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第4話 華恋——パーティ結成

追放から十二日目。第8階層。


 浅層の後半に入ると、モンスターの質が変わった。単体ではなく複数で現れるようになり、攻撃パターンも複雑化する。第7階層のリザードマンは尾の薙ぎ払いと噛みつきの二択を持ち、第8階層のガーゴイルは空中からの急降下と地上での爪撃を使い分ける。


「ナビ。ガーゴイルの急降下、発生フレームは」


『翼を畳んでから着弾まで0.7秒。ただし、高度によって0.05秒の誤差が生じマス。高度3メートルの場合0.65秒、高度5メートルの場合0.75秒デス』


「高度で変わるのか。面倒だな」


『マスター。高度の判定は、翼を畳む直前の位置で確定シマス。翼を畳む動作に入った瞬間の高度を目視で判断し、対応するタイミングで回避する必要がありマス』


 天井の暗がりから、石の翼が見えた。ガーゴイルが二体、こちらを睨んでいる。


「華恋。ガーゴイルは空中の敵だ。お前の魔法で落とす。俺が地上に引きつけるから、落ちてきたところを撃て」


「分かりました。でも、空中にいる間は当てられないんですか?」


「当てられるなら当てていい。けど、動いてる空中の敵に魔法を当てるのは難しいだろ」


「やってみていいですか」


 華恋が杖を構えた。目を細めて、天井のガーゴイルを見上げる。


 詠唱。短い呪文。杖の先端に炎が凝縮する。それでも、放たない。ガーゴイルが動くのを待っている。


 一体目が翼を畳んだ。急降下が始まる。


 華恋が撃った。炎の弾が斜め上に飛び、急降下中のガーゴイルの胸部に直撃した。石の身体が砕け、破片が降り注ぐ。


 パキッ。杖を折る。硬直キャンセル成功。


「当てたのか」


「はい。急降下の軌道は直線ですよね。翼を畳んだ瞬間に軌道が確定するなら、そこに向けて撃てば当たります」


 ナビが『命中精度、優秀デス。発射から着弾まで0.3秒。ガーゴイルの急降下速度と角度から逆算した射線が正確デシタ』と報告する。


「師匠が教えてくれたことの応用です。敵の動きには法則がある。法則が分かれば、予測できる。予測できれば、当てられる」


 二体目のガーゴイルが急降下してきた。華恋が新しい杖を構え、同じ要領で撃ち落とす。


 正直、驚いた。杖折りキャンセルを教えただけなのに、華恋は自分で応用を見つけている。「敵の法則を読む」という思考法が、すでに彼女の中に根付き始めていた。


「いい判断だ。空中で当てられるなら、地上に落とす手間が省ける」


「えへへ。褒められた」


「褒めてない。事実を言っただけだ」


 第8階層を抜け、第9階層に入った。ここからはモンスターの攻撃力が跳ね上がる。一撃でも食らえば、HPの3割は持っていかれる。


 通路の奥に、大型の影が見えた。アーマードベア。鉄のような毛皮を持つ熊型モンスター。両腕の叩きつけは発生0.8秒、威力は浅層最強クラス。


「こいつは正面から受けるな。叩きつけの範囲が広い。横に回り込む」


「はい」


 アーマードベアが咆哮した。四足で地面を蹴り、突進してくる。


「【小ステップ】」


 横に跳ぶ。アーマードベアが通り過ぎる。振り向きざまに両腕を振り上げる。叩きつけの予備動作。


「【パリィ】」


 右腕の軌道を逸らす。しかし、左腕が来る。二連撃。


「【微弱加速】」


 左腕が身体を通過する。0.1秒の無敵。背中を冷たい風が撫でた。


「華恋!」


「はいっ!」


 炎が背後から飛んできて、アーマードベアの顔面に直撃。怯んだ隙に、ショートソードを脇腹に突き刺す。


 パキッ。杖が折れる音。華恋は硬直せず、すぐに距離を取った。


 アーマードベアが倒れ、光の粒子になって消える。


『討伐確認。戦闘時間4.7秒。マスターの被ダメージ、ゼロ。桜庭華恋の被ダメージ、ゼロデス』


「二連撃か。第9階層から複合攻撃が増えるな。ナビ、今の二連撃のフレームデータ」


『一撃目から二撃目まで0.4秒。一撃目をパリィした後、0.4秒以内に無敵フレームを発動する必要がありマス。猶予は0.05秒デス』


「0.05秒の猶予ギリギリだな」


『マスター。この猶予では、疲労時に失敗する確率が23パーセントに上昇シマス。代替戦術の検討を推奨シマス』


「代替案は一撃目を避けて、二撃目にパリィを合わせる。一撃目の回避に【小ステップ】を使えば、距離が開いて二撃目の到達が遅くなる。猶予が増える」


『計算シマス……一撃目を小ステップで回避した場合、二撃目到達まで0.6秒。パリィの発生に0.15秒。猶予は0.45秒に拡大シマス。安全デス』


「よし。次からそうする」


 こうして、一体ずつ、一つの攻撃パターンずつ、最適な対応を組み立てていく。地味で、泥臭くて、時間がかかる作業だ。ところが、確実に前に進んでいる。


 第9階層を半分ほど進んだところで、ナビのバッテリー警告が鳴った。


『バッテリー残量15パーセント。活動限界まで約40分デス』


「今日はここまでだ。戻るぞ」


「はい。師匠、明日で第10階層ですね」


「ああ。フロアボスだ」


 華恋が少し緊張した顔をした。フロアボス。浅層の最後の壁。ミノタウロス。


「怖いか」


「少しだけ。でも、師匠と一緒なら大丈夫です」


「根拠のない自信だな」


「根拠はあります。師匠のデータと、私の魔法と、ナビの計測。全部揃ってます」


 悪くない答えだ。根拠のない精神論ではなく、具体的な要素を挙げている。この十二日間で、華恋の思考は確実に変わった。


 セーフエリアに戻り、装備を確認する。ショートソードの刃が少し欠けている。研ぎ直す必要がある。華恋の杖の残数は3本。明日のボス戦に備えて、追加で30本は用意したい。


「華恋。明日のボス戦の作戦を説明する」


「はい」


「ミノタウロス。体長3メートル。武器は巨大な戦斧。攻撃パターンは三種類。振り下ろし、横薙ぎ、突進。ナビが事前に収集した情報によると、振り下ろしの発生は1.2秒、横薙ぎは0.8秒、突進は予備動作から着弾まで2.0秒」


『補足デス。ミノタウロスはHPが50パーセントを切ると、攻撃速度が1.2倍に上昇する「狂暴化」が発動シマス。狂暴化後の振り下ろしは1.0秒、横薙ぎは0.67秒に短縮されマス』


「狂暴化後の横薙ぎ、0.67秒か。無敵フレームで避けるには、発動タイミングの猶予が0.02秒しかない」


 華恋が息を呑んだ。


「0.02秒」


「だから、狂暴化後は横薙ぎを無敵フレームで避けない。パリィで対応する。パリィの発生は0.15秒。猶予は0.52秒。十分だ」


「師匠は、全部計算してるんですね」


「計算しないと死ぬからな。お前の役割は、俺がパリィで硬直させた瞬間に魔法を叩き込むこと。硬直時間は0.5秒。お前の詠唱は0.4秒。杖折りキャンセルを入れて、離脱。これを繰り返す」


「何回繰り返せば倒せますか」


「ナビの推定では、お前の魔法の威力とミノタウロスのHPから逆算して、8発。狂暴化前に4発、狂暴化後に4発。合計で約3分の戦闘になる」


「3分……。杖は8本必要ですね」


「予備を含めて12本持て。ミスしても余裕があるように」


 華恋が頷いた。真剣な目。恐怖はあるけれど、それ以上に、やってやるという意志が見える。


「師匠。一つだけ聞いていいですか」


「なんだ」


「もし私が失敗したら……タイミングを外したら、どうなりますか」


「俺がカバーする。お前が0.2秒遅れても、俺がもう一度パリィを入れて硬直を延長する。だから、失敗を恐れるな。失敗しても死なない設計にしてある」


 華恋が目を見開いた。それから、ゆっくりと微笑んだ。


「……安全マージン、ですか」


「そうだ。完璧を前提にしない。ミスが起きても死なない余裕を持つ。それが、長く戦い続けるための条件だ」


 嘘だった。正確には、まだ安全マージンの概念を明確に言語化できていなかった。けれど、華恋に「失敗しても大丈夫」と伝えたかった。それは計算ではなく、直感だった。


 ナビが『マスター。明日の戦闘シミュレーションを実行シマスカ?』と聞いてきた。


「ああ。全パターンを想定して、最適な動きを出してくれ」


『了解デス。シミュレーション開始シマス。完了まで推定3時間。バッテリーを消費シマスが、よろシイデスカ?』


「構わない。明日の朝までに結果を出せ」


 アパートに帰り、ナビを充電ケーブルに繋いだ。ナビのレンズが青く点滅している。シミュレーション実行中の合図だ。


 万年床に横になる。天井を見上げる。


 明日、初めてのフロアボスに挑む。十二日前、銀貨12枚しか持っていなかった人間が。ハズレスキル三つと、ポンコツAIと、弟子を一人連れて。


 勝てる。計算上は、勝てる。


 目を閉じた。

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