、それともあの個体が残り続けるのかはわからないが、戦斧は部屋の外でも形を保ったままだった。
できることなら次に来たときにあのミノタウロスに投げ返してやりたい。
(だけどまあ、とりあえずは帰らねえと。もうゴールデンウィークも終わっちまってるし……)
とはいえ、こんな状況で第14層に上がったところですぐに死ぬのは目に見えている。
メイスだってないのだ。
あるのは金属バットに魔法のワンド、魔法の杖、……それくらいか。
食料はギリギリまで粘って2週間分。賞味期限は過ぎるが死ぬよりはマシだ。
あと3日待っても左腕がダメだったら、その時は覚悟を決めて上がるしかない。
転移結晶が5層ごとに存在するなら第11層へ。違うのであれば第6層まで戻らなければならない。
まあ、第6層までだった場合は余程探索が上手くいかなければ食糧不足で死ぬ可能性が高いが。
そして3日後、結局左腕は完治せず、そのまま第14層に足を踏み入れていた。
第14層はこれまでの洞窟然とした他の階層とは違い、大きく開けた草原の広がる世界だった。
木々もあまり生えておらず、視界を遮るものがほとんどない。上は青空。太陽が燦々と輝いている。
(あれ……なんで太陽が……?)
一瞬そう思ったが、お約束かと無理矢理納得し、探索を始めることにする。
とはいっても草原の草は背が低く、木もほとんどないため辺り一面全てが見えている。
当然魔物も見えているし、上へ続く階段の位置もすぐに見つけることができた。
魔物は見たところ牛だ。
これはミノタウロスと違って、ちゃんとした牛の体をしている。
しかし、普通の牛とは違うところもあった。
本来なら二本あるべきツノが一本しかなく、そのツノは1メートル以上ある凶悪なものだったのだ。
さしずめ、ホーンドブルと言ったところか。
(こんなん地上にいたらヤベェだろうなぁ……)
幸いなことにホーンドブルの探知能力は低いようで、姿勢を低く保ちながら近づかないように動けば襲われることもなかった。
草の上を這いながら8時間、ようやく第13層に続く階段に辿り着く。
結局戦闘は一度だけ。ホーンドブル3体との戦闘だったが、側面に回り込むとホーンドブルは何もすることができず、あっさりと倒すことができた。
(なんか……弱すぎる気が……)
そんなことを思ったが、実際、第14層の敵としてはかなり弱かった。
位階が一桁でも十分に勝てると思うくらいには。
まあ、俺にとっては都合がいいことだし、気にしても仕方ないのでそれ以上は考えないようにした。
ちなみにドロップ品は生肉だったので腐るから捨てた。
(この調子なら余裕だな……)
……なんて、そう思っていた時期もありました。
しかし、やはりそう上手くいくものでもなかった。
第13層からは地獄だったのだ。
まず敵の種類が一種類じゃない。第13層にはオーク、ポイズンスライム、ヴェノムバイパーの3種類。
しかも環境が鬱蒼とした森であり、とても奇襲されやすい地形だった。
自己修復で毒も分解できたから助かったものの、いつ奇襲されるかわからない緊張感に、ときどき現れる肉弾戦が強いオーク。
まともに休憩することもできず攻略は滞り、ついには一週間が経ってしまった。
(……学校やばい)




