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第23話 ガーディアン戦——リアルタイム読みの限界と突破

第28階層のセーフエリア。


 ゴードンが荷物をまとめていた。巨体の戦士が、傷だらけの盾を背負い直す。彼のパーティメンバーたちも、疲労困憊の様子で座り込んでいる。


「ここまでだ。俺たちは第28階層が限界だ。これ以上は装備が持たない。ポーションも底を尽きた」


「世話になった。ゴードン」


「礼はいらん。面白いものを見せてもらった。お前たちの戦い方、常軌を逸してるが……理にかなってる。——陣。一つだけ言っておく」


 ゴードンがこちらの肩を掴んだ。分厚い手のひらから、歴戦の重みが伝わってくる。


「第30階層のボスは、俺が知る限り最も厄介な敵だ。四本腕の石像。遺跡の守護者ガーディアン。パターンが4系統同時に動く。お前のリアルタイム読みでも、全部は追えないだろう」


「情報があるのか」


「昔、挑んだことがある。負けた。俺のパーティ6人で挑んで、全滅しかけた。あの時は撤退した。——お前たちは2人だ。正面からやり合うな。必ず、弱点を見つけろ」


「弱点」


「大技を撃つ直前に、装甲が薄くなる瞬間がある。0.3秒だけ。俺はそれに気づいたが、活かせなかった。攻撃を避けるのに必死で、反撃の余裕がなかったんだ。お前のリアルタイム読みなら、その0.3秒を捉えられるかもしれない」


「0.3秒の隙。覚えておく」


「頑張れ。——華恋ちゃんも。お前の魔法、中層の時よりずっと凄みが増してる。自信を持て」


「はい。ゴードンさん、ありがとうございました。たくさん助けていただきました」


「いいさ。また地上で会おう。打ち上げの酒は俺が奢る」


 ゴードンのパーティが去っていく。4人の背中が通路の闇に消えた。足音が遠ざかり、やがて静寂が訪れる。


 二人きりになった。深層の重い空気が、肌にまとわりつく。


「師匠。ここからは、私たちだけですね」


「ああ。第29階層と第30階層。あと2つ。ここからが本当の地獄だ」


「行きましょう。——大丈夫です。私、もう指示待ちじゃないですから。自分の目で見て、自分で判断します」


「分かってる。お前はもう、立派な前衛の相棒だ」


 第29階層は、3日かけて突破した。敵は強かったが、リアルタイム読みと華恋の自己判断の組み合わせで対処できた。華恋はナビの合図を待たず、敵のモーションを見て魔法を撃ち込むタイミングを掴み始めていた。


 そして——第30階層。


 階段を降りた先は、広大な空間だった。


 円形の闘技場のような構造。直径50メートル。天井が高い。壁面に古代文字が刻まれている。中央に——


 石像。


 全長10メートル。人型。四本の腕。それぞれの腕に異なる武器。右上腕に大剣。右下腕に盾。左上腕に槍。左下腕に鎖鉄球。


 目が光っていない。まだ起動していない。静寂の中で、圧倒的な威圧感を放っている。


『遺跡の守護者ガーディアン。データベースに情報なし。ゴードンの証言から推定——四本腕が独立して攻撃。パターンは4系統同時進行。リアルタイム読みの精度は——推定40パーセント。4系統を同時にトラッキングする処理能力が不足シテイマス。ゴーグル型に換装しても、限界を超えテイマス』


「40パーセント。ムカデの時と同じか。ナビでも処理しきれないのか」


『ムカデの時は「波」の法則を見つけて精度を上げマシタ。ガーディアンにも何らかの法則がある可能性がありマス。しかし、戦闘中に発見する必要がありマス。それまでは、マスターの視覚と直感に頼るしかありマセン』


「ゴードンが言っていた。大技の直前に装甲が薄くなる。0.3秒」


『それが突破口デス。大技の予備動作を特定し、装甲が薄くなる0.3秒を正確に捉える。そこに華恋さんの全力魔法を叩き込む。——ただし、大技の威力は推定で即死級デス。回避に失敗すれば終わりマス』


「分かっている。——華恋」


「はい」


「作戦を説明する。俺が前衛でガーディアンの攻撃を引きつける。お前は後方で待機。俺がパターンを読んで、大技の予兆を見つける。大技が来る直前に装甲が薄くなる。その瞬間に、全力で撃て」


「杖の振動で合図が来ますか」


「分からない。ナビの精度が40パーセントだから、振動が来ないかもしれない。来ても遅れる可能性がある。その時は——」


「自分で判断します。大技の予兆、私も見つけます」


「ああ。頼んだ」


 華恋が頷いた。恐怖はある。杖を握る手がわずかに震えている。それでも、それ以上に覚悟がある。目は真っ直ぐに石像を見据えている。


 ガーディアンの前に立つ。ショートソードを構える。


「行くぞ」


 石像の目に光が灯った。赤い光。起動。


 四本の腕が動き始める。岩の擦れ合う重低音が響く。大剣が振り上げられ、槍が突き出され、鎖鉄球が回転を始め、盾が構えられる。


 ——始まった。


 大剣の横薙ぎ。風を切る音が遅れて届くほどの速度。


「【微弱加速】」


 無敵で抜ける。直後に槍の突き。


「——っ!」


 横に跳ぶ。かろうじて回避。しかし鎖鉄球が追ってくる。


 転がる。鎖鉄球が床を砕く。石の破片が散弾のように飛び散り、頬を掠める。


『大剣——発生0.4秒。槍——発生0.3秒。鎖鉄球——発生0.6秒。4系統が独立。同時追跡は困難デス。マスター、被弾確率が急上昇シテイマス。しかし——パターンを記録中デス。法則を探シマス』


 立ち上がる。距離を取る。


 ガーディアンが追ってこない。テリトリー型ではなく、闘技場の中央に固定されている。射程は——大剣と槍が5メートル。鎖鉄球が10メートル。


 5メートル以内に入ると大剣と槍。5〜10メートルで鎖鉄球。10メートル以上は安全。


「ナビ。鎖鉄球の射程外から観察する。パターンを記録しろ」


『了解デス。10メートル以上の距離を維持シテクダサイ』


 距離を取って観察する。ガーディアンはこちらを見ている。赤い目が不気味に光る。攻撃はしてこない。射程外だから。


 それでも——待っている。こちらが近づくのを。無機質な殺意が空間を満たしている。


「師匠。ずっと距離を取っていても、倒せませんよね」


「ああ。近づく必要がある。けど、まずはパターンを把握する。焦るな。安全マージンを忘れるな」


 5分。10分。ガーディアンの動きを観察する。四本の腕が時折動く。待機モーション。


『マスター。待機モーションから法則を発見シマシタ。四本の腕は完全に独立ではありマセン。「右上腕と左下腕」「右下腕と左上腕」が対になっテイマス。対角線の腕が連動シテイマス。つまり、4系統ではなく2系統デス。精度を再計算——推定70パーセント』


「2系統。それなら読める。処理が追いつく」


『さらに。大技の予兆を推定シマシタ。四本の腕が全て同時に振り上げられた時——それが大技の予備動作デス。全ての腕を同時に動かすため、装甲の魔力が攻撃に回され、胸部の装甲が0.3秒だけ薄くなりマス』


「四本同時に振り上げ。その瞬間に胸部を撃つ」


「師匠。私、見えます。四本の腕が上がったら撃てばいいんですね」


「ああ。けど、大技が来る。俺が引きつける。お前は絶対に射程内に入るな。10メートルの距離から撃て」


「10メートル……。炎樹の杖の射程は15メートルです。届きます」


「よし。——行くぞ」


 距離を詰める。10メートル。鎖鉄球の射程に入る。


 鎖鉄球が飛んできた。空気を引き裂く轟音。


「【微弱加速】」


 無敵。通過。さらに詰める。5メートル。


 大剣と槍が同時に来る。対角線の連動。右上腕の大剣と左下腕の鎖鉄球。


 大剣を無敵で抜け、鎖鉄球を横跳びで回避。ゴーグルの視界に赤い軌道予測線が表示される。70パーセントの精度があれば、回避は可能だ。


 反撃。ショートソードで脚部を斬る。硬い。手が痺れる。けれど、傷は入る。


 削る。少しずつ。


 10分。20分。30分。


 泥臭い削り合い。ポーションを飲みながら、少しずつHPを削っていく。


 ガーディアンのHPが半分を切った。動きが変わった。石の表面に赤い魔力線が走り、速度が跳ね上がる。


『警告。攻撃速度が1.3倍に上昇。パターンが変化シテイマス。連動が崩れマシタ。精度が60パーセントに低下——』


「くっ——」


 大剣が掠めた。肩を斬られる。鮮血が舞う。HPが15パーセント削れた。残り38パーセント。


 ポーションを飲む。残り2本。


 杖は——華恋の手元に炎樹の杖1本。予備の強化杖が残り3本。


「師匠! 大丈夫ですか!」


「大丈夫だ。——来るぞ。大技が」


 ガーディアンの四本の腕が——全て同時に振り上げられた。


 大技の予備動作。胸部の装甲が薄くなる。0.3秒。


「華恋! 今だ!」


 ——杖が震えた。ナビの信号。


 けれど、華恋はそれより先に動いていた。四本の腕が上がった瞬間を、自分の目で見ていた。ナビの合図を待たず、自らの意志で引き金を引いた。


 ドンッ。


 炎樹の杖が地面を打つ。全力の冷気弾。10メートルの距離を一瞬で飛び、ガーディアンの胸部に——


 直撃。


 装甲の薄くなった胸部を、絶対零度の冷気が貫通した。内部の魔核を凍結させる。石像の動きが、完全に停止した。

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