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第16話 剣崎との決闘——戦術vs才能

ギルドの掲示板に、名前が載っていた。


 「第20階層クリア者一覧」。最新の欄に「陣・華恋」の名前。その一つ上に「剣崎蓮・他3名」。


 剣崎が先にクリアしていた。三日前。こちらが敗北して撤退している間に。


「師匠。剣崎さん、もう第20階層クリアしてたんですね」


「ああ。予想通りだ。あいつは才能で突破する。計算なんかしなくても、力押しで勝てる。イフリートの炎を正面から叩き割るだけのステータスがある」


 悔しさはない。剣崎は剣崎のやり方で勝った。こちらはこちらのやり方で勝った。それだけの話だ。


 ——と思っていた。


 ギルドの出口で、待ち構えていた人物がいた。


 金色の大剣を背負った長身の男。剣崎蓮。腕を組んで壁にもたれている。周囲の冒険者たちが遠巻きに彼を見ているが、声をかける者はいない。


「よう。イフリートを倒したんだってな」


「ああ」


「信じられないね。お前みたいな雑魚が」


 華恋が一歩前に出た。「雑魚じゃないです。師匠は——」


「華恋。いい」


 華恋を手で制する。剣崎を見る。


 剣崎の目。前に見た時とは違う。追放した時の見下すような嘲笑ではない。苛立ち。焦り。そして、何かを確かめようとする探るような目。


「何の用だ」


「確かめに来た。お前が本当に実力でイフリートを倒したのか。それとも——インチキか」


「インチキ?」


「バグ利用。チート。何かしらの不正。そうとしか思えない。お前のステータスでイフリートに勝てるはずがない。俺でさえ、ポーションをがぶ飲みしてギリギリだったんだぞ」


「勝てた。計算と連携で」


「証明しろ」


 剣崎が壁から離れた。大剣の柄に手をかける。


「ここで証明しろ。俺と戦え。PvP。お前が本物なら、俺にも通用するはずだ」


 ギルドの前。人通りがある。冒険者たちが足を止めて見ている。


「PvPか。ギルドの規約では——」


「闘技場がある。ギルド公認の対人戦場だ。規約違反じゃない。逃げるのか?」


「逃げない。受ける」


 華恋が袖を引いた。「師匠。剣崎さんのステータス、師匠の3倍以上ですよ。一撃で——」


「分かってる。けど、ステータスだけで勝負は決まらない。それを証明する。ここで逃げたら、一生付きまとわれる」


 闘技場。ギルドの地下にある円形の戦闘場。直径30メートル。石造りの壁。観客席には既に人が集まっている。噂が広まったらしい。


「ルールは?」


「HPが1割を切ったら負け。武器は自由。スキルも自由。殺しはなし」


「了解した」


 闘技場の中央で向かい合う。剣崎が大剣を抜いた。金色の刃が照明を反射する。


 こちらはショートソード。リーチは剣崎の半分以下。


「華恋。お前も参加しろ。2対1だ」


「え? いいんですか?」


「ダンジョンでは二人で戦う。ここでも二人で戦う。それが俺たちのスタイルだ」


 剣崎が鼻で笑った。「2対1でも構わない。むしろ丁度いい。ダンジョンと同じ条件で証明してやる」


 華恋が強化杖を構える。残り12本。


『マスター。剣崎のステータスを推定シマス。攻撃力はマスターの3.2倍。HPはマスターの2.8倍。速度はマスターの1.4倍。正面からの戦闘は不可能デス。しかし——攻撃パターンに法則がありマス。キマイラ戦の時に観察した映像から分析シマシタ。大振りの前に、必ず柄を握り直す癖がありマス。握り直しから振り下ろしまで0.6秒。この隙を突けマス』


「0.6秒か。十分だ」


 審判が手を上げた。


「——始め!」


 剣崎が踏み込んだ。速い。1.4倍の速度。大剣が横薙ぎに振られる。


 後方に跳ぶ。大剣の先端が鼻先をかすめる。風圧で前髪が揺れる。


 速い。それでも、見えないほどではない。


 剣崎が追撃。縦斬り。横薙ぎ。突き。三連撃。


 全て回避する。パターンを読む。縦斬りの後は必ず横薙ぎ。横薙ぎの後は突き。三連撃の後は——


 柄を握り直した。


 大振りが来る。


「華恋! 目くらまし!」


 パキッ。閃光弾。華恋の杖が折れ、炎ではなく純粋な光が剣崎の顔面に炸裂した。


「っ——!」


 剣崎が目を閉じた。0.6秒。


 踏み込む。ショートソードを剣崎の脇腹に突き刺す——寸前で、剣崎が大剣を盾のように構えた。目を閉じたまま。勘で防いだ。


「才能か——」


 弾かれる。距離が開く。


 剣崎が目を開けた。怒りの表情。


「小細工を……!」


「小細工じゃない。戦術だ」


 剣崎が突進してくる。今度は三連撃ではなく、単発の全力斬り。【黄金斬撃】。大剣が金色に光る。


『警告! スキル発動! 推定ダメージ——即死級! 絶対に当たらないでクダサイ!』


「【微弱加速】」


 無敵フレーム。金色の斬撃が身体を通過する。ダメージなし。


 剣崎の目が見開かれた。


「今の——避けた? 【黄金斬撃】を?」


「避けてない。無敵フレームで抜けた。お前の技には、発動前に0.4秒の予備動作がある。その間に無敵を合わせた」


「っ」


 剣崎の顔が歪んだ。怒り。屈辱。そして——恐怖。


 自分の最強技が通用しない。それが剣崎にとって、どれほどの衝撃か。


「もう一度だ! 【黄金斬撃】!」


 金色の光。予備動作0.4秒。


「【微弱加速】」


 無敵。通過。ダメージなし。


「もう一度!」


「何度やっても同じだ。お前の技には法則がある。法則がある以上、対策できる」


 剣崎が歯を食いしばった。大剣を振り上げる。三度目の【黄金斬撃】——


 けれど、振り下ろさなかった。


 肩で息をしている。スキルの連続使用でスタミナが切れている。大剣の先端が下がっている。


「華恋。今だ」


 パキッ。爆風が剣崎の足元を打った。バランスを崩す。


 踏み込む。足払い。剣崎の軸足を刈る。


 巨体が傾いた。大剣が手から離れる。石畳に倒れる。


 ショートソードの切っ先を、剣崎の喉元に突きつけた。


 静寂。


 観客席が沸いた。歓声。どよめき。


 剣崎は仰向けに倒れたまま、天井を見上げていた。


「……なぜだ。俺の方が強いはずだ。ステータスも、スキルも、全部俺の方が上だ。なのに——」


「強い弱いの問題じゃない。お前の動きには法則がある。法則がある以上、対策できる。どれだけステータスが高くても、動きが読まれたら当たらない。当たらなければ、火力は意味がない」


「……」


「お前は才能に頼りすぎた。才能があるから、工夫しなかった。パターンを変えなかった。毎回同じ動きで勝てたから、それでいいと思った。——けど、同じ動きは読まれる。読まれたら終わりだ。お前は俺を『役立たず』と呼んだが、お前自身が成長を止めた時点で、お前もまた限界だったんだ」


 剣崎が目を閉じた。


「……認める。俺の負けだ」


 ショートソードを引いた。手を差し出す。


 剣崎はその手を見て——無視して、自力で立ち上がった。大剣を拾い、背中に戻す。


「もう一つ聞く。お前、なんで追放された時に抵抗しなかった。あの時のお前は——何も言わなかった」


「言う必要がなかった。言葉で証明しても意味がない。結果で証明すればいい。それだけだ」


「……そうか」


 剣崎が背を向けた。歩き出す。闘技場の出口に向かって。その背中は、かつてのような傲慢さは消え、どこか小さく見えた。


「剣崎」


 足が止まった。


「お前の才能は本物だ。ただ、使い方が間違ってただけだ。工夫すれば、もっと上に行ける」


「……余計なお世話だ」


 剣崎が去っていった。


 翌日。ギルドの受付で聞いた。剣崎蓮が引退届を提出したと。パーティも解散。


 華恋が複雑な顔をしていた。


「師匠。剣崎さん、辞めちゃったんですね」


「ああ」


「……少し、かわいそうです」


「かわいそうか?」


「だって、才能があるのに。もったいないです」


「あいつが決めたことだ。俺たちが口を出すことじゃない。才能があっても、心が折れたらそこまでだ」


「はい」


 剣崎蓮。才能の塊。けれど、才能だけでは届かない場所がある。


 それを証明した。理屈で。計算で。


 ——これで、過去に決着がついた。


 次は、未来だ。深層。第21階層以降。未踏の領域。


 ギルドマスターとの面談を申し込んだ。深層への挑戦権。装備の準備。ナビの換装。


 全てが、ここから始まる。

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