第22話 第30階層——ガーディアン出現
巨大ムカデが突進してきた。8メートルの体が通路を埋め尽くす。無数の脚が壁と天井を這い、全方向から迫ってくる。黒光りする甲殻が擦れ合い、耳障りな金属音を立てている。
「散れ!」
ゴードンが大盾を構えて正面に立つ。ムカデの顎がシールドに激突した。金属が軋む。ゴードンの巨体が押され、足が石畳を削りながら後退する。
「重い! こいつ、パワーが桁違いだ!」
ゴードンのパーティのアタッカー二人が側面から斬りかかる。剣がムカデの甲殻に当たり——弾かれた。火花が散る。
「硬い! 刃が通らない!」
『マスター。甲殻の硬度が極めて高いデス。物理攻撃は無効に近い。弱点を探索中——脚の付け根に関節部がありマス。そこなら——』
ムカデの尾が鞭のように横薙ぎに振られた。アタッカーの一人が吹き飛ばされる。壁に激突し、崩れ落ちる。
「リオン!」
「大丈夫だ! けど、こいつの攻撃パターンが読めない……!」
リアルタイム読みを起動する。ゴーグルにムカデの動きが表示される。
——読めない。
予備動作が複雑すぎる。脚が40本以上ある。どの脚がどう動くかで攻撃パターンが変わる。通常のモンスターなら「肩」や「腰」を見ればいいのに、ムカデには肩も腰もない。全身が攻撃の起点になりうる。
『警告。リアルタイム読みの精度——推定35パーセント。パターンが複雑すぎマス。予測が追いつきマセン』
「35パーセント!」
ムカデの顎が迫る。横に跳ぶ。かろうじて回避。しかし、尾が追撃してくる。
「【微弱加速】」
無敵。尾が通過。
華恋の杖が震えていない。ナビが攻撃チャンスを検知できていない。振動信号が来ない。
「華恋! 今は撃つな! 隙が見えない!」
「は、はい!」
ゴードンが叫んだ。「一旦引け! 距離を取れ!」
全員が後退する。ムカデが追ってこない。テリトリーがあるらしい。一定距離を離れると、追撃を止めて通路の奥で鎌首をもたげている。
セーフエリアまで撤退。全員息が荒い。
「何だあのバケモノは……。攻撃が全く読めない」
「ゴードン。お前の経験でも読めないのか」
「無理だ。脚が多すぎる。どこから攻撃が来るか分からない。俺の経験は二足歩行か四足歩行の敵が前提だ。40本脚は想定外だ。あんな動き、生物のセオリーから外れてる」
沈黙。
リアルタイム読みが通用しない。ゴードンの経験も通用しない。物理攻撃も通らない。
「ナビ。何か方法はないか」
『現在の解析能力では、40本の脚を同時にトラッキングすることは不可能デス。処理能力が足りマセン。しかし——一つ仮説がありマス。40本の脚は独立して動いているように見えマスが、実際には「波」として連動している可能性がありマス。海の波のように、前方から後方に向かって脚の動きが伝播する。もしそうなら、先頭の数本の脚の動きだけを見れば、全体の動きを予測できる可能性がありマス』
「波……。先頭の脚だけを見る」
『仮説デス。検証が必要デス。もう一度戦闘に入り、先頭の脚の動きを記録する必要がありマス』
「分かった。もう一度行く。今度は攻撃せず、観察だけだ。ゴードン、盾を頼む。お前が壁になってる間に俺がパターンを記録する」
「いいぞ。観察の間、俺が引きつける。任せとけ」
再びムカデのテリトリーに入る。ゴードンが前衛で盾を構え、ムカデの攻撃を受け止める。こちらは後方で観察に徹する。
ゴーグルが先頭の脚の動きを記録していく。
1分。2分。3分。ゴードンの盾が悲鳴を上げている。
『——仮説が正しいデス。脚の動きは波状に伝播シテイマス。先頭の第1〜第4脚の動きから、0.8秒後の攻撃パターンを予測できマス。精度——推定75パーセント。先ほどの35パーセントから大幅に向上シマシタ』
「75パーセント。いける」
「ゴードン! パターンが読めた! 攻撃に移る!」
「おう! やれ!」
ムカデの先頭の脚が波打つ。第1脚が上がった。0.8秒後に顎の噛みつきが来る。
「【微弱加速】」
噛みつきを無敵で抜ける。脚の付け根。関節部。ショートソードを突き刺す。
甲殻の隙間に刃が入った。緑色の体液が噴出する。ムカデが暴れる。
「華恋!」
杖が震えた——いや、震えていない。ナビの予測精度が75パーセント。攻撃チャンスの判定が不安定。信号が来たり来なかったりする。
「師匠! 杖が震えません! 撃っていいですか!?」
「待て! まだ——」
ムカデの尾が振られる。華恋の方向に。
「華恋! 避けろ!」
華恋が横に跳んだ。尾がかすめる。転倒。
「華恋!」
「大丈夫です!」
立ち上がる。杖を握り直す。
——杖が震えない。ナビの予測が追いつかない。指示が来ない。
華恋の目が揺れていた。どうすればいいか分からない。いつ撃てばいいか分からない。指示がなければ動けない。
ゴードンの言葉が蘇る。「指示待ちの奴から死んでいく」。
ムカデが再び攻撃態勢に入る。先頭の脚が波打つ。
こちらは読める。ところが、華恋には伝えられない。杖の振動は不安定。声では間に合わない。
——どうする。
その時。
華恋が動いた。
杖を構えた。振動は来ていない。指示もない。けれど、華恋は杖を構えた。
ムカデの動きを見ている。先頭の脚ではない。ムカデの頭部。顎。顎が開く瞬間を見ている。
「——今!」
ドンッ。華恋が杖を叩きつけた。冷気弾がムカデの口腔内に飛び込んだ。
内部から凍結。ムカデが悲鳴を上げた。顎が凍りつき、動きが止まる。
「師匠! 今です! 口の中が弱点です!」
華恋が——指示を出した。こちらに。
一瞬、呆然とした。けれど、身体は動いた。
凍りついた顎の隙間からショートソードを突き刺す。口腔内の柔らかい組織を貫く。脳髄まで刃を届かせる。
ムカデが痙攣した。全身の脚がバラバラに動き——止まった。
崩れ落ちる。8メートルの巨体が、通路に横たわった。
静寂。
「……華恋。今の、お前が自分で判断したのか」
「はい。杖が震えなかったから。でも、ムカデの顎が開く瞬間が見えたんです。あ、今だ、って。身体が勝手に動きました」
「口の中が弱点だと、どうして分かった」
「甲殻が硬いなら、中は柔らかいはずだって。師匠がいつも言ってるじゃないですか。『硬い外殻の内側には必ず弱点がある』って」
「……俺が教えたことを、自分で応用したのか」
「はい。——師匠。私、自分で考えて、自分で撃てました」
華恋の目が輝いていた。恐怖ではなく、達成感。
ゴードンが後ろから歩いてきた。大盾を肩に担いで。
「いい弟子を持ったな」
「……ああ」
「杖の振動がなくても、自分で判断できる。それが本当の強さだ。お前の教え方がいいんだろうな」
「俺は何も教えてない。華恋が自分で——」
「教えてるさ。『硬い外殻の内側には弱点がある』。それを教えたのはお前だろう。知識を与えて、考え方を教えて、あとは本人が応用する。それが教育ってもんだ」
華恋が照れたように笑った。
「師匠。これからは、杖が震えなくても撃てます。自分で判断します。——でも、杖が震えた時はそっちに従います。ナビさんの方が正確ですから」
「ああ。それでいい。振動が来たら従え。来なかったら自分で判断しろ。両方できるのが一番強い」
『華恋さん。素晴らしい成長デス。——正直に言うと、少し悔しいデス。私の予測が追いつかなかった場面で、華恋さんが自力で正解を出シマシタ。機械より人間の方が優れている場面がある。それを認めマス』
「ナビさん。ありがとうございます。でも、ナビさんがいなかったら、ここまで来れませんでした。これからも頼りにしてます」
『……了解デス。引き続き、全力でサポートシマス』
ゴーグルのレンズが明滅した。
第26階層の主を倒した。ここから先、第27階層、第28階層と進む。
ゴードンが言った。「第28階層で俺たちは離脱する。そこから先は、お前たちだけだ」
「ああ。分かっている」
「けど、もう大丈夫だろう。お前のリアルタイム読みと、華恋ちゃんの自己判断。両方揃えば、第30階層まで行ける」
「行く。必ず」
第26階層を抜け、第27階層に降りる。
深層の死闘は、まだ続く。けれど、もう二人だけではない。ナビがいる。ゴードンの知恵がある。そして何より——華恋が、自分の足で立てるようになった。
それが、何よりも心強かった。




