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第21話 巨大ムカデ——華恋の自立

第23階層。深層に入って5日目。


 リアルタイム読みの精度は92パーセントに到達した。10回中9回は正確に予測できる。残り1回の外れを、安全マージンでカバーする。この5日間で、ゴーレム型、リザード型、スライム型の三種類のモンスターに対して実戦テストを繰り返した。ゴーグルのセンサーが敵の予備動作を検知し、赤い枠で警告を出す。その警告を見て回避し、反撃する。自分一人なら、もう問題なく戦える。


 問題は、別のところにあった。


「華恋。今のタイミング、遅い」


「すみません……。いつ撃てばいいか、分からなくて」


 華恋が杖を握ったまま立ち尽くしている。目の前の溶岩リザードは既に体勢を崩している。今が攻撃チャンスだ。しかし華恋は動けない。


 リアルタイム読みの情報は、ゴーグルの視界に表示される。敵の予備動作を検知した瞬間、赤い枠が表示される。それを見て回避し、反撃する。ところが、それが見えるのは自分だけだ。華恋には見えない。


 中層までは、事前にタイミングを共有できた。「敵の三連撃の後に0.8秒の隙がある。その時に撃て」。パターンが固定だから、事前に打ち合わせができた。華恋はその通りに動けばよかった。


 深層では、パターンが変わる。定期アップデートで攻撃タイミングが変動する。事前の打ち合わせが通用しない。「今だ」と声で伝えるしかない。


 しかし、声は遅い。こちらが「今だ」と叫んでから、華恋が反応して杖を叩きつけるまでに0.4秒かかる。その0.4秒で、隙が閉じてしまうことがある。今もそうだった。リザードが体勢を立て直し、再び攻撃態勢に入る。


「一旦離れろ。仕切り直す」


 華恋が後退する。リザードを倒すのは自分の剣で片付けた。


 戦闘後、セーフエリアに戻って考える。


「ナビ。華恋に攻撃タイミングを伝える方法はないか。声より速い方法で」


『提案がありマス。炎樹の杖に振動モジュールを組み込むことで、ゴーグルから杖に直接信号を送れマス。攻撃チャンスを検知した瞬間に杖が振動し、華恋さんに伝達シマス。声による指示よりも0.3秒速いデス』


「杖が震える……。華恋、できるか? 杖が震えたら撃つ。考えずに、反射で」


「やってみます。杖が震えたら撃つ。それだけですよね」


「それだけだ。ただし、0.1秒の判断も入れるな。震えたら即座に叩きつけろ。考えた瞬間に遅れる」


「はい。震えたら撃つ。考えない」


 ゴードンのパーティの技師——メガネをかけた小柄な女性——に頼んで、炎樹の杖に振動モジュールを組み込んでもらった。小さな魔石を杖の柄に埋め込む。ナビのゴーグルと同期させる。作業は30分で終わった。


「テストする。華恋、構えろ」


「はい」


 次の敵。溶岩リザード。第23階層では最も弱い部類。テストに最適だ。


 リザードが口を開く。火球の予備動作。ゴーグルに赤枠が表示される。攻撃発生まで0.4秒。


 回避。横に跳ぶ。火球が通過。リザードの隙。口を閉じて次の攻撃に移るまでの0.6秒。ゴーグルからの信号が杖に送られる。


 杖が震えた。


「——!」


 ドンッ。華恋が杖を叩きつけた。冷気弾がリザードに直撃。一撃で倒れた。


「すごい! 今、杖が震えた瞬間に撃てました! 考えなくても、身体が勝手に動きました!」


 華恋の目が輝いている。手応えがあったのだ。


「反応時間は」


『杖振動から発動まで0.12秒。声による指示の場合は0.42秒デシタ。0.3秒の短縮に成功シテイマス。連携成功率は——テスト1回目で100パーセントデスが、サンプル不足デス。継続テストが必要デス』


「続けるぞ。次の敵」


 第23階層を進みながら、振動同期のテストを繰り返した。


 10体目。連携成功率90パーセント。失敗した1回は、華恋が振動に驚いて杖を落としかけた時。振動の強さに慣れていなかった。


 20体目。成功率95パーセント。華恋の反応が安定してきた。振動を感じた瞬間に腕が動く。条件反射に近い。


 30体目。成功率92パーセント。疲労で反応が鈍った時に失敗。連続戦闘の限界が見えた。


「華恋。疲れたか」


「少し。でも大丈夫です。——あ、本当の大丈夫です。嘘じゃないです」


 イフリート戦の時の「大丈夫」とは違う。目を見れば分かる。本当に少し疲れただけだ。


「分かった。休憩を入れる」


 セーフエリアで休息。ゴードンが水筒を差し出してきた。冷却魔法で冷やした水。ありがたい。


「お前ら、面白い連携だな。杖が震えたら撃つ。犬の条件反射みたいだ」


「条件反射で正しい。考える時間を省くことで、0.3秒を稼ぐ。その0.3秒が深層では生死を分ける」


「理屈は分かる。けど——」


 ゴードンが華恋を見た。華恋は水を飲みながら、杖を膝に置いている。


「それだと華恋ちゃんは自分で考えなくなるんじゃないか? お前の指示通りに撃つだけの機械になる。お前のリアルタイム読みが正確なうちは、杖の振動に従えば正解だ。けど、お前の読みが外れた時はどうする? 華恋ちゃんが自分で判断できなくなってたら、詰むぞ」


 ゴードンの指摘。重い。


「……考えておく」


「考えとけ。深層はな、想定外の連続だ。指示待ちの奴から死んでいく。俺のパーティの前衛も、最初は俺の指示通りにしか動けなかった。けど今は自分で判断して動く。そうじゃないと、第28階層まで来られなかった」


 ゴードンの言葉が、胸に刺さった。


 華恋を「指示通りに動く機械」にしてはいけない。分かっている。しかし、今はまず連携の精度を上げることが優先だ。華恋の自立は——後で考える。


 第24階層。第25階層。


 ゴードンのパーティと共に、順調に進んだ。リアルタイム読みの精度は安定して90パーセント以上。振動同期による連携も成功率90パーセントを維持。効率は中層の7割程度まで回復した。


 第25階層のセーフエリア。ゴードンが地図を広げた。手書きの地図。第28階層までの情報が書き込まれている。


「ここまでは順調だ。けど、第26階層から先は未確認のモンスターが出る可能性がある。俺たちも、第26階層以降は初見の敵と戦うことになる」


「初見の敵。リアルタイム読みのサンプルがない。最初の数秒は完全に手探りになる」


「そうだ。最初の数体は、安全マージンを最大に取れ。距離を保って、まず観察しろ。いきなり突っ込むな」


「ああ」


 華恋が不安そうな顔をしていた。杖を握る手に力が入っている。


「師匠。初見の敵って、杖の振動も来ないんですよね。ナビさんが読めないから」


「そうだ。最初の1〜2回は、振動なしで戦うことになる。ナビが攻撃パターンを学習するまでの間は——」


「自分で判断するしかない、ですよね」


 華恋が自分から言った。ゴードンの言葉を聞いていたのだ。


「……ああ。できるか?」


 華恋が杖を握りしめた。目を閉じて、深呼吸する。目を開けた時、そこに決意があった。


「正直、怖いです。振動に頼り切ってたから。でも——やります。やるしかないですから。師匠が読めない時は、私が自分で判断します」


「無理するな。最初は俺が声で指示を出す。精度は落ちるが、安全マージンの範囲内だ」


「はい。ありがとうございます。でも——いつか、振動なしでも撃てるようになります。約束します」


 華恋の目が真っ直ぐだった。


 第26階層への階段が、目の前にある。


 ゴードンが立ち上がった。大盾を背負い直す。


「行くか。第26階層。何が出るか分からんが——まあ、6人いれば何とかなるだろう」


「ああ。行こう」


 階段を降りる。


 第26階層の空気は、さらに熱かった。壁の溶岩が脈打つように流れている。まるで生きている洞窟。壁面が呼吸するように膨張と収縮を繰り返している。


 そして——通路の奥から、聞いたことのない音が響いてきた。


 カチカチカチカチ。無数の硬い脚が石を打つ音。規則的で、速い。何かが近づいてくる。


『未確認の生体反応。前方30メートル。体長——推定8メートル。多脚型。データベースに該当なし。完全な初見デス。リアルタイム読みの精度は未知数デス。最大限の警戒を推奨シマス』


「初見か」


 ゴードンが大盾を構えた。パーティの前衛二人が盾の両脇に展開する。


「来るぞ。全員、構えろ。距離を保て。まず観察だ」


 暗闘の奥から、それが姿を現した。


 巨大なムカデ。全長8メートル。無数の脚が壁面と天井を同時に掴んでいる。赤黒い甲殻が溶岩の光を反射して鈍く光る。頭部に巨大な顎。顎の間から、緑色の液体が滴っている。毒だ。


 ——第26階層の主。


 華恋の手が震えた。杖を握り直す。振動は来ない。ナビはまだ、この敵を読めない。


 自分で判断する時が来た。

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