第24話 未踏域——新たな始まり
ガーディアンが揺らいだ。胸部から絶対零度の冷気が広がり、石の体に亀裂が走る。
しかし——倒れない。
四本の腕が振り下ろされた。大技。全方位への衝撃波。
「伏せろ!」
床に伏せる。衝撃波が頭上を通過した。髪が逆立つ。壁が砕け、天井から無数の石片が降り注ぐ。
華恋も伏せていた。無事。
ガーディアンが体勢を立て直す。胸部に大きな亀裂。青白い冷気が漏れ出している。しかし、まだ動いている。HPは——残り2割程度。
『マスター。ガーディアンの胸部装甲に亀裂が入りマシタ。もう一度同じ箇所に全力魔法を撃ち込めば、貫通して核を破壊できマス。しかし——』
「しかし?」
『大技の後、ガーディアンは30秒間攻撃速度がさらに上昇シマス。暴走状態デス。次の大技までの間、生き延びる必要がありマス』
「30秒。耐えればいいんだな」
『はい。ただし、マスターのHP残り38パーセント。ポーション残り2本。安全マージンは——ほぼゼロデス。一度の被弾が致命傷になりマス』
安全マージンがゼロ。これまで絶対に守ってきたルールが、ここで破られる。
「師匠。私、もう一回撃てます。次の大技が来たら、もう一回撃ちます」
「ああ。頼む。——俺が30秒耐える。お前は絶対に前に出るな。距離を保て」
「はい」
立ち上がる。ガーディアンと向き合う。
暴走状態。赤い目が点滅し、四本の腕が高速で動き始めた。
大剣の連撃。槍の乱突き。鎖鉄球の回転。全てが1.5倍速。
「【微弱加速】」
大剣を無敵で抜ける。槍が来る。横に跳ぶ。かすめた。右腕に浅い傷。血が滲む。
鎖鉄球。しゃがむ。頭上を通過。
立ち上がった瞬間に大剣の振り下ろし。
「——っ!」
転がる。床に叩きつけられた大剣が石畳を砕く。破片が顔を切る。
『HP残り29パーセント。経過時間8秒。あと22秒デス』
長い。22秒が永遠に感じる。
槍の突き。横に跳ぶ。着地の瞬間に鎖鉄球。
「【微弱加速】」
無敵。通過。
『経過時間14秒。あと16秒』
大剣。横薙ぎ。しゃがんで回避。風圧で身体が押される。
槍。上段からの振り下ろし。後ろに跳ぶ。
『経過時間19秒。あと11秒。——マスター。ポーションを使用シテクダサイ。HPが危険域デス』
走りながらポーションを飲む。残り1本。HPが50パーセントに回復。
鎖鉄球。横に転がる。床を砕く衝撃。石の破片が背中に当たる。
『経過時間24秒。あと6秒』
大剣と槍の同時攻撃。対角線の連動。
「【微弱加速】」
大剣を無敵で抜ける。槍が——
左脇腹に当たった。
「がっ——!」
吹き飛ばされる。壁に激突。肺から空気が絞り出され、HPが一気に削れる。
『HP残り21パーセント! ——経過時間28秒。あと2秒——』
2秒。
ガーディアンの四本の腕が——止まった。
そして——全て同時に振り上げられた。
大技の予備動作。
「華恋!」
「見えてます!」
華恋は既に構えていた。炎樹の杖を両手で握り、振りかぶっている。
四本の腕が頂点に達する。胸部の装甲が薄くなる。亀裂が露出する。0.3秒。
杖の振動は——来ていない。ナビの処理が追いついていない。
しかし華恋は自分の目で見ていた。自分の判断で、タイミングを選んだ。
「——今!」
ドンッ。
炎樹の杖が地面を打った。全身の魔力を込めた一撃。冷気の奔流が杖から放たれ、10メートルの距離を一瞬で駆け抜け——
ガーディアンの胸部の亀裂に、突き刺さった。
冷気が内部に浸透する。石の体が内側から凍りつく。亀裂が全身に広がり、青白い光が溢れ出す。四本の腕が痙攣し——
砕けた。
ガーディアンの巨体が、無数の石片となって崩れ落ちた。
轟音。粉塵。
静寂。
「倒した?」
『遺跡の守護者ガーディアン、討伐確認。——おめでとうございマス。マスター。華恋さん。第30階層、クリアデス』
力が抜けた。膝をついた。全身が痛い。HP残り21パーセント。ポーション残り1本。杖残り3本(予備の強化杖)。
ぎりぎりだった。本当に、ぎりぎりだった。
「師匠! 師匠! 勝ちました! 勝ちましたよ!」
華恋が走ってきた。目に涙が浮かんでいる。
「ああ。勝った」
「師匠、大丈夫ですか? 怪我——」
「大丈夫だ。ポーション飲めば治る」
最後の1本を飲んだ。傷が塞がっていく。
華恋が隣に座り込んだ。二人とも、しばらく動けなかった。
「師匠。私、最後の一撃——杖の振動、来てませんでした」
「知ってる」
「自分で判断しました。四本の腕が上がった瞬間を見て、自分で撃ちました」
「ああ。完璧なタイミングだった。お前はもう、俺の指示がなくても戦える」
「師匠が30秒耐えてくれたから、撃てたんです。師匠がいなかったら——」
「お前が撃たなかったら、俺は死んでた。お互い様だ。俺たちは二人で一つだ」
華恋が笑った。泣きながら笑った。
帰還。転移石で地上に戻る。
ギルドに報告。第30階層クリア。深層踏破。
ギルドマスター・ヴェルナーの執務室。
「第30階層クリア、確認した。——陣。華恋。おめでとう。深層踏破認定だ。ランクB昇格」
「ありがとうございます」
「追放から三ヶ月。第30階層まで到達した探索者は、歴代で4組目だ。しかも二人組では初めてだ。常識外れもいいところだ」
「運が良かっただけです。ゴードンさんの助けがなければ——」
「謙遜するな。実力だ。——さて。第31階層以降について話がある」
ヴェルナーが地図を広げた。第30階層までは詳細に描かれている。けれど、第31階層以降は——白紙。
「第31階層以降は未踏域だ。過去に到達した3組も、第31階層で撤退している。情報は皆無。何があるか分からない。——挑戦するか?」
「……」
華恋を見た。華恋がこちらを見返した。その目に迷いはない。
「師匠。行きましょう」
「ああ。行く」
ヴェルナーが微笑んだ。
「そう言うと思った。——準備ができたら、いつでも来い。ギルドとして全面的に支援する」
「ありがとうございます」
ギルドを出た。夕暮れの街。オレンジ色の空。
「師匠。打ち上げしましょう。焼肉。ゴードンさんが奢るって言ってましたけど、今日は待てません」
「ゴードンには後日改めて。今日は——ああ、焼肉でいい」
焼肉屋。安い店。けれど、肉が美味い。
華恋が肉を頬張っている。幸せそうに。
「師匠。追放された時、こうなると思ってましたか?」
「思ってない。正直、最初は絶望してた。自分の無力さに」
「私もです。でも、師匠が声をかけてくれて——」
「お前が来てくれたから、ここまで来れた。一人じゃ無理だった」
「えへへ。師匠にそう言ってもらえると、嬉しいです」
肉を焼く。食べる。ビールを飲む(華恋はジュース)。
「明日から第31階層の情報収集を始める。未踏域だから、情報はほぼない。手探りになる。また最初からやり直しだ」
「はいっ。——あ、でも師匠。今日くらいは休みましょうよ。明日からでいいじゃないですか」
「……そうだな。今日は休む」
『マスター。明日から新規階層のデータベースを作成シマス。未踏域の探索プロトコルも策定シマス。——今日はゆっくり休んでクダサイ。お疲れ様デシタ』
「ああ。お疲れ。ナビも」
『私は疲れマセン。機械デスので。——けれど、「お疲れ様」と言われるのは、悪くないデス』
華恋が笑った。ゴーグルのレンズが明滅した。
追放から三ヶ月。浅層、中層、深層。第1階層から第30階層まで。
地味で、泥臭くて、計算ずくの冒険。派手な才能も、チートスキルもない。あるのは、フレームデータと、リアルタイム読みと、安全マージンと——信頼できる仲間。
それだけで、ここまで来た。
そして明日から、また新しい階層が始まる。
未踏域。誰も知らない世界。
——楽しみだ。
地味で泥臭い探索は、これからも続く。




