第8話 シャドウウルフ——適応と成長
第13階層から第15階層までを、五日で駆け抜けた。
中層のモンスターは浅層とは比較にならないほど多彩だった。第13階層のウィルオウィスプは混乱の光を放ち、第14階層のミミックは宝箱に擬態して不意打ちを仕掛け、第15階層のデスナイトは剣と盾を使い分ける人型モンスターだった。
全て、ナビのリアルタイム解析と無敵フレーム回避で突破した。ナビのフリーズ問題は、同時追跡を2体に制限することで回避している。3体以上の場合は、自分の目で残りを見る。精度は落ちるが、死なない程度には対応できた。
第15階層のセーフエリア。ベンチに座って水を飲んでいると、背後から声がかかった。
「おい。お前、水無瀬だろ」
振り返る。見知らぬ男が三人、こちらを見ていた。探索者の装備をしている。傷だらけの革鎧。使い込まれた剣。中層を攻略中のパーティだろう。目つきが荒んでいる。
「そうだが」
「噂になってるぞ。二人組で中層を爆速で攻略してる奴がいるって。ソロの剣士と、杖を束で持ってる魔法使い。お前らだろ」
「噂?」
「ギルドの受付嬢が話してた。追放から一ヶ月で第15階層って、異常だろ。どうやってんだ? 教えてくれよ。俺たち、第15階層で三週間も足止め食ってんだよ。デスナイトの連撃が避けられなくて、毎回ポーション切れで撤退してる」
面倒だ。男たちの目には、焦りと嫉妬が混じっている。
「教えることはない。自分で考えろ」
「冷てえな。ちょっとくらいいいだろ。フレームがどうとか、タイミングがどうとか——」
「師匠は忙しいんです。すみません」
華恋が間に入った。にこやかに、しかしきっぱりと。男たちは不満そうな顔をしたが、それ以上は食い下がらずに去っていった。舌打ちの音が聞こえた。
「華恋。別に庇わなくてもいい」
「でも、師匠が困ってたので」
「困ってない。面倒だっただけだ」
「それを困ってるって言うんですよ」
華恋が笑った。まあ、確かにそうかもしれない。
「師匠。教えてあげればいいのに。フレーム回避のこと」
「時間の無駄だ。あいつらに教えても、実践できるのは百人に一人もいない。0.1秒の精度で動ける人間は少ない。才能がないなら、反復練習で身体に叩き込むしかない。だが、あいつらの目にあったのは焦りだけだ。地道な練習に耐えられる目じゃない」
「私は出来ましたよ?」
「お前は例外だ。それに、教えたところで何のメリットもない」
華恋が少し寂しそうな顔をした。それ以上は何も言わなかった。
翌日。第15階層の奥、中層の折り返し地点に到達した。ここから先は、モンスターの攻撃力がさらに跳ね上がる。一撃被弾すればHPの半分が消し飛ぶ領域だ。
ギルドの掲示板を確認する。
『剣崎蓮パーティ 第18階層到達』
三階層差。追放された時は十階層の差があった。それが、一ヶ月で三階層まで縮まっている。
「師匠。剣崎さんのこと、気になりますか」
「別に。ただ、あいつがどこにいるか把握しておく必要がある。同じ階層で鉢合わせたくない」
嘘ではなかった。剣崎との関係は、追放された時点で終わっている。恨みはない。しかし、わざわざ顔を合わせたい相手でもない。
第16階層に降りた。
空気が変わった。これまでの古代遺跡風の構造から、より暗く、より狭い坑道のような通路に変わる。天井が低い。圧迫感がある。松明の光が壁に反射して、視界が歪む。足元に水溜りがあり、靴が濡れる。
「ナビ。第16階層の構造」
『坑道型の迷路構造デス。分岐が多く、行き止まりも存在シマス。モンスターの出現パターンは不規則。浅層や第11〜15階層のような定位置配置ではなく、ランダムに徘徊シテイマス。予測が困難デス』
「ランダム配置か。遭遇タイミングが読めないな」
通路を進む。足音が反響する。暗い。ナビのレンズが前方を照らしているが、光の届く範囲は5メートルほどだ。それ以上は闇に呑まれている。
第16階層のモンスターは、これまでとは質が違った。シャドウウルフ。影に溶け込み、死角から襲いかかる。ナビの生体反応探知でも、影に潜んでいる間は感知が遅れる。
『警告。左方向、影の中に生体反応。距離2メートル——出マシタ!』
壁の影から黒い獣が飛び出した。牙が光る。赤い目が闇の中で燃えている。
「【パリィ】」
前脚の爪を弾く。硬直0.6秒。ショートソードで首筋を斬る。消滅。黒い霧になって散る。
「華恋。今のは見えたか」
「正直、見えませんでした。影から出た瞬間しか。速すぎます」
「それでいい。影から出た瞬間に撃て。出る前に構えておけ。ナビが方向を教える。方向さえ分かれば、あとはタイミングだけだ」
シャドウウルフは単体なら脅威ではない。問題は、複数が同時に影から飛び出してくる場合だ。ナビの同時追跡制限は2体。3体以上が同時に来たら、対応しきれない可能性がある。
「ナビ。シャドウウルフの群れ行動パターンは」
『観測データが不足シテイマス。現時点では単体行動のみ確認。ただし、第16階層の奥に進むほど群れで行動する個体が増えるという報告がギルドの資料にありマス。最大で5体同時出現の記録がありマス』
「5体同時か。群れか。厄介だな」
慎重に進む。通路の分岐を一つずつ確認し、行き止まりを避け、最短ルートを模索する。ナビがマッピングを続けている。
三時間ほど探索した頃、奇妙な感覚があった。
視線。誰かに見られている。
振り返る。通路の奥は暗闇だ。何も見えない。
「ナビ。後方に生体反応は」
『……反応なしデス。モンスターの気配もありマセン』
「そうか」
気のせいだろう。疲労で神経が過敏になっている。
けれど、その感覚は消えなかった。通路を曲がるたびに、背後に何かがいるような気配。ナビのセンサーには映らない。モンスターではない。
人間だ。
「師匠。どうかしましたか?」
「いや。何でもない」
華恋には言わなかった。確証がない。ただの被害妄想かもしれない。追放されてから、人間不信が強くなっている自覚はある。
第16階層の半分を探索し終えた頃、セーフエリアで休憩を取った。
『マスター。本日の探索データを整理シマシタ。シャドウウルフの出現パターンに一定の法則性を発見シマシタ。影の濃度が高い区画に集中して出現する傾向がありマス。光源を増やすことで、出現を抑制できる可能性がありマス』
「光源か。松明を多めに持ってくるか」
「師匠。私の炎魔法で照らすのはどうですか? 攻撃じゃなくて、照明として使えば」
「それは考えなかった。杖を消費するのか?」
「微弱な炎なら、杖への負荷は少ないです。折れるまでに30分くらい持つと思います。攻撃用とは別に照明用の杖を何本か用意しておけば」
「試す価値はある。明日やってみよう」
帰り道。ギルドのロビーを通りかかった時、視界の端に見覚えのある銀髪が映った。
剣崎蓮。
こちらを見ていた。一瞬だけ目が合い、すぐに逸らされた。剣崎はパーティメンバーと何か話しながら、ギルドの奥に消えていった。
その横顔に、かつての仲間としての親しみは欠片もなかった。冷たい、品定めするような目。あの目が何を考えているのか、読めない。
「師匠?」
「行くぞ。明日に備えて早く寝る」
アパートへの帰り道、ナビが小さな声で報告した。
『マスター。先ほどのギルドロビーで、剣崎蓮パーティのメンバーが受付で何かを確認シテイマシタ。内容は聞き取れマセンデシタが、受付嬢が地図を広げていたことから、階層情報の照会と推測シマス』
「こちらの居場所を調べてるのか」
『断定はできマセン。しかし、可能性としてはありマス。注意が必要デス』
夜道を歩きながら、考える。剣崎が何を企んでいるのか。追放しただけでは飽き足らず、まだ何かするつもりなのか。
考えても仕方がない。証拠がない以上、動きようがない。今できることは、明日も生き延びること。第16階層を攻略すること。一歩ずつ前に進むこと。
それだけだ。




