退屈が人を殺すのならば、人が殺すのは退屈なのだろう
虎徹正義は先ほど双六たちと別れた後に、弟の真理と落ち合う場所へと向かっていた。
待ち合わせをしたのは食事エリアのところだ。
ハピネス☆娯楽遊園地は、娯楽都市と同じようにエリアごとに特徴がある。
例えば、入り口ならばキャッチーな作りとするべく、子供に受け入れられやすいファンシーな雰囲気やキャラクターがいて、遊園地全体のガイドや迷子の案内を受け付けている。
そこを起点に『ホラーエリア』『ファンタジーエリア』『SFエリア』『冒険エリア』他多数のエリアが存在しており、恐ろしいことに今後も人気によっては廃止や増える予定だという。
その多数あるエリアの中で『食事』を取り扱っているところがあり、遊園地の中を数分歩き回っていたら、肉の焼ける匂いや甘いデザートの香りがし始めてきた。どことなく祭りの出店を回っているような感覚になる。
イベントが開始するのは昼過ぎ。
それならばと、腹ごしらえも含めて何か弟に食物を買っていこうかと思っていたら真理はアイスを頬張りながら正義に向かって「おーい兄ちゃん! ここ!」と手を振っていた。
どうやら、弟はすでにオヤツを食べて休憩していたようだ。
可愛い奴めと思いながら、虎徹は真理の前椅子に腰掛ける。ついでに、虎徹も小腹が空いたのでウィンナーとフライドポテトを頼んだ。
もちろん弟が甘いものを食べているのを考慮してのチョイスだ。甘いものには塩っ気のある食べ物が欲しくなるのは人間なら誰しも思うことだ。
そして、適当につまみながら話し始める。
「真理。この辺りにいた連中はどうだった?」
「全然大したことなさそうな連中ばっかりだぜ! 雑魚もいいとこだな!!」
「そっか。お前が『視た』なら間違い無いだろうな」
弟がそう断言したのだ。特に疑う理由はない。
ということは、やはり遊園地の大半のお客は普通の一般人ということになる。
ただ、その中に混じって娯楽家業を営んでいる連中もチラホラと見つけたので、やはり、この遊園地のきな臭い雰囲気があるのは間違いない。
何がどう怪しいのかはまださっぱりであるが。
おそらくは、それを含めた上でボスは「遊んで来い」と言ったのであろうが、何をどうしろとは指示されてないので好きにやって良いのだろう。多分。
面倒なことがあれば丸投げしてやろうと、正義は前向き半分適当半分な気持ちでいる。
「たださぁ、兄ちゃんが最後に話していた連中って何者?」
「普通に遊園地に遊びに来ていた連中だがーー何だ見てたのか?」
入り口はこの食事エリアからはそこそこ離れたところにある。建物などの遮蔽物があるので、それなりに接近しなければわからないはずだ。
そもそも、正義は入り口付近で入場する連中をチェックしており、真理には遊園地のイベントのためのマップ探索を真っ先に頼んでいた。
「うん。先に調査終わったから兄ちゃんを迎えに行こうと思ってさーーけど、やめた。何かすっげーやばい感じがしたんだよね」
「お前がそう言うってことは……かなりのレベルか」
珍しく弟が笑いもなく言った。
そのことから、正義は冗談でもなんでもなく本気で言っているのだと察する。
「それでどいつだ?」
「あの背の高いヤツがーーヤバい。あんなの『視た』ことないよ。なんつか、人間の皮を被った『獣』みたいな感じがした」
ーー確か、久遠健太って言ったか。
最後に写真を撮ったグループを思い出した。
朝からずっと張り込んでいたので、結構な人数を正義は見ていたので最初の方の人間とかは若干印象が怪しいが、最後に写真を撮った連中のことはよく覚えている。
男二人に女一人のグループ。えらい美人な女子高生がいたのでより印象的だったのも大きい。
毛先を白く染めていた高校生のーー双六は、いかにもノリの良い高校生といった感じで、こと娯楽都市においては普通のちょっとヤンチャしている高校生といった感じで、簡単に人の懐に入り込むような人懐っこさがあった。
久遠健太は目つきの鋭さとあのガタイの良さが特徴的で体を鍛えているんだろうと思った程度だ。正義からすればその程度の印象に過ぎない。
ーーが、弟の真理がいうなら話は別だ。
「そっか。なら、気をつけるとすっかーーお前がそんなに笑ってんの見るの久しぶりだからな」
やばいと言ったはずの真理はーー震えていた。
ただし、それは恐怖で震えているわけではない。
目をキラキラさせ、満面の笑みで、まるでこれから最高のゲームが開始されるのを待つ子供のような瞳をしながらーー楽しさで震えているのだ。
「きしし! 兄ちゃん俺今超チキンワクワクだ!」
「HAHAHA! 安心しろ弟よ! お前がどんなに震えていようとも兄ちゃんが暖めてやろうじゃないか!! もちろん裸と裸でな!!」
「兄ちゃんさすがに絵面的にやばくないかそれ!?」
全然やばくない。
むしろ健全な範囲内だと思っている。
もしも兄弟の仲睦まじい様子をBLだの何だのと言う輩がいれば、神だろうと何だろうとぶち殺す覚悟は弟がこの世に生まれ落ちた瞬間から完了している。
そうだ。
自分は兄貴で。
真理は弟なのだ。
それは、これからも、これまでも変わらないーー不変の絆である。
だから、
「まぁ、安心しろや。お前のことは兄ちゃんが何があっても守ってやっから」
困った弟の心配をするのは兄の役目で、こうして背の小さい弟の頭を撫でて安心させるのは兄の特権なのだ。
「ーー兄ちゃんは相変わらずかっけーな!」
「ったりめーだ。お前の兄ちゃんはかっけーんだよ」
この弟を守るためなら何だってできる。
改めて正義は弟の可愛さを認識した。
◆
眼前に広がる光景ーー何千、いや、何万人もの人々がゲートを潜っていく。
首都圏の街に出向けば雑然とした人間がウジャウジャと動き回る姿は醜悪ですらあるが、一つの目的のために集まる人間たちは何故こうも美しく感じるのか。
ーーまったくもって素晴らしい。
そんな感想を抱いた遊木は歓喜に打ち震えて叫ぶ。
「この時が来るのをーー私は待っていた!!」
「遊木様。そのように格好つけてないで仕事してください」
後ろを振り向けば一人の女性がいた。
メガネを掛けた才気あふれる美女という感じが彼女を表すにぴったりの言葉だろう。
遊木は自分の秘書を務めている彼女に肩をすくめる素振りを見せた。
「おっと秘書子君。これは辛辣な言葉だな」
「誰が秘書子君ですかーーいえ、今更遊木様に常識などを求めてないので、さっさとこの書類に目を通しておいてください」
「まったく君は優秀だけれど遊びが足りないねぇ〜」
どうにもこうにもこの子はーー真面目さに特化している。
おかげさまで仕事の効率さがアップしたわけだが、おかしいことにアップした分仕事が増えたという意味がわからない事態が発生している。
彼女が持っている大量の書類が机の上に置かれた。
「お褒めの言葉ありがとうございます」
「褒めてない褒めてない」
やれやれと言って遊木は目の前の書類に目を通し始めた。
せめて自分の百分の一ぐらいの割合でいいから、彼女に遊びを与えたい。いや、与えているんだけど全てが拒否されている。
「まったく遊園地の開始初日だというのにもう少し楽しそうにしたらどうだね?」
「楽しいですよ。書類が片付けば」
ナチュラルに仕事をやれと追い込んでくる。
雇い主は自分のはずなのに、完全に立場が逆転している。
「彼氏の一人や二人はいないのかい?」
「いませんので早くハンコ押してください」
とりあえず、ヤケクソ気味にハンコを押す。
ぺったん、ぺったんーー終わりの見えない書類の確認作業が続く。
「ならば私が彼氏になろうかい? 今なら子供を産んでくれれば一億円のボーナスを上げよう!」
「親子ほど歳の離れた方と付き合うつもりはありません。セクハラで訴えられたいのですか?」
「はっは〜秘書子君となら、むしろ望むところさ!」
秘書子君が本気で嫌そうな顔を見せる。
やっぱり真面目な子にはセクハラ話が一番感情を逆撫でできる。
とはいえ、これ以上本気の下ネタ話しを展開したら殺されかねないので今後徐々にやっていくことにすると決めた。
「とまぁ冗談はさておきーー参加者の状況はどうだい?」
「有名な娯楽家業の方々が参加が確認できております。主にフリーの方々が多めですが、黒式様と碧井様の勢力に属する者もいます」
「ふむーー彼らも今回の『娯楽』に関しては協力的なようだね〜」
この間の告知に関して協力するよう要請した。
表向きは協力すると約束してくれたものの、実際にどの程度まで協力してくれるかに関しては不明だった。
秘書子君から具体的な名前と数字を聞いた限りでは、想定以上の参加人数だ。
すると秘書子君が呆れながらに言う。
「どうせお二方とも暇なのでしょう。これを肴にお酒でも飲めればいいんでしょうね」
「何を当たり前のことを言っているんだい」
どうもこの子は本当に遊びが足りない。
今一度きちんとこういうことは教えておくべきだろう。
「人間誰しも生きている限り暇なのだよ。ほら、よく言うじゃないか。暇は人間をダメにする一番の毒だって。まったくその通りだ。人間は外部からの刺激を常に補充しなければならない生物なんだ。ほらよく休日とかで『趣味がなくてやることがない人間』っているじゃないか。あれが最たるものだよ。惰性に生きている人間は人間じゃない。それはただの『装置』だ。人は誰しも楽しみがないと人じゃないんだ。ただし、その楽しみという刺激は能動的でなければだめだ。人の楽しみというのは努力という対価を支払った過程の先にこそ存在するものなんだ。そうでなければ『人』はーー『人』でありえないのだよ」
退屈というのはつくづく人間をダメにする。
故に遊木はこうして巫山戯た仮面を被り道化じみたことをするのも一つの刺激を求める行為であるのだ。
退屈を恐れるからこそ変化を求め、その変化に慣れて退屈になればさらに変化を求める。
人の欲望にはつくづく限りがないと日々驚くばかりだ。
「……つまりは、遊木様は暇だから遊園地を作ったということでしょうか?」
「まさしくその通り」
でなければ、こんな面倒なことを誰がするものか。
自信を持って言える。
この遊園地は最高の暇つぶしの場所だと。
「はぁ、まさかそのような馬鹿げた理由でここが作られたとは誰も思わないでしょう」
「おいおいここは娯楽都市だよ。どんな馬鹿げた理由でさえも娯楽たり得るのさ」
「最悪ですね」
「最高の間違いじゃないかい?」
見解の相違だ。
さっさと彼女も染まればいいのにと思わずにいられない。
とはいえ、今は彼女に構ってばかりいられない。
これから盛大なショーが始まるのだから。
「さぁて、ここに集まった彼らはどんな暇つぶしを見せてくれるのかね?」
「ーー楽しみなのですか?」
「どうなんだろうね〜。まぁ、僕としては是非参加者達にはがんばって欲しいと思っているよ。何せーー僕の暇つぶしぐらいになってもらわないと割に合わないからねぇ」
多大な金と時間をこの遊園地を作るのにかけた。
参加者の人たちにはその分は報いてもらわなければならない。
それがどのような結果になったとしても。
いやーー少し違うか。
面白い結果になって腹から笑える結果になってほしい。
「ふふ。あ〜暇だな。暇で退屈であくびが出てしまうよ」
退屈は人を殺す。
だから、遊木は退屈を殺す。




