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娯楽都市  作者: 菊日和静
第02話 娯楽屋と正義屋の極楽遊園地
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お前ら一体何しに遊園地に来たんだ?

 娯楽☆ハピネス遊園地は広大な敷地面積を誇る。

 金を掛けただけあって数々の楽しそうな遊具にあふれ、道行く人々は笑顔に目新しい店や食事を見て楽しんでいる。

 ただし、広大ということはそれだけに人がいない場所もあることを意味する。他の場所よりも高台にある休憩所。木々に囲まれた天然の日傘に恵まれ、涼やかな風は優しく頬を撫でる。

 そんな落ち着いた雰囲気の中に紅茶を片手に本を黙々と読んでいる一人の女性が座っていた。

 この光景を見る者がいるならば「まるで絵画のようだ」と美辞を贈っただろう。それだけに、その女性の美貌は際立っていた。

 白のブラウスに黒のパンツルック。メリハリのある身体であるのに長身であるせいか何一つ下卑た感じはせず、むしろ、彫刻を見ているかのようなバランスだ。さらに目を引くのは美しく伸びた夜を感じさせるような腰まで届く長髪だろう。その全てが彼女という存在を輝かせていた。


「おぉ! ここに居ったでござるか!」


 大きく遠くまで響く野性味溢れる男性の声が聞こえた。

 静寂が破られたのをきっかけに彼女は持っていた本に栞を挟んで閉じる。

 

「——なんだ君か。久しぶりだね」


 ふっと顔を上げると懐かしき顔があった。

 前に会ったのはどれくらい振りかパッと出てこないが、大した問題ではないだろう。相変わらずの無精髭に無造作に切った短髪など何も変わりはない。

 何より——遊園地の中でも、否、遊園地の中だからこそ彼の有りえない服装が悪目立ちしている。

 男は——僧服を着て遊園地に来ていた。

 もちろん、この遊園地は様々なテーマに溢れているが、それでもパンフレットには僧院の文字などどこにもない。

 それなりに長い付き合いになるが、彼女が初めて会った時から彼は袈裟を着続けている。どんなポリシーなんだ。


「あいやしばらく。拙僧も非才の身なれど必要としてくれる御仁もおるでござるからなぁ!」

「それは景気の良いことだね」

「かっかっか! 『図書屋』殿程ではござらんよ!」


 図書屋——そう呼ばれた彼女はピクリと反応し冷笑を浮かべた。


「それで何か用かな『ガチンコ屋』——あぁ、戦場君と呼んだ方がいいかい?」


 挑発的な声で男——戦場玄上ことガチンコ屋の名前を呼ぶ。

 戦場の方もガチンコ屋と聞いて、苦笑いを漏らした。


「あー……拙僧が悪かったでござるよ。ガチンコ屋はやめてくだされ。十八(とわ)殿」


 戦場から名前を呼ばれた図書屋である十八一(とわはじめ)は、戦場の訂正に満足し頷いた。

 最初から名前を呼んでおけば、こうして自分の機嫌を損ねることはないと、つくづく戦場の気遣いのなさに呆れた。


「それでいい。私は本を読むのは好きだが、図書館のように言われるのは好まないからね。私は読むだけだ。貸し出す方では断じてない」


 そこだけははっきりとさせておく。

 そもそも『本を読みたければ買え派』の十八としては、図書館のように本をただで貸し出すようなシステムはあり得ないと思っている。

 本にお金を掛ければ、さらに次々の本が増える可能性があるのだから、もっと人々は貪欲に本にお金をかけるべきだと信じて疑っていない。

 十八にとって図書館は敵であり憎むべきものであるはずなのに、何故か周りらは不本意な『図書屋』という甚だ不本意な称号を送られてしまった。

 大変遺憾である。


「その偏屈っぷり変わらぬでござるな〜」

「お互いにね」


 袈裟を着て遊園地に来る人間にだけは言われたくないセリフだ。


「遊園地に来てまで本を読む貴方ほどではござらんと思うが?」

「おいおい戦場君。人聞きの悪いことはやめてくれ。遊園地で遊んだ結果本を読んだ方が楽しいという結論になっただけで、一応ちゃんと遊んださ」

「どの程度?」

「5分ほど遊んだな。それだけの時間があれば10ページ本を読める。まったく無駄な時間を過ごしたものだ」

「それは何も遊んでないのでござらぬからな!?」


 十八からしてみれば十分遊んだ認識だ。

 10ページ本を読む時間と遊園地で遊ぶ時間のどちらが有意義かと問われれば明白なことだ。

 人生の中の限りある時間の中で10ページもの本を読む時間が失われたのだ。無駄と言っても差し支えないレベルである。


「それに場違いなのは君もだろう? 僧服なんか着て悪目立ちしすぎだろう」

「これは拙僧の制服みたいなもんでござるよ。変えるつもりは毛頭ないでござる!」


 胸を張って誇らしげな顔をしていたので若干イラっとした。

 ただ今更なことだったので、それ以上掘り下げる気は無い。


「相変わらずの破戒僧っぷりは健在みたいだね」

「いやいや、戒めを破ってこその破壊僧でござるが、拙僧は古い枠組みにとらわれず新たな教えを切り開いているので破戒僧というのはちと違うでござるな!」

「その教えが『拳で語り合う愛の説法』だっけ? 斬新すぎて初めて聞いたときは正気を疑ったものだよ」

「かかか! いつの時代だって開拓者はそう言われていたでござるよ!


 確かに時代の寵児や開拓者というものは、その時代において風変わりであるというエピソードをよく聞く。

 だが、それでも目の前の男の精神ほどではないと思う。

 殴り合って友情を深めるのは不良漫画だけで十分だろう。

 もしも、戦場に殴られたて「愛に目覚めました!」なんて輩が出て来るようなことがあれば、間違いなく脳の病院を勧めるところだ。


「よく『殴る方が痛いんだ!』と言う者がいるでござろう。しかし、当たり前であるが『殴られた方が痛い』ではござらんか! だから拙僧は殴った人間をさらに殴って痛みを教えることで愛というものを教えているのでござるよ!!」


 あれはそういう意味では決してないはずだったが……。

 だが、この御仁はそんなことに耳を傾けないのは知っているので何も言わないでおこう。


「そんなんだから、誰も彼もと喧嘩になって『ガチンコ屋』なんて呼ばれるんだよ」

「拙僧は殴られたことで愛に目覚めたから、同じようにしているだけなのですがな。うむむ。世界とはなんと複雑怪奇で奇妙奇天烈なのでござろうか!」

「絶対に君ほどじゃないから安心したまえ」


 戦場が世に溢れる世界——……。

 一瞬想像しただけで死にたくなった。

 それこそ複雑怪奇で奇妙奇天烈な愛に溢れた世界なのだろう。


「とまぁ、それはさておき本題でござる。十八殿——『遊木』という名前の男を知っているでござるか?」


 今の今まで何も変わらなかった十八の表情が初めて変わった。


「あぁ、もちろん——とても不吉な名前だからね。不吉すぎて私の辞書から消したいぐらい不吉な名前だ」


 その名前は——知りすぎるぐらい知っている。

 それこそ、戦場から言われるまでもなく知っていた。

 知っていることが、記憶していることが——不吉すぎて気持ち悪い。


「やはり知っていたでござるか。拙僧はまどろっこしいのは好むところではないので尋ねるが——何故ここに参られた?」

「教える気がないと言ったら?」

「殴ってでも聴きだすでござる」

「相変わらずの喧嘩馬鹿だね。まぁ、君のそういうところは嫌いではないよ」


 つくづく、戦場は駆け引きというものをしない。

 殴れば解決するのは子供の世界だけではない。大人の世界でもそうだ。いや、下手すれば大人の世界の方がより暴力で溢れかえっているだろう。

 力ずくで解決するシンプルな世界。

 それはとても『読みやすい』から十八としては好んで読むジャンルの一つだ。


「そうだな。戦場君。君はこの娯楽都市のことをどう思う?」


 子供に読み聞かせるように十八は問う。


「一言で言い表すならば『面白い場所』でござるな。拙僧のような変わり者からしてみれば、この都市は『頭のイカれた連中の一人』として当然のように受けいられる。こんな都市、世界のどこを見渡してもござらん」

「君らしい答えだ。そして、その意見には私も概ね同意する」


 物珍しい、独特な、はみ出ている人間は一般世間においては薄気味悪がられるか、無視されるか、排除されるか、いじめられるかというテンプレートに当てはめられる場合がほとんどだろう。

 しかし、この娯楽都市は違う。

 出る杭が花を咲かせ、線路を外れた人間が英雄と呼ばれ、イカれた行動をした人にはファンファーレが鳴り響く。

 それ故にと——十八は言う。


「娯楽都市は素晴らしいところだよ。ただ当たり前のことだが全てがプラスというわけではない。搾取されてしまう人間がいることも否めない。それでも、この都市においてはポイントという『努力をすれば手に入る特権』が設定されている」


 まったくよくできた制度だ。

 そして、この制度が人々から支持される理由はいくつかある。『特権を得るための絶妙な努力バランス』と『特権を与えられるだけの権利』と『ほんのちょっぴりの劣等感』がほどよくブレンドされたからだと十八は分析している。

 経済的に例えるなら『神の見えざる手』によって導かれていると信じたくなるほどに、特権を得たものの差別感が与えられている。


「その娯楽要素があるからこ栄えていると言ってもいいでござるからな」

「その通りだ。おおよそこの都市にいれば『年齢』『性別』『地位』といった先天的要素は全て努力という『個人の能力』によって賄うことが可能だ」


 これほどまでに能力主義は見たことがない。

 それこそたった一つの才能さえあれば——全てを覆すだけの力を手に入れることも可能だろう。

 だから、そうなることは必然的だったのだろう。



「そして君も私も手に入れてしまった——『プラチナランク』という免罪符を」




 この都市における最高到達点であるプラチナランク。

 それを、十八も戦場も手に入れている。


「プラチナランクだ。これさえあれば、地位も名誉も思うがままだ。夢なんてものは人生10回分ぐらい叶えられるだろう」

「まぁ、そうでござろうな」


 手に入れた者の実感として戦場はそうだろうと同意する。

 極端なことを言えば、例え殺人を行ったとしても『免罪符』を使用すれば、あたも神に赦されたかのように罪が帳消しになることだろう。

 いや、少し違った。

 この娯楽都市には神なんて実在しないものはいない。

 神を語って楽しむ『人間』が確実に存在しているだけだ。


 ——罪を許せるだけの『権力』があって。

 ——理不尽を覆すだけの『暴力』があって。

 ——魔法のような『知識』があって。

 ——人を病みつきにする『教育』があって。

 

 この娯楽都市は、そんな神の気紛れでできた遊戯盤なのだから、プラチナランク程度の願いを叶えられるのは造作もないことだろう。

 もちろん、その遊戯盤を使って遊ぶのは娯楽都市に住まう人間だ。


 そして、この遊戯盤のルールは至ってシンプルだ。


 ポイントという餌を与えられたプレイヤーたちが思い思いの方法で削り合って、喰らい合って、高め合って、与え合って、奪い合うというシンプルルールで支配されている。

 さながら、蠱毒のようだと十八は思う。


「では戦場君。君に私からも質問だ。何故この都市が創られた?」


 だからこそ、十八は問う。

 その根源を。


「一般的には『日本文化の保全を目的とした公共施設の建設』から始まり都市に発展したと。そこから人口が増えて新都市ならではの制度を試みたということでござったな」

「あぁ、その通りだ。高校生の記述問題のテストでそう書けば間違いなく点数が入る答えだ」


 その答えに間違いはない。

 間違えていないというのが本当の問題ではあるが。

 そして、十八は真実の正解を告げる。



「ただ本当の答えはこうだ——『暇で退屈だったから創った』が大正解だよ」



 はは、と十八は静かに笑った。

 失笑なのか苦笑なのか、それとも微笑であるのか。

 只々彼女は何の感情もなく笑った。


「私はこの答えを知った時つい笑ってしまったよ。私たちが手に入れたものは『誰か』の退屈しのぎでしかなかったんだとね」


 今まで自分の意思で読み進めてきた本が、顔も知らない誰かの意思で読まされていたのだと知ってしまった。

 だから、そのことを知った時、十八はとあることを決意した。

 彼女は『読者』から『作者』になることを——決意した。


「だからこそ君は私に聞いたのだろう。何しにここに来たのかと?」


 黙って話を聞いていた戦場は不敵に笑っていた。

 まぁ、ここまで言葉を尽くせば彼だってわかっているのだろう。


「私の答えはいつだってシンプルだよ。ここには『本を集め』に来たんだ」


 十八は初めて心の中を語る。

 物語というのは声にして文字にして初めて意味を持つのだから。

 だから、これは十八にとっての——宣戦布告だ。



「この娯楽都市を創った神様<マスターランク>に挑む物語を読むために必要な本の蒐集をしにね」



 それこそが彼女がこの場にいるただ一つの理由だ。

 戦場は最後まで彼女の言葉を聞いて、とうとう堪えきれずに吹き出した。


「だーっはっは! さすがは十八殿でござる!! それでその物語の主人公は誰なのでござるかな!?」

「もちろん私だ。いつだって物語の主人公は自分でしかないのだから。もしも自分のことを脇役だと思っている人間がいたとしたら——それはひどくつまらない『本』なのだろうね」

「それには拙僧も同意でござるな」

「ただまぁ、挑むにしては色々と準備が必要でね。RPG的に言うのであればボスに挑むための準備とレベル上げをしているわけだ」


 大それたことを言ったが結局はそこに辿り着く。

 ソロプレイでは限界があったので、チームプレイでなければ何かと効率が悪い部分がある。

 これほどまでに技術が発達した現代であっても、結局人間は群れる動物なのだとつくづく実感させられる。


「賞金目当て——なわけござらんよな。こんなイベント程度の賞金なんて今更拙僧らには不要でござるからな」

「当たり前だ。金なんか今更稼ぐ必要なんてない。ただこの遊園地には現在『誰かさんの意思』によって都合のいいことに面白そうな人間たちが一杯いるじゃないか」

「おぉ〜例えば拙僧とか?」


 茶目っ気たっぷりに戦場がそう言うと——周囲の温度が数度下がった気がした。


「つまらん冗談を言うな——破り捨てるぞ破戒僧」

「できるものならやってみろでござる——読書狂い」


 底冷えするような二人の声に、樹木が怯えるように音を立てる。

 次の瞬間には殺し合いが始まりそうな雰囲気かに思えたが——ふっと十八が息を吐いた。


「まあ、今更君なんかの本を集めたいとは思ってないよ」

「拙僧も今更十八殿と拳を交わしたいとは思ってないでござるよ」


 実にあっさりとさっきまでの雰囲気が消えた。


「これで君への質問は全て答えたと思っているわけだが不足かい?」

「あいや十分にござるよ!」

「なら良かった。あぁ、そういえば私からも一つ。戦場君は何しに来たんだい?」

「無論、神様に喧嘩を売りに来たのでござるよ」

「愚問だったね」

「問いには必ず答えるのが拙僧の教えにござる」


 だったら今度から拳を振るうのをやめて言葉で語ればいいものをとは思っていても言わない。

 また無駄に彼の拳による愛の説法を問答無用で聞かされそうだ。


「それでは十八殿に良き娯楽の日が訪れんことを!」

「あぁ、良き娯楽の日を。戦場くん」


 なんだかんだで十数分の時間を浪費してしまった。

 それだけの時間があれば何ページ読めただろうと考えたが、そんなことを考える時間すらもったいないので、閉じていた本を開いて十八は何事もなかったかのように本を読み始めた。

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