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第20話 連携——信頼の構築

リアルタイム読みの精度は、3体目の敵で65パーセントに上がった。5体目で70パーセント。


 しかし、70パーセントでは足りない。10回中3回は被弾する。ポーションの消費が激しい。このペースでは、第21階層を抜ける前にポーションが尽きる。


「ナビ。精度が上がらない原因は」


『データ不足デス。リアルタイム読みは、予備動作のパターンを学習して精度を上げマス。現在のサンプル数は47。精度90パーセントに到達するには、推定200サンプルが必要デス』


「200サンプル。あと150体以上倒す必要があるのか」


『その計算デス。ただし、アップデートが発生すると学習データがリセットされマス。アップデート前に200サンプルを集める必要がありマス』


「いたちごっこか」


 セーフエリアで休息を取っていた。耐熱ポーション残り8本(1本45分。合計6時間分)。第21階層の攻略に必要な推定時間は——分からない。情報がない。先行パーティの記録も、アップデートで環境が変わるたびに無意味になる。


 溶岩の熱気が結界越しにも伝わってくる。セーフエリアの中でさえ、額に汗が滲む。華恋が水筒の水を口に含み、残量を確認して顔を曇らせた。


「師匠。このまま続けますか」


「続ける。ただし、ペースを落とす。無理に戦わない。安全マージンを最大に取る。精度70パーセントで無理に攻撃するより、確実に避けられる攻撃だけ反撃する」


「消極的すぎませんか? それだと時間がかかって、耐熱ポーションが——」


「死ぬよりましだ」


 華恋が口を閉じた。正論には反論できない。


 セーフエリアの奥から、足音が聞こえた。


 複数人。重い足音。金属の擦れる音。鎧が軋む独特の響き。


「——誰か来る」


 身構える。ショートソードに手をかける。華恋が杖を構えた。深層では他の探索者との遭遇が稀だ。味方とは限らない。剣崎の件がある。


 暗闘から現れたのは、4人組のパーティだった。先頭に立つのは、大柄な男。40代半ば。灰色の短髪。顔の左頬から顎にかけて、古い傷跡が走っている。重装鎧。大盾。盾の表面に無数の傷と焦げ跡。使い込まれた装備。


「おっと。先客がいたか」


 男がこちらを見た。目が鋭い。一瞬でこちらの装備と状態を観察している。視線が顔、武器、防具、ゴーグルと移動する。品定めではなく、脅威度の評価。戦い慣れた者の目だ。


「若いな。二人組か。——ゴーグル、珍しいな。ナビゲーション・システムか。深層でそれを使ってる奴は初めて見る」


「ああ」


「フレームデータ型だな。深層じゃ通用しないぞ。アップデートで毎回変わる。俺の知り合いにも、それで死にかけた奴がいる」


「知っている。だから今、新しい方法を試している」


 男が目を細めた。興味を持った表情。後ろの3人——長剣を持った女、双剣の男、杖を持ったヒーラー——も足を止めてこちらを見ている。


「ほう。新しい方法。具体的には?」


「リアルタイム読み。敵の予備動作から攻撃タイミングを即座に予測する。フレームデータに頼らない」


「リアルタイム読み」


 男が腕を組んだ。しばらく黙って考えている。それから、口角が上がった。


「面白いことを考える。俺はゴードン。こいつらは俺のパーティだ。第28階層まで行く予定だ。——お前ら、一緒に来るか?」


 唐突な申し出。華恋がこちらを見る。判断を委ねている。


「なぜ」


「面白そうだからだ。フレームデータ型が深層に適応しようとしている。6年この迷宮に潜ってるが、そんな奴は見たことがない。見てみたい。それに、二人組じゃ深層は厳しい。第23階層から先は、単体で中層のボス級が雑魚として出る。数が多い方が安全だ」


 ゴードンのパーティを観察する。4人。タンク(ゴードン)、アタッカー2人、ヒーラー1人。装備は使い込まれている。鎧の修繕跡が何層にも重なっている。深層の常連だ。少なくとも数十回は深層に潜っている。


「お前たちは、フレームデータを使わないのか」


「使わない。俺たちは経験と勘で戦う。旧世代のスタイルだ。データなんか見なくても、長年の経験で敵の動きは読める。——まあ、精度は若い奴らには劣るがな。その代わり、アップデートが来ても関係ない。身体が覚えてることは消えない」


 経験と勘。データではなく、身体に染み付いた感覚で敵の動きを読む。フレームデータの対極にある方法論。しかし、深層で6年生き延びているという事実が、その有効性を証明している。


「ゴードン。一つ聞いていいか」


「なんだ」


「お前が敵の攻撃を読む時、何を見ている?」


 ゴードンが少し考えた。顎の傷跡を無意識に撫でている。


「肩だな。敵が攻撃する前に、必ず肩が動く。どんなモンスターでも、攻撃の起点は肩か腰だ。そこが動いた瞬間に、何が来るか分かる。長年やってると、身体が勝手に反応する。考える前に盾が上がる」


「肩か腰。予備動作の起点」


『マスター。ゴードンの言う「肩の動き」は、リアルタイム読みシステムが検知している「筋肉の収縮パターン」と同じ概念デス。ゴードンは経験で学んだことを、無意識に実行シテイマス。システムはそれを数値化して意識的に行うものデス。つまり——ゴードンの経験をシステムに入力すれば、学習効率が飛躍的に向上する可能性がありマス』


 心臓が跳ねた。


「つまり、ゴードンは人間の目と経験でリアルタイム読みをやっているのか」


『その通りデス。精度は——推定85パーセント。長年の経験による学習データが膨大デス。システムがこの精度に到達するには通常200サンプル以上が必要デスが——ゴードンの「見るべきポイント」をシステムに組み込めば、学習効率が4倍以上に向上する見込みデス。50サンプルで90パーセントに到達できマス』


「ゴードン。頼みがある」


「なんだ」


「お前が戦っている時、何を見ているか——全部教えてくれ。敵のどこを見て、何を判断しているか。言語化してほしい。戦いながら、声に出して。ナビが記録する」


 ゴードンが目を丸くした。それから、豪快に笑った。セーフエリアの壁に笑い声が反響する。


「はっ! 面白い奴だな。6年分の勘を言葉にしろってか。やったことないが——いいぞ。教えてやる。その代わり、お前のリアルタイム読みとやらが完成したら、俺にも見せろ。老いぼれの勘を数値化できるなら、見てみたい」


「約束する」


 ゴードンが手を差し出した。握手。大きな手。剣ダコで硬い掌。力強い握り。


 ゴードンのパーティと合流した。6人で第21階層を進む。


 ゴードンが前衛で戦う。こちらは後方で観察する。ゴードンの動きを、一挙手一投足を見逃さないように凝視する。


「今だ。肩が入った。右腕の叩きつけが来る」


 ゴードンの声に合わせて、ゴーグルのレンズがデータを記録する。


『肩の動き検知。0.4秒後に右腕叩きつけ発生。——記録完了。パターンに追加シマシタ』


「次。腰が沈んだ。突進だ。こういう時は横に避ける。正面は危険だ」


『腰の沈み込み検知。0.6秒後に突進発生。回避方向:側面。——記録完了』


「尻尾が震えた。薙ぎ払いだ。跳べ。低い攻撃は跳んで避ける」


『尾部振動検知。0.3秒後に薙ぎ払い発生。回避方向:上方。——記録完了』


 ゴードンの「勘」を、ナビが数値化していく。予備動作の起点。タイミング。パターン。回避方向。反撃のタイミング。6年分の経験が、一つずつ言語化され、データに変換されていく。


 10体。20体。30体。


 サンプルが溜まるにつれ、リアルタイム読みの精度が急上昇した。70パーセントの壁を突き破り、80パーセントを超え、さらに上昇する。


『現在の精度——82パーセント。ゴードンの知見を組み込んだことで、学習効率が4.3倍に向上シマシタ。あと30サンプルで90パーセントに到達する見込みデス』


「すごい……。ゴードンさんの経験を、ナビさんが吸収してるんですね」


「はっ。俺の6年分の経験が、機械に吸い取られてるわけか。複雑な気分だな」


 ゴードンが苦笑する。しかし、目は楽しそうだ。


「すまない。助かる」


「いいさ。俺の経験が若い奴の役に立つなら本望だ。——それに、お前のやり方は面白い。経験と理屈の融合か。俺たちの世代にはなかった発想だ。データを否定するんじゃなく、経験をデータに変換する。逆転の発想だな」


 第21階層の攻略が進む。ゴードンのパーティと共に、3日間で第21階層を突破した。溶岩の熱気にも慣れた。耐熱ポーションの消費も、効率的な戦闘で当初の予測より抑えられている。


 リアルタイム読みの精度は88パーセントに到達。あと少しで90パーセント。実用レベルまで、あと一歩。


「ゴードン。感謝する。お前のおかげで、リアルタイム読みが実用レベルに近づいた」


「礼はいらん。面白いものを見せてもらった。——さて、第22階層だ。ここからは敵の種類が変わる。新しいパターンが増える。気を抜くなよ。特に第23階層のワイバーンは空を飛ぶ。地上の敵とは予備動作が全く違う」


「ああ。心得た」


 第22階層に降りる。新しい敵。新しいパターン。溶岩の河が流れる広い空間。天井が高い。


 しかし、もう恐れはない。リアルタイム読みがある。ゴードンの知恵がある。安全マージンがある。そして何より——仲間がいる。


 一歩ずつ、確実に、深層を進んでいく。

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