第6話 中層突入——新たな脅威
ナビを換装に出した翌日から、やることが変わった。
ダンジョンには潜らない。ナビなしで潜るのはリスクが高すぎる。フレーム解析も、HP計測も、攻撃予測も使えない状態で中層に挑むのは自殺行為に等しい。浅層なら自分の感覚だけでも対応できるかもしれないが、中層は違う。未知の領域で感覚に頼るのは、死を招く最も確実な方法だ。
代わりに、地上で準備を進める。
朝。ギルドの資料室で中層の情報を集める。第11階層から第20階層。浅層とは根本的に構造が違う。通路が入り組み、罠が設置され、モンスターが状態異常を使う。毒、麻痺、混乱、暗闇。フレーム回避だけでは対処しきれない要素が増える。
「師匠。中層のモンスター、こんなに種類いるんですか」
華恋が資料を広げて目を丸くしている。中層のモンスター図鑑。浅層の3倍近い種類が記載されていた。ページをめくるたびに、凶悪な姿の魔物が現れる。
「全部覚える必要はない。出現階層ごとに分類して、優先度の高い奴から対策を立てる」
「優先度って、どう決めるんですか」
「殺傷力と遭遇率の掛け算だ。よく出会って、かつ殺されやすい奴から対策する。レアだけど強い奴は後回しでいい。出会ったら逃げればいいからな」
華恋がノートを取り出して書き始めた。以前の華恋なら、ただ聞いているだけだった。今は自分で整理しようとする。十五日間で身についた習慣だ。教えられたことを鵜呑みにするのではなく、自分の頭で理解しようとしている。
資料室で3時間。中層の情報を体系的に整理した。第11〜12階層はスケルトン系。骨格構造が露出しているため、打撃が効きにくく斬撃と魔法が有効。第13〜14階層はスライム系。物理攻撃が通りにくく、属性魔法で核を狙う必要がある。第15〜16階層は人型のゴブリン系上位種。集団戦術を使い、囲まれると危険。
「第15階層以降が怖いですね。集団で来られたら」
「だから、通路の狭い場所で戦う。広い部屋では戦わない。一対一の状況を作り続ける。地形を味方につけるんだ」
「それって、浅層でやってたことと同じですね」
「基本は同じだ。環境が変わっても、原則は変わらない。有利な状況を作って、確実に仕留める。それだけだ」
昼。装備店を回る。中層用の装備は浅層用より高い。状態異常耐性のアクセサリー、毒消しポーション、麻痺回復薬。必要な物を書き出すと、金貨5枚では足りない。
「師匠。お金、足りますか」
「足りない。優先順位をつける。まず毒消しを20本。麻痺回復を10本。混乱耐性のリングは高いな。後回しだ。混乱を使うモンスターは第18階層以降に集中している。そこまで到達する前に稼げばいい」
装備店の店主が声をかけてきた。白髪交じりの、古傷のある男。
「あんたら、中層に行くのかい。二人組で?」
「ああ」
「気をつけな。中層は4人パーティが推奨だ。二人じゃ、状態異常を受けたときのカバーが難しい。毒を食らって動けなくなった時、もう一人が複数の敵を抑えながら解毒するのは至難の業だぞ」
「分かってる。対策は立ててある」
店主が肩をすくめた。忠告はしたぞ、という顔。浅層を抜けたばかりの初心者が陥りやすい罠。それを心配してくれているのだろう。ありがたい忠告だが、方針は変えない。
午後。ギルドの訓練場で華恋と動きの確認をする。ナビがいない分、口頭で指示を出す練習だ。
「華恋。俺が『左』と言ったら左に避けろ。『伏せ』と言ったら伏せろ。『撃て』と言ったら撃て。それ以外の指示は出さない。シンプルに保つ」
「はい。左、伏せ、撃て。三つだけですね」
「三つだけだ。迷わないように」
訓練用の的を使って、指示と行動の遅延を計測する。華恋の反応速度は、指示から行動まで平均0.4秒。悪くない。実戦では0.3秒以内に縮めたいところだが、今はこれで十分だ。
「師匠。ナビさんがいないと、師匠が全部判断しないといけないんですよね」
「そうだ。だから、ナビが戻るまではダンジョンに入らない」
「師匠一人で判断するの、大変じゃないですか」
「大変だ。だからナビがいる。ナビは俺の目と耳の延長だ。あいつがいないと、情報量が半分以下になる。俺の能力の半分は、あの機械でできている」
華恋が少し寂しそうな顔をした。俯き、杖の柄を両手で握りしめる。
「私も、師匠の役に立ちたいです。戦闘だけじゃなくて」
「お前は十分役に立ってる。火力は全部お前が担ってる。お前がいなければ、ミノタウロスは倒せなかった」
「でも、判断は全部師匠がしてますよね。私は言われた通りに撃ってるだけで……。足手まといになってないか、時々不安になるんです」
その言葉に、少し考えさせられた。華恋の言う通りだ。今の戦い方は、全ての判断を一人で背負っている。ナビが情報を出し、自分が判断し、華恋が実行する。華恋は実行者でしかない。
だが、それは今の段階だからだ。
「いつか、お前にも判断を任せる時が来る。今はまだ早い。だが、いつか」
「本当ですか」
「ああ。お前が自分でフレームを読めるようになったら。敵の動きを見て、自分で撃つタイミングを判断できるようになったら。その時は、俺の合図なしで撃っていい」
華恋の目が輝いた。不安が消え、決意の光が宿る。
「頑張ります。絶対に、自分で判断できるようになります。師匠の背中を、ちゃんと守れるように」
三日目の夕方。ギルドの受付から連絡が入った。ナビの換装が完了したと。
工房に受け取りに行く。カウンターの上に、見慣れたドローン型のナビが置かれている。外見は変わらない。小型のプロペラが四つ。レンズが一つ。金属のボディ。だが、起動すると違いが分かった。
『——起動確認。演算ユニット換装完了。処理速度、従来比3.2倍。リアルタイム解析モード、使用可能。マスター、お久しぶりデス』
「三日ぶりだな。調子はどうだ」
『快調デス。以前は処理が追いつかなかった並列計算が、余裕を持って実行可能デス。中層のモンスターのフレーム解析を、戦闘中にリアルタイムで行えマス。これで、未知の敵にも対応しやすくなりマシタ』
「試してみるか。明日、中層に行く」
『了解デス。中層第11階層の既知情報をデータベースに格納シマシタ。未知のモンスターに遭遇した場合は、最初の3回の攻撃パターンを観測して解析シマス。4回目以降は予測が可能デス』
「3回か。3回耐えればいいんだな」
『はい。3回の観測で、攻撃パターンの90パーセントを網羅できマス。残り10パーセントは、レアパターンとして追加観測が必要デスが、致命的な問題にはなりマセン』
華恋が嬉しそうにナビの周りを回っている。
「ナビさん、おかえりなさい! パワーアップしたんですね」
『ありがとうございマス、華恋さん。演算速度が上がった分、より正確な支援が可能デス。華恋さんの魔法発動タイミングも、ミリ秒単位で補正シマス。よろしくお願いシマス』
ナビのプロペラが軽快に回転する。以前より回転音が静かだ。新しいモーターも入れたのかもしれない。動きも滑らかになっている。
アパートに戻り、明日の準備を整える。ショートソードの手入れ。砥石で刃を研ぎ、油を引く。ポーションの確認。毒消し、麻痺回復、回復薬。それぞれの数を数え、ベルトのポーチに収納する。
華恋の杖は50本。中層は長期戦になる可能性がある。多めに持っていく。華恋も自分の装備を念入りに確認している。
窓の外を見る。夕焼けが街を染めている。追放から十八日目。明日から中層に挑む。
浅層を十五日で踏破した。中層はもっと時間がかかるだろう。状態異常、複雑な地形、強力なモンスター。未知の要素が多い。
それでも、やることは変わらない。データを取り、パターンを読み、隙を突く。地味で泥臭い戦い方。才能がなくても、理屈と努力で前に進める戦い方。
ナビが充電ケーブルに繋がれたまま、レンズを青く点滅させている。明日のシミュレーションを実行しているのだろう。
「師匠。明日、楽しみですね」
華恋が布団に潜り込みながら言った。隣の部屋から声が聞こえる。壁が薄い。
「楽しみかどうかは分からない。だが、やるべきことは明確だ」
「それが師匠らしいです。おやすみなさい、師匠」
「ああ。おやすみ」
目を閉じる。明日から、新しい戦いが始まる。
第1部、完。




